リトルナイトメア……さみしいなあ。
ソファで毛布の端を握って丸くなりながら嵐山は思う。なんだか胸がすうすうする。
こちらの世界の理に従って実体化するのも初めてのことで、感覚をもて余してしまうのだが、これが寒いってことだろうか。
迅は『風邪を引くな』って言ったけど、これは大丈夫なんだろうか?
強引に押し掛けた自覚はあるから、これ以上わがままは言えないけれど。そう、追い出されなかっただけ迅は優しいのだ。
でも、さみしい。一緒に寝たかった……。
あちらの世界から自身の意思で人間界にやってきた最初の夜だ。
なにも勝手が分からないし、自分自身の制御も上手く行かない。それ相応の覚悟を持ってこちらに来たのは確かだが、愛しい弟妹たちもいない夜は想像以上に堪えた。
だいたい淫魔というのは寂しがりなのだ。
人間という陽の存在の生命力に、そのぬくもりに焦がれてやまない卑しい生き物。
……迅の精液、美味しかったなあ、と思い返してちろりと唇を舐めてしまう。もっとちゃんと味わいたかった。もっと、触れ合いたかった。
なるべく人間の『普通』の振る舞いを心掛けたつもりだけれど、本能に関する部分はその限りではない。なんだか迅は動揺していたようだから、申し訳ないことをしたのかもしれない。
でも夢に潜り込むだけでは、この身の飢えは満たせないから。
すん、と毛布に鼻を寄せれば迅の匂いがする。
嵐山にとってはどんな香料にも勝る極上の匂いだ。ある意味、彼の方が嵐山を誘惑しているのだ。もっともっと、と思ってしまうのは仕方ない。
迅にくっついて眠れたなら、それだけである程度回復できると思うのだが。
先ほど魔手たちを退けたせいで、あっという間に魔力が減ってしまった。
嵐山には使えるのは光魔法だけ、という特殊事情がある。
敵対するものを倒すには絶大な力を発揮するが、いかんせん強力過ぎて効率が悪い。あまり使ったこともないので出力の制御も覚束ない。
それに能力の大部分を占められているせいか、どうも他のことに割くリソースが足りない。
迅が言う『パパっと変身』なんてことは出来そうにない。
まあ言ってしまえば元々、不器用だからに尽きるのだが。
とはいえ、すでに始まってしまったのだ。どうにかこの世界に慣れて乗り切るしかない。
そのために迅には迷惑を掛けてしまうかもしれないけれど……と思うと胸が痛む。
迅は思った通り、力ある人間だった。そして何より優しい、と知っていた。迅なら絶対にやれる、と確信したから選んだのだ。
人間の行う悪魔召還の儀式は一時的に、あちらの世界とその存在が繋がる。扉を抜けた相手に目印を打ち込むのは簡単だ。
迅が巻き込まれたという儀式が、淫魔に関わるものだったから誰より先に嵐山が捕まえられたのだ。きっと運命だったのだと思っている。
悪魔にとって運命は絶対。
絶対をくれた迅を俺は必ず守ろう、と改めて決意する。
……それにしても寒いなあ。(そうこれは『寒さ』だ)
明日は寒さを言い訳に持ち出せば、一緒に寝てくれるかもしれない。
寒さと淋しさを一緒くたにする画策をしながら、嵐山は回復するための眠りについた。
人間界の朝はもうすぐそこである。