二度目のタトゥーは存在しない『紫苑先生!』
『俺戦闘部隊に行ったら紫苑先生みたいに強くなるんだ!』
『私は援護部隊だけど紫苑先生に会いに来るね』
『紫苑先生大好きだよ!』
目を瞑れば思い浮かぶ生徒達の顔、紫苑の脳裏に焼き付く生徒達は既に天へと登り一人も居ない。
『紫苑先生!!また来ちまった!!』
否一人だけは存在していた。紫苑の生徒で死せずに生き残っている生徒がいたのだ。一人だけ、たった一人の紫苑の生徒が未だ死ぬ事も無く幸せそうに笑顔で生きている。
『紫苑先生!大好きだぜ!!』
その生徒の名は一ノ瀬四季。鬼神の子である炎鬼である、何時死んでもおかしくない、紫苑の教え子で恋人である。
四季は最近情緒不安定な紫苑を見て、理由を察し何も出来ない自分に不甲斐なさを感じていた。四季の同期は既に誰もいない。皆正義感が強く、自身を犠牲にし天に登ってしまった彼等は、四季のみを残し全員あの世の住人になった。既にこの世には居ない彼等は、紫苑の教え子は四季の世代以外も全員死に、既に四季しか残っていない。
女を抱き、ギャンブルを好み、酒に溺れる彼はそれに縋らなくては自分を保てない程に、四季を最後の砦へと防波堤と置き、酷く四季に依存をしていた。四季を毎晩抱き、他部隊から杉並に移動をさせ手元に置き、不安定な時は四季を抱いて心臓の音を聴かなければ眠りに付けない彼は、既に睡眠剤等効果無く、四季が居なければ眠れない程に壊れそうであった。
だから四季は死ぬ訳には行かない。彼を止める防波堤の四季が死んでしまうと、等々壊れてしまった紫苑を支える者が居なくなってしまう。紫苑の女だろうと、大我だろうと、彼の同期達も彼の苦しみは除いてあげられないだろう、彼の生徒である四季だからこそ彼の最後の拠り所になれるだろうからこそ、四季は死ぬ訳には行かないのだ。
最近生徒の命日が近づき、不機嫌である紫苑が四季を後ろから抱きしめ肩に顔を埋める。四季はその様子をスマホを弄りながら、時折頭を撫で彼の様子を眺めては、またスマホを弄る。
紫苑がこの様な時は好きにさせた方が良く、然し強く抱き締められ何処か落ち込む紫苑に、四季は落ち着かなく紫苑を気にしてしまう。紫苑が落ち込んでいると四季も悲しい、然し話し掛けるのも違うのは四季も長年の経験則から理解している。もどかしいこの時間が四季は苦手であった。
「四季…お前は死なねぇよな」
「何言ってんの紫苑さん!俺強いんだよ。まだまだ死ぬわけ無いって!だから大丈夫だよ!」
「本当か?俺はそれを信じて良いんだな」
「本当だって!もし俺が死んだ時は無陀野さんみたいに、身体にタトゥー彫ってよ」
四季の言葉に紫苑は笑みを浮かべ吹き出すと、笑い声を上げ壺に嵌った如く暫く笑っているのに、四季は久しぶりに安堵の息を付けたのだ。
「久しぶりに此処まで笑ったわ。俺にタトゥー彫らせない様にしろよ四季」
「わーってるって!!大丈夫だよ!!紫苑さん!!」
その夜は四季を手酷く抱いた紫苑が、眠る四季の姿を見つめ強く抱き締めた。必死に四季に縋り付き、紫苑の思いを受け止める彼には悪いと思いながらも、最後の一人になってしまった生徒に縋ってしまう程には、紫苑は既に磨り減った胸の底に耐えられそうに無かった。
だからこそ四季に死んで欲しくは無く、必死に守ろうと決意していた。
していたのだ。
四季との約束は守られることは無く、一ノ瀬四季は紫苑の元を離れ空へと登った。紫苑を守り最後は笑って死んだ一ノ瀬四季享年19歳。
──────死んだ筈であった。
一ノ瀬四季は今、無陀野の教え子として生を受けている。
ことの始まりは四季の現在の父親が、桃太郎と知り因縁のある桃太郎に殺され、無陀野に拾われた事が始まりであった。
入学試験をし、久しぶりに使った鬼の力は最初からの始まりになり、感覚を思い出しながら、京都で実習をし、練馬で真澄と馨と合い、雪山で猫咲と印南と合い、華厳で人を助け、何故か杉並に実習に行く事が決まり四季はその事に一番怯えていた。
紫苑にタトゥーを彫らせないと言いながら、彫らせてしまった罪悪感と、紫苑がどうなってしまったのかと言う恐怖、紫苑と会った場合の四季に執着していた彼が四季に再開した場合にどの様な反応を見せるかの怯えに、四季は行きたくないが既に決まってしまった事に、現在杉並の地下を歩いている。恐怖である。
杉並の地下を歩いているが、紫苑が居ない為に移動でもしたのかと安堵している中で、頬を叩く聞き慣れた乾いた音がして四季は身体の動きを止めた。
女に叩かれている紫苑を見た途端に、反省心も無く言い訳を告げる彼に周りが騒ぎ出す。然し四季はそれ所では無かった。頭の警報が今すぐ逃げろと騒いでいる。
「俺は心に決めた人がもう居るから。ごめんな君を一番には出来ないんだけど、女の子は平等に愛してるから」
そう言葉を告げ振り向いた紫苑が、四季を見た途端目を見開き四季の名を呟いた。
「…………四季」
「……紫苑先生」
途端四季が逃げ出そうと後ろを向くが、素早く四季の元まで来た紫苑が四季を抱き締め、強く強く離さないとする様に抱き締める力に、四季は振り解けないでいた。
「馬鹿野郎が、俺にタトゥー彫らせないって言いながら彫らせやがって……俺がどれだけお前が死んで暴れたか知ってんのかよ」
「………ごめんなさい」
「謝んな。俺を庇って死んだのは俺の弱さだ、だけどお前が死んでから世界が灰色なんだわ」
「………紫苑先生前向きたい」
四季が振り向き、紫苑の頬に手を添え呟く。
「また会えて嬉しいよ。紫苑さん」
その言葉に強く抱き締め肩に顔を埋めるのみで言葉も告げず返す紫苑に、四季は相変わらずの天邪鬼な彼が変わらずそこに居たのに嬉しく思い背中を撫でる。然し此処が何処か忘れていた彼等は、第三者の声で自身達の状況を思い出した。
「紫苑今は実習で来たんだ。後にしろ」
「………無陀野先輩空気呼んでくださいよ。今感動的な再開でしょう」
「関係無い。俺の生徒である四季の実力を伸ばすんだ。無駄な時間を使う必要は無い」
「……四季は俺の生徒なんですけど」
「……今は俺の生徒だ。お前は元だろ」
瞬間紫苑と無陀野の間に火花が散り言葉が更に激化していく。
「四季は俺が育てますんで、杉並に置いて帰って良いですよ先輩」
「生憎未だ戦闘部隊に置いておける程の実力は無い。お前に任せて死なれたら困る」
「………喧嘩なら買いますよ」
「………生憎喧嘩を売った覚えは無いが」
激化する火花に、何時の間にかその場に来ていた京夜が四季を背後から抱きしめ、菓子を与えている。それに気づいた二人が鋭く京夜を睨み抱き締める彼へと告げた。
「……京夜先輩好い加減にしてくださいよぉ」
「……京夜四季に構うな。菓子を与えるな、今すぐ四季から離れろ」
「…あれ?もしかして俺に矛先向いた?」
先程迄互いに向いていた怒気が京夜へと向けられたのに、京夜は久しぶりの理不尽な怒りに涙を流したくなったのだ。
会議が終わり紫苑と別れる際に、四季の元へと来た紫苑が言葉を告げた。
「今夜俺の部屋に来い」
「紫苑さんの部屋?」
「変わってないから、別に今日は何もしない」
紫苑がそう言葉を告げた後に会議室を後にする。女でも抱きに行くのだろうかと、検討を付けた四季は会議室を後にするのだった。
紫苑は最近様子の変わった同期の態度に怒りを感じ、八つ当たりがしたい気分である。
馨からは愉しそうに含みのある態度でこの様な事を言われた。
『紫苑、お前が思ってるよりこの世は悪くないよ。可愛い犬もいるしね』
猫咲が楽しそうに勝ち誇った様に紫苑を揶揄いやる。
『奇跡ってあるんだな。最近懐いた愛犬を飼い始めたんだ。可愛いぞ今度写真見せてやるよ』
印南が何時も以上に明るい様子で楽しそうに紫苑に話した。
『この世界もあまり悪くない。紫苑幸せな未来は存在したようだ…』
彼等が存外に四季の存在を隠し言ったのは、紫苑の為であり独占する為だろう事は分かっていた。だからこそ怒りが止まらないのだ。
暗い地下の道を歩き、怒りからそこら辺にあるゴミ箱を蹴り飛ばす程には、同期への怒りが凄く、また隠していた無陀野や京夜に真澄への先輩達にも怒気が酷く紫苑は苛立っていた。
然し再び四季に会えた奇跡には、感謝しなくてはならない。四季と未まえた奇跡が起こり、尚且つ四季が覚えていた。その様な奇跡等二度と起こらないのだから、今度こそこの手で守らなくてはならない事に、紫苑は目を瞑り再び目を開く。
廊下は静寂が広がり、壁を叩く鈍い音が一つ響いた。
四季は場所の変わらぬ彼の部屋の前に立つと、ノックをするか迷うも直ぐに扉が開いた音に驚き目を見引く。
「何してんの早く入りなよ」
「……紫苑さん」
「良いから早く入れ」
手を引かれ何時も二人で座っていたソファに紫苑が座り、その上に四季が座る。後ろから抱き締められ深い息を吐く紫苑に、四季は彼の髪を撫でながら部屋の中を眺める。
何も変わらない部屋は物が増える事も無く、然し四季や生徒の写真立てが伏せられていた。そうさせてしまった四季は、自身に怒りや、紫苑への虚しさや悲しみ等複雑な感情が沸き上がり、紫苑の頭を撫で続ける。暫くし、弱々しく声を上げた紫苑が話し出す。
「……お前が居なくなってから、一時期大我でも手を付けられない程に荒れた時期があった」
「………」
「女の元へ常に入り浸り、仕事も最低限で大我に全部任せた。酒に溺れてけれど眠れない日々を過ごして、京夜先輩に毎回無理矢理薬で寝かせられてた。お前が居なくなってから世界に色が無くなったんだよ」
「………最低限なのはいつもじゃん」
「……黙って聞いてろ。暫くして立ち直って、今ではお前を毎日想っても痛みが減って暫く立つんだけど、同期の態度がおかしくなったんだ。心当たりはあるか?」
「………」
「馨の笑顔が増えた。猫咲が安心した表情を浮かべるようになったし、印南が前より喧しくなった。全部最近の話なんだよ。四季」
「……なんで会いに来なかった」
紫苑の言葉に四季は答えられない。無陀野の元で学んでいたから、否怖かったのだ紫苑に拒絶される事が、だからこそ四季は紫苑に会えなかったのだ。
「紫苑さんに拒絶されるのが怖かった……
初めは遠くからでも良いやと杉並に行ったことはある。だけど紫苑さんの顔みたら止まれなくなりそうで直ぐに帰った……紫苑さんが大好きだから会えなかった」
四季は振り返り紫苑に優しく幸せそうな微笑みを浮かべ告げる。
「……ねぇ…紫苑先生大好きだよ。ただいま」
四季の言葉に紫苑は悲痛な表情を浮かべた後で、安堵した様に息を吐き四季を正面から抱き締めた。
「おかえり……四季…」
紫苑の私服の鎖骨から見えるタトゥーが四季の目に付き、その刻まれた証をそっと四季は撫でたのだ。
再び未まえた狼の番達は、待ち続けた雄の狼は番が悲しみに吠える日々が終わりを告げ彼等は元のねぐらへと再び帰るのだ。幸せな時間は戻り、雄の狼は二度と番を手放さない。
二度と手放すものかと、ベッドに押し倒し涙を流し鳴く彼を絶対に次は絡め取り離さないと、男は決意し唇へ噛み付くのだった。