空君とパイモン、万葉の姿はすぐに見えなくなってしまった。さすが早い。
ざわつく会場を見回す北斗さんを俺はおずおずと見上げる。すると視線に気づいた北斗さんが、俺を見下ろした。
……流石にこの状況で凝光様のことを聞くのはちょっとハードル高くね?
なんか話題……ショタが喋ってても変じゃない話題……と悩んでいると北斗さんから声をかけてくれる。
「ハル、あんた年はいくつだ?」
「年?」
待ってくれ俺何歳??????????
「え……っと、10歳……くらい……?」
やべえ盛り過ぎたか!?北斗さんがじっと俺を見ているのにどきどきする。いやでも空君がいないところで事情を話すわけにもいかないし、仕方ない。
「じゃあ年相応なんだな。いやなに、幼く見えても酒が飲める年齢って奴がたまにいるんだ。あんたはどうなんだろうってな。旅人にもついて行ってるんだろう?」
「うん。戦闘要員じゃないけど……」
「関係ないさ。あたしの仲間にだって船の仕事が出来ない奴もいる。でも大切な仲間だ。旅人があんたを大事にしているのはこのちょっとの間でもすぐに分かったよ」
マジで!?照れるな!?
にやにやしそうになるのを頑張って堪えた俺に、北斗さんは笑みを浮かべている。
「ハルは船には乗ったことあるか?」
現実ではバナナボートくらいならあるけど夢の中でも乗ったことないわ。首を横に振ると、北斗さんは笑う。
「じゃあ死兆星号に乗るのが初めての船旅か!そりゃあいい!」
「稲妻って遠いの?」
「あたしはいつか着く場所ならどんな場所だって遠いとは思わないが、距離で言えばそれなりにある。でも退屈してる暇なんかないだろうな」
「本当?楽しみ!」
思わず両手を握ってしまう。ショタのポーズを自然にするようになってるのやめろ俺。
でも北斗さんの船だもんな!わっくわくじゃん!ってか船酔い大丈夫か!?と思ったけど夢の中だから船酔いもするはずなかった。いやするのか?ちょうどよく胃もたれとかしたら酔ったと勘違いするかもしれない。現実の不調って影響するもんな。
出来ればこのまま知ってる稲妻の二章の終わりまでこの夢を見てたい。凝光様にも会ってないし。
北斗さんがこれまでの冒険談をしてくれるのをわくわくと聞きながら、空君達を待った。
あ〜〜俺も楓原万葉の風属性男子っぷりみたかったな〜。魈の生真面目さを見習って!と時々、心臓に悪い風属性男子、万葉やウェンティのことを考える。ウェンティのここぞと言う時に見せてくる神様ムーヴ好きだからな。これだから風推しはやめらんねえぜ!というか空君が風だったからウェンティ入れて探索しまくったし、自然と風属性の良さを知った訳だけど。あっ、モンドの前に璃月で会ってない人多過ぎね?先生、出かける前に挨拶回りとかしないかな。ついていくのに。留雲借風真君とかさあ。
まあこれからの俺の脳に期待しよ。
と思ったその時、北斗さんの部下らしき人がこちらへと駆け込んできた。
「大変です姉御!天権凝光がすぐに来るようにと!」
その名前に俺はぱっと顔を上げる。
「凝光が?突然なんだ。あたしはちゃんとこの武闘会を申請したぞ」
「それが……申請したものより規模が大きすぎるので今すぐ閉会し、説明をしに来るようにと……」
そういえばそんな展開だったような?すっかり忘れてた!これは……凝光様に会うチャンスじゃね!?
「つまらない女だ……」
北斗さんのそのぼやきにうおおおさすが凝光様の友人!北斗さんかっけえ!と心の中で盛り上がる。
「ハル、あんたはここで旅人達を待ってな」
「えっ」
えっ!?!??!!??!
「なんだ。心細いのか?大丈夫だ。ほら珠函と一緒に居ればすぐに会えるだろう。ったく仕方ないね。行ってくるよ。船の準備をしてくれ」
「はい!」
去っていく北斗さんに縋りついて連れてって!!と駄々を捏ねたい気持ちを必死で我慢する。いや今の俺はショタだ!駄々をこねるくらい……うっ、駄目だそこまで理性を捨てきれねえ!!!
俺は泣く泣く空君達を待つことになった。
良いもんね……俺には空君とパイモンがいるし……。あ〜〜〜〜〜!!会いに行きたかった!
全然未練を捨てられなかったが、万葉と一緒に戻ってきた空君に俺はすぐに機嫌が直った。ま、優勝は空君だし、これで稲妻に行くことができる。
先生もついてくるって言ってたし、どんな船旅になるのかちょっと楽しみだった。
ただ、ちょっと気掛かりなのは、空君達にこれから訪れる出来事のことだ。
旅が楽しいだけじゃないことは、空君と画面の向こうで旅をしていた俺も、知っているから。
優勝は言うまでもなく空君だった。
これで無事に稲妻に行ける……。って、あれ?鍾離先生に連絡してなくね?と、死兆星号の準備が終わるのを待つ間、空君が冒険者協会や往生堂に言伝を頼んでも一向に返事がこない。
心配しながらも、補給が完了したとの連絡を受けて、ひとまず北斗さんに会いに行くことになった。
孤雲閣へとワープポイントを通っていく。空君と行くと楽々だね!
そこには待ち構えていたように鍾離先生が立っていてびっくりした。なんで既にいるんだ!?
一緒に空君達を待っていたのか、万葉と何やら話している姿に、新鮮な気持ちになる。先生は璃月の人間としか関わってるところ見ないからなあ。というか国を超えて関わりがあるキャラってキャサリンくらいじゃないだろうか?
「鍾離!」
パイモンの声に、鍾離先生は振り返る。……なんも持ってないように見えるけど旅人みたいに便利なバッグでも持ってるんだろうか。多分そうだ。鍾離先生に限って何も持ってないなんてこと……な、ないよね?
「ああ。待っていた。準備は万端なようだな」
「空、それとパイモン、ハル。姉君がお待ちかねでござるよ」
その鍾離先生に、パイモンは不思議そうに万葉に問いかけた。
「鍾離のことはもう聞いてるのか?」
「ああ。この御仁のことだったら、既に姉君と別の契約で乗船することになってるでござるよ。目的は旅人達に同行することだという話を聞いて驚いていたところでござる」
「そうだったのか……いつの間に」
感心しているパイモンに、鍾離先生は頷いた。
「お前達ばかりに世話になるわけにはいかないからな。それに、かの死兆星号に乗る機会などそう得られるものではない。北斗殿の気にいるものを少々見繕わせてもらっただけだ」
「姉君を相手にあの手腕、見事でござった。機会があれば、鍾離殿の話を聞かせてもらいたいものでござるな」
「そう面白い話はでないぞ」
めっちゃ面白い話がいっぱい出てくると思う。
「さて、そろそろ行こう。姉君をこれ以上待たせるわけにはいかぬからな」
万葉の言葉に頷いて、空君に連れられ、俺は無事に死兆星号へと乗ったのだった。
船旅ってどんなものだろうとわくわくしていた俺は、最初に数日は北斗さんや万葉や乗組員たちに構ってもらって楽しく過ごしていた。
様子が変わったのは、雷が鳴り出してからだ。
揺れるし揺れるし揺れるし雷の音がこええ!
船室に避難したけど、ショタは無力だった。
「うわーーー!!!!」
揺れる船に転がって壁に頭をぶつける。
「大丈夫か!?ハル!」
「うう……!」
北斗の姉御が退屈しないって言ってた意味今更ながらわかったわ!!!めちゃくちゃ揺れるし雷の音怖え。北斗さん達は外で指示をし、船を沈ませないようにコントロールしているという話を聞いたので、マジで尊敬する。強すぎる。
立ちあがろうと壁を手探りしてなんとか立とうとした瞬間、壁が消えた。
「えっ」
壁が消えたのではなく、ドアだったらしくて、それが開いたようだ。俺は室内から外へと投げ出される。
「ハル!」
斜めになっている甲板をずるずると滑り落ちていく。空君より早く鍾離先生が飛び出してきてくれて、俺の手を掴もうと手を差し出してきた。
「先生!」
掴む前に小柄で軽い体が滑っていく、縁に引っかかりようやく止まったのに今だ、と身を起こそうとして
「あっ…………」
船が大きく左右に揺れた。
体が船外へと放り出されるのを、何が起こっているのかよく分からないまま離れていく甲板を見、それから手を伸ばす先生の顔を見る。
なんで。
なんでそんな顔をするんだろ。
先生。
目を見開いて俺のことを見つめる先生の顔がなんだか、俺が持っている先生のイメージと違うような気がして。
海面へと叩きつけられる。
そんなに衝撃を感じなかったはずなのに、金色の光を見て最後、俺は気を失ってしまった。
そんな顔するなよ。
そう笑うと眉を寄せられる。
お前はいつも楽しそうだ。って。
だって、楽しいもん。楽しかったよ。もう、さよならだけどさ。
ぷにぷに。と誰かに頬をつつかれている。ちょっと爪が当たって痛い。
ぷにぷに。ぷにぷに。
誰だろ、空君……?と思って俺ははっと目を開ける。
ど、どうなったんだっけ!?
「おや、生きとったか」
海に投げ出されたことを思い出した俺を、見下ろしている紫色の瞳に固まった。
ピンク色の髪、ふわふわのきつね耳。
あっあっあっあっ、このお姉さん!!!!!八重神子…………っ!!!
がばっと起き上がると、八重神子が笑う声がした。
「なんじゃ。土左衛門になりかけの割に、元気じゃのう」
「どざえ……俺生きてる!」
そりゃ夢なんだから生きてるに決まってるというか、なんか溺れた感覚すらなかった。まるでワープでもしたみたいだ。
その割にはしっかり服は濡れているので、やっぱり海に落ちたのは夢じゃなかったらしい。
ってか、八重神子がいるってことは、ここ、稲妻……!?
ぐるりと周囲を見回すと、稲妻っぽいごつごつとした岩場と砂浜、そして青い……ウミレイシかこれ!?で、でかくね!?こわ…………。
近くに生えているウミレイシの海の生き物感にびびっていると、八重神子に頭を握られてぐるりと八重神子の方を向かされる。強引!
「ふむ……まぬけな顔をしとるのう」
そ、そんなこと言わなくても良くない!?何も考えてなさそうって良く言われるけどさあ!
「汝は一体、どこから来たんじゃ?」
「え?あっ…………」
璃月、と答えるのがどれほど危険なことかに気づいて、慌てて俺は口をつぐんだ。
完全に不法入国じゃん!俺捕まる!?
「ほう。状況を理解する程度の知恵は回るようじゃな」
八重神子、なんか俺に冷たくないですか!?
黙って何を言ったらいいかどきどきしながら、八重神子の顔を見つめ返していると、やがて八重神子は楽しそうに唇に笑みを浮かべた。
「良い。これも何かの縁じゃ。妾が面倒を見てやろう」
「えっ」
そんなあっさり良いんですか!?俺に都合が良すぎない?都合がいいのは夢として……あっ、ちょっと冷たいのって俺の趣味なの?い、いやそんなはずは……。
「ほれ、嬉しそうな顔をせんか」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
ぐい、と頬を遠慮なく引っ張られて悲鳴をあげると、八重神子は少しそれを楽しむように続けてからようやく離してくれた。
ガチで痛い!HP減った気がする!
「童、名を名乗れ」
「は、ハルです!」
「では、ハル。汝は読み書きは出来るか?」
「で、できます」
てれん!俺の夢は都合が良くこのテイワットの文字を読み書きできる設定にしているのだ!
「本を読むのは好きか?」
「好きです!」
「では、まずそこのウミレイシを集めてくるのじゃ」
なんで!?
「わ、わかりました……」
どこから取り出したのか、海産物を入れるような箱を出される。
恐る恐る周囲のウミレイシを取ろうとすると、案外根本からぽきっというかするっというか、簡単に採れた。箱いっぱいになるまで集めると、かつがされる。おもたっ!なんか空君みたいに便利バッグないんだろうか。……持っていそうな気がした。
まあでもなんか拾ってもらえるみたいだし……頑張るか。
「では出発じゃ」
どこにいくんですか八重神子!
なんか妙な迫力のお姉さんに完全にびびってしまった俺は、言われるままにこくこくと頷くと、そんな俺の様子がおもしろかったのか、八重神子は笑う。
「なんじゃ、大人しいのう。しおらしいふりをせずとも、いずれ化けの皮は剥がれるものと、いつの時代の小説でも決まっている展開じゃろうに」
意味深なこと言うのやめてくれません!?えっ、ショタじゃないのがバレる……ってコト!?
「あの……」
「ん?」
「名前を教えてもらっても……」
知ってるのも変だろうとそう尋ねると、八重神子は俺の問いかけにしばし面食らったような顔をしてから、口を開いた。あれ?やっぱり知ってた方が良かったか?
「妾は鳴神大社の宮司、みなは妾を八重神子と呼ぶ。八重ちゃん、でもいいぞ?童」
「や、八重神子……」
「つまらん童じゃ」
地味に傷ついた!八重ちゃんなんてそんなの……呼びたいに決まってるだろ!でも呼んだら呼んだでたわけ!冗談だと察しの悪い童じゃのう。とか言われそうじゃん!
「どこにいくの?」
「まずはそのウミレイシを烏有亭に預け、それから八重堂へ行く。ハル、汝の忌憚のない意見を期待しておるぞ」
何の話!?
烏有亭は多分料理してもらうんだろうなってのは分かるんだけど、八重堂……?異世界転生ものがアツいという八重堂小説が読める……!?
歩き始めた八重神子を後をついていこうとして俺は大変なことに気づいた。
目線が腰あたりでちょっと下を見るとめっちゃ太ももが見える!中身は成人大学生の俺に刺激が強すぎるんですけど!?
っていうか八重神子の服どこみてもちょっと困った気分になる……。
仕方なしに俺は早足で八重神子の隣に並んだ。
「ふっ……」
何故か笑い声が横から聞こえたのも気にしないふりをする。平常心平常心。
でも八重堂って……ここから結構歩くよな。
璃月で空君が秘境攻略してくれててよかった。体力のあるショタで良かった!と思いながら、俺は必死で自分の歩調ですたすたと歩く八重神子についていくのだった。