風柱の不死川実弥、水柱の冨岡義勇、ふたりは犬猿の仲、混ぜるな危険、水と油。鬼殺隊員たちにそういった認識をされていた。
「誰か鎹鴉で柱を呼んでくれっ!!」
「これ以上被害が出る前に……。今から水柱さまが来てくださるそうだぞっ!!」
「よかった、これで鬼の頸を斬れ……はぁ? 風柱さまも来るのかよっ!!!!」
「俺たち生きて帰れるのかっ?」
救援を頼んでふたりがかち合ってしまった時、下級隊員や隠はそういったことを呟き合っている。新人への現場教育の一言目は「風柱と水柱を同じ任務に就かせるな」である。
それもこれも、豪快で声も大きくべらんめえ口調で水柱・冨岡に対して風柱・不死川が一方的にまくしたてるからだ。そして冨岡といえばきつい物言いに対してただじっと聞いていて、それに対して悪態をついた不死川が怒ってその場を離れてしまう。そういった場面に複数の現場で下級隊員や隠たちが遭遇してしまえば、ふたりは仲が悪いと思うのは当然だろう。
今日も任務に就く者は、もし柱に救援を飛ばすにしてもどうか風柱と水柱が遭遇しませんように。隊服を着込み身なりを整え日輪刀を腰に刺した瞬間、下級隊員や隠はそう祈るのだった。
夜が明けてしばらく経ち帰路に着く頃、黒く艶のある羽根を羽ばたかせて一羽の鴉が冨岡の元へやって来た。
「伝言ダ、イツモノ神社デ待ツ」
「オヤ……爽籟、久シイノゥ……」
「先週モ会ッタゼ、爺サン」
「ハテ、ソウジャッタ、カノウ……」
爽籟と呼ばれた鴉は風柱・不死川の鎹鴉だ。主人の不死川に似て賢くて速く飛べると若い鎹鴉の中で尊敬されている存在なのだと、冨岡の鎹鴉である寛三郎が以前話してくれた。
「伝言ありがとう、爽籟。ほら、胡桃をやろう。食べ終わったらそちらに向かうと伝えてほしい」
冨岡が駄賃だと差し出した砕いた胡桃を嘴で器用に取った爽籟は、「先ニ行ク」と一言呟いてから朝日が眩しい空に飛んでいった。
「俺たちも行くぞ、寛三郎」
「了解ジャ……」
寛三郎が懐にもぐり込んだのを確認してから、冨岡も爽籟が飛んでいった方に向かって走っていった。
「すまない、待たせたか?」
「そうでもねェよ」
足の速さに自信のある一般人が頑張っても数時間は掛かる距離を、冨岡は呼吸を使いほんのわずかな時間で待ち合わせ場所の神社に辿り着いた。ここは不死川と冨岡の警羅担当地区のちょうど中間にある人気の少ない神社だ。集落から少し外れているため、早朝に訪れる者は少ない。不死川と冨岡がここを待ち合わせ場所に決めてからまだ地元住人に遭遇したことがないので、隠れて会うのに重宝している。
冨岡の懐に潜り込んでいた寛三郎も空気を読んだのか、もそりと出て来て爽籟が待機している御神木の太い枝まで飛んでいってしまった。
「よし、大した怪我もしてねェみたいだな」
「不死川、その左腕の包帯は何だ? 先週会った時にはなかったと思うが」
一週間ぶりに会ったのだ、外だから服を剥いで確認はできないが、互いに怪我を負っていないか確認し合った。不死川は腕は立つ剣士であるが、鬼を酩酊させることができる類稀な稀血の持ち主だった。そのためか、鬼の頸を斬るために自身を傷付けることに躊躇がない。本人はどれくらい斬っても戦闘に支障はないのかわかっているらしいのだが、そうはいっても冨岡は気が気でない。
無事を確認できてよかったといわんばかりに、冨岡は大胆に開かれた不死川の胸元にそっと抱きついた。冬の寒い時期とはいえ一晩中走り回っていれば汗をかく。汗といえば不快なイメージがあるが、不死川のかく汗のにおいは不思議と嫌ではなくて、もしかして稀血に関係があるのかと冨岡はこっそり思っている。
「昨日だったよな、生日。遅れてすまねェ」
「遠方での任務に就いていたのだろう? 無事に帰ってきてくれるだけで充分だ」
抱きついてきた冨岡の腰に両手を回した不死川が申し訳なさそうにいうものだから、気にしないで欲しいと冨岡は返した。生きてまた会えるだけでも有難いのだから、ほんの一日、生日に間に合わなかったくらい問題ない。
なんだか納得がいないと顔に書いてあるが、不死川は冨岡の腰に回していた片手を自身の羽織に伸ばして何かを探り始めた。自身の腹や胸元をくすぐる感覚にクスクスと冨岡が控えめに笑えば、あったと何かを取り出した。
不死川の手のひらに収まる小箱を渡された冨岡は、失礼すると一言呟いてから蓋を開けてみた。中身は深みのある緑色の髪紐だった。この色は千歳緑、名称の由来はたしか千年生きる松葉のような色をしているからだっただろうか。両親や姉がまだ生きていた頃、年始に着る新しい着物を何色で作るかと団欒の最中に話している時に候補に上がった色の一つだ。姉は桜色の可愛らしい色が着たいと話していたが、選んだ反物は何色だったのだろうか。
「素敵な色だ。ありがとう、不死川」
大事に使うと冨岡が返せば、不死川は片手で髪紐を掴んでから冨岡の背後に回った。
「おいっ、どうした?」
「どうしたもねェよ。……去年渡した髪紐、大事に使ってくれてんだなァ」
「俺の宝物だからな」
癖の強い冨岡の髪を纏めている髪紐を解いてから、不死川は手櫛で軽く整えてから千歳緑の髪紐で髪を結ってくれた。一年使い込んで柔らかくなった髪紐を箱に納めてから蓋を閉じて、冨岡の隊服のポケットにそれをねじ込んだ。
太陽が山の隙間から顔を出したのだろう、少し前まではまだ薄暗かった境内も明るく朝の空気に満ちている。不死川と冨岡は見つめ合ってから、互いの唇を寄せた。触れるだけのくちづけなのに甘く、とろけるような心地がした。