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    20210401 お題箱からサンドイッチでピクニックする二人(たまごは愛抱夢がつぶす)うお~可愛い ありがとうございました
    ひっそり暢気二人暮らし、今でも何とかして見られないものか考えてしまう

    ##明るい
    ##全年齢

    一生ものタマゴサンド 深い谷、暗闇を走る高速の影が二つ。自分達自身でなければ幽霊と見間違えるかもしれない。
     先を行く愛抱夢が手を鳴らす。彼が最近気に入っている合図で、意味するところは「賭けをしよう」だ。
    「僕が勝ったら今夜はずっとそばにいて。明日からは旅行に行こう。素敵なところを見つけたんだ」
     これまで行った「素敵なところ」はすべて非合法かつ危険なスケート施設だったが、果たして。
    「じゃあ俺が勝ったら――」
     さて自分はどうしようかと考えて、ふと頭によぎった一文をそのまま口にした。
     
     激しいデッドヒートの末勝ったのは自分。しかし「参加賞をもらおうかな」と押しきられ結局男の願いの半分を叶えるはめになった。不公平だと思う。
    「愛抱夢。ほら、起きて――」
     揺すっても起きないとき理由はいつも同じだ。
    「僕を起こす時は?」
     最早狸寝入りすらせず悠々とねだる男に若干不満を感じるがここで渋ってこれからの長い一日をふいにするのは勿体ない。観念してすう……と息を身体に入れる。これは声量こそ必要ないが、かなり気合いが要るのだ。
     耳元に近づき。
    「愛抱夢。愛之介、俺の恋人。大好きな人。……早く抱きしめて、キスしてよ。――う、わっ!」
     瞬間がばりと上半身を起こした愛抱夢に腰を掴まれ、無理やりベッドの中へ引きずり込まれた。シーツの白にもみくちゃにされつつなんとか顔を出すと、待ち構えていた男が顔面に何度もキスをする。
    「ふふ、ランガくんの欲しがりや」
     言わせたのはそっちだが、こうも嬉しそうにされては文句を言う気にもならない。
     一連の台詞は以前賭けの代償を軽くしようと試みたときの名残だ。ただ言葉を喋るだけなら楽なのではとやってみたものの、大変これを気に入った男が以降事あるごとにそれはもうとんでもない台詞を要求してくるようになったので早々に終了した。
     彼の左手が首もとへ滑り込む前に待ったをかける。
    「言ったんだから起きて。それで着替えて、キッチン集合」
     互いの身体には昨夜あれだけ触れただろう。だいたい今日は自分の願いをきく日のはずだ。
    「準備するから」
    「準備?」
    「そ。準備」
     
     近所のベーカリーは一斤で買うとオマケしてくれる。卵はあっちのマーケットが安い。男はバターは多めが好みで、子供の頃はマヨネーズを食べられる分量に制限があった。
     どれも二人で越してきてから知ったことだ。
    「勝ったのは俺だから、今日は準備も手伝ってもらう」
    「いいよ」
     愛抱夢はどちらかと言えば世話焼きだが、彼のそういった性質は実は家事にはあまり向けられない。長年の屋敷暮らしの影響か、ごく当たり前にやってもらう側になってしまうのだ。そもそも根本的な知識が少ないので工程の多い作業は気軽に頼めない。
    「こう?」
    「いい感じ。他のも剥いて」
     しかし本人に悪気はなく、意欲はある。物覚えもいい。 彼が生活初心者なら自分は同居初心者だ、ひとつひとつ一緒に歩んでいくのも悪くないと最近は思えている。
    「はい。じゃあこれ」
     フォークを渡して「潰して」とだけ命じれば言われた通り黙々と潰し続ける。単調な作業も苦手でないようなら、今度は彼一人で何か――と考えていたらいつの間にか持たせた容器の中身はほとんど潰れきっていた。
     もうそのへんで、と手をつかんで止めると、男が物足りない顔で言う。
    「……これ、まだある?」
    「もう無い」
     気に入ったらしい。次の機会にはポテトサラダを手伝わせてみよう。
     
     
     平日の早朝はあらゆる人間にとって一番余裕のない時間だ。遊び場にも例外はなく、ぽつぽつとしか人が居ない広い公園はその緑を惜しみ無く解放していた。きっとこれならすぐそばのパークも空いているだろう。
     だがその前に朝食にしたい。食べたあとすぐの運動はよくない、などと言っていられないほど腹は怒りの声をあげている。沢山作って持ってきたのは二度食べるためだろうとあっさり見抜かれてしまったらしい。
    「というわけでちょっと食べます。愛抱夢は?」
    「じゃあ僕も」
     手近なベンチに並んで座り、早速包みを開けた。ベッドで大分タイムロスしたのでたまごサンドだけだが一斤の半分量作ればなかなか見映えがする。
     ひとつ取って口に含む。塩気の利いた優しい酸味は朝の胃に丁度いい。噛み締めていると愛抱夢がうなった。
    「いつものと違う」
    「俺が作るときはもっと雑に潰すから」
    「僕はあっちのほうが好きだな」
     男が食べかけのサンドイッチを睨む。納得がいかないらしい。
    「俺はこっちも好き」
     本当だ。よく潰された卵はマヨネーズとよく絡んでいる。自分ではここまでしない分新鮮さもある。
     二切れ目に手を伸ばす自分を横目で見て、愛抱夢がもう一口サンドイッチをかじる。
    「美味しい?」
    「美味しいよ。僕と君が作ったんだから、美味しくないわけないんだ」
     二人でなければできなかった味を知った男の顔は眉こそ不機嫌そうに寄っているものの、口元はやわらかくゆるんでいる。気恥ずかしいのかもしれない。なんにせよ彼の初めてのたまごサンドは無事成功に終わったようだ。
     安心すれば食も進む、よかったよかったと包みに手を伸ばし――。
    「……にしても君。いいの?もう半分ないけど」
    「え、……あー……」
     自分の悪い癖が出てしまった。これではスケートしてから食べるには量が全然足りない。
     落ち込む肩を愛抱夢が叩く。
    「帰ったらまた作るといい。潰すのは僕がやってあげよう……ああでも、同じだと飽きられちゃうのかな?」
    「!」
     心臓が異様な音をたてた。まだ運動はこれからだというのにダラダラと汗が背中を流れる。何気ない言葉だ。だがこれからの展開によっては致命傷にもなりうる。
    「……見た?」
    「共有タブレットでネット見る癖、直した方がいいよ」
     そういえば記事を読んだ後ブラウザを閉じた記憶がない。開いたまま画面だけ暗くなっていたのをたまたま男が点けたとしたら。
     眼前にスマホが突きつけられる。見せられた画面には昨日見ていたのと同じページが写っていた。わざとらしく男が見出しを声に出す。
    「『マンネリを防止しよう。いつもと違うデートプランはアナタ達を』――」
    「いい、読まなくていいっ!」
     スマホを取ろうと伸ばした自分の手をひょいひょい避けて記事から視線を逸らさずに男は朗読を続ける。
    「雰囲気を変えたいならまず時間から――なかなか的を射ているね。夜のデートが続いている二人なら早朝、アウトドアやピクニック……」
     今すぐこの場から逃げ出したい。「あなたにおすすめ」の言葉に流されるままネットの怪しい記事なんか読まなければよかった。そうしなければ昨日あんなことを口走ることも、こうやって辱しめを受けることも無かったのに。
     諦めてずるずるとベンチに寄りかかる自分に男が楽しそうに「もう終わり?」とスマホを振った。
    「……見られてたとか。すごいマヌケ」
    「少しの抜けはチャーミングだよ」
     両手が身体に巻き付いてくる。子供がお気に入りのぬいぐるみにするように愛抱夢は頬をこちらの頭に擦り付けた。悦の混じったため息が頭上を通る。
    「ああでも……なんだろう。感無量というか……。僕に飽きられることを恐れる君なんて……」
    「飽きられるのを、恐れ……」
    「もしくは君が僕に飽きるか。どちらにせよ愛らしい悩みだ」
     彼の言葉がすとんと疑問にはまっていく。
     どうしてあんなに記事の内容を意識したのか、その答えがわかった。未来への恐怖だ。
     二人だけの生活は幸福で、しかし単調で、続いていく毎日はいつのまにか自分の中に悪い想像を芽吹かせていた。このままずっと一緒に居たら二人は。そんな不安を煽るのにあの記事はたまたまピッタリだったのだ。
     馬鹿だなと生え際をさする。そんなふうに一人で悩むよりもっと簡単な方法がここにあるのに。
    「どう?愛抱夢。俺に飽きそう?」
     そもそもこうすればよかった。どう考えても本人に聞いたほうが早いに決まっている。
     少々面食らった顔が言葉を返す。
    「飽きないよ」
    「どのくらい?」
     愛抱夢が立ち上がった。彼の足に蹴られボードがぴんと空を向く。
    「これがある限り、ずっと」
     じゃあ永遠だ。
     
    「行こうか」
     左手を出せば右手が握り返してくる。初めてそうした日から変わらない手の温度を嬉しいと思う。
    「たくさん滑ろう。飽きるまで」
    「うん。飽きるまで」
     楽しくて何度も繰り返した。明日も明後日も、まだまだそんな日は来そうにない。
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