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    20210402 最終回後ハッピー世界 お花見要素のないお花見ネタ 恋じゃないと言い張る愛抱夢が観念する話

    ランガは少し突出しつつも一般的ないいこであって聖なる人ではないけど愛抱夢にはすごくきよらかなものに見えるそれは何故か ネクストコナンズヒント 恋

    ##明るい
    ##全年齢

    馬鹿げた春よ ランガが居ると聞いて旧友の店に顔を出せば、それはもう当たり前の顔をして全員が揃っていた。
    「お、来たな」「遅いぞ」引き返そうとしたが「こっち」お目当てが隣の空席をたしたしと叩くのだ。断れるわけもない。
     あれよあれよと座らされ不味くはないコーヒーをすすっている内に赤毛の小僧がなにやらろくでもないことを言い出した。
    「お花見行こーぜ!」
     そろそろ満開だってニュースで見たんだ、と次々に動画を見せる。
    「悪くねえな。むさ苦しいのがちと難点だが」
    「混んでるところ嫌なんだけど。誰か穴場とか知ってる?」
    「知らん……が俺のカーラなら瞬時に見つけ出す」
     やいやいとそれぞれが好感触を示す。こいつら、いつの間にこんな関係になっていたんだ。
    「じゃあ決定な!ようっし。まずは、と」
     赤毛がごそごそと何か取り出した。細い紙の束。
    「分担決めは基本だよなー……弁当と買い出し、あと場所取り!」
     雑に文字を書いたそれらを手の中で混ぜ、一本引き抜く。
    「俺買い出し!はい次の人ー」
     くじを持つ手は近くから回り、
    「弁当。まあ妥当だな。任せとけ」
    「ええっ、買い出し……場所取りよりかマシだけど、重いもの持ちたくなーい。シャドウ、がんばって」
    「俺も御免だ。頼んだぞ」
    「馬鹿言ってんじゃねえ、お前らも頑張んだよ!」
     各々が反応を見せるなか離れて自分と座っていたランガもくじを引いた。文字の書かれた紙をわざわざ胸元に広げこちらへ見せつけてくる。
    「……場所取り」
     どこか誇らしげだ。
    「ほら!あとは弁当と場所取りが一人ずつ、な!」
    「は?」
     何故自分にも紙の先が向かっているのか。
    「お前らも参加に決まってんだろ」
    「ふざけるな。どうして僕が――」
     ずいと突き出されたくじ。その片方を背後からにょきりと伸びた手が取った。
    「失礼」
     忠だ。結果を一瞥すると彼もまたこちらへと申告する。
    「弁当です」
     つまり残る一本は。
    「いかがなさいますか」
    「……わかった。引けばいいんだろ」
     手を出すと連中の顔がわかりやすくにやけた。陰謀のようなものを感じつつ、一気に紙を引き抜く。もちろん結果は。
     
     車が去り風除けが無くなると一気に肺に入る空気が冷え込んだように感じる。
     連休前の桜の名所はもうすぐ夜明けだというのに当然のように見物客で賑わっていた。
     醜態を晒し彷徨く人間達は誰も彼も皆同じ凡庸な顔をしている。いざ桜を見るにしてもこんなにノイズとなる客が多ければ気にならないものだろうか。自分一人であれば到底ここに来ようとは思わない。
     探すこともなくランガは見つかった。
     古ぼけた蛍光灯が桜ではなく自身の下に立つ少年を一心不乱に照らす。ノイズ達の視線に気づかず舞い散る花びらを眺める瞳に長いまつ毛が影を落としその表情にどこか憂いを帯びさせていた。別世界から来た少年、彼に声をかけるのに相応しい人間なんてこの場には自分しかいないだろう。
    「待たせた?」
    「……えっと……ああ、愛抱夢」
     フードを少しめくりマスクをずらすと少年がようやく自分を認識した。似たような挑発の経験はあるがこれを素で行うのは彼くらいだ。
    「いい夜だね。少し目が赤い、寝れなかった?」
    「仮眠はあきらめてオハナミのこと調べてたんだ。すごく賑やかで母さんの話してたのと全然違った」
    「ああ」
     おそらく彼が見たのはもっと東の方の映像だ。向こうの見頃はあと二月ほど後だから季節は春、もう少し羽目を外しやすくなる。
    「でも楽しそうだった。食べるものが沢山あって」
    「それなら今日の昼も負けないよ。あいつら張り切ってるみたいだから」
    「そう。……やった」
     横顔がまだ見ぬご馳走を夢見てほころぶ。
     彼が健啖家であることを真に知ったのはごく最近だ。初めて目の前で食事風景を見せられた時は脱帽した。と、同時に軽くめまいを起こした。馳河ランガ、世界にただ一人だと確信した相手。自分は彼についての知識を合法非合法問わず手に入れたが、本物の彼と共に過ごして得られる情報量に比べればそんな行いはあまりに無価値だったことを改めて痛感させられたからだ。
    「嬉しそうだね」
    「愛抱夢は嬉しくないの?」
    「いや僕は……嬉しいな。なんでだろう、食事にはそんなに興味がないんだけど……」
     こうして普通に会話ができるようになってから自分は彼と彼への気持ちをひどく持て余している。
     馳河ランガは自分に愛される資格を持っていた。なら自分は、資格があるから彼を愛そうとしたのだろうか。それとも。
     
     AI選別の桜は見事な九分咲きを見せていたうえに、あまりに外れたところにあるせいか周囲に人気もなかった。自分にとっては最適だ。スケート以外でなら人工知能も悪くない。
     レジャーシートを適当に広げる。一枚あるとは言え地べたに座るとは、とためらう内にランガがさっと幹の根本に腰かけた。しぶしぶ座る。
     意識的に人間二人分ほど距離をとった。声が届かない距離ではないが、会話をするには遠い。折角のチャンスなのだから近づいていくらでも話せばいいじゃないかと文句を言う心中を殴って黙らせる。
     好き勝手言ってくれるな。
     ランガのほうを見れば、彼はぽやぽやと遠くを見ていた。仮眠できなかったと言っていたから眠気もあるだろうが、この少年は出会いの時からこういった薄ぼんやりとした表情をこちらに見せてきたようにも思う。それが唯一美しく崩れるのが自分とのスケートだと数ヵ月前は信じてやまなかった。今となってはお笑い沙汰だが。
     例えば先月の大食いチャレンジ。リスのように頬を膨らませ食べ続けていた彼の目はそれまでの何より輝いていたじゃないか。思い出すと笑いが込み上げる。やっぱり自分は彼のことを何も――そうまとめようとした瞬間、胸のあたりに嫌な痛みを感じて息を吐いた。
     彼のことを思うと暗闇の中を歩いているようだ。光に近づけば抜け出せるが目を焼かれる。自分はまだ明るいほうへ進む気にはならない。
     ふと気づくと朝焼けが始まっていた。予想より大分寒い。何か羽織るものはないかと鞄を開く。
     秘書が用意した鞄はサイズに反して異様に重く、あらゆる物がこの中にあるのではないかと疑うほどの種類と量が詰められていた。特にスペースを占めていた塊を取り出す。毛布だった。これ幸いと身体に巻く。
     ランガはといえば特に準備する様子はない。しかし寒くないわけではないようで、ブルゾンの襟をたて顔を埋めている。
     心中に呼び掛ける。チャンスとはこういう場面のことを言うのだ。
     さて、どうやってこの毛布の中へ彼を招こうか。ただ誘うだけではつまらないし、何か言葉を交わしつつ条件も付けられれば理想か。
     思案を重ねていたら、突然ランガが大きなくしゃみをした。
    「……ぅ…」
     ぶるりと震える肩が痛ましい。身体をさする指先が青白くなっているのが目に入った瞬間何も考えず片手を広げていた。
    「……入る?」
     急に声をかけられたからか少年は目を丸くしているが、おそらく自分の驚愕はそれ以上だろう。咄嗟に、見返りも求めずただなんとなく行動した。自分が。信じにくい。
    「……いいの?」
    「もちろん」
     声は上ずっていないか、震えていないか。一言付け加えたほうが良かったんじゃないか。反省が次から次に押し寄せる。初めて人前でスピーチする子供だってここまでは慌てないだろう。
     ずりずりと近づいてきたランガは拳一つほどの距離で残り半分の毛布を受け取り、頭を軽く下げた。それだけで心の中が何か温かいもので満ちてくる。
     何だこれは。こんなのまるで――。
     決定的な部分に辿り着く前にランガに見えない側の顔面をギリギリと指で締めあげて思考を止める。
     彼への感情をそれと断定するのは早計だと先ほども考えていたはずなんだが。心というのはどうしてこうも自分勝手なのか。
     とにかく気を逸らしたい。落ち着いたのかほうと小さくため息をつく少年に話しかける。
    「ランガくん。聞いてもいいかな」
    「どうぞ」
    「発案者は誰?」
    「……」
     少年の口がきゅっと閉じる。
    「大丈夫。わかってるから」
    「……帰らない?」
     頷くと彼は指を出した。
    「暦。とジョーとチェリーとMIYAとシャドウとスネーク……あ、あと俺も」
    「……多いな」
     まさか全員だとは思わなかった。
    「口止めされていたの?」
    「言ったら絶対帰るって」
     これは大人の誰かだろう。後で特定してやる。
    「気づいてたんだ」
    「全員わざとらしいんだよ」
     あんな物が偶然ポケットから出てくるわけはない。最初から細工がしてあったに決まってる。
     場所だってそうだ。こんなところ、簡単には見つけられるはずがない。
     更にいえば、昼から来たとしても問題なく座れたであろう隠れスポットで場所取りする意味もわからない。
     今頃あいつらは自分を騙せたといい気になっているのだろう。本当に帰ってやろうか。そう思ったが、
    「愛されてるね」
     他ならぬランガにこう言われてしまうと、何も返せない。彼の言葉は率直で恥じらいがなく、自分が目を逸らそうとした連中の行動の起因をもあっさりと言ってのける。
     愛、愛か。
     かつて、思い出も友情も全て無に変えた。そうしなければ生きていけなかった。殴った。蹴った。謗った。奪った。人間は自分一人で後は全て動く何かだと思っていた。
     そうして散々傷つけた彼らがそれでも自分を愛していると言う。
    「……どうすればいいのかな、僕は」
    「さあ」
    「さあって……」
     そういえばランガはどう思っているのだろう。彼は今回撒き餌にされたわけだ。こうしてしなくていい苦労もさせられている。
     子供はともかく――大人達はもう少し考えてもいいんじゃないか。自分が彼に向ける感情をわずかでも理解しているなら。
    「君は嫌じゃないの?」
     指先で彼の上着をつつく。
    「餌にされて。拒否権もなく」
    「どうして?俺、全然嫌じゃないよ」
     少年は時々恐ろしいほどの無垢さを見せる。
    「皆一緒のほうが楽しいから。暦も喜ぶし」
     周囲が楽しければ、喜べば、その方がいいとあっさり言う精神性は幼子と呼ぶには自己が無さすぎた。
     彼の持つその感情の呼び名を知っている。無償の愛。自分が与えるのも手に入れるのも想像したことすらなかった物。そして、あの日、自分を救ってくれた全て。
     先程の自分達の立場が逆だったとして、彼は気づけばきっと何も考えることなく毛布の半分を分けてくれただろう。隣に居たのが自分だとしても、そうでなくとも。
     また胸に嫌な痛みが走る。心の中は既に悪態だらけだ。全員ねじ伏せる。
     諦めろ。ランガは自分でなくともこんなふうに愛するのだ。彼から自分へ向けられた愛に特別なんてひとつもない。
     そう、彼が特別な感情を向けるとしたらあの赤毛――考えて頭痛と吐き気がしてきた。ストレスだ。
    「やっぱり帰る?顔色悪い」
    「…………いや」
     こんなに顔を近づけられて、我ながら表面上だけでもよく平静が保てたものだ。
     思考に没入する内にランガとの距離がずっと縮まっていた。
     二人の間にスペースがあると寒いと気づいたのだろう。自分から身を寄せてきた少年は他人との接触に抵抗が無いらしく身体の側面がほとんど触れあっている。
     彼の肩がじんわりと暖まっていることに安堵して――安堵?
     しっかりしろ神道愛之介。沖縄を、いずれは日本を背に立つ男がこんな子供のような感情に踊らされてどうする。
     だいたい自分は誰かを愛するといっては何をしてきた。愛していると囁いて心の中では全てを見下してきたんじゃないのか。自分が受けてきた愛がああだったから、他の愛もすべて同じだなどと決めつけて生きてきたではないか。
     そんな男が今さら愛以前に――なんて。
     そうだ。理解しろ。こんな感情、自分には許されない。
     自分で出した結論とはいえあまりに陰鬱な答えに深く項垂れる。すると。
     
     動かないでねと小さく声がした。そっと空気が動いて
    「大丈夫だから――」
     ランガの手が頭に触れる。
     
    「取れた。ふふ」
     少年の指先に着く淡いピンク。花びらだ。髪についていたらしい。頭を下げたから見付けられたのだろう。
     そういうことか。てっきり――大丈夫だと、頭を撫でられたと思って。安心、してしまった。
    「はは、あはは……」
     笑いが止められない。情けない。こんなに自分は。
     認めよう――恋だ。それも初恋。
     理屈でも己でも縛れないほど、どうしようもなく心がランガを求めている。許されない、運命でない、そんなのは全然、ひとつも関係なかった。
     蓋が開き想いが次々に溢れだす。隣にいてほしい。誰にでも振りまく愛では嫌だ。君の唯一になりたい。
     わがままだ。でもそれでこそ自分だ。いつか全てを手に入れる男だ。少年一人の心もほしがらない野心では大臣の椅子なんて夢のまた夢だ。
     気持ちいい。吸う息も何だか爽やかだ。彼に向ける気持ちを認めただけで世界はこんなにも変わってしまう。それがひどく歪で、快いと思う。
    「ああ」ランガが何かに気づいたように目を細めた。
    「そんな感じでいいんじゃない」
    「……?」
    「さっきの、どうするかって話。そういう顔して笑ってたらいいんじゃないか」
     少年の眠気からかゆるんだ笑顔をやわらかく朝の光が色づける。
    「俺好きだよ。今のあんたの笑い顔」
     
     ずっとこのまま笑ってるから顔以外も好きになってくれないか――なんて言葉を必死で飲み込んだ。断られたら洒落にならない。
     それにしても残念だ。無いと解って鞄の中を探る。どれほどアイツが用意周到でも流石にこれは予想できるはずもない、それでも今、鏡が欲しい。駄目ならカメラ、ああスマホがあるか。けれど彼の前で自撮りはしたくない。
     両手のひらで顔に触れ表情を記憶する。苦肉の策だが仕方ない。彼の心を一瞬でも捉えた自分の笑顔を、決して忘れないために何度も触れた。何度も、何度も。
     
     
     日差しが出てきたおかげで冷たいだけだった空気のなかに、やわらかな温風が混じってきている。優しい温度は緩やかな時間と、眠りも運んだらしい。触れるだけだった傍らの体温にいつのまにか重さが加わっていた。遠くでは早くも始まった花見のざわめき、すぐ横では力の抜けた普段より幼い顔が立てる小さな寝息。
     この優しい少年に自分は何を返せるだろうか。あわよくば振り向いてもらえるだろうか。
     さて作戦会議だ。返礼のセオリー――相手の印象深い贈り物を自分も真似てみる。となると、やはり。
    「アガペーか」
     誰かの重みを支えること。人の温かさを受け入れること。
    「僕にもできるかな」
     彼にだけならしてあげてもいい。初恋だから。けれどランガは、きっとそれでは喜ばない。
     だから、彼のためだ。彼のためだと思えば、自分と、自分に注がれる愛を少しだけ信じるのも悪くない。
     ただせめて最初の一歩だけは彼に捧げさせてほしい。
    「……これくらいは許されていいはずだ」
     寄りかかる身体を支えるためにランガの肩に腕を回した。誰に聞かせるでもなく、言い訳をこぼして。
     
     
    「……居た居た!おーい、お前らー!」
     騒がしい小僧の声がする。これでもかと荷物を持ってぞろぞろと集団が続く。あの忠すら額に汗をかき一体何段あるのかわからないほど積み上げられた重箱を必死に運んでいる。
     あの中にはきっと沢山の料理と、さりげなく自分の好物が詰まっているに違いない。礼を言う気はないがせいぜい味わって食べてやろう。あいつらのためじゃない。彼の、ひいては彼に好かれる自分のためだ。
     
     浮かれた連中。舞う桜。隣で眠る想い人。
     馬鹿らしい春が始まろうとしていた。
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