感謝の歌を今日も歌え空に闇が広がり、夜の交差点を歩く。二人で歩く交差点は神秘的で、何かが起きそうな胸のざわめきがしていた。途端突っ込んで急ブレーキを掛けるトラック、に突き飛ばされ目に入って来たのは、半身が跳ねられる光景。目に入る情報が嘘だと信じたくて、トラックは轢き逃げし、混乱する中武臣に電話をした。
「武臣!武臣!!」
「どうした珍しく取り乱してるじゃねぇか」
若狭の声に只事じゃないと察した武臣は落ち着いて話せ、と言うと若狭が必死に叫ぶように告げた言葉は地獄の一言だった。
「武道が……武道が!トラックに……跳ねられた」
混乱する若狭に武臣は場所を聞き出し、直ぐ救急車を呼ぶのに連絡する。混乱する若狭から場所と症状を聞き出し、取り乱し項垂れる若狭に言葉をかけると、救急車の音が聞こえ電話が切れる。
これからの若狭が心配だと武臣は思うと、最悪な結果にならない様に、武道の無事を普段は信仰も無い神に祈った。
手術は成功して、病室に運ばれた武道を見る若狭の目は悲痛に項垂れ、愛しい蜂蜜に砂糖を溶かした愛を注ぐ相手に、色々な装置が着いて寝込む姿に、若狭は絶望に目を歪め口を開くと顔を覆う。自分が半身に大怪我を追わせてしまった…本当なら即死な所を大怪我で済んだ武道に、若狭は死にたくなるような胸の苦しみを襲う。
生きてる意味が分からない、武道が居ない世界なんて生きていけない。早く目覚めてくれ……と祈るが、神は残酷だった。
それから一週間武道は目が覚める事は無かった。毎日見舞いに来て、武道を見る若狭は起きない武道に絶望や怒りや不安が募る。心は限界だった。
家に体を引き摺るように帰ると、依然からは考えられない荒れ果てた部屋に、若狭は唯一無事なソファーに座る。
食卓テーブルにはカップ麺な山が積み重なり、部屋の一部は怒りから荒らされたまま物が床に落ちる。若狭の現状は酷い物だった。
体を引き摺りまたカップ麺を食べる。武道のご飯が食べたいと思い味の無い食事をする。涙はもう枯れ果てた。
冬の寒さの中珍しく暖かい日、若狭は花を持って見舞いに来ていた。赤のゼラニウムを花瓶に差すと、今日も眠る武道の顔を眺める。椅子に座り少し痩せた点滴が刺さる腕を持ち上げる。
今日も武道は起きない。
病院から帰るとヤケになりか、酒を飲むが余り酔えなく帰り道を歩くと、目の前から道幅を取る奴らに若狭は一目見ると端に寄る。男の一人が若狭に態とぶつかり、態とらしく絡んで来た。
「おいおい腕痛ってえな」
「こりゃ慰謝料請求だな」
「金寄越せや!」
ギャーギャー騒ぐ餓鬼に若狭は舌打ちを一つすると、男に蹴りを入れる。力量も見分けられない三下が殴り掛かるが、若狭は交わし腹に一つ入れ、後ろに体を捻ると蹴りを入れる。ムシャクシャしか気持ちが少し落ち着いたのに帰ろうとするが、後ろから立ち上がる男に気付かず一発殴られた。
「テメェ………」
「へへっどうだ俺は東龍のドンだ」
何かが切れる音がすると、若狭は男を殴り付け只管殴って行く。武道の事を考えてる時に雑音を立てる塵共を満足するまで殴ると、その場に捨て立ち去る。
自分はここまで弱かったか、と思うと更に気分は下がって行く。もう何も考えたく無く、家に帰ると薬と酒を大量に飲み眠りに着いた。
最近若狭の周りが心配し始め、若狭の家に来ては千壽が掃除したりと、周りも若狭を励まそうと飲みに誘ったりするが、若狭は全部断っていた。だが頑固な若狭に痺れを切らした武臣と慶三が、無理やり若狭をバーに連れ出し飲ませる。
「武道は今のお前を望んでないぞ」
「…………」
「武道の為にも何とかしろ」
「…………武道は目覚めてない!!」
若狭はテーブルを拳で叩くと強い音がなる。武臣はそれから何を言うことも無く無言で酒を飲み始めた。若狭の気持ちは痛い程分かるのだ。
それから三日後若狭は見舞いに来ていた。今日で武道が眠り続け二ヶ月に入る。若狭の我慢の限界だった。
「ねぇ……起きてよ武道」
若狭は武道の唇に震えながら触れるだけのキスをすると、目をゆっくりと覚ます武道が眠たげに天井を見つめると視線を彷徨わせる。奇跡が起きたと若狭は思うと、目から雫が止まることなく流れ落ちた。
「おはようワカ君」
二ヶ月振りの武道の声に若狭は思い切り抱きしめると、深呼吸する。消毒の香りに潜む武道の香りに、胸が安堵し力を抜くと、目の前が暗くなり武道の声が聞こえる。若狭が倒れた。
武道の隣に寝かされた若狭は、ストレスと不摂生と不眠と診断され、武道は自分が眠り若狭の例えようの無い大きな不安に、性懲りも無く愛されてるのを感じた。彼が愛するからこそ倒れる程武道を求めた。武道はそれだけで嬉しくなり、ベットで眠る若狭を抱きしめる。
「ごめんねワカ君……おはよう」
それからベットを並んで毎日武道と若狭は楽しく過ごし、あの荒れた暮らしからは考えられない程、安心と幸せに満たされ一緒に過ごしていた。
二人と退院の日が来て一緒に病院を出ると、東卍の人達と、同じ仲間だった黒龍の乾と九井達と、梵の武臣や千壽が迎えた。皆に囲まれ揉みくちゃにされながら家に帰る。
途中で別れ家に帰ると、千壽が掃除をしてくれたのか綺麗になっているが、キッチンには山積みな空のカップ麺がゴミ袋に入り、若狭は武道に怒られる事になる。
「もう!毎日カップ麺はダメです!」
「…………俺じゃない」
「じゃあ誰なんですか?この家は俺と若狭君の家ですよ!」
「…………ごめん」
武道は若狭を撫でお昼を作るのにキッチンに入り、若狭は武道を抱きしめ覗き込むと、武道が危ないと言うが離れない若狭を好きにする。
トントンコトコト安心する音がする。出来たご飯を盛り付け、食卓に置くとハンバーグとスープに白米と言うラインナップに、好物が並び微笑むと手を合わせ挨拶する。
「いただきます!!」
「……頂きます」
この挨拶も武道と出会ってから覚えた事だ、若狭はそれまで食事前の挨拶なんてしなかった。口に広がる味は渇望し望んでいた味で、食べ進めながら涙がボタボタと零れ落ちるのに若狭は呟く。
「美味しい……美味しい…………」
武道は若狭の潰されそうな重い愛を感じ受け止め、ハンカチで若狭の目を吹くが自分の目元も濡れている。泣き虫のヒーローは健在だ。
「ありがとう!濡れちゃうよ」
若狭が泣きなが食べ進めそんな光景に、武道も幸せを感じ食べ進める。ただの食事がこんなに幸せな物だとは今まで感じなかった。
窓から光が入り食卓を照らす。
幸せな生活を再会できた喜びにヒーローは笑顔で泣いた。
赤のゼラニウムの花言葉「君がいて幸せ」