アスカガ@息抜きデート派手に繰り広げた逃亡劇のせいで、次の市街地合流はてっきり護衛たちに難を示されるだろうと思っていたのに、二度目の機会は拍子抜けするほどあっさりと訪れた。
よく護衛が許したな、と逆に警備態勢に疑念を抱くアスランの元に届いたのは、出向元でありオーブ軍本部からの問答無用の業務指令の通知。
何事かと警戒しながら内容を確認したアスランは、代表首長の街歩きにあっさりと許可が下りた理由を知って面映ゆい気持ちになる。そして、与えられた指令を承諾する回答を急ぎ送信したのだった。
ターミナル出向中のアスラン・ザラに至急本国へ戻って任務に就くようにと与えられた指令は、代表首長の護衛任務。
それは、たった1人で護衛対象を連れたまま警戒網を突破できることを証明してしまった優秀な元護衛への全面的な協力要請だった。
今回の合流地点は店では無く市街地の大きな公園だった。一年中美しい花が咲く花畑や雑木林、中央にボートが浮かぶ池があり、その周りをぐるりと囲む小道や小さな広場は人々の憩いの場として散策できるようになっている。
広い公園なので出入りできる場所もいくつかあった。
カガリに指定された合流地点に早めに到着したアスランは、周辺の地理の確認の他、公園内部の散策を一通り終えて、待ち合わせ場所の時計の下に立っていた。
生活の場として提供されている公園内は平和そのものだ。
小さな子供が遊具に乗ってはしゃぐ声、それを見守る母親同士の談笑や、木漏れ日が当たるベンチに座って微睡む老人、日の光を反射する芝生の緑は美しく、木立の中の清々しい空気に警戒心も揺らぎ、カガリが到着するまでのしばしの時間、のどかで穏やかな日常をアスランはぼんやりと甘受する。
しばらく待っていると、公園脇の入り口脇に一台の車が止まった。
まず最初に護衛が降りて、その後で普段着姿のカガリが顔を出す。
周囲をきょろりと見渡して早々にアスランを見つけた彼女は、かたわらに立つ護衛の真面目くさった顔とは反対に、満面に笑みを浮かべて手を振ってきた。
苦笑しながら車に近づいたアスランは、軍属として敬礼をすべきか否か迷いながら、お忍びであることを理由に軽く頭を下げるだけに止める。
護衛は以前も見かけた女性だった。こちらもアスラン同様に軽く頭を下げる。
「では、宜しくお願い致します。代表のお持ち物から位置情報は確認できているので、お迎えには速やかに窺えます」
「承知しました」
位置を把握していても、有事の際にそばに居なければどうにもならない。これはカガリの警護を全面的に任された任務なのだと言うことを思い出して、アスランは改めて気持ちを引き締める。
護衛の車が去ると、カガリはやれやれ、と肩の力を抜いた様子で公園の中に入っていった。
その後をアスランは追いかける。
「おまえってやっぱり凄いんだよなあ。アスランと一緒だって言ったら結構あっさり護衛を置いてくることにも納得してもらえたんだぞ」
「買って貰えるのは嬉しいが、それであっさり引くのは専任の警護部隊としてどうなんだ」
「堅いこと言うなって」
からりとカガリが笑う。
こんな街中の穏やかな公園内で白昼堂々と危険な事態の発生など普通であれば考えがたいが、カガリの立場が普通では無い。
つい先日、ファウンデーションという1つの脅威が去ったところで、彼女を取り巻く環境は何一つ変わっていないのが現状だ。
油断は禁物だ。
やはりここは自分がしっかりしなければなるまい。
アスランがそう決意しているというのに、「なんか良い匂いがするなあ」と緊張感なく鼻をひくつかせたカガリは、池の畔で営業する屋台に目を止めると嬉々と顔を輝かせた。
「お、たこ焼き発見――。アスラン、ちょっと待ってろ」
「は? おい、カガリ!」
護衛対象が迂闊に動くな。内心で叫ぶアスランの制止を聞かず、カガリは屋台に向かって一直線に駆けていく。
「おっちゃん、たこ焼き2つ!」
「カガっっ……たくっ! 待てって言っただろ!」
人前で名前を呼びかけたアスランは、慌てて言葉を濁した。
身分がバレて騒動にはしたくない。幸いなことに屋台の店主はカガリの正体に気づいていない様子だった。
振り回されているアスランの姿を見たせいか、元気な彼女で兄ちゃんも大変だな! と笑われてしまい、アスランは曖昧に笑って会計を済ませる。
「まったく、言ってくれれば俺が買いに行くんだから、君はおとなしく……」
「大丈夫だって、こんな所で何かあるわけないだろう? 気にしすぎだ! それよりもお腹すいてたんだ、閣議が長引いて昼飯抜きだったから……。おまえは? 昼は食べたのか?」
ぶつぶつと小言を零すとカガリは鬱陶しそうにむくれた顔をする。だがそれもたこ焼きの匂いに釣られて長くは続かない。長年そばで見てきたのだ。為政者として物事の本質を見極めようとする洞察力や慎重な判断力を身につけた顕著な成長ぶりは認めるところだが、気を抜いている時のカガリの本質は基本的にお転婆で変わらない。今は己の立ち位置を把握しているから、無鉄砲ではなくなっているだけ大人になったのだろう。
手にしたパッケージにそわそわと意識が移ろう姿にアスランは諦めに近い息を吐いた。
彼女らしいといえば彼女らしいし、それだけ自分には気が緩んでいるとも言えるのだろう。
「俺も昼はまだだ」
「なら、あそこの東屋で食べないか?」
小道を脇に逸れた先に、展望を目的として作られたのか池を見下ろす簡素な建物があった。
そこを指差したカガリは、ついでに飲み物も買っていこうと言ってアスランの手を引いて自動販売機に向かう。
触れたことなんて何度もあるのに、なぜだか何気なく繋がれた指先に驚いて、アスランは軽く目を見張ってしまう。
そんな場合ではないと分かっているのに、ふと自分たちが他人の目から見ると仲の良い年頃のカップルのように思われていることに気づいて意識してしまった。
無難にウーロン茶のボタンを押したアスランの横で、炭酸かお茶かあれこれ迷っていたカガリは最終的に赤色の缶のジュースを選択した。
「食事なのにジュースで良いのか?」
「うん、これ結構うまいんだ。おまえにも一口飲ませてやるよ」
ガコンと出てきた缶を取り出したカガリは、缶に印刷された桃のイラスト部分をアスランに向ける。
「ほら、桃味なんだ」
不意打ちの笑顔を向けられて、アスランはむず痒い心境になって胸の辺りをそっと押さえた。
「さて、食べるか」
東屋に移動したアスランとカガリは、たこ焼きのパッケージを開いた。
6つ並んだ球体は、出来て少し時間が経っているがまだほかほかと温かい。上にふりかかったかつお節が熱気にしんなりとしている。
「……これがたこ焼き?」
「もしかしておまえ、たこ焼きも知らなかったのか?」
「名前は聞いたことがある」
もんじゃ焼きの後に知った、オーブの郷土料理だという認識だ。
もんじゃ焼きやモダン焼きのように、やはり小麦粉を溶いて焼いた物なのだろう。球体だが。
屋台ののれんにはたこ焼きと書かれていた。店先にも蛸のぶつ切りが置かれてあったが、蛸の姿は見る影も無い。
中にでも入っているのだろうか。
じっと戸惑って見下ろしていると、カガリがこれはこうやって食べるんだ、と楊枝でつまみ上げたそれに、ふーふーと軽く息を吹きかけてかぶり付いた。
はふはふ、と熱そうにしているからアスランは慌ててウーロン茶を差し出すが、カガリは口元に手を当てたまま首を振る。
中がとても熱いことは分かった。
「冷めてから食べた方が良いんじゃ無いのか?」
「これは熱いうちに食べるものなんだよ!」
美味しい物に触れて多幸感溢れる顔のカガリは、かじりかけの残りを口に入れた。だがやはり、少し熱そうな顔をしている。
「おまえも食べてみろって」
促されて、アスランは恐る恐る楊枝を突き刺した。
既に中に相当の熱が籠もっていることは分かっているので、カガリ以上に息を吹きかける量を多くしてから恐る恐る食してみると、なるほど確かに小麦粉の生地の中に蛸の欠片が入っていた。
「うまいだろ?」
「……まあそうだな」
モダン焼きでも思ったが、炭水化物とソースの組み合わせは意外と自分の好みかもしれない。蛸のコリっとした食感がまた癖になる。
もぐもぐと口を動かすと、カガリがにまーっと満足そうに笑う気配がした。
どうもカガリはアスランの食への冒険心の低さに不満があるらしい。珍しいものを食べさせて、「うまい」と唸らせたがっているように思う。
そんなチャレンジ精神は特に不要だと心底思うのだが、アスランに珍しい料理を食べさせることが、カガリの気分転換に一役買っているらしいと気づくと、まあいいか、という気分になってしまう。
はたして次はどんな食べ物を勧められるのだろう。
多少は人より強靱に作られた肉体ではあるが、だからといって正体不明の料理やゲテモノ類を食したいとは思わない。せめてカガリの選択が万人受けする物であることを祈るばかりだ。
アスランは気を取り直して服のポケットに手を伸ばした。本日のメインイベントを済ませる必要がある。
「そうだ、これ」
「ああ、ありがとう」
差し出した報告書を受け取ったカガリは、じっとディスクを見つめると急に真面目な顔をして黙った。
「どうかしたのか?」
「ああ、いや。別にたいしたことじゃないんだが」
神妙な顔をした後でかぶりを振ったカガリは、ぎこちない笑みを浮かべてディスクをしまう。
渡したディスクにはユーラシアの直近の軍事力の詳細なデータが記されている。
何かすぐさま対応すべき懸念事項はあっただろうか、と脳内で情報を精査するが、思い当たるほどのことはない。表情の晴れないカガリを見てアスランは怪訝そうに首を傾げる。
「わざわざ悪かったなーって、少し思っただけだ」
「?」
「今回のこと。……通信でも良かったんだが、わざわざ来て貰って私の息抜きに付き合わせちゃったから」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって、おまえなあ」
「気にする必要は無い。俺の方は時間に融通が利くし、それに……」
呼び出しは素直に嬉しかったし、会えるなら会いたいと思った。
その言葉を出して良いのか、カガリが困らないか迷って、アスランは結局口をつぐむ。
「それに?」
「多忙な代表の息抜きのお手伝いができるなんて、光栄だからな」
「なんだそれ」
おどけたアスランに、ふはっとカガリが吹き出す。
今回アスランが運んだ報告書はわざわざ手渡しにしなくても通信で伝えられる程度のものだったが、カガリの生活が相変わらず息詰まるようなものだというのは想像に容易い。
自分が護衛することで少しでもリラックスできるのであれば、それを手伝いたいと思うのは当然のことだった。
「それよりもこの後はどうする? また海の方にでも行ってみるか? それとも他に行きたい場所でもあれば連れて行くが」
「そうだなー」
食べ終わったパッケージを東屋にあったゴミ箱に入れると、カガリはぐーっと体を伸ばしてから柱の隙間から空を仰いだ。
青い空模様に、白い雲が点在している。
目を眇めてそれを眺めたカガリは、再びアスランの方に顔を向けて口を開く。
「行ってみたいところがあるんだけど、行くまでの道の記憶が曖昧でさ」
「うん、どこ?」
「少し前に、この近くの教会のチャリティーイベントに参加したことがあったんだ。出来たらそこにもう一度行ってみたいんだけど、おまえ場所わかるか?」
「教会? ――このあたりには1つしかないから、多分そこだと思うが」
市内の周辺の地図は頭の中に叩き込んである。頭の中に周辺地図を展開させたアスランは、すぐにカガリの言う場所が思い当たった。公園の裏手の方を歩いたところに、少し古いが歴史のある教会が一軒あるはずだ。
アスランの返答にカガリの顔がぱあっと輝いた。