両片思いないふゆとら♀、日帰りデートに行く❄️🐯♀の両片思い
海と山の間をすり抜けるように走る地方の県道沿いは、週末には観光を兼ねてドライブ客で賑わっている。そんな観光地も週半ばは静かで道は混まず走りやすい。ネットで見つけた今話題の海が見えるカフェだって、ここ最近建てられたのだろう土産物を中心に販売している真新しい物産館だって、利用客が少なく待ち時間がなくてなんだか物足りないくらいだ。
「……さすが平日、人いないな」
「まぁ、海水浴シーズンはとっくに終わってますしね。車が混まない分良いじゃないですか」
「それもそうだな」
夏場や週末は混み合うだろうカフェで地元の食材を使った食事を楽しみたいと言ったのは千冬で、一虎としてはここに来る途中で見かけた定食屋ののぼりにあった海鮮丼が気になっていた。秋刀魚に秋鮭、戻り鰹に鯵、絶対に美味い。ここまで運転してもらった彼を立てて昼食は譲ったが、帰りに店が開いていることを願うのみだ。
──せっかくの二連休だし、どこかドライブでも行きませんか?
千冬が一虎にそういって声を掛けてくれたのは先週末のことだった。
二ヶ月に一度ある店の二連休に朝一で生体の世話を済ませて、その後二人で出掛けないかと誘われたのだ。これは遠回しにデートのお誘いだと一虎は思った。しかも連休二日目の世話はパートの山田さんにお願い済みとのことだ。泊まりか? と一瞬、まだ付き合ってもないのに……とびっくりしたが日帰りだそうだ。ちょっと残念で、ちょっと安心した。のんびりと夕食まで食べて帰ろうというそれに二つ返事で頷いた一虎はその晩、スキンケア用のシートマスクと服で隠れてしまうけれどちょっと気合い入れた下着のセットを購入した。付き合っているわけでもないのに、浮かれていると笑いたければ笑うがいい。
浮かれて何が悪い、どう考えてもデートのお誘いなんだぞと目の前で海老や帆立がたっぷり入ったドリアを頬張る千冬をちらりと盗み見しながら、一虎はパスタを器用にフォークに巻き付けて口に運んだ。糞のような両親だったが食事の作法を徹底的に仕込んでくれた点は感謝している。側から見て千冬が食事すらまともに出来ない女と一緒にいると見られずに済むからだ。
「なぁ、この後どうすんの?」
今の二人はメインはもちろん、付け合わせのサラダもスープも、何だったらデザートのジェラートも食べ終えてコーヒーでほっと一息ついてる状況だ。朝らから仕事して車で数時間かけて移動して、飯食ったから夕食までは各自自由行動なんてオチではないと思う。帰るにはちょうどいい時間かもしれないが、今戻ると家に着いたあとに夕食を作るか食べに出るかといった問題が出てきてちょっと面倒だ。横に載っていただけだけど、正直な話、作らなくていいなら食事は作りたくない。一虎にそう言われてそうですねぇ、ちょっと待ってください……と返事をしたあと千冬はスマホを取り出して何やら調べ始めた。
「タケミッチ、ヒナちゃんとこのまえこっちに辺りドライブ行ったらしいんすけど、良い温泉見つけたって言ってたんすよ。今ちょっと調べてみます……」
「温泉? マイキー達も中学の頃から揃って銭湯行ってたし、東卍メンバーって風呂好きだよなぁ」
今にして思えば、側頭部に墨を入れた中学生を受け入れていたあの銭湯は特殊だ。一虎も何度か利用させてもらったことがあるが、特に咎められる事なくゆっくりと入ることが出来た。昼間の利用者の少ない時間帯だから許された事だったのか、それとも佐野家が長年利用していたとか何か理由があったのだろうか? 多分、他の銭湯なら首筋にタトゥーを入れた一虎は入店拒否されるだろう。まぁ、人でごった返す銭湯に入れなくても、アパートの狭いユニットバスに入浴剤を入れるだけでも十分だ。多少狭くても刑務所のように入浴時間を決められる事もなく、のんびりと一人で入る風呂はリラックス出来る。
「まぁ、俺墨入ってるし、千冬だけでも入ってきたら? こっちはこっちでゆっくりしとくからさ」
緩くなったコーヒーを啜りながら一虎が笑えば、何言ってんすかと少し声を荒げて千冬が区切りがついたのかスマホをテーブルに置いて話し始める。
「せっかく一緒に来たんだから行きましょうよ、貸切なら大丈夫でしょ。15時に予約取れたんで温泉入って晩飯食べてから帰りましょ」
「は? 貸切? なんで?」
ここから車で15分かかるみたいだし、今から行けば余裕持って着きますね。端の方に置いてあった伝票を手に取り、千冬は座ったままの一虎に目線で早く立ってと訴えてからレジまでスタスタと歩いて行った。
──いや、待てよ千冬。それ、意味わかってんの? 付き合ってない成人男女が一緒に貸切風呂って、普通ないじゃん?
喉に引っかかった言葉は声にならないまま、先に店のドアをくぐる千冬を一虎は椅子に座ったまま見つめるしか出来なかった。
千冬編に続く