薪の音 びゅうびゅうと、冷たい風が吹き荒んでいる。イシュガルドはどこも寒い。
もう思い出したくもないあの薄寒い故郷ですら、これほど冷えることはなかった。
俺は横に積まれた薪を取り、ひとつふたつ、薪の中へと放り込んだ。炎が舞い、赤い光が周りで眠る三人の顔をゆらゆらと照らす。
静かに上下する彼らの体が、穏やかな寝息を表している。エスティニアン。イゼル。それからアルフィノ。
思えば遠くへ来たものだ。
俺はありとあらゆるものから逃げ続けている。そのくせに、やたらと夜は穏やかだ。
ふう、と白いため息を夜空に溶かす。しかし同時に、薪がばちんと大きな音を立てた。水分が残った薪が混じっていたのだろう。
薄い眠りから覚めたエスティニアンとイゼルが、ちらと顔を上げる。鎧や夜の闇越しで二人の顔は見えないが、ゆるゆると手を振って何もなかったことを示すと、彼らはまた静かにまどろみの中へ帰っていった。
ただ一人。アルフィノだけは音を気にせずすやすやと寝入っている。お前の持ってきた薪だぞ、なんて心の中で言ってやるが、そんなくだらない文句が彼に届くはずもない。
彼の寝息は穏やかだ。きっと、彼の眠りも穏やかだろう。
イシュガルドに来るまでの俺なら、それすらも忌々しく思っていただろうに。今はその寝息が安らかであることに安堵していた。まあ、そもそも俺は、こいつにあれほどの目にあえなんて思う程に彼を憎く思っていたわけではない。
嫌悪を感じなくなったのは、イシュガルドで過ごすうち、俺が彼を嫌っていたのではなく、彼に自分の中の嫌な部分を勝手に投影していただけだと気が付くことができたからだ。ただそれだけのことだ。
——しかし、そんなことを思うのもこれで何度目だ。
何度も何度も、こんな言い訳を自分にし続けている以上、きっとこの感情の根っこはそこではない。
もう一度ばちんと大きく薪が跳ね、アルフィノが眉間に皺を寄せて小さく身じろぎをする。俺は咄嗟に彼の頭にぽんと手を乗せて、「大丈夫だから、寝てな」と呟いていた。
呟いていた? 呟いてしまっていた。俺は一体何をやって……。
自分の行動に、自分で激しく混乱する。そんなことなど知らず、アルフィノはふうと柔らかなため息をひとつ吐いて、またすやすやと寝入っていた。素直か。
別に、こんなのは光の戦士として求められることをしただけだ。俺の意思じゃない。
これまた使い古された言い訳を自分に重ねる。とはいえ、彼が深く眠っているのをいいことに、まだアルフィノの髪を指先で触れているせいで説得力はない。
思わず情けないため息を吐くと、竜騎士の肩がくくと震えた。思わず体が強張る。エスティニアンが笑いながら囁く。
「全く、お前は本当に坊ちゃんが好きだなあ」
「は、何言って……」
しかし、言葉を続けられなかった。
そんなわけねーだろ、と言うには、あまりに説得力を失っている。もう自分を騙すのも無理がある。
はーあ。そうか。そうだな。
きっと俺はこいつのことが好きなんだろうよ。
情けなく黙り込んだ俺に、エスティニアンはもう一度くつくつと笑って、また寝息を立て始めた。俺は一人夜に取り残される。
どうしろっていうんだよ。
だって、こんな感情、自覚したってどうしようもないだろ。
もう一度ばちんと薪が爆ぜる。もう誰も動かない。未だに指先が柔らかなアルフィノの髪をふわふわとすいていることを責められることもない。
早く朝が来て欲しかった。人の目がないと、俺にはうまく仮面を被ることすらできないのだから。
せいぜい光の戦士のフリをしている時しか、彼にちゃんと向き合える気がしないのだから。
夜は長い。雲は流れ、丸い月が卑怯な俺を照らしていた。