仮題:【エレンの人妻(食用:珍味)飼育日記】1仮題:【エレンの人妻(食用:珍味)飼育日記】
[出会い~もしくは再会?~]
エレンはパーカーとスェットというラフな格好でスーパーに寄り、今日の夕飯は何にしようかと考えながらカゴを手に取り、店内を彷徨う。
「安くて量があって美味いもの……できれば肉、食いてぇな……」
高校一年。狭いアパートに一人暮らしだ。育ち盛りとはいえ無駄遣いは出来ない。本音で言えば断然肉なのだが、最近は外国の肉さえ値上がりが酷い。唸りながら見て周り、仕方ない今日は豆腐と麻婆豆腐の素を買ってご飯にかけるかと決めると豆腐を覗きに行く。
「あった。お前は庶民の味方でいろよ」
腹に溜まりそうな豆腐を手に取りカゴに入れると、ふと隣に細長い豆腐のパックがあり、新商品かと見つめ違うことに気付く。薄い密封されたフタには『人妻』と書かれたシール……その中身に目を見開いた。
「え、もしかして〝人果〟か……?」
まじまじと見つめる、その整然と並ぶ豆腐のパックと見紛う中には、小さな小さな人形を思わせる【人】が眠り横たわっていた。
【人果】――
それは、人間の形をした【果物】である。とある大木に殻に覆われた赤子の実が成り、熟し収穫されると動き出す。生まれるまでは植物、生まれてからは半分動物となり、そして死ぬとまた植物に戻る不思議な生き物。
赤子だったそれらは成長途中で性別が決まり、美味しい果実になるべく交尾を始める。それら一つ一つは確かに果実であるが、しかし植えても木にはならない。種無しの果実。
メスは美味しく食べられることを至上の歓びとし、そのためだけに生き、オスは交尾して、メスを美味しい果実に仕上げるためだけに存在する。
生物には何故こんな進化を遂げたのだろうというものが数多く存在する。これもその一つだった。
熟したメスをパックに入れ、冷蔵庫に入れると眠りながら果物になる。そうして美味しくなったメスの果実は、幸せなまま眠り『人妻』としてスーパーに並ぶのだ。
一本の木にしか生らない実だから大量には収穫できない。出会えたらラッキー。それが今目の前にある。しかも、
「あ、〝リヴァイ〟がある」
並ぶ人妻の横に、特別待遇で置かれているパックがある。最高級人妻の〝リヴァイ〟だった。しかも新鮮。懐かしい……
エレンは過去に一度だけ、〝リヴァイ〟を食べたことがあった。それは家族との思い出でもあり、しばし記憶に浸る――
「父さん、なにこれ。人形?」
幼いエレンは皿に置かれた小さな人形に首を傾げると、まじまじと見つめる。人形なのに目を瞑っているの珍しいな。久し振りに家でゆっくりとした時間を過ごす父・グリシャは酒を飲みながら小さく笑みを浮かべると、首を振る。
「これは果物だ」
「くだもの? 桃とかぶどうとかの、あのくだもの?」
「そうだ。『人果』という。滅多に手に入らないものだがたまたま貰ってね。興味があるなら食べてみるといい」
「ちょっとあなた!」
母のカルラは眉をひそめ窘める声を出すが、グリシャはいいじゃないかとのんびり見守る。どうしよう。エレンは考えたが、果物と聞けば食べてみたくなる。そっと手に取ると新鮮な大根のようなひやりとした冷たさと硬さがあり、顔を近付けるとふわりと甘い香りが漂った。本当に食べられそうだった。
カリ、
「……、」
もぐもぐもぐ、
おそるおそる手から食べてみる。美味しい。ふわと頬を染め、感動しながら見つめる。手足は瑞々しく、マクワウリというかプリンスメロンのような味。ほんのり甘くて少しカリカリする。身体のほうは熟れた洋梨のよう。濃厚でジューシー。食べられないかと思った髪の毛と思しき部分もトウモロコシのひげやさつまいもの繊維のような感じで、間違って口に入った髪のような不快さはなく、甘みさえあってなかなか美味しかった。
何だこれ、めちゃくちゃ美味いっ。
「もう、子供に人妻を食べさせるなんて……」
夢中で食べるエレンを見ながら、カルラは眉を寄せため息を付く。『ヒトヅマ』。これヒトヅマっていうのか。
「母さんは嫌いなの?」
「なんか、人間を食べてるみたいで気味が悪いだろう? 可哀想だし……」
「?」
そうかな。首を傾げる。果物なんだろ。林檎食べるとき可哀想とも気味悪いとも思ったことがない。それと一緒だ。食べられるために生まれて来たんだから、食べなきゃそっちのほうが可哀想だけど。カリカリと指先を咀嚼しながら考える。
その後、普通の『人妻』も食べたことがあったが、〝リヴァイ〟の美味しさには到底及ばず、〝リヴァイ〟じゃないならいいやと思う贅沢な舌になってしまっていた。
「――」
その〝リヴァイ〟が、今目の前にある。ごくりと唾を飲む。思い出したら食べたくなってきた。本当に美味しいのだ〝リヴァイ〟は。しかしお高いマンゴーほどの値段する……。親無しの貧乏学生が買っていいシロモノじゃない。唸る。
「……」
どうする……買っていいわけがないのに未練がましく見つめる。他の個体はぼんやりした感じで人感も少なく似たり寄ったりなのに、やたらリヴァイだけは可愛かった。細部までリアルでそんなところも希少価値なのかもしれない。逆を言えば、より人間に近いからこそ母があれほど気味悪がったのだろう。
人間を食べる禁忌のような――噛んだ瞬間、内臓が飛び出すような錯覚。現実はよくある果実と変わりはないのだが。
その全てを含めて、『人妻』が美味しいが【珍味】と称される所以だった。
『人妻』の股の部分、人で言う大切な場所には、ミントの葉がそっと添えられている。果物なのに変な配慮だが、エレンは〝リヴァイ〟のあの下に小さなペニスらしき突起があるのを知っていた。
〝リヴァイ〟は男性体でありながら、食用の『メス』という分類にある。『人妻』という悪趣味な命名をするとき、『熟女』と二択で悩んだらしいが、唯一リヴァイがオスの見た目でありながらメスの性質を持っていた為、『女』表記はやめたと何かで読んだ。オスなのに、メスを差し置いて一番美味しいのも面白いと思う。
そんなことを思っていると、背後でこちらを窺っている気配がする。もしかしたらあのサラリーマンも〝リヴァイ〟を狙っているのかもしれない。『人妻』で、且つ〝リヴァイ〟ともなれば早々出回らないから滅多に手に入らない。躊躇ったらもう二度出会えないだろう。
「――」
クソ、諦めろオレ。振り切るように顔を背けたその時。きらりと光るものを見た気がしてはっと〝リヴァイ〟を見下ろす。目があった。
「っ」
えっ、生きてる……?
ドッ ドッ ドッ
「、」
ビックリした。もう果物と思ったのに。
確かに、他の眠る人妻とは違い、まだ肌は果実の透き通った色味ではない。生きてる。
『……』
〝リヴァイ〟はゆっくりと瞬きをし、またうとうとし始める。綺麗な青灰の瞳が隠れる。
「!」
眠ってしまう!
考えるより先に、パックを持ち上げた。
「やべぇ、買っちまった……」
果物で諭吉が飛んだ。今更に青褪める。どうすんだこれ……
ショッピングバッグを覗くと、豆腐のパックの中からじっと見上げてくる。まだ生きてる。可愛い。結局麻婆豆腐も諦めた。今日はふりかけで我慢するしかない。
「あぁ、腹減った」
腹を鳴らしながら携帯で検索すると、結構『人妻』を飼っている人は多いらしいと知る。物好きだな。自分を棚に上げて思う。しかし〝リヴァイ〟は見かけない。不思議だと思ったが、『人妻』は一番美味しいタイミングで出荷される。飼うと年を取り、結果味が落ちるから皆我慢できず食べてしまうのかも知れない。
というか、『人妻』は何を食べるんだろうか。生態も何も知らない。これはCMでよく見る『勢いでペットを飼うな迷惑』というやつだろう。眠ったら食べればいいとはいえ、無責任でもいけないだろう。考えながら歩いていると、小さなペットショップを見かけた。少しでも話を聞けるだろうか。
カラカラカラ、
「いらっしゃい~。初めてだよね、何か探してるものがあるのかな」
入ると、明るい声の店員が話しかけてきた。多分女性。髪の長いメガネをかけた明るい声の人で、この人になら聞きやすいとバッグをごそごそ探った。
「実はさっき、『人妻』を買ったんですけど」
これ、と豆腐のパックを目の前に出すと、おーっと目を輝かせた店員が興奮しながらじろじろ眺める。
「へぇ! 生きてる〝リヴァイ〟なんて珍しい。高かったろう?」
「はい。今日はもうふりかけご飯です」
あははっ! 笑ったその人は頷くと、乱雑な机を探り発掘したメモ帳を掴むと住所教えてと差し出す。
「明日飼育一式揃えて持っていくから」
「あの、あんまりお金ないんで、育て方だけ教えて欲しいんですけど……」
「いいよ珍しいもの見せてもらったし。学生だろ? 学生で『人妻』をペットにするとか滾るねぇ~!」
私は店長のハンジだよ。キラキラとした目で自己紹介をするハンジに、自分もエレンですと名乗ると、住所を書いた。
「今日はとりあえず何もしなくても大丈夫だろうけど、これだけは気を付けて。帰ったら布でくるんで温めてあげてよ。冷えてるだろうから」
「解りました」
〝リヴァイ〟を見つめ、頷く。そうか、そうだよな。生きてるもんな。帰り際再び空のバックに入れるのも気になり、腕の中で温めながらありがとうございましたと店を出るとアパートに帰る。
部屋に入ると、腹は鳴っていたがまずテーブルに豆腐のパックを乗せると、じっと眺めながらフタを開ける。
パリパリパリ、
『……?』
フタが開いたことに不思議そうな顔をしながら、〝リヴァイ〟がむくりと起き上がる。動いた。
「リヴァイさん?」
『、』
そっと手のひらを差し出すと、首を傾げながら手のひらに乗ってくる。温かくて柔らかい。不思議だ。眠ると間違いなく植物で硬くひやっとしてるのに。
「おまえ、食べたことしかないけど飼えるんだな」
『、』
小さな頭は頷いた。言葉が理解できるのか。驚く。まさか知性も普通にあるとは思わなかった。収納ボックスを開けるとハンドタオルを取り出し、剥き出しの身体に巻いてあげる。〝リヴァイ〟はふわふわが気に入ったのか、すぐにぬくぬくと温まり始めた。可愛い。
そのままテーブルに置き、眺めながら冷凍のごはんをレンジで温め、ふりかけをかけて食べる。腹は満ちないがやはり後悔はなかった。
小さな籠にハンドタオルごと〝リヴァイ〟を入れ、部屋の電気を消す。小さな命。ベッドでぼんやり見上げながら思い出す。子供の頃、縁日でウズラを買ってもらったことがあった。絶対に育てるんだと意気込んで寝たのだけれど、翌朝……起きた時には冷たくなっていた。
「ああいう場所へは、弱いものを卸しているんだ。仕方ない」
「……」
父の言葉に、到底納得は出来なかったが、結果はあの冷たい塊だった。だから、半分は期待していなかった。
「――」
もし、朝果物になっていたら、ハンジさんに謝ろう。タオルにくるまり人と同じように眠る〝リヴァイ〟を見ながら目を閉じる――
「……」
『……』
翌朝目が覚めると、リヴァイはちゃんと生きていた。