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    タカネ

    @takaneyuki2021

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    タカネ

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    観用少年。それは一日三回のミルクと週に一度の砂糖菓子で生きている最高級の贅沢品である。生きている人形である彼らの一番の栄養は、持ち主から注がれる愛情であり、愛情こそがその笑顔をより美しくするという──。

    #迅嵐
    swiftashi

    My happy Life「あ~やられたなあ。一足遅かったわ」
    大して悔しそうでもなく林藤は言って、のんびりと邸宅の中に足を踏み入れた。
    「そんなこと言ったって、一晩遅らせて猶予作ったのはボスでしょ」
    「こら迅。人聞きの悪いことを言うな。そんなわけないだろー。やむを得ない事情があって遅れたんだよ」
    「どの界隈での人聞きが悪いの?また一個『取引先』が減るよ?」
    「構わん。あのファミリーのやり口は正直好かん」
    「まあボスがいいならいいけどさ」
    取り立てるはずの債権者に逃げられた状況であるのだが、上司がそう言うなら迅としては特段困ることもない。
    どんなコネや伝手があるのか、はたまた実力があるからなのか林藤に仕事を依頼してくるファミリーは後を絶たない。
    街の均衡を保つためには便利屋──というか後始末屋は重宝されるし、勃興と没落を繰り返す多数のファミリーのいざこざが絶えないこの街でやっていけている林藤はしたたかなんだろう。
    「んじゃまあ、とりあえず金目の物が残ってないか一通りは確認してくれ」
    「はいはい」
    とはいえ広い高級邸宅はもぬけの空である。
    大急ぎで出て行ったのだろう荒れたリビングルームは窓も開けっ放しで、気持ちのいい午後の風が吹き込んでくる。
    ふーん羽振り良かったんだなあ、と見回したとき、ふわりと揺れたレースのカーテンの影、ソファの上に気がついて仰天した。
    「……ボス、なんか人が、子どもが」
    「なんだ、どうした?」
    「しんでる……?」
    「はあ?」
    迅が指差したソファの隅にはぐったりとひじ掛けに凭れている人影があった。つかつかと歩み寄った林藤は『ああ、なんだ』と声を上げた。
    「珍しくうろたえた声出すから何かと思ったら。おまえこれ知らないのか?こいつはプランツドールだよ」
    「え?ぷらんつ?」
    「観用少女、こいつは少年か。生きてる人形だ。法外な値段がする高級品だぞ」
    林藤はそう言って突っ伏している人形の肩を軽く揺すった。
    「おーい、大丈夫か?起きてるかー?」
    「そういえば聞いたことあるような……」
    聞いたときにも、え~生き人形なんてなんか気味悪い。金持ちの趣味って分からない、と思った迅は若干腰が引けつつ様子を見守ってしまう。
    「……そんな高価なものなら、なんで置いてったんだろうね」
    「そりゃあ、夜逃げには足手まといだろ」
    『うーん、起きないなあ』と唸った林藤は迅に言う。
    「しょうがないな。迅、おまえおぶって車に連れてきてくれ。俺はとりあえず家ん中一周してくるから」
    「え?おれが?」
    思わず出した嫌な声を林藤に軽く無視されて、迅はこんな死体みたいなのをおんぶするとか嫌だなあ、と思いつつ人形の様子を伺った。
    「ねえ……ねえちょっと、起きてくれない?」
    ソファの傍らに膝をついてそっと声を掛けると、人形のまつ毛がさざめいて、眩しそうにゆっくりとその目が開かれた。
    ……あ~、なるほど美少年だ。
    迅は声に出さずに感嘆した。
    小造りな顔に緑色の大きな瞳は形良く。身を起こした滑らかな額に艶やかな黒髪が映えている。
    なるほど、これは高価そうだ、としばし見とれて、そこで人形が物問いたげに自分をじっと見つめているのに気がついた。
    「あ?あ、えーと、その一緒に来て欲しいんだけど。できれば自分で歩いて欲しいんだけど」
    ただじっと大きな目で見返してくる人形にしどろもどろしていると、林藤の呆れた声が掛かった。
    「おまえ、なにやってんだ」
    「だってさー」
    「目を覚ましたなら丁度良い。おまえそれ連れて帰って面倒見ておいてくれ」
    「え?嫌だよ!生き人形なんて気味悪い」
    「別に噛みつきゃしない。確か一日三回ミルクやるだけだって話だし」
    林藤は上着のポケットから煙草を取り出しながら事も無げに言った。
    「一応、その人形も回収依頼された財産の一部だし、見つけたからには放置できない。他の業者に持ってかれて適当に転売されても困るからな」
    「そんならボスが、」
    「おまえ見習い、俺社長」
    「……。」
    へらりとした笑顔のわりに断固とした口調に迅は閉口するしかなかった。


    ……なんか、こんなボロアパートには不釣り合いだなあ。
    自分のベッドに行儀良く座っている人形からなるべく遠い場所、と言っても狭い部屋の中のこと、造り付けのキッチンで一脚しかないスツールに腰掛けて迅は思った。
    連れて来てから人形はずっと無表情で、ただじっと前を見ている。
    観用少年は喋らないらしいし、虚ろな感じのする視線が居たたまれなくて、困ったあげく距離を取ってのお見合い状態だった。
    野生動物を相手にしてるわけじゃあるまいし、とため息をつくと、妙な緊張感もばかばかしくなってきた。
    「……腹減ったな」
    呟くと人形の視線もこちらに向く。
    「あ~、そうだよね。おまえもお腹減ってるよね」
    預かるのは一時のことで、ずっとここに置いておくわけじゃない。犬猫を預かったことだってあるんだし、なんとかなるだろう、と開き直る。
    「えーとミルクだっけ。ちょっと待ってて。あったかな?」
    良く分からないけど人肌でいいだろう、と温めたミルクを自分のマグカップに注いで持っていく。
    「はい、ミルク」
    差し出すと人形はじっとカップを見て、それから迅の顔を見上げた。
    「あー、安物のカップだけどこれしかないし、ごめんね?」
    言うと、人形はふ、と笑った。
    それこそまったく人形のまま白く硬かった顔にはじめて浮かんだ表情に迅はどきりとした。
    うわ、きれいな顔だな。っていうか人形と意志疎通できたな、驚いた。
    受け取ったカップの中身を静かに飲んでいる少年人形の様子に、なんだか可哀想になってきた。
    「そっか。要するにおまえ捨てられたんだもんな」
    ベッドの隣に腰を下ろして呟いた。
    「おれもまあ、そんな感じだなあ。気がついたらひとりで──要らないってことだったんだろうなあ」
    この街ではそんな子どもは珍しくないけれど、だからと言って傷付かないわけじゃない。
    迅の場合はどこかしらのファミリーに拾われて、使い捨てのコマにされなかっただけマシなのだ。林藤は迅に様々な生きる手段を教えて育ててくれた。感謝している。
    「とりあえず、おまえの行き先が決まるまではちゃんと面倒見るから、安心して」
    自分の足元を見たまま、そんなことを言って顔を上げると隣の人形は迅をじっと見ていた。
    緑色の澄んだ瞳が細められて嬉しそうに微笑む。
    それだけのことなのに、迅も胸のどこかが暖かくなった気がした。


    毎日、帰ってくるとそこには人形がいて自分を待ってくれている。出迎えてくれる。
    それだけだ。別になんの役に立つわけでもない。
    でも返事はしなくても迅の話を聞いてくれる。そばにいて、自分を見て笑ってくれる。
    それだけ。それだけのことで毎日に張り合いが出来た気がして迅は驚いていた。
    飲ませてやれるのはプランツドール用の高価なものではない普通のミルクだし、相変わらずカップも安物だし。着替えはサイズが合わない迅のお古だし。
    それでも人形は嫌な顔ひとつせず、迅を見てにこにこと明るく笑う。その笑顔を見ると迅は自分でも気づかなかった、ささくれだっていた胸のどこかが宥められる気がした。
    こういうのを癒しって言うんだろうか。それなら金持ちの趣味も少しは分かる気がした。
    ベッドはひとつしかないから、最初は迅が床に寝ていたのだが、夜中に気がつくと人形も床で一緒に寝ているものだから、結局今は狭いベッドでくっつき合って寝ている。
    あの広い高級邸宅での暮らしとは比べようもないはずなのに、人形は少しも荒れることなく、拾った当初の悲しげな影はすっかり消えていた。
    それを眺める迅は、自分も以前より生き生きしていることには気がついていなかったけれど。
    「おまえに観用少年を育てる才能があったとはなあ」
    「別にそんなんじゃないよ。犬や猫だって生きてる限りは面倒見なきゃだめじゃない」
    「それなんだけどな、行き先決まったから」
    「え?」
    「債権者のファミリーの奥さんだかが、前からプランツドール欲しかったらしくてな。引き渡したら今回のことは手打ちにするってさ」
    「……そっか」
    「まあ、残念だけどその方が人形にとっても良いだろ。観用少年は金持ちの道楽だからな」
    林藤がどうかすると慰めるように言うので、迅はただ首を横に振った。
    「だから、別におれは預かってただけなんだから否やはないよ」


    明日には新しい主が引き取りにやってくるというので、迅は部屋で支度をしてやっていた。
    そうなのだ。一時的なことだと分かっていたはずだった。元から自分などには縁のない代物だったのだ。
    綺麗に洗い張りをした服を着せてやって髪をすいて整えてやる。
    「まあ、いい夢見させてもらったってとこだな」
    迅が息をつくと、ふと人形が迅の手を取った。
    びっくりして見ると、見上げてくる瞳は訴えるような色をしていた。
    初めて見る意思表示に迅の心も揺れた。
    「そんな顔しないで。おれだってさ……、」
    口ごもると、少年人形は迅の手をぎゅっと握ったまましょんぼりと眉を下げる。
    「あのね、ここはおまえには不釣り合いなんだよ。もっと環境の良いところでふさわしい暮らしができるんだから、」
    緑色の瞳に張った水気の膜がみるみる盛り上がる。『あー……』と迅がうろたえる内に、人形の潤んだ瞳からぽろりと涙が溢れた。こぼれた雫はすぐに小さな丸い結晶になって膝の上に散らばった。
    「泣かないでよ。人形が泣くなんて初めて見るよ……。ただもっと、しあわせになって欲しいだけなんだから」
    と迅は、自分も目の奥が熱くなるのを我慢しながら言い聞かせた。
    涙に濡れた頬を手のひらで拭ってやると、いつもひんやりしている人形なのに心なしか熱くなっているようだった。まるで本当の子どもみたいだ、と悲しくなりながら、きらきらと散らばった結晶を拾い上げる。
    不思議な人形の涙は不思議なきれいなものになるんだなあ、とただ感心した。


    いそいそとやって来た成金夫婦は大喜びで人形を引き取っていった。
    迅はしばらく何もやる気が起きなくて、ぼんやりと日を過ごしていた。
    だって、頑張って仕事して帰っても、もう迎えてくれる笑顔はないのだ。それでなんのやる気が起きるというのか。
    「お~、迅、しっかりしろよ。ペットロスのじいちゃんみたいだぞ」
    「うるさいなー。ペットロスじゃないよ」
    違うけど、まあその気持ちは分かる。だけど、たぶんダメージはこっちの方が大きい気がする。
    「じゃあ、嫁さんに逃げられた不甲斐ない旦那」
    「違うってば」
    林藤の軽口を否定しつつも、なぜか胸にぐっさりきて迅は机に突っ伏した。
    ポケットから少年人形が残していった小さな結晶を取り出して眺めてみる。
    虹色みたいな空色みたいな。緑色の瞳から溢れたものなのに、それは何故か迅の瞳の色に近く見えた。
    こんな綺麗なもの、宝石でも見たことないなあ。
    「ん?迅、なんだそれ?」
    「ああ、これ?プランツドールの涙がこんなものになるなんてボスは知ってた?」
    「はあ?!」
    迅が言ったとたん、林藤は珍妙な顔をした。
    「え、なに?」
    「おまえそれ、観用少年の涙ってのは宝石とおんなじで下手したら人形本体より高値になるって代物だぞ……」
    「そうなの?」
    「宝石店に持ち込んでみろ、一財産に、」
    と林藤が言っているときだった。
    『警察だ!ここを開けろー!』と扉がドンドンと叩かれた。
    「何事だ?」
    「え、林藤さんなんかまずいことしたの?」
    「非合法はしょっちゅうだろうが。でも警察が出てくるような下手はうってない……、あーうるせえな!開いてるよ!」
    どやどやと警官たちが踏み入ってきた。
    「林藤さんよ、ちょっと署までご同行願おうか?」
    顔馴染みの警官ににやりと笑われて林藤も負けじと不遜に笑い返す。
    「とりあえず身に覚えがねえなあ」
    「ローンがたんまり残ってる人形を横流ししただろう?人形がすこぶる具合が悪いとかで、持ち主が人形店に相談に行ったから足が着いたぞ」
    「あ~、なるほど」
    「え……、」
    迅が驚いている内に林藤はさっさっと立ち上がる。
    「奴ら諸々の尻拭いをこっちに押し付ける気だな」
    「どうすんの?」
    「そんな雑なやり口が通るわけないがな。まあ、一枚噛んだのは確かだから、ちょっと行ってくる」
    『おまえは何もしなくていい。留守番してろ』と言って林藤は警官たちと共に出て行ってしまった。
    「……何もするなって、そんなわけいかないじゃない」
    もう林藤に拾われて保護されていただけの子どもではないのだ。それに。
    『人形の具合がすこぶる悪くて……』
    耳に残った言葉が気になっていた。


    そんなこんなの後日談──。
    「おまえがそんなに上手く立ち回れるようになってたなんてな。気が付かない内にずいぶん成長したもんだ」
    「おかげさまで」
    迅はしらっと返事をすると、次には笑ってお茶を入れた。
    人形のくれた涙の宝石は、持ち込んだ宝石店で大歓迎されて。彼自身の最初の残金と、その後の身代金と、林藤の保釈金をまかなってまだおつりがきた。
    迅はその彼の『財産』をやりくりして、今回の債権者たちとの落とし前をきっちりつけた。
    自分と林藤の前にお茶のカップを置いて。
    もうひとつ赤いマグカップにミルクを注ぐ。
    すっとそれを受け取って、眩しいくらいの笑顔を見せるのは、便利屋の新たな従業員となった美形の少年だ。
    「しかし、驚いたよな。枯れなかった観用少年が『育つ』ものだなんて」
    林藤が頭を掻きながら言うと、少年がすっと人差し指を唇の前に立てた。
    「そのことは秘密だってさ」
    「了解」
    いたずらめいた瞳をきらきらさせて微笑む『元』人形の少年は、今は迅の肩くらいにまで背が伸びて。
    さすがにベッドが狭くなったので、迅は引っ越しを考えている。
    「そんじゃあ、午後の見回り行ってくるね。ついでに不動産屋に寄るから遅くなるかも」
    「おーおー。張り切ってんなあ」
    『まるで新婚ホヤホヤの旦那だな』と林藤が軽口を叩く。
    「そりゃあね。人生に大切なものが分かったからね」
    迅はにやりと笑い返してから、相棒に『行こう』と手を差し出す。
    握り返してくれる手。いつも待ってくれている笑顔。必要としてくれる人がいるということ。
    それが極上の人生の秘訣なのだ。


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