「髪はそれほど気にしてなさそうなのに、ウユウの尾羽はよく手入れされているね」
ドクターのその台詞を聞いた瞬間、ウユウは一瞬何を言われたか掴めずまじまじとその顔を見つめた。
フェイスガードの下の表情はもちろんウユウには見通せないのだが、声音を聞く限り何かの意味が込められているようには思えなかった。本来ならその言葉が相手の無知から発せられたものであると確信できただろう。だが、普段からウユウに対して好意的なドクターの態度と、ウユウの彼に対する好感が判断を鈍らせたのだった。
「えーっと、ドクター?そいつはちょっとまずい表現だねえ」
「え?」
首を傾げたドクターの反応に、安堵といくらかの残念さを覚えたのを、いくらかの焦りをもってその感情をかき消した。
エフイーターたちと自分の持つ衣装の話になり、今日はたまたま冷山月を身に着けていたのだが、普段の衣装では隠されている尾羽が見えたことが原因らしい。
「ドクターは知らないみたいだが、リーベリの男に向かって尾羽の手入れの話をするのは夜のお誘いなんだよ」
身じろいだようなドクターは、すぐに口を開いた。
「それは……。気を悪くしたなら謝るよ。すまないウユウ」
「いやいや。ドクターが記憶を失っている話は聞いているとも。むしろ相手が私で良かったとも言える。ほら、こんな髭の男にストレートなお誘いなんかあるはずもないから、すぐにドクターが知らないことに気づいたよ」
「その割には動揺していたように見えた」
どうやら突っつきたい気分らしい。ウユウは愛想のいい表情を浮かべたまま、返事をした。
「かのドクターなら、何かの意図をもって口にしている可能性を考えたまでだよ。もちろん、お望みなら肩たたきからマッサージまで、貴殿の望み通り、なんでもお任せあれ」
「良く喋る男だな。韜晦が上手なことだ」
ドクターの声音が揶揄う色を帯びている。おや、これは本当に珍しいことだぞ。とウユウはドクターのフェイスガードを見返す。視線が合っている感覚があった。
「おや、よく喋る男は嫌いかな?」
「それが君なら好ましい」
ストレートな好意の表現に虚を突かれたウユウが、返事をする前に、ドクターは何かに反応したように身じろぎをする。どうやら通信を受けているようだ。
「すまないウユウ。そろそろ行かないとならない。また時間のある時に話そう」
「ドクター」
ふと気が付いたことに、引き留めるつもりはないもののウユウは口を開く。
「もしや、さっきの台詞の意味を知っていて……?」
ふ、と笑う息の音に目を見張る。
「さあ。どうだろう。ただ、私も君の望みなら、叶えてやりたいとは思うよ」
それじゃあ、また。
そう言って歩き出してしまったドクターの背をウユウは呆然と見送る。
ウユウの饒舌を顰めさせるのは、素直な感情表現だとドクターは気づいていたのだろうか。
「参ったねえ……」
何時ものように上手に受け流すことが出来なかった。
饒舌で誤魔化す余裕もなかったとは、つまりはそういうことなのだ。
どうやら腹をくくるしかなさそうだった。