さよならが始まる 目を覚ます。天井は白い。
一拍おいて先ほど何者かに連れ去られたのを思い出した。辺りを見回す。
「……あ」
サイドに座っていた男が気づいて見てくる。雪のような肌と髪。数ヶ月前姿を消した友人。
「お前、なんでこんなところに――」
「起きたんだ」
青い瞳がふわりとゆるむ。道端で会ったような気安さに、背筋が凍った。
「起きたって……なんだよこれ、どこなんだよ」
「まだ動かないほうがいい。しんどいだろ」
「いいよ、離せよ!」
近づいてくる身体から逃げようとしてやみくもに伸ばした拳はあっさりと握られた。優しく、背中から落とすように寝かされる。
「今は大人しくしてて」
含みのある言い方をして再びランガはすぐ横に腰かけてきた。
「ね、暦。面白いもの見たくない」
「……見たくない」
「そう言わずにさ」
見て、とかざされたスマートフォン。流れるそれはおそらく中継映像、撮影場所は、見間違える筈もない。
「クレイジーロック……!?」
すっかり行くことも減った思い出の地ではあのころを思い出すような派手なビーフが行われていた。中でも速すぎてろくに映像に映らない男、あれは。
「アイツ、また速く……」
「すごいだろ」
輪郭をなぞるようにランガが指を液晶に触れさす。
「危ないし、つまんないから。あんまり他人とは走らなくなったけど……」
するすると、反らされた人差し指は男と共に滑るように追従していく。
「いいな……気持ちよさそう……」
「見せたいものってそれだけかよ」
走りに浸るランガとは反対に、心は冷えきっていた。困惑と怒りが今にもあふれだしそうだ。
「下らねえ。さっさと帰してくれ」
「やだ」
「お前……!いい加減にしろ、何考えてんだよ!?」
「これからあそこに行く。三人で滑ろうよ」
「は」
何より先に身を襲ったのは理解できない物への嫌悪感だった。
「まだ完成には程遠いけど……でも俺、暦に見せたくて仕方なかったんだ」
見つめてくる純粋にも見える目、何度も出会った突き抜ける青――それが今濁っていく。混ざる色は、赤。
「一番近くで見てほしい。俺達の……ううん……俺のスケートを」