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    タカネ

    @takaneyuki2021

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    タカネ

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    中華後宮ファンタジーパロ
    其の一と其の二です🪭✨🧧💕

    #迅嵐
    swiftashi

    〜後宮御用聞き、迅と朱雀の君青龍碧眼の皇帝陛下、赤の国の王子と対面すること。

    大陸の東、列強の中でも絶大なる青の国は『青龍の帝国』と呼ばれている。
    始祖は神獣青龍と伝えられる正統なる血筋の皇帝には、稀に碧眼を持った者が生まれる。その碧眼は未来(さき)を見通す力がある、と言われ、青龍碧眼の皇帝の治下でますます国は栄える、と崇め奉られた。
    今上帝は正しくその青龍碧眼の主である。
    父帝が思いがけず早くに身罷り、齢十二にして帝位についたが、その聡明さによってすでに名君として名を馳せていた。
    さて、この歳若い今上帝は、未だ世継ぎを得ていなかった。
    後宮には皇后候補たる妃がすでに三人入内されてはいたが、どなたとも婚儀を上げてはいない。
    青の国ほどの大帝国ともなれば皇帝の結婚は外交の手段である。
    その切り札を切るほどの妃は未だおらず、と内外に示していれば、我が国の姫を、我が一族の娘を、と後宮入りを狙う者は数知れない。
    若き皇帝は日々、政務の合間に妃候補との対面の機会が差し挟まれている有り様であった。

    本日は見合いではなく正式な謁見の席であり、皇帝の玉座は御簾の内にあった。
    その簾越しに御前に進み出た者の姿を見やって皇帝は低い声でうなった。
    「林藤宰相、あれはなに?」
    「はあ……赤の国からの『献上品』とでも言いますか」
    「あれを後宮に入れろって?」
    「いやあ、かの国は辺境とはいえ神獣朱雀の末裔。妃候補には申し分ないかと」
    「『四神返り』か。だからってあれはだめだよ。なんでちゃんと調べない?」
    「御歳十八歳、と書面には記されておりますがね」
    はて、どこで記載に間違いが起きたものか、と玉座の脇に控えた宰相は首を捻った。
    「ふざけてるの?」
    「とんでもない。常日頃『見合い』相手についてろくに話を聞かない陛下にも非はあるのでは?」
    「……別にいいでしょ。どうせ結婚なんかしないんだし」
    「『正しい結婚相手』は見れば分かる、と。さすが青龍碧眼の皇帝陛下だ」
    「……加護を求めて『献上品』を差し出してくるのは受け入れるよ。それだけ切羽詰まっているんだろうから。だけどそれは大人に限った話だ。今回だって十八ならなんとでもなるから許した。あれはない」
    「『十』の数字を誰かが秘密裏に付け足したんでしょう。恐らくは赤の国側が」
    『ああ、でも生誕月は七月とあります。ならばじきに齢九つになられますな』と宰相は飄々と述べた。
    「だから!あれ八つの子でしょ、どう見ても!」
    「──帝国の青龍、偉大なる皇帝陛下にお初にお目もじ仕ります」
    晴朗な声が御簾の前で口上を述べた。
    胸の前で腕を組み、ひざまづいて頭を垂れる。金糸の刺繍が施された赤い衣はさながら朱雀が舞い降りた様。
    「謁見を賜り恐悦至極に存じます。赤の国より嵐山家が第一王子、参内いたしました。准と申します」
    若い、否、幼い朱雀は毅然と挨拶を述べる。
    雑駁なやり取りをしていた皇帝と宰相は口をつぐんだ。
    皇帝が玉座で居住まいを正すと、宰相は厳かな声を出した。
    「──面を上げよ」
    すっと細い首を上げる。怖じ気づいた様子もないその面を見て、皇帝ははっと息を飲んだ。
    金細工の額飾りに彩られた幼いながらに整った顔貌。しかし、他にはいかなる装飾も不要とばかりに輝く生気に溢れた瞳。御簾越しにも鮮やかな、その緑色に魅入られたように瞳を見開いた。
    青龍碧眼を。
    一瞬の間に、皇帝はごくりと喉を鳴らした。
    「──嘘、」
    その囁き声は傍に控える宰相の耳にやっと届く程度のもので。
    神獣の力が宿る碧眼は先を見通す。
    若き皇帝は、その日、未来の己が正妃皇后と初めて対面したのであった。

    赤の国の王子、継宮の若君となられること

    皇帝陛下に謁見を賜ったのち、嵐山の周囲はにわかに慌ただしくなった。
    故郷の朱明城の家臣の中から、唯一の従者として付いてきてくれた時枝にどうしたのか、と尋ねれば『引っ越しですね』とのことだった。
    はて、後宮に入るのだし、すでに宮は決まっていて用意も済んでいると聞いていたのにな、と思う。
    きびきびと下男に指示を出していた時枝は、首を傾げている嵐山の前に膝をついて目線を合わせてくれた。いつも大事な話をするときはそうしてくれるので、嵐山はしっかりと時枝の鶯色の瞳を見返した。
    「皇帝陛下のご意向により後宮には入らないことになりました」
    「え?」
    皇帝陛下のお許しを得て後宮に入ること。
    それだけを言い含められてこの城までやってきたのに、自分はなにか失敗をしたのだろうか?
    お許しを得られなかった?と青ざめた嵐山に、時枝は『いいえ、准さまはご立派でしたよ』と穏やかに微笑んだ。
    「後宮に宮を賜るのではなく、継宮にお部屋を頂くことになりました。ですので、後宮の支度をそちらへ引っ越しさせているのです」
    「けいぐう……」
    「中奥とも言いますね。皇居と後宮の間にある御殿です」
    嵐山は勉強してきた事柄を頭に思い浮かべた。
    青龍の帝国の皇帝陛下のおわすここ、句芒城は外門から順に本宮である皇宮、霊廟、皇居と並んでいる。その奥に継宮、後宮と続く。
    本宮と後宮、その間に位置してふたつをつなぐから継宮。
    後宮を訪う皇帝の御息所であり、後宮に出入りする宦官や女官の詰め所でもある。
    つまり後宮への渡り廊下のようなものだ、と習った。
    そこに部屋を賜る?
    「……後宮には入れないけれど、追い返されるわけではないんだな?」
    そんなことになったら、あんなに心配して泣きながら見送ってくれた故郷の皆に申し訳が立たない、と嵐山はそれが心配でならない。
    「もちろんです。赤の国の誠意はちゃんと受け入れて頂けました。准さまはお役目を果たされましたよ」
    「でも、妃にはなれない……」
    「陛下のご意向はおれには分かりませんが、おそらくは准さまが後宮に入るには若すぎる、とお考えになられたのではと」
    時枝は嵐山の手をそっと取ると穏やかに言った。
    「後宮は門の内。一度入られたら外へ出ることは容易ではありません。准さまにはまだ門の外で学ぶべき事がたくさんあります」
    嵐山ははっと目を見開いた。
    「勉強不足……」
    青の国行きが決まってからこの一年、必死に勉強してきたつもりだったけれど、まだ足りなかったのだ。皇帝陛下はそれを短い謁見の間に見抜かれたのだ──。
    「なら、これからまた勉強を頑張れば後宮入りも陛下にお許しを頂けるだろうか?」
    「そうですね……いえまあ、お許しは頂いていると言えば頂いているのですが……」
    「?」
    どう説明すれば良いのか、というように時枝が困った顔をしたとき後ろから声が掛かった。
    「その辺りは俺がご説明いたしますよ」
    振り向くと控えの間の入り口に青年が立っていた。
    「初めてお目に掛かります、殿下。俺は皇帝陛下の側用人、烏丸京介と言います。あなた様のお世話をするように言いつかりました」
    「側用人さま?」
    「さまは要りません。ただの陛下の手足、雑用係ですから。どうぞ京介とお呼び下さい」
    薄く笑んだその顔を見て嵐山はびっくりしていた。もさもさとたっぷりした黒髪の下の通った鼻筋、形の良い目と唇。まるで役者みたいな姿の良さで、とても官吏には見えない。
    「京介は格好良いなあ!」
    思わず開けっぴろげに素直な感想を口にすると、側用人は片眉を上げてみせた。
    「とんでもございません。殿下の方が整ってらっしゃいますよ。謁見の間では皆さん、驚いていました。殿下のような美形の『四神返り』の方が後宮に入るだなんて一大事だと」
    「でも後宮には入れないって」
    「ええまあ、そこんとこなんですよね」
    烏丸は小脇に抱えた書類の束を取り出して『皇帝陛下のご意向をお伝えします』と切り出した。

    「現実的な問題として『春獣期』を迎えてもいない『四神返り』を後宮に入れることはできない」
    皇帝はため息とともに言った。
    「あの子どもがどの程度の神気の持ち主なのか、それすら分からないんじゃ神獣の末裔ばかりの後宮に閉じ込めるのは無理だ」
    「おまけにあの王子は朱雀だしなあ」
    「そう。今いる妃は水と金だし、相克関係がどうなるか読めないんじゃ危なくて無理」
    『四神返り』の放つ神気に末裔は逆らえない。意図しない力関係の構図が出来てしまう可能性が高く、それは今後の外交にとってよろしくない。
    有り体に言って後宮が乗っ取られるのは困る。例えあの王子にそのつもりがなくても、一国の後宮にとっては外聞をはばかる問題なのだ。
    「せめてどの程度なのか、おれが抑制できるのかくらいは分かってないと」
    「確かにあの幼さじゃあ、せっかくの『四神返り』でも、妃に娶って即孕ませるとはいかないな。もったいない」
    「ちょっと宰相。言い方」
    「でも赤の国にしたって『四神返り』である、という一点に賭けて貢ぎ物にしたんだろう」
    『青の皇帝に世継ぎがいまだ無いから叶う目論見ではある』と述べる宰相に皇帝は顔をしかめた。
    「……後宮にごたごたを持ち込みたくないんだよ。ただでさえ皇帝の結婚問題は厄介なんだから」
    「だから、さっさと正妃を決めたら良いんじゃないのか、迅」
    林藤が皇帝の名前を呼ぶ。宰相ではなく個人としての感想である、と示しているのだろう。
    名で呼ばれた皇帝──迅は渋面を作って、行儀作法を投げ捨てたようにガリガリと後ろ頭を掻いた。
    林藤のからかうような発言に対する個人的な感想は『余計なお世話』である。
    「結婚はまだしないよ」
    「なら、あの王子をどうする?国へ送り返すのか?」
    「外交上の『献上品』を?そんなわけにいかないでしょ」
    「まぁなぁ……第一王子を年齢詐称までして差し出してきた。かの国はそこまでのっぴきならない状況に陥っているわけだ」
    あの子どもがそれ相応の年齢になるまで待てないほどの。皇帝は口元に手を当てると思案する。
    「応える用意はある。同盟を──そうだな、なるべく強固に対等な立場で。その上で、なお隣国が侵略を止めないのならば帝国としての派兵も視野に入れる。兵部と調整しておいて」
    「妃ひとりに対しての対価としては過分な気もするが」
    「人ひとりの命と人生の対価だ」
    王族とは国のために犠牲になるもの。そう心得てはいても謁見で見た、あの小さな王子の姿には考えてしまうものがある。
    「率直に言って気に入らないけど」
    「あんな小さな子どもが親兄弟、故郷から引き離されて異国で後宮に入れられる、となれば、まあ内外も同情的になって辺境国との同盟にも納得するか。赤の国に計られたな」
    「だから後宮外交は嫌いなんだよ。……見たでしょ、謁見でのあの立ち居振る舞い。立派すぎて哀れだったよ」
    「……齢八つか。お前が母御を亡くしたのと同じ歳だな」
    ふと林藤がこぼすと迅は目線を反らして黙り込んだ。
    「母を亡くそうと父を亡くそうと、皇太子としての態度を求められて、子どもらしく涙を流すことさえ許されなかったお前には、まあ、あの子は堪えるわな」
    『いきなり後宮に放り込んで自由まで奪ってしまうのは気が進まない、と言うところか』と続けて宰相もため息をついた。まったくやり切れない話ではある。
    「で、どうするんだ?後宮には入れないって言うなら、有力貴族の養子にでもするか?その方がしあわせになれる目もあるかもな」
    「ううん。ひとまず継宮に置こう」
    「中奥に?」
    「皇帝への献上品だ。いきなり下げ渡すなんて外聞が悪いでしょ」
    うん?と林藤は首を傾げた。
    「ただの『献上品』なんだからこそ、皇帝がそれをどうしようと構わんだろ?」
    「……だから、皇帝(おれ)の意向として、」
    「継宮に置く?つまり後宮には入れられないけど手元には置いておきたい、と。そういうことか?」
    「……そっ、いや、」
    「なんだその訳あり女を囲うための言い訳みたいな処置は」
    「……」
    「! おまえまさか……視えたのか?」
    見れば分かる、と豪語していた『正しい未来の結婚相手』──まさか、あの小さな王子が?と宰相に身を乗り出されて、普段装っている尊大さや威厳はどこへやら、迅はもごもごと言い訳をし始める。
    「……まだ、分かんないよ。だけど、まあ、ちょっと……気になるものは、視えたから」
    ──視えたのは晴れ渡った蒼空の下、美しく飾られた王宮にはためく龍旗と、真紅の袍で正装した青年の姿のあの王子だ。
    眩いばかりの笑顔でこちらを見て、唇が形作ったあれは、おそらく自分の名を呼んでいた。
    『迅!』
    その世界中の喜びを宿したような暖かな笑顔に、輝く翠玉の瞳に──迅は一目惚れした。
    つまり、そういうことなのだ。
    あれが婚儀の礼なのかは不明だが、とにかくこのまま健やかに成長すれば、そういう未来が有りうる。
    今すぐ妃には出来ないが、手放す気には到底なれない。
    「……『天啓』だよ」
    「ほほう。青龍碧眼の『天啓』とあらば、その通りにしなければなりませんなあ」
    歳相応な顔を見せる皇帝に、林藤はにやにやしながらうなづいてみせる。
    「……せめてもう少し大きくなるまでは面倒見てあげなきゃ信義にもとるでしょ」
    「へいへい。すべては皇帝陛下の御心のままに」
    「〜〜っ」
    耳をほじりながら言う林藤に迅はむっとしたが、これが多分に自分のわがままである、とも分かっていたので鼻を鳴らすだけに留めた。
    とにかく今はあの王子を手元に確保して、出来るだけのことをしてやるのが肝要だ。
    未来(さき)のことは──まだ、分からない。
    林藤が手を叩いて厳粛に呼ばわった。
    「側用人をここに!陛下のお召しだ!」

    「──とまあ、いろいろ事情がありまして。皇帝陛下としてはいずれは殿下を後宮にお迎えしたいけれども、今はそのときではない、と」
    「何歳になったら後宮入りのお許しが頂けるかな?」
    「分かりません。青龍の『天啓』次第です」
    「天啓?」
    「我が国の皇帝陛下には始祖神からのお告げを受け取る力がお有りなんですよ」
    「すごい!」
    王子は素直に感心しているが、それはつまりいつになるのか分からない、と言ってるわけだろう、と時枝は思った。
    いつまで待つのか。待ち続けるだけの人生になりやしないだろうか、と内心は曇る。
    美しく聡明で、真っ直ぐな心根の申し分のない王子。その才覚を、人生を棒に振るようなことは──。
    いや、そんな風に思ってはいけない、と思い直す。
    それが事実だとしても飲み込んでやっていくしかない。故郷の国を守るためには承知の上のこと。
    自分は准さまの、その行く末に寄り添って誠心誠意お仕えするだけだ。
    それに実際問題、いつまでという目処はある。『春獣期』を迎えるまでは、といった所だろう。
    揺れる感情を表に出さず思い巡らす時枝をよそに、烏丸の淡々とした説明が続く。
    「なので、殿下はそれまではこちらでお過ごし下さい。継宮は後宮よりも皇居よりも気安い場所です。陛下も息抜きにおいでになるくらいですし、格式張っていなくて暮らしやすいと思いますよ。一応、中門から市街へも行けますし、生活の自由度は後宮とは比べ物になりません」
    図面を示しながらつらつらと述べる側用人は有能らしい。
    「部屋の支度は調度品から寝具、衣類、小間物まですべてこちらで整えてあります。専任の下男、宮女も用意しました。他に何か不足があれば遠慮なくお申し付け下さい」
    「ありがとう」
    まだなんの要求をした訳でもないのに、王子が鷹揚に言うので、烏丸は思わずといった感じで破顔した。そうすると印象が変わり、かなり歳若いのだ、と分かる。自分と大差ないかもしれないな、と時枝は思って。そういう者を殿下のお世話係につけてくれるというのは皇帝陛下の配慮なのかどうか。
    「中奥専用の厨もあるので温かいものが食べられますし、後宮のように占卜に従わなくていいので湯浴みも毎日出来ます。猫もいるし金魚もいるし桃の木もあります」
    「馬はいるか?」
    「ご希望ならすぐにご用意します。乗馬がお好きですか?」
    訊かれて王子はこくこくとうなづく。
    「俺の馬は弟に譲ったから……こちらで良い馬に出会えたら嬉しい」
    「承知いたしました。それから殿下の勉学のためには大学から文書博士その他が日替わりで参ります。時間割りはこちらに」
    渡された書面には大まかな王子の一日の予定が記されていた。詰め過ぎでもなく暇があり過ぎるわけでもない内容には、いよいよもって配慮を感じる。
    「それと近く城内に貴族子弟のための講座が設置される予定です。その中に新たに幼年の部を設けることになりました。開講したら殿下も通って頂けますよ」
    「講座?」
    「つまり学校ですね。有望なら科挙試験も受けられます」
    「学校?俺が学校に行けるのか?」
    「まあ、実質は陛下肝入りの私塾ですが。門弟は身元確かな者ばかりですし、ぜひ通ってご学友とともに勉学に励まれるのが良ろしい、とのことです」
    学校と聞いた王子は目をきらきらさせた。
    後宮に入って妃として大人しく暮らすだけの日々になる、と教えられてきた身としては思いがけない話なのだろう。
    「……それが皇帝陛下のご意向なのですか?」
    時枝が慎重な口調で尋ねると、烏丸は平淡にうなづいた。
    「そうです。陛下はとにかく殿下にはお健やかに成長して頂きたいと」
    「至れり尽くせり、ですね。心から感謝致します」
    皇帝陛下は幼い王子の親代わりをなさるおつもりなのだろうか?まだお若いのに?と時枝は思った。
    そして思う。なんのために。
    正式な婚儀でもなく、単なる『献上品』として異国へ差し出された王子を哀れんで?
    それにしては待遇が破格すぎないだろうか?
    そもそも後宮入りするはずだったのは、王子が『四神返り』であるからだ。
    妃として有用であるからと。この幼い王子の献上されるに足る価値はそこにしかない。
    もちろん、殿下は数々の美点をお持ちではあるが、それも足りない年齢の前には無意味だろう。
    ──本当に追い返されてもおかしくないのに。
    「大体こんな所ですが、まずは後宮に用意していた部屋を丸ごとこちらに移動するので、人手を掛けてもおそらく半日は掛かります」
    「お手伝い致します」
    すかさず申し出る時枝に烏丸は『ありがたいです』と礼をする。
    「じゃあ、俺も手伝いをしたい」
    「ええ、そうですね……」
    小さな王子を見下ろした側用人は思案するような顔をしてから言った。
    「では、猫を探して頂けますか?」
    「猫?」
    「さっき言った猫なんですが、最初に後宮から運んできたはずなのに見当たりません。引越し作業でバタバタしている内に見失ってしまったようです。庭にでも出て迷子になっているのかも」
    「なるほど!」
    「黒色で首に赤い飾り紐を結んでいます」
    「黒猫だな!」
    「中奥の中はどこでも自由に見て回って良ろしいですが、決して敷地からは出ないで下さいね。まだ不案内でしょうし危ないですから」
    「分かった!」
    自由にして良い、という言葉にすっかり胸を踊らせたらしい王子はさっそく探索に出かけて行く。
    時枝は少し心配になったが、王子の退屈しのぎに猫探しを提案してくれたのだろう、と思って見送るだけに留めた。

    「まずは庭かな」
    嵐山は外廊下に出て見事な梨園を眺めた。
    広い庭は木立に囲まれていて、その茂みの向こうには皇帝の暮らす皇居の屋根が見えていた。
    皇帝の休憩所というだけあって、梨園は緩急をつけて奥行きがあるように見える見事な造築がなされており所々に群生する花々が美しい。
    手前には朱塗りの橋が掛かった蓮池があり、奥にはこじんまりした四阿があるらしかった。
    「……なんだか居なさそうな気がする」
    迷子の子猫がこんなに広い慣れない庭になんて出ていくものだろうか。
    なんというかもっと隅っこに隠れたいものなんじゃないだろうか、と考えた嵐山は、廊下を辿りながら建物を横断していく。突き当たりは護衛官の詰め所のようで土間にごたごたと道具が散乱していた。
    そう、こういう所だ、と思った嵐山はしゃがんで物影を覗いたりしながら詰め所の中をうろうろと探し回った。
    「いない……」
    つぶやいたとき、廊下の奥から護衛官らしき人声が聞こえてきたので、慌てて勝手口から外へ出た。
    出た所は裏庭のようだった。
    雑多な切り株や束ねた薪や納屋があって、いかにも猫が隠れていそうである。納屋の隙間に小さな体で潜り込んで通り抜けると、先には敷地の端の垣根が見えた。
    高い壁に続く脇門。あの向こうはもう市街なのか、と思わず覗きに行こうとした時だった。
    「危ないよ、王子さま」
    穏やかな声を掛けられて、振り向くと背の高い青年が立っていた。
    「敷地を出たら駄目だって言われなかった?」
    「言われた……」
    「あの門から向こうは外宮だ。勝手に出ていったら迷子になる。この城は広いからね」
    「外宮……街ではない?」
    「市街はもう少し向こうだな」
    「そうか」
    「ところでこんな所で何をしてるの?」
    「あ、そうだ!猫を探していて」
    「猫?これ?」
    青年は上衣の懐から小さな黒猫を出してみせた。首には綺麗な赤い紐が結ばれている。
    「ああ!たぶんそのこだ」
    駆け寄った嵐山に青年は摘んだ子猫を渡してくれる。子猫は『みー』と声を上げて嵐山の腕に収まった。
    「ありがとう!えーと、」
    「おれは迅。メジロだよ。お見知り置き下さい、赤の国の王子さま」
    「メジロ?」
    「御用聞きのこと。後宮の便利屋のことをそう言うんだ」
    迅と名乗った青年は朽葉色の上衣の肩に縫い付けられた補子を示してみせた。そこには若葉の緑をしたメジロの姿が刺繍されている。
    「ここでの暮らしでなにか困ったこととか不便なこととか、でもお役人に言うほどでもないってことがあったらおれに言ってね。お役に立ちますよ。よろしく、殿下」
    「よろしくお願いします、メジロさま」
    嵐山は膝を曲げてお辞儀をする。
    「いや、おれにそんな丁寧にしなくていいよ。適当に迅て呼んで」
    泉のような澄んだ青色の瞳をした青年は涼やかに笑って嵐山を見下ろしてくる。
    時枝よりは歳上かな、と思うがまだ若い。気安い雰囲気に嵐山は瞳を瞬いた。
    こんな気軽な口を利ける人がこの城内にいたなんて。
    「……なら、迅も俺の事は殿下って呼ばないでくれ。もう『殿下』じゃないんだ」
    「え?」
    嵐山は腕に抱えた子猫の背を撫でながら言った。
    「だって、ここは赤の国じゃない。俺は青の皇帝陛下に献上されたんだ。身分はもうない。後宮に入らないなら妃でもない」
    「……それはそうだけど」
    「つまりもう尊くない。だから、ただの嵐山って呼ばれるのは俺も同じじゃないかな」
    少年の言うことには筋が通っている。見た目にそぐわぬ冷静な物言いに、御用聞きの青年は目を見張った。それから少し難しい顔をして首を振った。
    「確かに国での身分は通用しないかもしれないけど、血筋の尊さを失ったわけではないでしょ。だから敬称で呼ばれるべき」
    青年はううん、と顎を擦り『そうだな……』と勘案する。
    第一王子でも後宮の妃でもない、立場を失った中途半端な自分のために、なにやら思案してくれているらしい。
    やさしい人なんだな、と嵐山は思う。
    「嵐山はとても若い。若君だ。それでいこう」
    迅は『ひらめいた』と得意そうに笑った。その顔こそ、なんだか子どもみたいに若い、と嵐山は思った。
    「継宮の若君。この継宮の主になったんだから、それが相応しいよ」
    自分の発案に満足したらしい青年がにっこり笑って言った。
    そして以後、嵐山は本当に『継宮の若君』または『中奥の若君』と呼称されることになった。
    ただの御用聞きが言い出したことが公式に用いられるようになった不思議に、その時の嵐山は気付かなかった。
    ただ、彼の言葉でずっと宙に浮いてしまっていたような心地が落ち着いた気がして嬉しく思って。その呼ばれ方を気に入った、と思っただけだった。
    なんだか気安いやさしい青年。仲良くなれたら嬉しいな、と思った。
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