【ギョコツ×コズミック】 目の前にいる男の手が伸びて来る。素手でコンクリートの地面を掴み取るような馬鹿力。子供の頃から力強い四肢は成長してさらに強くなっている。ギョコツの手がゆっくりと近付いてくることにコズミックの体は反射的に身構えていた。
きゅっと体に力が入ってコズミックアンテナに両目を覆われていなければ動揺を悟られていただろう。自分のギアの目が透けないところに助けられる。
ギョコツの真剣な目に捉えられて顔がすぐ側にある。距離の近さに体が熱くなっていた。胸を叩く心臓の音が煩くて息が苦しい。力いっぱい気を張っているとギョコツの手がとんと届いた。
恐ろしさに構えていたのに想像していたよりも優しく指先が体に触れた。そのギャップに胸がまた変になる。心臓が跳ね上がって自分の鼓動が煩い。ギョコツの手が柔らかく肌に落ち着いてすっと下される。最大限に力を抜いた手が服の上を滑っていく。ギョコツの手に感情が掻き回される。
自然と入る力に気付かないで欲しいと思っているのに全て見抜かれているのだと思うと何だか悔しい。
足が絡れそうになって縋り付く。体がすぐに傾けられて易々とベッドの上に転がされてしまった。なんてことだ。視界がグルリと回って見上げる形になる。ギョコツの顔がまた、あり得ないほどに近づいて来て目が泳ぐ。流されてしまいそうになっていることに気付いてどうにか抗うために手を動かした。
「待てギョコツ」
体の上に乗っかっているギョコツの体を押す。体幹のしっかりした体は重くてびくともしない。腕だけじゃ押し返せなくて腰にグッと力を込めた。硬い体に押しつぶされないように隙間を広げていく。
「んだよ」
「さっき言っただろ」
忘れていたのかとそう伝えるとギョコツはああと口の中で呟いた。上に乗り上げていた体が素直に離れて行く。重い体から解放されて体が安堵して息がスムーズに出来る様になった。ギョコツは頭をガシガシとかいてから首を傾げて向き合った。
「んで…何から始めるって」
秩序のある交際をする、そう決めたのだった。付き合って下さいからの順序を守らなければ混沌として流されてしまう。事実さっきだってそうなりそうだった。
「手を繋ぐ」
「んなのしたことあるだろ」
ヒトの形になる前の幼い頃の話だ。庭で転けて泣きそうな時にギョコツが引っ張って起こしてくれた。助けてくれるのはいつもギョコツだった。小さな子供の手でも力強かったことをはっきりと覚えている。
「それとは」
児戯とは意味合いが違うのだと言おうとしたがそれより先に手を取られた。右手首を柔らかく抑えられる。あくまでも軽い拘束なのだろうが何だか絶対に逃げられないようなそんな気がしてならない。
ゆるゆると指先で擦れてその慣れない感覚に呼吸が乱れる。手首を握る指が上へと滑って手のひらを撫でた。くすぐったくて体が小さく震える。ブルブルと変になりそうでそれが少し気持ち良い。
軽々と指を絡まれて手を繋がれていく。指を一本一本ゆっくりと捕まれていって固く。子供の頃とは違う。胸が高鳴って手の中に汗が出そうになる。
「ほらよ手を繋ぐ。オッケーな」
一気に上がる体温ごと分厚く固い指に包まれてしまった。恥ずかしさに顔を背けているとそれを揶揄するようにギョコツの指の力が強くなる。この手に振り回されてグルグル回るナイスダマならとっくに弾けている。
「それから?」
手を繋いだまま先を促される。少しは照れというものがないのか。意識する部分がとてつもなく熱い自分が一人馬鹿みたいだ。口にするのも気恥ずかしいと思いながら続きを求めて言葉にした。
「頬に…キス」
ドキドキと鳴っている心音より小さな声で意を決しての要求。
「それもあるぜ」
それに対してギョコツの返答は予想外で口が開く。
「は…はぁ⁉な、な、いつ」
大きく開いた口からは当然の疑問が出ていた。いつ、そんなことをされた覚えはなかった。
「あん時。弁当落としてピーピー泣いてた日」
「う!嘘だっぺだって」
小さな頃の話だったとしても知らない。そんな体験をしたら絶対に忘れるはずがない!反論しようとして
「お前頬っぺたに米付けて寝てたんだよな。それ食った時にちょっと当たった」
ギョコツはとんとんと自分の頬を指差しながらそう答えた。指が頬の肉に触れて沈んでいる。その動きにギョコツの言葉通りの様子が浮かんだ。
頬にご飯粒つけたまま寝ている自分、小さなギョコツの顔が近づいて来る、そんな光景。お昼寝のブランケットに包まれて寝ている時にそんなことしてたのか。知るはずのない事に頭の中がパニックになって煙が上がりそうになる。
「べそかいて寝てたからな。起こさないようにしてやったんだぜ」
一体なんなんだその配慮は。
「そ…それはノーカウントだ」
そう言うとギョコツの顔が近づいて来て覚悟をする前に頬に唇が触れた。燃えるような頬にふにっと当たる唇は柔らかくてギョコツの体にそんな部分があるなんて知らなかった。茹でる頭でそう思っているとちゅっと軽い音を立てて離れていく。
「じゃあこれで良いか」
「良い…っぺよ」
想いを伝え合って手を繋いで頬にキスをした。ギョコツにとっては小さな頃の振り返りだったのかも知れないけれどここからは子供の戯れとは違う。
「次は…くち…にキスする」
唇が震えて一線を超えてしまう事を強く意識する。
自分の吐いた言葉でギョコツの顔が真っ直ぐ見られない。そう思っていると大きく息を吸った音が聞こえた。吸って吐いて。呼吸をするギョコツの口元に視線を向けると唇の端を上げて笑っていた。
「やっとな」
柔らかなその言葉には万感の思いが込められているように聞こえた。アンテナの受信部がピクピクと震える。ずっとこうなることを待っていた。
「コズミック」
力強く名を呼ばれてレンズを一枚挟んで視界いっぱいにギョコツの顔がある。熱い頬にそっと両手が添えられてそれだけで体が大げさに跳ねた。肩が張って魚みたいに反応してしまって恥ずかしい。
「あ、ああ」
隠しきれない緊張をグルグルと解すように固い手が熱を混ぜる。ムニュと頬を包む手は優しくてくすぐったい。胸の底から湧いてくる感情に無性に涙が出そうになって瞳が潤んだ。視界にはギョコツしか映らない。
ゆっくりと近付いて来て二人の間の距離がなくなっていく。ああ、本当にやっとだなとギョコツが言っていた事と全く同じことを心の中で思って目を閉じた。