「うわわわわわ、空!あいつらどんどん数増えてる!」
横を飛ぶパイモンがくるりと後ろを振り向いて、悲鳴を上げるのに空は地を蹴る足を早めた。すでに十分、全力疾走だ。だというのに自分たちを追いかけてくる千岩軍は数を増すばかりで振り切れそうにない。
岩王帝君暗殺の犯人に仕立て上げられた空達だったが、所用あって深夜の璃月に入り込んだところ、警備が厳重になっていたらしく、見張りに見つかってしまったのだった。そもそもほとぼりが覚めるまで璃月に近寄るなと言われればもっともな話だが、冒険者協会に顔を出しておきたかったのだ。それに暗殺は完全な濡れ衣である。何かに巻き込まれていることは確かだが、陰謀渦巻く璃月の全貌は今だ不明瞭で空たちを振り回すばかりだ。
「わあっ!?」
ふいにパイモンから悲鳴が上がったのに、空ははっと振り向いた。何者かに捕まれ、家と家の間の細い路地に引きずり込まれていったパイモンが目に映る。
「パイモン!」
とっさに路地に飛び込んでその姿を追いかけ酔うとした瞬間だった。
「はい」
ぽん、と胸にパイモンをそっと差し出されて抱きとめる。
そのまま声の主は空たちをすり抜けて、背に隠すようにすると大通りへと足を進めていった。
「おい!」
パイモンが飛び上がり、声をかけるのに、振り向いた人影は、口元に人差し指を立てて、しー、と静かにするようにジェスチャーをしてくる。その雰囲気にのまれて、顔を見合わせた空とパイモンは、千岩軍の声にはっと身を固くした。
「どこに行った!?」
「この辺にいるはずだ!探せ!」
「絶対に逃がすな!」
殺伐とした声音に震えるパイモンが頭にしがみついてくるのを感じながら、その人影の動向を見据えた。
「ん?そこにいるのは……」
千岩軍の声に、ひっとパイモンが息をのむ。
「なんだ。ミナトさんか!怪しい人物を見ませんでしたか?」
その千岩軍が声を和らげ、人影にそう声をかけた。まさか突き出される?との空たちの警戒を裏切るように、人影は答える。
「怪しい人物?いえ、見てませんね。何かあったんですか?」
「ええ。あなたならすでにお聞きでしょうが、岩王帝君を暗殺した犯人を探しています。怪しい二人組を見つけたら、すぐ知らせてください」
「分かりました」
真剣な声音で真面目に受け答えをした人影は、千岩軍が行ってしまうのを見送ると、空たちを振り向く。
「災難だな。まあとりあえず家の中に入りなよ。この辺りはしばらく、千岩軍がうろうろしているだろうから」
言いながら路地から家の裏に回った人影に、屋根が途切れて月の光が差す。
銀色の長い髪を後ろでまとめた男の瞳は、夜の雪原のような灰色をしている。口元に浮かぶ笑みは、何もかもを見透かしたようなもので、そのくせ嫌な気分にはならなかった。
男が開いたドアの向こう、家の中から光が溢れた。
「どうぞ」
先に中に入っていった男の背を追いかけて、空とパイモンは家へと足を踏み入れる。
背後でドアが閉まる音が、やけに意味深に聞こえたのだった。
家の中は、さまざまな資料や本が積み上がっているが、整然と積み上がっているせいで散らかっている印象はあまりない。広いテーブルに座るように勧められて、空は席に着いた。
「夜だからハーブティーをご馳走しよう。よく眠れるように。眠らなくても良いけど、泊まっていくといい。今から璃月を出て野宿は少し堪えるんじゃないか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんでオイラたちを匿ってくれるんだ?」
もっともな疑問を口にしたパイモンに、空は観察するようにじっとミナトと名乗った男を見つめる。
「ああ、タルタリヤの知り合いなんだよ」
「公子の?」
警戒するようにふわりと空中で揺れたパイモンに、ミナトは視線を向ける。
「さっきは乱暴に掴んで悪かったな。引き止めるタイミングがなかったんだ。痛かったか?」
あ!と思い出したようにパイモンはミナトを指さす。
「痛……!く、はなかったけど、びっくりしたぞ」
途中まで責めるような声音だったパイモンは、それから怒るほどでもなかったらしく、そう締め括る。確かに空に返された時の手つきは優しかった。
「悪かったな。君たちが濡れ衣だってことを知っているから、どうにかして手助けをしたかったんだよ」
座ったテーブルからカウンター越しに台所が見える。ハーブを選んでポットに入れるミナトは慣れた手つきだった。
「手助けって、一体おまえ、何者なんだ?」
問われてミナトは胸に手を当てると、口を開いた。
「ミナトだ。情報屋をしている」
「情報屋?」
耳慣れない職業を繰り返し、首をかしげたパイモンに、ミナトは笑う。
「そう。この璃月でさまざまな情報を売り買いしている。今回君たちを助けたのは、岩王帝君暗殺の真実という情報を君たちから買いたいからだ。だから助けた。そう言えば、多少の胡散臭さは消えるだろ?」
「なるほど、自分の仕事のためってことか……」
腕を組むパイモンを横目に、空はミナトに問いかける。
「真実と言っても濡れ衣を着せられただけ。俺たちは他に情報を持ってない」
「それは確かに……」
むむ、と考え込むパイモンに、ミナトは首を横に振った。
「そんなことはない。『七星と千岩軍が追っている犯人は犯人ではない』。これは値千金の情報だ。その情報をもとに、璃月内で見えてくる思惑もある」
「思惑!?」
何か知っているのかとパイモンは声を上げる。
「そ。でも情報屋は嘘を口にできないから、確信がないことは口に出来ない。でも、確信できたら教えても良いよ」
「なんだ。何か分かってるってわけじゃないのか……」
残念そうなパイモンにごめんな、と言いながら、ミナトはヤカンを持ってくると、空の目の前でポットにお湯を入れた。それから用意した三つのカップとは別に、もう一つカップを用意する。ハーブティーを丁寧に注ぎ、味をみると、満足したように頷いてそれぞれのカップに注ぐ。
「好きなカップを選んでくれ」
中央に置かれた三つのカップに、パイモンがふわりと近寄った。
「じゃあオイラはこの高そうな金の装飾がしてあるやつにするぞ!」
「持って帰らないでね。パイモン」
「持って帰るか!」
テンポの良い切り替えしに、ミナトは楽し気に笑うと、最後に残ったカップを取る。そのミナトの行動を見て、空は口を開いた。
「それ、毒は入ってないよって言いたいの?」
「そう。良く気付いたね」
感心したように言ったミナトに、空は続ける。
「じゃあ入ってないよっていえば良いのに」
「誠意をアピールするのは違うだろ?でも、初対面でこんな出会い方をしたのなら、誠意は見せるべきだと俺は思う。たとえ相手が気づかなくてもな。こんな怪しい職業をしているんだから、いつも態度には気を使ってるよ」
「まあ情報屋って確かに胡散臭いもんな」
パイモンが率直な感想を口にして頷くのに、ミナトは今度は苦笑いをする。
「ま、さっきの千岩軍の対応を見ての通り、今の俺は璃月で最も信頼されている情報屋だ。頼ってくれていいよ」
「ありがとう」
素直な感謝を口にすると、ミナトはどういたしましてと首を振る。
「信用できるまで、しばらくは、お互いの利益のため、を理由にしよう。よろしく、空」
名前を呼ばれて、まだ名乗っていなかったことに気づく。タルタリヤから話を聞いているのなら、おかしいことではないが、空は胸に手を当ててミナトを見やった。
「知ってるみたいだけど、俺は空」
「オイラはパイモン!」
旅路でなれた自己紹介も、おざなりにすることはない。
「よろしく、ミナト」
「よろしくな!」
ミナトは微笑む。その瞳が優しく細められて、感じるのは親しさと、好意だ。その強さに初対面に与えられる感情には思えず、空はじっとミナトを見返した。
手元で湯気を上げるカップを手に取る。少し甘く、それでいて清涼感のある香りがする。落ち着く、と思いながら、空は迷わずに、口を付けた。
「良い香りだな!」
おいしかったらしく、そう嬉しそうな声を上げたパイモンにうなずいて、空は今夜はミナトの家に厄介になることにしたのだった。
翌朝になり、空たちはミナトの声で起こされた。
起こされたのは早朝だ。まだ人通りの少ないうちに出掛けた方がいいとの言葉に同意して、ミナトの家を発つことにした。
答えなくてもいいと前置きをされてから、これからの予定を聞かれ、特に隠すこともなくパイモンがタルタリヤと会った後、何をしていたかの説明をする。
「もう一人目の仙人には会ったんだね?じゃあ後は二人か。大変な道のりだけど、頑張って。二人とも」
「サンキューな!ミナト」
素直に受け取ったパイモンに対して、空はミナトがよく自分たちの状況を知っていることを不思議に思う。
「そんなことも知ってるんだね」
すると、ミナトは少し早口で返事をする。
「あー、口出ししすぎたね。モンドでの活躍を聞いているから、ちょっとはしゃいだみたいだ。タルタリヤには内緒にしておいてよ」
そんな風に言いながら、ミナトが用意した朝食は、雑穀の少し辛みがあり、野菜と鶏肉の入った雑炊に、杏仁豆腐だった。
「君たちを泊めることになると知ってれば、もっと……」
言いかけたミナトを遮って、パイモンが声を上げる。
「おお!この雑炊、すっごくおいしいな!」
「十分だよ」
そのパイモンを見てから、空はミナトに頷く。
「……みたいだな」
安心したように笑って、ミナトは食事を終えた二人がすぐ出発するというのを、裏口に見送りに来てくれた。
「じゃあ、何かあったらまたおいで。君たちの力になれると思うよ」
「おう!その時はよろしくな!ミナト」
「こちらこそ」
手を振って、振り返ると手を振り返したミナトが、家の中に戻っていくのが見えた。ミナトの家から少し離れたあたりで、パイモンがくるりと宙を飛ぶと、口を開く。
「良いやつだったな!ミナト」
「そうだね。不思議な人だ」
妙な違和感が少しずつあった。それが何なのかは分からない。でも、警戒する必要はなさそうだと、あの微笑んだ顔を思い出して空はそう結論付けた。
仙人たちに岩王帝君暗殺の真相を伝え終え、人目を忍んで北国銀行まで戻ってきた空たちは、出迎えたタルタリヤに、事の次第を報告した。
会話の途中で、パイモンが、そうそう、と思い返して口を開く。
「途中でタルタリヤの知り合いの、ミナトって奴と会ったぞ」
「ミナト?ああ、稼業人の」
目を瞬いてからそう言ったタルタリヤに、パイモンは目を見張る。
「稼業……人?情報屋じゃないのか?」
そんなパイモンの疑問の声にタルタリヤは笑った。
「俺はそう思ってるけど、もしかして、彼は「情報屋」だなんて君たちに自己紹介したんじゃない?確かに彼の職業を情報屋だ。璃月の情報は彼に集まると言っても過言じゃない。ファデュイにとって、仲の良い「お友達」だけど、彼の情報にいくら支払ったか、もうわからないよ」
手のひらを上にあげるしぐさをするタルタリヤに、ファデュイ御用達なんて……、とパイモンは予想外だというようにつぶやく。
「ああ、違う違う。彼は顧客には平等だよ。どんな情報も契約にのっとり、金銭と情報でやり取りする。ファデュイ相手にもそれは同じってことさ。分け隔てのない商売。彼は記憶力も良くてね、どんな情報もつぶさに覚えてるから、俺も仕事相手として信頼しているよ。残念なのは、彼が神の目を持っていないことだ。戦えるのなら、それは面白い相手になっただろうね」
「確かに、神の目は持っていなさそうだった」
「ああ、やっぱり分かるかい?本当に残念だよ」
言葉の通りに本当に残念そうに言ったタルタリヤの様子を見ると、ミナトと親しいのだろうということが伺える。タルタリヤと親しいということが、信頼を強めるのか損ねるのか、いまいち空は自覚できなかった。
なにせ現時点で頼みの綱はタルタリヤだ。そのタルタリヤの信頼を得ている人物。
……まだ信頼できそうにはなかった。
なおもいくつか会話をして、タルタリヤが助けとなる人物を探してくると言ったので、またしばらくの時間が出来る。
「空。行くところがないなら、ミナトのところに行ってみないか?まだ街をうろうろするのはちょっと怖いしな」
「そうだね」
空もそう思っていたところだ。
二人してミナトの家を訪れる。ドアは少し開いていて、不審に思った空とパイモンが顔を見合わせ、ドアを開く。
そこには、荒らされて、書類や本が大量に散らばった部屋の無残な姿が、あった。
「な、なな……」
「ミナト?ミナト!いないの?!」
驚愕で硬直するパイモンと正反対に、空は声をあげ、室内に人影を探す。ミナトの姿はない。犯人の姿ももちろんなく、これがいつ行われたのか全く分からなかった。
「そんな……どうしよう、空」
「……俺たちが千岩軍に通報するわけにもいかないし……、冒険者協会に寄って、助けを求めるしかない」
「急ごう!」
くるりと宙で身をひるがえしたパイモンに、空は一度部屋を振り向いてから、ドアをあけ外へと飛び出す。
一宿一飯の恩ではあるが、気がかりになるほどにあんな優しい顔をしてくれたミナトが、ただ心配だった。
ミナトが、自身が「原神」の世界に生まれ落ちたと気づいたのは、5歳の時だ。
このテイワットでミナトは裕福な家庭に生まれ、不自由なく育った。その早熟さゆえ神童と呼ばれた幼い子供は、ただ前世の知識を持っていただけだった。もともと前世でも才能ある人間で、応用が利き、何かにつけ器用で効率的だっただけだ。
魔物のいるテイワットという世界において、一通りの武術を学んでみたミナトは、そこで自分は神の目を授かり得ないことをなんとなく理解してしまった。
おそらく、この世界の神々は、この世界ではない記憶と常識を持つミナトに心を砕かない。これがゲームだという意識を持ったままの自分では、おそらくそれを手に入れることは出来ない。強い願いを持つ者に与えられる。そう聞いた神の目を得るには、自分があまりにもこの世界に本気じゃないような気がした。
楽しんでいるのは本当だ。真剣であるのも本当。
それでも、この世界がゲームでもあったことを知っているミナトにとって、本気になるにはあまりにも前世の記憶は色濃く残っていた。
最初から成熟した知識を持っていたミナトは、その知識に重ねて、テイワットの様々な文献や書物を読んだ。錬金術についても学んだし、もちろん武術もやめることはなかった。
遊ぶことよりも、学ぶことに夢中だった。読み込んで覚えてしまったアイテムのフレーバーテキストのように、知識は取りこぼされずにミナトの中に蓄積された。
ミナトが情報屋という職業を思いついたのは、12歳の時だ。ミナトの詰め込まれた知識が、確かなものだと大人たちが分かってくると、伝統を重んじる璃月で生き字引のように扱われた。どの文献にどの情報が載っているか分かっているだけでも、商売になった。
特産品を主に扱う商家だったこともあり、ミナトは知識を得るために、人脈を広げることにも尽力した。使える大人や手に入る情報が増えるほど、神の目をもたないミナトの力は強くなる。大人の機微が分かる賢しい子供は、未来を見据える商人ばかりの璃月で大人受けが良かった。ミナトの思惑通り、ミナトに助力してくれる大人は多く、ミナトは学んだ知識できちんと契約書を作り、助力を口約束だけのものとはせずに成立させた。
情報という不確かなものを扱いながら、きっちりと価値をはかり正当な報酬を支払う仕事ぶりに、今では、何か分からないことがあるのなら、ミナトに聞きに行け、と璃月の人間は言うくらいだ。
それはミナトがここがテイワットだと気づいた時からずっと努力してきたことが、実を結んだということでもある。
つまり、この世界での地位と力の獲得。
その心は、いつか出会うかもしれない、旅人へのあこがれだ。
神の目を持たない自分は彼の仲間にはなれないだろう。だから、別の方法で彼の力になる必要があった。彼の力になり、そして──、出来れば、前世の世界に行く方法を知りたい。そんなことを考えたのだ。
もちろん、この世界が嫌いなわけじゃない。むしろ前世よりもずっと愛しているとまで言ってしまってもいいくらいだ。
だが、ミナトは、ここがまぎれもない自分の現実だと、確信したいのだった。
「それで?ミナト、何か知っているのなら話してちょうだい」
凝光の部屋で椅子に腰を落ち着けたミナトは、首を横に振る。
「いいえ、凝光さん。今の俺には話せることがありませんよ」
三回目の問いかけに、そう答えたミナトに、凝光は目をすがめるようにすると、溜息をつく。
「あなたは嘘をつかない。情報を扱う人間だから。でも、知らないとは言っていない。だから私は聞いているの」
「ええ。分かっていますよ。凝光さん。でも、お話しできないんです。なにせ……俺にも、今、真実がどうなっているのか、分からないのですから」
それは本当のことだ。今空たちがどんな状況にいるのかミナトは知らない。
スマホって便利だったよなあ。なんて思いながら、群玉閣に強引に招待されていたミナトは、うろたえもせずにその招待に応じ、動揺一つなく凝光に微笑んだ。
原神の知識で、彼女が理不尽なことをしないと知っている。そして不利益にならないこともしないと知っている。
「知っていれば、俺はその情報を相応の代金でお売りすると、あなたも知っていますよね?」
するとじっとミナトを見据えていた凝光は、それから優雅なしぐさで腕を組んだ。
「そうね。あなたならそうすると私は知っている。知らないのなら仕方ないわ。あなたを家に帰しましょう」
「別にしばらくここに居させてもらってもいいですけどね」
璃月に名を馳せるミナトでさえ、群玉閣を訪れたのは初めてだった。ムービーでしか見たことがない光景に、興奮しているのは事実だ。もちろん表には出していない。
「すみやかに帰りなさい」
ゆっくりとそう告げられて、ミナトはつれないとばかりに苦笑いすると、椅子から立ち上がる。
「何かわかったらすぐに私に連絡して。ミナト」
「心得ていますよ。凝光さん」
胸に手を当ててそう返事をしたミナトは、凝光の部下に連れられて群玉閣を後にする。
「多分、家、散らかされてるんだろうなあ」
正解のつぶやきをこぼしながら、でも、どうということはなかった。
この世界の物語(原神)はもう、始まっているのだから。
空たちがミナトの安否を心配する中、三日経っても、その行方を知ることは出来なかった。
その中でも、七神に会うという目的が見失われることはなく、事態は流れ動いている。
鍾離という稼業人に引き合わされ、行動を共にすることになった空とパイモンは、それからずっと気がかりだったことをタルタリヤに問いかけた。
「なあ、公子。ミナトの行方を知らないか?」
「え?」
思いがけないことを聞かれたといった顔をしたタルタリヤに、パイモンは心配そうな声音で続ける。
「家を訪ねたら、荒らされいて、ミナトの姿がなかったんだ。きっと何かの事件に巻き込まれたんだと思うんだけど、ずっと心配で」
「何か知ってたら教えてほしい」
二人の問いかけに、目を瞬いてから、タルタリヤは首を横に振る。
「残念だけど、俺はミナトとは最近会ってないからね。何か暗躍しているのは聞いているけど、そうか……。行方不明……ミナトがねえ」
その意味深な返答に、空とパイモンは顔を見合わせる。
「ミナトがそんなへまをするようには思えないな。彼は慎重かつ効率的で、先読みが上手い。自分に危険が迫っているなら、安穏と家に留まるような人間じゃない」
「ミナトが情報屋のミナトのことを言っているのなら、今朝会ったぞ」
「え!?」
ふいに差し込まれた鍾離の声に、パイモンは驚愕の声で鍾離を振り返る。鍾離は綺麗な姿勢のまま空たちを見つめていた。
「出かけに往生堂の堂主と何やら話しこんでいるのを見た。怪我をしている様子もなく、普段と変わりないように思えた」
「ミナトは鍾離とも知り合いなのか?」
この短期間で、重要そうな人物二人と知り合い。情報屋とはいったい何者なんだ、と思った空と同じことを思ったように、驚いた声でパイモンは尋ねる。
「ああ。彼は俺の友人だ。彼の安否なら心配ない。もし話したいことがあるなら俺が連絡を取ろう」
「本当か!?」
身を乗り出したパイモンに、空も鍾離と目を合わせた。黄金色の瞳が空を見返す。その揺るがない瞳に空は胸に手を当てた。
「頼めるならそうしたい。彼は恩人だから」
「ああ。連絡しておこう。すぐには捕まらないと思うが、構わないか?」
「うん、もちろん」
鍾離からの情報にひとまずほっとした空は、一連の流れを見ていたタルタリヤが、やっぱりね、と言ったのに振り返る。
「心配するのは無駄とは言わないけど、早計なことが多いと思うよ。君は彼を恩人と言ったけど、璃月にしばらく留まるなら、ミナトの力を借りるのは上策だろうね」
「そんなにすごいやつなのか?」
パイモンの疑問に、タルタリヤは笑う。
「この璃月で、他の商人よりも早く情報を得ることは、死活問題だ。彼は武人じゃないけど、力を持っていることは確かだよ」
タルタリヤの評価に、空とパイモンは、そんな風には見えなかったと顔を見合わせる。
それほどまでに情報に通じているなら、再会したときに、いろいろと聞くべきことが増えたと空は思った。
そう、この度の目的。
妹のことを。