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    rani_noab

    @rani_noab
    夢と腐混ざってます

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    rani_noab

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    アイドルパロ「鍾タル夢」。男主攻。鍾タル、主鍾、主タルみたいな爛れた永遠の三角関係やつ。。。ネタバレはないと思いますが、一章終わってからをお勧めします。夢主の名前は佐神唯嘉(さがみゆいか)です。2000字くらい。

    暗闇に光が駆け抜ける。開幕を知らせるように、ステージが一気に輝いた。期待にはちきれそうだった世界はこの時を待っていた。弾かれたように世界が歓声でいっぱいになる。その声は空気を震わせ、熱気が遥か高みにまでのぼっていく。ステージの上、眩いライトの中心に照らされて、彼は立っていた。
    一万を超えるファンを前に、緊張など知らないかのように楽しそうに笑った青年に、すべての注目が集まる。少しあどけなさの残る輪郭は整い、少し癖のある茶色の髪が強いライトに毛先が金に光るようだ。大きなモニターに見える青い瞳は、深く底のしれない海のような色を湛えて、見る者を魅了した。
    彼のために仕立てられた白い衣装に、ピアスを揺らし、彼はマイクを握る。

    その日、来璃して初めてのライブで最高のパフォーマンスを見せた彼は、各メディアからの大絶賛を受けることになる。アーティストグループ「ファトゥス」の十一番目に選ばれた青年、「公子」タルタリヤは、新たな活動拠点で鮮烈なデビューに成功したのだ。

    すべての演出は璃月で最大の芸能プロダクション「モラクス」の社長の采配だったと言う噂がささやかれているが、「公子」タルタリヤ、そして「ファトゥス」とどのような契約を交わしたのかは明らかにされていない。

    「面白そうな子を見つけたな」
    送られてきたライブ映像と関連するニュース記事をいくつも開いていた佐神は、電話の相手にそう声をかける。その口元には面白がるような笑みを浮かべており、興味を示しているのははた目にもうかがえるだろう。
    『ああ』
    電話の向こうの声音は、佐神と違って淡々とした印象を受ける。
    「彼の面倒を見ろって?」
    『ああ』
    端的な返事に、佐神は考えるように間を開けた。
    ちょうど一年ほどバケーションをしようかと考えて予定を開けていたのだ。都合ならつく。だが。
    『お前にしか頼めない』
    「君にそんなことを言われるなんて光栄だな」
    笑みを浮かべたまま、佐神は手元のウイスキーグラスに指を添える。ひんやりとした感触にガラスに指を滑らせた。あらかじめ送られてきていたメールで示された報酬も条件も申し分ない。正当な評価を貰えているのが分かる。電話の向こうの相手の人を見る目が神がかっているいることを思い返す。
    だが。もう一度佐神は思案した。
    依頼主に問題がある。
    彼とは過去に縁があり、そして今はもう電話番号すら知らない仲になっていた相手からの突然の打診に飛びつくほど、佐神は金に困ってはいなかった。
    現在、疎遠になっているのにも理由がある。そしてその理由は佐神には非がないとなれば、もうその依頼を受けるべき理由はなくなる。
    「悪いが……」
    そんな相手の依頼を受けるような青さはもう持ち合わせていない。断ろうとした佐神の声を遮るように、電話の向こうの男は言った。
    『本音を言おう』
    「うん?」
    思いがけない切り出し方に、佐神はなおも続けようとした言葉をようやく止めた。
    『俺に会いに来てくれないか。唯嘉』
    わずかに静寂がおりる。佐神は今告げられた言葉を吟味してから、ふふ、と笑うと、携帯に頬を押し付けるようにする。
    「変わったなお前。恋しい相手でもできたか?」
    『…………』
    電話の向こうで身じろいだような気配がしたのに佐神は笑った。人間味の薄かったあの男が、恋をしているらしい。面白くなってきたと佐神はあっさりと気を変えた。
    「いいよ。会いに行こう。……鍾離」
    久しぶりに呼ぶその名前は、よく舌になじんだ。
    「恋しい相手がいるのに、他の男に会いたいなんていうんじゃない。特に俺以外の人間には」
    相変わらず、恋事に関しては鈍いところがあると思った佐神のあきれた声に、淡々と声は返ってくる。
    『お前だから言った』
    余計に悪いと言いたくなるあまりの返答に佐神は溜息をつく
    「……お前な……。俺をなんだと思ってるんだ?」
    『では、待っている。唯嘉』
    戯れの言葉もなく、その別れの言葉と共に切れた電話に、佐神は溜息をついた。酒を口に運び、冷たい液体がのどを熱く撫でていくのを感じながら、くすりと笑う。
    「「公子」タルタリヤか」
    見やったパソコンの画面には、楽しそうに笑うアイドルの姿。その瞳を眺めて、佐神はもう切れた電話の相手につぶやく。
    「お前が惚れる相手だ。楽しみだよ」
    すでに関係の切れている自分にわざわざ電話をかけてきて、依頼してきた理由の相手に、思い入れがないはずがない。若いプロダクションの社長は、トップアイドルに駆け出している青年に夢中らしい。
    「少し遊んでやるくらいなら、まあいいか」
    置いたグラスの氷がカランと音を立てる。平穏さなど望めない嵐に足を踏み入れようとしている門出を祝うには、あまりに涼やかな音だった。
    あんまり遅くなると責められるだろうな、と、佐神は携帯で明日の飛行機のチケットを予約する。
    久しぶりの璃月の美しい街並みを歩くのは、素直に楽しみだった。

    翌朝からの10時間のフライトを経て、璃月に降り立った佐神は、小さなスーツケースとビジネスバッグのみの出で立ちだった。金に困っていない佐神に同じものを使い続けるという感覚はあまりない。住む場所も国を転々とするので、捨てては新しく買う人生だ。璃月は商業と貿易の国だ。金を出せば良いものが手に入る。適当なホテルを後で手配する必要があると考えながら、佐神はタクシーを捕まえた。
    自国とは違う異国情緒あふれる街並みを眺めながら、車はほどなくして、少し荒い運転で目的地の前へと停まる。国の交通事情が出るな、と思いながら、タクシーから降りて佐神はチップをはずんでやると、目の前にそびえ立つ高層ビルを見上げた。
    プロダクション「モラクス」。有名な建築家がデザインしたという特徴的な高層ビルの中央は菱形になるように横に膨らみ、「モラクス」のシンボルマークが描かれている。
    芸能プロダクションとして正しく目につく印象のビルに足を踏み入れた佐神はすぐに声をかけられた。
    「佐神唯嘉様」
    近寄ってくる白い髪を高く結った女性に、佐神は振り返る。高いハイヒールが床をたたく音がコツコツと聞こえ、綺麗な歩き方はモデルを思わせた。事前の調査で佐神は彼女の名前を知っている。
    モラクスの副社長を努めている凝光だ。
    「これは、貴女にお出迎えいただけるとは光栄です」
    胸に手を当てた佐神に、凝光は微笑んだ。
    「私のことをご存じなのですね」
    「ええ。メディアに出るモラクスの広報はすべて貴女が行っているでしょう?もしかすると、アイドルよりも顔が知られているかもしれませんよ」
    「それは一層気を引き締めないとなりませんね。貴方が私も「モラクス」の顔の一人だと評してくださるのなら」
    微笑んだ佐神に、凝光も友好的な笑みを浮かべた。
    「申し遅れました。「モラクス」の副社長をしております、凝光と申します。改めて佐神様、はるばるお越しいただきありがとうございます」
    「私のことは佐神と。これから一緒に仕事をすることになりますから」
    手を差し出した佐神の手を握り、凝光は微笑む。
    「あの方が信頼するような相手と、仕事が出来て光栄です」
    信頼か。口元に笑みを浮かべたまま佐神はそう心の中でつぶやいた。
    「社長室は最上階になっています。本来なら中まで案内するべきですが、「先生」は人を入れたがりませんので、ドアの前までお連れします」
    「人払いをしているのか?」
    「ええ。新しいプロジェクトを始める前は特に」
    宣言された通りに扉の前まで案内され、凝光はそれから優美に礼を取ると、エレベーターに乗って立ち去ってしまった。佐神はひとつ息を吐き、ノックしようとこぶしを作る。と。
    がたん、と何か物が倒れるような大きな音がした。
    実際には微かなものだが、大きい音がしたと判別出来る物音だった。
    佐神はそっとドアノブに手をかける。力を籠めると、鍵はかかっていないようだった。名を呼ぶか逡巡し、賊がいる可能性を考えてやめる。胸元に仕込んであるナイフを確かめる。佐神は足音をさせずに室内に足を踏み入れた。
    乱れた呼吸の音が聞こえて佐神はぐるりと広い室内を見渡した。本棚が多く置いてあり、書斎のようにも見える室内で、音がするのは大きな机の向こうだ。このビルの最上階に置かれるにふさわしい、見事な彫刻の施された木の机を佐神は慎重に回り込もうとし──、
    「誰だ」
    鋭い声に佐神は目を見張る。陰から立ち上がった男の姿に、佐神は目を見張った。聞こえる舌打ちの音。机の上に身軽に乗り上げ、佐神にとびかかってきたその男に、佐神は抵抗もせずに受け身を取りながら絨毯の上に倒れこむ。ぐ、と胸倉をつかまれて、体を強引に反転させられ、佐神はその男を床に押し付けるような体勢になった。カシャリ、と鳴ったシャッター音。敵愾心のある青い瞳が、佐神を見上げている。
    体術に心得のある佐神が抵抗しなかったのは、この男に理由がある。
    男は佐神にスマートフォンの画面を突きつけた。
    「その顔、俺が誰か分かってるよね。じゃあ、この画像の意味も分かるだろ?」
    見事にも、佐神がその男を押し倒しているように見える構図で写真は撮られていた。
    「ああ。意外と過激だな。タルタリヤさん」
    「自分の身を守ることが過激?俺はそうは思わないけど」
    佐神は微笑む。足に力を入れると、はっとしたタルタリヤが身を起こそうとするのを前にあっさりと床に押し付けなおす。
    「じゃあ、この体勢に自ら持ち込むことの危険さも分かるだろう?」
    「く、そ、離せ……っ!」
    タルタリヤの身じろぎ方が、きちんと体術にのっとったものであることに佐神は感心した。さて、どうしてくれようかとのんびりを思案を始める。
    「唯嘉」
    「…………」
    「離してやってくれ」
    「仕方ないな」
    服を整えながら、同じく机の影から立ち上がった男に、佐神はタルタリヤから退いた。すぐさま佐神から距離を取ったタルタリヤに、佐神は腕を組む。
    「久しいな。唯嘉。そろそろ来るだろうと思っていた」
    その佐神に声をかけてきたのは、目的の相手、鍾離だった。
    「来ると分かっていたなら逢瀬の場所くらい考えたらどうだ?鍾離」
    「予定になかった」
    そう悪びれずに返事をした鍾離に、佐神は肩を竦める。久しぶりに会うが、見た目もほとんど変わらない。若く精力的で、冷たい盤石の気配がする男だった。
    「不測の事態に弱いのは変わらないな。お前がそうそうそんなシチュエーションに陥るとは思えないが。もしかしてわざとだったか?」
    「お前の判断に任せよう」
    「ねえちょっと俺を無視しないでくれない?」
    不服だといっぱいに表した声音で割り込んできたタルタリヤに、佐神と鍾離の視線が向く。
    「何?先生の知り合い?」
    「ああ。友人だ」
    鍾離の返答に、タルタリヤは警戒心を浮かべた瞳で佐神を値踏みするように上から下まで眺めた。佐神の着ているスーツは老舗スーツブランドのフルオーダーだ。顔立ちもスタイルも自意識過剰でなく恵まれている。そもそも鍾離と出会ったのは、芸能に興味はないかと鍾離に声をかけられたのが始まりだった。
    「友人?先生の?ふーん」
    思わせぶりな反応をしたタルタリヤに、鍾離が続ける。
    「お前に一人付けると言っただろう。彼だ」
    「はあ!?」
    タルタリヤの反応に、佐神はおや、と思った。手回しの良い鍾離があらかじめ伝えてなかったとは思えないのだが、何か事情があるのだろうか。
    「マネージャーはいらないって言ったよね俺」
    タルタリヤの声が低くなり、不満を感じているのがはっきりとわかる。映像を見ていても感じたが、自分を魅せるのが上手い青年だ。
    「聞いたが了承はしていない。そもそも、」
    「スケジュール管理もその他のことも全部自分でできるって言ったのに、プロとしての俺が信用できないの?」
    「プロかどうかは問題ではない。俺が言いたいのは、」
    その鍾離を遮るように、タルタリヤは嘆息した。
    「もういいよ。先生の話を聞いたら結局俺が黙らされるんだから。じゃあね、先生。あんたも、さっきの写真、ちゃんと保存しているってこと忘れないでよ」
    そう言って出て行ってしまったタルタリヤの背を見送り、バタンとドアが閉まったとこで佐神はくすくすと笑う。
    「可愛いね」
    「手を焼いている」
    「良いじゃないか、人生で振り回されるものを一つくらい作ったら」
    「一つじゃない手を焼いている」
    「へえ」
    この何年かのうちに、鍾離の心境には何らかの変化があったらしい。まるで神様みたいだった彼に人らしい動揺が芽生えたのなら、それは喜ばしいし面白いことだと佐神は笑う。
    「追いかけてくるよ。挨拶もまだだし、彼は外に出られないだろ」
    「ああ」
    返事を聞いて、部屋を出ようとした佐神は、唯嘉、と名前を呼ぶ声に振り向いた。
    じっと佐神を金色の瞳が見つめている。黙ったままの鍾離に、佐神は微笑んだ。
    「心配するな。お前の大事な相手は、きちんと守るよ」
    そう言って佐神も部屋を後にした。
    「心配しているのは、そういうことじゃない。唯嘉」
    そう残された部屋に一人、鍾離がつぶやいた言葉は、佐神には聞こえなかった。


    モラクスビルから出られない──。
    警備員とIDカードによる完全なセキュリティがかかった入り口で、タルタリヤはしゃがんでいた。連絡すればすぐに来るはずの車が何故か来ない。雇っていた運転手はタルタリヤが丁寧に選んだ人間で、仕事に対して生真面目で運転技術も申し分なかった。その男が来ない。何かあったなと思ったタルタリヤは、同時に鍾離が何かしたのだと確信もしていた。
    一般タクシーは呼ぶ気になれない。タルタリヤを目ざとく見つけた一般人が集まったときの対応ができるとは思えない。自分の影響力をタルタリヤは正確に把握していた。
    「タルタリヤ」
    背後から先ほど聞いた声が呼びかけてきたのに、タルタリヤは興味のない態度を取る。
    「気安く呼ばないでくれないかな」
    「タルタリヤ様、慇懃な敬語の方がお好みでしょうか」
    低い穏やかな声は耳に心地よく、自分を棚に上げてなんでも揃った男だなと嫌味に思う。
    「別に。挨拶もなく呼び捨てるのはどうかと思うんだけど?」
    ようやく男を振り返ると、見下ろす男の口元は微笑んでいる。余裕のある態度もなんとなく気にくわないが、鍾離が選んだ相手なら才能は確かなのだろうとも思う。
    「これは失礼をいたしました。鍾離社長の依頼を受けて、本日よりプロダクション「モラクス」に所属することになりました佐神唯嘉と申します」
    「あの人を「社長」だなんて誰も呼ばないよ。知っての通り俺はタルタリヤ」
    そこでタルタリヤは立ち上がる。タルタリヤの瞳と、佐神の瞳は同じ青い色をしている。同じ色のはずなのに、タルタリヤは自分の瞳と違い、夜明けの海の色だと思った。日が沈み切って一瞬青が深まるあの海の色が自分だ。
    「で、あんたは俺のなんなわけ?」
    「あなたの生活をサポートするように言われています。出かけるならこちらへ、車を手配します」
    「運転手を呼ぶって?」
    「俺が運転しますよ。スケジュールの範囲内ならすべてお望みどおりに」
    丁寧な佐神の態度に、敵愾心を持ち続けるのが難しくなってきてタルタリヤは閉口した。思えば社長室でも、この男はタルタリヤに気づきながら抵抗もしなかった。仕事相手だと理解してのことだろう。仕返しが気にくわなかった、という体を取っているが、その実あの展開は思いがけないもので、タルタリヤを面白がらせていた。敵愾心を刺激されて興奮したともいえる。正直なところを言えば、友人なんて数えるほどもいない鍾離の友人だというこの男に非常に興味があった。
    「今日は無理だが、乗りたい車があるならそれにしますよ」
    「へえ、スーパーカーでも用意できるの?」
    「エンブレムは何がお好みですか?」
    困らせてやろうと言ってみれば、返ってきたのはそんなスマートな台詞だった。
    「エンブレムよりシザーズドアに興味がある」
    シザーズドアと呼ばれるドアが縦に開く車は限られている。4000万を超える車を遠回しに要求しても、佐神は顔色一つ変えず、微笑んだままだった。
    「承知しました。明日には欲しいので、そのほかの要求は受け付けませんよ」
    「十分だよ」
    その反応にタルタリヤは機嫌を直すことにした。もともとこんな面白そうな出来事に飛びつかない自分ではない。
    「じゃあ何処かカフェにでも行こうよ。君の話、聞いてみたいしね」
    「カフェ?指定は?」
    「ないよ。この国に来たのは二週間前なんだけど、どこにでもパパラッチがいて、外出も気軽にできやしない。全く退屈だよ。せっかく璃月に来たってのに」
    「なるほど。承知しました」
    佐神は数十秒スマートフォンをいじると、顔を上げる。
    「こちらへ」
    佐神が身をひるがえしたその背に続くと、地下の駐車場へと行くようだった。その手にはIDカードが握られている。
    「いつ受け取ったわけ?」
    「貴方を追いかけてエレベーターに乗るときに、凝光さんが渡してくれたんですよ。仮の車のキーも一緒に」
    最適なタイミングだったらしい。確かに仕事が出来る人間だと、芸能人のように整った容姿を思い出しながら、タルタリヤは、遠隔で鍵を開け、ライトが点滅した車に近寄る。
    「助手席に乗っていい?」
    「後部座席の方が安全ですよ」
    「話したいんだよ」
    「そうおっしゃるのなら、助手席へどうぞ」
    丁寧にドアを開けてくれる仕草の優美さに満足してタルタリヤは車に乗り込む。ドアを閉め、運転席に乗り込んだ佐神が、流れるような仕草でエンジンをかけ、車を出したのを眺める。
    「面白いですか?」
    運転中ずっとその横顔を眺めていると、前を向いたまま佐神がそう問いかけてきた。
    「今、君がどんな人間か考えてる。先生の友人ってほんと?」
    「彼がそういうのならそうなんでしょうね」
    当たり障りのない返事は想定済みだ。
    「いつもどんな仕事してるの?」
    「契約上口外できませんが、どんな依頼でも大抵応えられます」
    「なんでも受けるってこと?へえ、面白いね。ますます興味が沸いてきたよ」
    「光栄です」
    タルタリヤが見やった車についているナビには目的地は示されていない。地図を覚えているらしく、運転はスムーズだ。どこに連れていかれるのやら、とタルタリヤは期待しながら佐神を眺める。
    やがて車はスピードを落とし、ゆるやかにどこかの敷地に入っていった。周囲を上品な生垣で囲われたのは、小さな家だ。表札も何も出ていないが、この雰囲気をタルタリヤはよく知っている。招待された人間しか入れない店の類だ。
    実際、佐神がドアに手をかける前にドアは開かれ、バリスタを思わせる制服を着た男がタルタリヤたちを招き入れた。
    中は喫茶店になっていた。テーブル同士の距離が広く開けられ、壁の一面がガラスになり、美しく手入れをされた庭が見える。璃月様式の庭園が良く見える席を選び、タルタリヤは腰を下ろす。
    「よく知ってるね」
    タルタリヤの探る問いかけに、佐神は微笑んで向かいに腰を下ろした。珈琲を注文してから、タルタリヤはテーブルに身を乗り出すようにして、そっと囁く。
    「ね、先生と寝たことある?」
    静寂の喫茶店で、誰にも聞かれないように問いかけたタルタリヤの視線と佐神の視線が間近で交錯する。口づけでも交わすかのような近い距離で見つめあい、そして佐神は頬杖をつくと、その口元に笑みを浮かべる。見る人間を溶かすかのような、背筋を妙に刺激される大人の男の笑みに、タルタリヤは不覚にも目を奪われた。
    「貴方がそう思うのなら、そうかもしれませんね」
    肯定とも否定ともつかない返事は意味深で、酷く劣情を刺激されそうな気配を漂わせているのに、そうだと確信できないミステリアスさもある。
    自分が幼いと今まで思ったことはない。若いとは思っても、それは力だと思っている。
    それでも今この時、いくつ上かは知らないこの男の培った経験の濃さを想像して、タルタリヤは心臓が震えたような気がした。
    「お待たせしました」
    丁寧な声音にはっと振り向くと、先ほど迎え入れたバリスタの男がトレーにコーヒーカップを乗せてきたところで、タルタリヤは乗り出していた身を椅子に戻す。
    見やった佐神は、先ほどの雰囲気などみじんも感じさせない、人当たりの良い表情でバリスタに礼を言っているのを見つめた。
    バリスタが去っていったのを確認してから、タルタリヤは頬杖をついて首をかしげる。
    「唯嘉って呼んでもいい?」
    「お好きなように」
    「ねえ、唯嘉」
    了承の返事を聞いてすぐに名前を呼んだタルタリヤに、佐神はどうしました?とカップを置いてタルタリヤと視線を合わせてくる。
    「俺とも寝てよ」
    このテーブルにいる人間だけが聞こえる声音で言ったタルタリヤに、佐神は相変わらず顔色一つ変えない。その顔を崩してみたいと思ったタルタリヤに、佐神は口を開いた。
    「貴方がそうしたいのであれば」
    タルタリヤの気に入る返事ではなかったが、了承は了承だ。
    一気に興奮しはじめたのをこちらも表情には出さずに、タルタリヤは珈琲を口元に運ぶ。深い香りに、コクを感じさせる程よい苦み。喉を通る熱は、おしゃべりで放置された珈琲のものにしては熱いような気がした。
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    😭😭👏👏💴🙏💴👍💞💞
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