ふたりの記憶 時間切れを知らせるアラームが鳴った。なんだかおかしな展開に転がった会話が収まらないままキャバリアーから降りたふたりを、仲間たちが囲む。
促されるまま歩き出しつつ、カガリは首だけを回してアスランを窺う。視線に気づいた彼がふわりと目元を緩めるのに、無声音で『アスハ邸に泊まれ』と伝えた。しっかりと唇の動きを読み取ったアスランの反応を待たず、カガリは近寄る側近に指示を出しながらその場を離れた。
その後は息を吐く間もないほどの忙しさだったが、リモートとはいえ戦闘に参加した彼女に徹夜を強いるのは忍びない、と日付が変わる時分で私邸に帰ることができた。数時間ほど前に「絶対に待たずに休むこと」とメッセージを入れておいたので、彼も今日はもう眠っているだろう。
遅くなっても髪筋ひとつ乱れない家令に出迎えられる。客人の様子を尋ねれば、二時間ほど前に来訪して部屋に入ったとのことだった。食事もきちんと摂ったというのにほっとする。
明日の起床時間を伝え、カガリもさっさとシャワーを浴びてベッドに潜る。翌日も早々に官邸に向かわなければならないが、朝食を共にするくらいはできるはずだ。
小さな楽しみに想いを馳せる間もなく、疲弊しきった身体をシーツに横たえたと同時に、カガリの意識は眠りに落ちていった。
◇◇◇
ぱちり、と開けた視界に海の青が飛び込んでくる。
穏やかな波が打ち付ける砂浜を歩いているらしい光景に、なんて鮮明な夢だろうかと他人事みたいに感心した。最近はとにかく短い時間で身体を回復させるべく、眼を閉じた次の瞬間には起床している日々だったので実に新鮮だ。
それにしても、ここはどこだ?
見覚えがある景色にも思えるが、あたりを見回したいのに自由に動くことはできないらしい。自分の意思と無関係に視界が移り変わる。時折目に入る足先や手元から、ゲームか何かのキャラクターの行動を後ろから見ているようなイメージを持った。
過去の自分だろうか?
どうも身に着けているのはパイロットスーツのようだが、こんな色のものを着たことあったっけ?
内心でうんうんと記憶を探っていると、遠くから小さな音が届いた。本当に微かな一音だったが、それは銃の安全装置を解除するものに似ていた。
視線がぐるりと回り、崖の上に立つ人物が目に入る。
(──え……っ)
有り得ない相手に驚く間もなく、その人物が射撃姿勢を取り、発砲音が響いた。同時に腕に衝撃が走り──律儀なことに痛覚まで共有されている──カガリの意識を乗せたキャラクターが身を翻した。
キャラクター、というか、先ほど目に映った人間の姿と行動を鑑みれば、これはもしかして。
(アスラン……なのか?)
威嚇射撃もなく発砲した相手は、一瞬だが間違いなくカガリだった。視覚もコーディネイターの──アスランのものに準拠しているらしく、あれほど距離があったのに表情まで見て取れた。
(え、もしかしてここって、あの無人島⁉ あの時の記憶なのか⁉)
確かに、何時間か前に彼とふたりで話した内容に、四年前のことが出てきた。それが深層に格納されていた記憶を掘り起こし、夢として再現したのか。
だとしても、だったらなぜアスランの視点になっているのか。脳の七割は活性化せず眠っていると聞いたことはあるけれど、想像力が豊かすぎて自分でもびっくりだ。
カガリがパニックになっている間も状況は移り、足元の銃に意識を取られた十六歳のカガリの隙を突いて、アスランが崖の上へと駆け登っていく。相対していた時にも思っていたが、こうして感覚を共有していてもとんでもない動きをするものだ。
回る視界に酔いそうになったところで、何故かその瞬間から五感が戻ってきたような感触があった。VR体験から映画視聴に切り替わった、というのが一番近いかもしれない。自身の夢とはいえ、なんて至れり尽くせりな。
眼下に見下ろす十六歳のカガリは、相手の銃を奪ったことですっかり油断している。コーディネイターの、それも一流の軍人がすぐ近くに潜んでいるという懸念は既に消えているようだ。
ようだと言うか、消えていたなと振り返り、己の未熟さを四年越しに見せつけられて居た堪れない。
記憶通り、崖から急襲したアスランに武器を手放し投げ飛ばされる。無力化されて悲鳴を上げるかつての自分に、本当によくここで殺されなかったものだとつくづく彼の善性に感謝したい気持ちだ。たとえ女だろうと銃を持って攻撃してきた相手だ。あのままナイフを振り下ろされていても文句は言えない。
(それにしても……小汚いな……)
ロープで拘束され芋虫のように蠢く自分をアスランの視界越しに見ていると、砂まみれで薄汚れた顔やらぼさぼさの髪やらに嘆息したくなる。出るところもまだささやかな上に、分厚い防弾ベストに擦り切れたカーゴパンツが一層小汚さを演出して、確かに男にしか見えない。今更ながらに怒鳴った自分を反省した。
それからの場面ももう、過去の恥をこれでもかと叩きつけてくるのだ。無様に水溜まりに嵌まって、雨避けにわざわざ機体を動かした彼にさっさと助けろと喚いたり。仮にも異性の前で服を捲り上げたり。
濡れた服を乾かすために火を起こしてくれたアスランに、なんとお礼も言ってなかった。食料を分けてくれたことにも。
本当に今初めて気づいたが、この時彼は飲み物しか口にしていない。救助が遅れる可能性を考えて控えていたのか、もともと一食分しか入ってなかったのかはわからないが。
(ひ、ひどい……捕虜のくせに態度がでかすぎる……)
挙句の果てに、まったく実力差も考えず縛らなくていいのかとか言い出す始末で、そりゃ笑うよなぁと諦念めいた自嘲が湧いてくる。
だと言うのに。五感の共有は切れているのだが、なんとなく彼の感情というか、微かな心の揺れのようなものが伝わってくる。あくまでカガリの夢なのでそれもおかしな話ではあるけれど、この傲岸不遜でくそ生意気な相手に対し、どこか微笑ましさを覚えているように感じられてならない。
本人は一生懸命毛を逆立てて威嚇していても、アスランにしてみればハムスターがきぃきぃ喚いてるくらいの印象だったのかも。笑い声をあげる彼の心境を想像して微妙な気分になった。
その後はお互いに譲れない主張をぶつけ合い、結局アスランが折れてくれた。彼の心の奥底の疵を目の当たりにしながら、怒りに燃える眼差しがアスランを糾弾してくる。彼から伝わる感情がどこか痛みをはらんでいて切ない。
(殺したから殺されて、殺されたから殺して……そんな繰り返しじゃ平和なんて来ないって、この時の私は気づいてもいなかった)
しんみりとした感傷を抱えている間も時間は流れて、無謀にもイージスの破壊を試み──本当に、理由はわかるものの我ながら無茶苦茶すぎる──ふたたび彼に荒ぶる感情をぶつけて。パイロットとしての責任を突き付けられて怯える姿が見ていられない。戦場に立つ意味もろくに考えていない子供だったと今ならわかる。殺される覚悟もないのに、銃を手に取ってはいけないのだ。
(あーもう。きっつい。この後が更にきつい)
落としどころのない言い合いの末、銃を投げ捨てる自分に頭を抱える。キサカが見たら膝詰めで三時間は説教されそうだ。
そして、銃口の角度によっては命すら危ういとアスランならわかっていたのに、一瞬の躊躇いもなく彼はカガリを庇った。見捨てたって仕方のない状況なのに。
(でもそれが、アイツなんだよな)
この島で遭遇したのが彼だったのは、本当に幸運なのだろう。またもカガリのせいで怪我をしたアスランを泣きそうな顔で見ている自分は、あの時どれくらいそのことを理解していたのか。
山場を越えて嘆息しながら、改めて押し問答をする十六歳のカガリを見る。ファウンデーションの強敵を打ち破るための秘策とやらで、アスランが参考にしたらしいかつての自分だ。
(──いやちょっと待てよ)
確かにあられもない下着姿だ。アンダーウェアだけを纏った全身を晒してはいる。
しかしなんというか、全体的に薄っぺらい。むしろ棒みたいなんだが。
これ以上ないくらいシンプルな上下に、胸も尻も大した曲線も描いておらず、太腿だって筋肉質で色気の欠片もないのに。
(え、これ? これを破廉恥だって言ったのか⁉)
敵のパイロットがどんな人物かはデータ上でしか知らないが、仮にも成人した男性が、この程度で狼狽えたとはにわかに信じがたい。
(そりゃ、極限の戦場でいきなりこんな妄想が飛び込んできたら動揺はするかもだけど)
下手をすれば、アスランの経験値の乏しさを鼻で嗤われて終わっていた可能性のほうが高かったのではないか。
経験値、の下りになると多分にカガリ側の要因も含むので、もし作戦が失敗していたらと思うと非常に心苦しい。
事前に言ったら協力したのか、と問われたのを思い出し、咄嗟に拒否した自分を省みる。相当際どい橋を渡っていた彼の命が掛かっていたのだ。むしろ事前に言っておけと胸倉を掴みたいくらいだ。
(大体、今の私はもうちょっとマシな身体をしてるんだぞ)
アスランの認識がここで止まっているとなると、それもちょっと面白くない。下着姿を見せたりはこれ以後していないにしても、服の上からのラインで多少は見て取れると思うのだ。
(ていうか、まさかスレンダーのほうが好きとかだったりするのか?)
性的な興味が薄そうな相手の顔を思い浮かべて、ありえなくはない気もしてきた。何せかつての婚約者は、あの妖精のように可憐だったラクスだ。彼女だって年を重ねた今は成熟した肢体に変化しているけれど。
世の中には薄ければ薄いほど良いという性癖もある、という話はどこで耳にしたのだったか。
(だとしても、腹や脚はともかく)
「胸を縮める方法なんてあるのかよ⁉」
思わず叫んで、いつの間にか意識が覚醒していたことにカガリはようやく気が付いた。
驚くほどリアルな明晰夢のせいか、それなりの時間眠っていたのにどうにも疲れが抜けていない気がする。
「なんだったんだ……あの夢は……」
溜息を吐いてカーテン越しに差し込む日差しに目を向ける。二度寝は難しそうだ。
◇◇◇
寝不足の顔を冷水で洗い、適当に身づくろいして食堂に向かう。既に客人は席に着き、カガリを待っていた。
「おはよう、カガリ」
笑みとともに掛けられた声に返事をしながら、相手の顔を窺う。
「ちゃんと休めたか」
「ああ、よく眠れたよ。ありがとう」
簡易ベッドとは寝心地が違う、と軽口を叩くのに、激しい戦闘後の消耗が多少なりとも癒されたのであれば良かったと胸を撫でおろす。どこか疲労を残しているようにも見えるが、一晩で解消するものでもないのだろう。
運ばれてくる朝食を口に運び、他愛もない会話をしながら、カガリの意識はあの夢に囚われている。
まさかこの先に同じような状況が起こるとも思えない。思えないのだが。
「アスラン。今日の夜時間あるか?」
「今夜? こちらはどうとでも調整できるが」
むしろ戦後処理に追われてカガリのほうが忙しいのでは? そう首を傾げるのに「なんとか昨日よりは早く帰れるようにするから」と返す。
「俺は何時でも構わないけど……なんだ?」
「その、だな。……万が一の状況に備えて、やっぱりこう、協力をするのもやぶさかでないというか」
自分でも何を言っているのか、と羞恥心が湧いて、視線を彷徨わせながらカガリが口にする。
「──は……?」
「だからっ、四年前と今とじゃ色々違うところもあるから、上書きしておけって言ってるんだ!」
怪訝そうな呟きに、思わず声が大きくなる。そこで昨夜の会話と重複する単語が結びついたらしいアスランが、顔を真っ赤に染めた。
「なっ、何を言って……っ大体、あんな状況が早々あって堪るか!」
椅子から立ち上がり叫ぶのに、もう一つの疑念が頭の中でとぐろを巻き始める。
普通、仮にも憎からず想いあっているはずの女がこんな申し出をすれば、ちょっとは喜ばないか?
まさか記憶の中に居るツルペタな女のほうが良いから、見たくないとか言わないだろうな。
「……悪いが、ちょっと検索してみても育った胸を縮める方法はなかった」
「はぁ⁉」
「おまえの好みではないかもしれないが、そこはもう諦めてもらうしかない」
「俺の好みってなんだ⁉」
剣呑に座った目つきで彼をねめつけるカガリに、アスランは赤くなった頬のまま意味が解らないと頭を振る。
いつまでも終わらない食事と場をわきまえない破廉恥な会話に、マーナの雷が落ちるまであと三十秒。
==================================
森をかき分けるように進む視界に、夢だな、とすぐに認知した。
遅くに訪れたアスランに嫌な顔ひとつせず夕食を提供してもらい、きちんと整えられたかつての自室のベッドに身を横たえて、多分すぐ眠りに落ちたはずだ。気持ちの上ではまだ働いているカガリを待ちたかったが、心身の疲弊はピークだったらしい。彼女から事前に言われていなければ意地でも起きていたと思うので、こういうところは読まれているな、とくすぐったい気持ちを覚えた。
それはさておき。亜熱帯の植生の中を進み、開けた先の眼下に映ったのは。
(──俺?)
砂浜を歩く小さな人影は、赤いパイロットスーツ姿の自分だ。傍らの機体は懐かしのイージスで、状況からあの無人島での一幕だと思い至る。
自分の意識が乗っているらしい人物が腰に携えた銃を手に取ったのを感じ取り、これがカガリの視点であることもわかった。
(この展開は新しいな)
この時の光景は今に至るまで何度も夢に見たが、カガリの側から見るのは初めてだ。もちろん、実際のところは自分の夢なので、想像の域を越えないのだろうが。
普段の夢より格段にクリアな映像に、ひどく残念な気持ちを覚える。どうせならまだ稚さの残る彼女の姿が見たいところなのに、目に映るのは今より幾分か線の細い己だけだ。嬉しくも楽しくもない。
記憶に違わぬ展開を追い、振り上げられたナイフに怯える姿が胸を苛む。本当にここで踏み留まれて良かったと、四年間幾度も覚えた安堵を再認識した。
それにしても。なんというかカガリの感情の波が実に素直で、あくまで自身の空想だとしてもちょっと和む。怒鳴ってる時には怒ってるし、カニを見て笑うアスランに呆れている。スコールに打たれている時は本当に気持ちよさそうで、まったく裏表のない言動が彼女らしい。
相対する自分も同じように感じていたのだろう。無表情を繕っていた顔が緩みだしているのが気恥ずかしいほどだ。
というか、この後は。
(うわっ……)
服の下が微かに動いたので、揶揄うつもりで投げた言葉。疑うことも知らないカガリが服の裾を捲り上げたのを、十六歳のアスランは目の当たりにしたのだが。
(視線が……めちゃくちゃわかりやすい……)
少年の目線がどこに移ったのかが、こうして正面から相対してると手に取るようにわかる。横目でしっかりと視点を顔から下に──惜しげもなく晒された肌に向けているのがばればれだ。カガリは落ちたカニに気を取られているようで、まったくアスランの様子に気を配っていないが。
(待てよ、となると)
焚火を囲んでの会話やその後の緊迫したやり取りを経て、カガリの投げた銃が暴発して。
銃弾が掠ったアスランの手当てを申し出る彼女の心もとない下着姿を前にして。
(やっぱり……!)
目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだ。こうして外側から自分を見る経験など早々できるものではないが、あまりにもあからさまな視線の移り方に暴れ出したくなる。
彼女の身体を上から下までしっかりと眺めてから後ろを向いても意味がないだろう。むしろなんでカガリは警戒心を抱かないのか。下着姿であることへの羞恥は感じていたようだが、すぐそばで不埒な視線を向ける男への不信感がひとかけらも伝わってこないのに別の意味で不安になる。
実際、一生懸命包帯を巻く彼女の後頭部を眺めながら、細い首だなとか小さい手だな、なんて思っていたわけで。まさかそれ以上どうこうする気など誓ってなかったとはいえ、まったく疚しい気持ちがなかったかと言われるとちょっと言葉に詰まるところだ。
(いくらなんでも、今はここまで無防備ではないだろうけど)
いや、どうだろうか。
昨日キャバリアーの上で束の間ふたりだけの時間を持てた際、おもむろにパイロットスーツを脱いだな。下に着ていたのはタンクトップ一枚だった。
首ぐりや脇の隙間から今にも零れそうなふくらみに、視線を必死で顔に固定していたアスランの努力を、まったくわかっていなかった気がする。
昔からこうした恰好を好んではいたけれど、いい加減今の彼女には防御力が低すぎるのではないか。少なくとも、自分以外の前では止めて欲しい。
なんだかんだでしっかり目の端で記憶に焼き付けておいて言えた科白でもないが、
「もうちょっと警戒心を持ってくれ……!」
理不尽な願いを口にしたところで、いつの間にか意識が覚醒していたことにアスランはようやく気が付いた。
驚くほどリアルな明晰夢のせいか、それなりの時間眠っていたのにどうにも疲れが抜けていない気がする。
「なんだったんだ……あの夢は……」
溜息を吐いてカーテン越しに差し込む日差しに目を向ける。二度寝は難しそうだ。
◇◇◇
かろうじて寝坊は免れて、カガリより先に食堂へ降りる。ほどなくして現れた彼女に朝の挨拶をすれば、まだ寝足りない様子を残しながら笑みが返ってきた。
今日も彼女は朝から晩まで忙しいのだろう。戦後の後始末となると政治の領分なのでアスランにできることも減るが、少しでも助けになりたいところだ。ターミナルへ出向している立場は一旦置いて、しばらくは軍部に詰めることにしよう。
食事とともに他愛もない会話を交わしながら、カガリの装いに内心で嘆息する。
自宅の安心感と気楽さを優先したのだろうが、襟ぐりの大きく空いたカットソーは、豊かなバストラインが丸わかりだ。その下はショートパンツで、引き締まって魅力的な曲線を描く脚を惜しげもなく晒している。
昨夜の夢で、自分の目の正直さを突き付けられた身としては中々に辛い。本音を言えばじっくり見たいが、さすがに今のカガリは視線の意味に気づきそうだ。
そんな心中の葛藤を押し殺すアスランに、思いもよらない申し出が飛んできた。
協力。四年前と今。上書き。
溢されたキーワードが指すところを理解して、熱を持ち始めた頭が高速で明後日の方向に回り始める。
まさかそんなに物欲しげな顔でもしてただろうか。女性として多少の情緒が育ったらしいカガリが、頑張った番犬に褒美でもやろうかと思ったのか?
早鐘を打つ胸と頭を擡げ始めた本能を押さえつけ、上っ面の理性を振り絞っていたら、今度は何故か剣呑な眼差しに射抜かれる。
胸を縮めるだのこちらの好みだの、本当に何を言っているのかわからない。
朝食の場にふさわしくない話題と止まった手に雷が落ちて、結局理解できないままカガリを見送ることになってしまった。
首長服を纏い専用車に乗り込むのを見守るアスランに、まだ怖い顔のままの彼女が「起きて待ってろ」と無声音で告げた。
カガリの言う『協力』と『上書き』がどんなものになるのか。
都合のいい願望が勝手に走り出しそうで、堪らず髪を掻き毟る。
結局彼女の帰宅までの十数時間、アスランはまったく使えない男に成り下がったのだった。
【終】