前回のあらすじ。凡人を装ってたら公子様にバレた。以上。
あれだけ慎重にやってきたのに人助け一つでバレるなんて、情けは人のためならずじゃないの?テイワットじゃ、禍福地脈を巡るっていうみたいだけど、この世界のことわざがまだ馴染まないのは、俺がプレイヤーの感覚を抜け出せないでいるからかもしれない。
閑話休題。
考えてみればタルタリヤについて行くということは、スネージナヤを出られるということだ。
別に何一つ重要機密など知らない(まあ転生知識はあるけど)、下っ端ファデュイが逃げ出したところでそう追手など来ないだろう。というか返り討ちにできる。
スネージナヤを出られるならファデュイにもう用はない。璃月に行く旅の途中、公子が目を離した隙に逃げ出そう。
そんなことを考えていた俺は自分の考えが甘かったことをすぐに悟った。
海は凍っているので陸路でスネージナヤを出たのだが、こいつ、全然俺から目を離さない。
何故か部下も俺しか連れてないし、単独行動が好きなのは知ってるから、どちらかといえば俺を連れてることがイレギュラーなのかもしれない。
公子は俺の情報を聞き出そうと会話に熱心だ。あの調子で話しかけてくるし、一応上司なので無視はできない。
「ファデュイに入った理由は?」
「早くに自立したかったので、大した理由はありません」
「君の実力が知りたいなあ。ねえ、途中で手合わせしてみないかい?」
「そんな、ご冗談を。俺は貴方が思うように強くありませんよ」
「ふぅん?その弓の腕はどこで?師匠はいる?」
話聞いてたか?
「君の神の目は雷だったよね」
やっぱりあの荷馬車を助けた光景を見ていたのか。
「ええ。……俺が神の目を隠し持っていたことを報告しますか?」
「いいや?君が女皇にきちんと忠誠を誓っているのなら見逃すさ。君の指揮は俺が取る。君の実力に見合った仕事をしてもらうつもりだし、君が手を抜いたことにはならない。なんなら、俺が隠すように言ったことにしてもいい」
「どうしてそんなことまで」
「そうだな。君と仲良くなりたいから、って言うのはどうかな?」
てっきり、手合わせと引き換えと言われると思っていたのだが。
「考えておいて。返事は多少は待つから」
「はい」
頷いたが、璃月に着く前にはお別れだ。
そんなことを考えていた俺に、タルタリヤは、ずっと興味津々という声音のまま問いかけてくる。
「君の家族はどんな人なんだい?」
その問いかけに足を止めそうになった。
そういえば……タルタリヤは家族に恵まれた人間だったから、雑談としてその話題が出るのも仕方ないかもしれない。だが、最悪なことにこの世界でも、俺の家族はクソみたいな奴らで正直思い出したくもなかった。ずっと話しかけられているストレスで、投げやりな返事をしかけたが、タルタリヤの表情が素直なものであることに、つい踏み止まってしまった。
こいつに気まずい思いをさせるのも気が引ける。タルタリヤはもともと結構好きなキャラクターだった。黄金屋では世話になったし。
「兄妹はいませんね。両親と三人暮らしでした」
なんて、適当に誤魔化してしまった。余計なことを言っていないだけだ。
相槌を打って自分の家族の話を始めるタルタリヤの言動は、まるで璃月での新しいイベントを見ているようだ。ブレない奴だなと感心してしまう。
そんなに家族に愛されて、家族のことを愛していて、それでも闘争に明け暮れている。そのバランスが成り立っているのが変な感じだ。
俺は生き延びたいと金を稼ぎたいが主な人生の目的だから、ふり幅のあるタルタリヤが不思議だった。いやいや、興味沸いちゃ駄目だろ。もう別れるんだし。
隙はないものか、とタルタリヤをちらりと見やると、タルタリヤは俺の視線を感じてか振り向く。
ほの暗い湖の見えない底を覗いているかのような瞳が俺を見る。
タルタリヤはおかしそうに笑った。
「あははっ思い出すなあ。よく父さんのキツネ狩りに連れてって貰ったよ」
「え?」
「逃がさないよ」
にこり、と笑ったタルタリヤに俺はそっと視線を逸らす。
待ってくれ。なんだこの執着、こいつ俺に恋でもしてるのか?
そんなことはあり得ないと分かっていながらも、そう考えてしまうくらいに重さを感じる。
「一体なんのことだかわかりません。「公子」様」
動揺をかけらも見せずにそう返す。油断をさせないと逃げ出すのは無理かもしれない。
それにしても、なんでこんなに俺に構うんだ?スネージナヤにだって、他のファトゥスだったり、その他魔物だったり強敵がいるだろうに。それに璃月につけば……。
そう。璃月につけば、俺よりもずっと興味深い相手がたくさん見つかるはずだ。
ひとまず、下手に逃げ出すよりも、璃月でそっと離れた方が良いかもしれない。なんでか逃げ出そうとしていることがバレているし。そんなに態度に出ないはずなんだけどなあ。流石最年少ファトゥスって?
スネージナヤを遠く背にしながら、俺はタルタリヤとしばしの旅をする。