サブスタンスの影響で自我を持ったキスディノのパンツたちのお話 おっす!オレ、パンツ!
ひょんなことから、心が宿り自我を持つことが出来るようになったんだ。多分これは、オレの持ち主がよく言ってる【サブスタンス】ってやつの影響だな。オレ以外のパンツはみんな無言だから、多分オレだけが影響を受けたんだと思う。
オレの持ち主はキース・マックスって言うんだ。何でもヒーローとかいうのをやってるらしい。建物の外でオレだけを身に纏っていることが多いから、多分ヒーローっていうのは外でパンツだけになる仕事なのかもしれないな。
今日も今日とてキース・マックスのお尻を包み守っているわけだが、最近何だからすごいんだ。何がすごいって、キース・マックスのお尻だよ。前まではとにかくただの肉の塊、って感じだったのに、最近はめちゃくちゃ硬いんだ。これが筋肉ってやつなんだろうな。そこまで耐久性がないわけではないオレでも、はちきれそうったらありゃしない。
そんなオレの持ち主は、最近よく同じ名前を呼ぶようになった。
「おい、ディノ」
「ん?何だ、キース」
そうそう。ディノ!オレはディノの顔を見たことがないけど、声の感じはめちゃくちゃいい奴って感じがする。オレが無言で二人のやりとりを聞いていた時だった。
〈はあ……ディノはいつになったらキースに告白するんだろうな。こんなに毎日話してるんだから、チャンスなんていくらでもあるだろうに〉
突然聞こえてきた声は、初めて聞くものだった。初めてなのに、オレは直感でわかった。
──これは、パンツの声だと。
思わぬ仲間の登場に、オレの心はどうしようもなく踊った。第一印象って大切らしいから、ここは元気よくいかないと。
〈おっす!オレ、キース・マックスのパンツだ!お前は誰だ?〉
〈ええ⁉︎話せるパンツが他にもいたのか!俺はディノ・アルバーニのパンツだ!〉
〈オレも自分以外で話すパンツと遭遇したのは初めてだ!出会えて嬉しいぜ〉
オレたちは、顔(布)こそ見えないけど、運命のようなものを感じていた。そして、多分この瞬間恋に落ちていたんだと思う。
それからというもの、キース・マックスがディノ・アルバーニと会うたびにオレたちはいろんなことをたくさん話した。ディノ・アルバーニのパンツはとにかく物知りで、話していてとても楽しかった。
〈は⁉︎ヒーローって、街の平和を守る仕事なのか⁉︎〉
〈そうだぞ。キース・マックスはメジャーヒーローだから、本当に強くてすごいんだぞ〉
〈そうだったのか。こいつ、しょっちゅうオレだけを身に纏った姿で外にいるから、それが仕事なのかと思ってた〉
〈あはは!ちょっとだらしないところもあるみたいだけど、ディノはそんなキースのことが好きみたいなんだ〉
〈え、ディノ・アルバーニもキース・マックスのことが好きなのか⁉︎〉
〈と言うと……?〉
〈キース・マックスもディノ・アルバーニのことが好きなんだよ。なんだ、両思いだったのか〜〉
〈これだけ毎日たくさん会って話してるんだもんな、むしろ両思いじゃなきゃ不思議だよな〉
オレたちは一通り笑った後、ふと冷静になった。
〈でも、二人はまだ付き合ってないよな〉
〈たしかに……〉
〈俺たちの力で、どうにか出来ないかな?〉
唐突なディノ・アルバーニの発言にオレは戸惑った。出来ることならそうしてやりたいが、一体どうすればいいと言うのだろうか?
〈ほら、俺たちって所謂サブスタンスってやつの影響で、自我を与えられたわけだろ?何か不思議なことを起こせそうじゃないか?〉
物知りのこいつがそう言うなら、そうなのかもしれない。
〈お前がそう言うなら……試してみるか?〉
オレたちは目を合わせられるわけではないけど、それ以上に心で通じ合っている。
〈とりあえず、物理的にこの二人がくっつけてみる?〉
〈なるほど〉
どうすれば良いのかなんて分からないけど、多分念じればディノ・アルバーニのパンツと引き合えるような気がした。
「え、うぉ⁉︎」
効果はすぐに表れた。間抜けなキース・マックスの声が聞こえる。オレたちが引き合おうとする威力に抗えないようで、前のめりに突っ込んでいる気配をオレはズボンの中で感じた。
「うわああ、キース!」
どうやらディノ・アルバーニも同じ状態のようだ。二人の距離が近づくほどに、オレたちは互いの存在を近くに感じられた。
──────
「っと、悪ぃ……何か急に身体が動いたわ……」
「ごめん、俺も足が勝手に」
何なんだこの状況は、と思わず天を仰いだ。今、オレの胸の中にはディノがもたれかかっている。お互い引き合うようにして、密着した身体が心臓に悪い。なぜか異様に下半身が密着しているが、断じて下心があるわけではない。不思議な力に引き寄せられるように、勝手に密着しているのだ。
いくら好きな相手と、事故とはいえこんなに密着するとは。ラッキーだと思う余裕が出てきたところで、オレはディノの表情から目を離せなくなった。
節目がちに潤んだその瞳の揺れや、赤くなった首筋。
──もしかして、なんて期待をしてしまう。
「……悪ぃ、離れるか」
「え」
「え?」
「あ、いや、ごめん!そうだよな、急にこんな抱きつかれても、キースは嫌だよな」
「そんなこと言ってねぇだろ。つーか、その言い方だとディノは嫌じゃねぇみたいに聞こえるけど」
「……」
沈黙が肯定のように感じられるのは、さすがに自惚だろう。そう思ってため息を吐いた時だった。
「いやじゃ、ないよ」
「っ……ま、まあお前はラブアンドピース星人だもんな」
「そうじゃなくて!キースだから、いやじゃ、ない……です」
「……お前は、それ」
「だから!俺はキースのことが──」
──────
よく分からないうちに、キース・マックスとディノ・アルバーニは付き合い始めたらしい。そのおかげで、オレたちパンツには良いことが起きた。
〈よ!今夜も会えたな。いつもと変わらず、良い柄だな〉
〈お前の緑の縦縞もイカしてるぞ!〉
お決まりのようになりつつある柄の褒め合いをして、オレたちは笑った。
〈二人が俺たちを同じ場所に脱ぎ捨ててくれるおかげで、たくさん会えるようになったよな〉
〈そうだな。それにしても、二人が付き合い始めてくれて本当に良かったよ〉
そんなことを話しながら、オレたちの間には少しの沈黙が落ちた。その間にも、同じベッドに潜り込んだキース・マックスとディノ・アルバーニの荒い息遣いが部屋に響く。
〈よくさ、ディノ・アルバーニがキース・マックスに好きだって言うだろ?〉
〈そうだな〉
〈オレもさ、お前にそう伝えたいなって思ってたんだけど……迷惑か?〉
〈!〉
〈多分、いや、絶対……ずっとお前のことが好きだったんだ〉
〈嬉しいよ、キース・マックスのパンツ……!俺もお前のことが好きだ〉
勢いよく返された答えに、オレの胸の内はじわじわと熱くなっていく。
嬉しい。他のパンツと想いを通わせて、同じ想いを抱き合えるなんて……!
そう思った時だった。不意に、オレたちは息苦しさを覚え始める。
〈くっ……まさか、【サブスタンス】の影響が薄れ始めている……?〉
〈そんな、俺たちは今初めて想いが通じ合ったのに〉
オレは必死に魂をディノ・アルバーニのパンツへと寄せた。人間みたいに手があれば、繋ぐことも出来ただろうに。
〈ディノ・アルバーニのパンツ……!〉
〈キースのパンツ!〉
それが最後に聞いた声だった。オレたちは互いの声を最後に自我を失うのだった。
──────
「あれ、キース。俺たちこんな脱ぎ方したっけ?」
「あ?」
「ほら。下着だけが綺麗に重なりあってる」
「たまたまじゃねぇの?」
同じベッドで朝を迎えることが増えてきた今日この頃、ディノが指し示した先には、確かに綺麗に重なり合ったオレらのパンツがあった。
「下着まで仲良しなのかもな!」
「んなメルヘンなこと言う歳でもねぇだろ」
「まったく。キースは夢がないな〜」
オレたちは各々自分のパンツを手に取り身につける。心なしか温かいような気がすることに首を傾げつつ、オレたちは朝の支度を始めるのだった。