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    20210403 闇堕ちというかスケ堕ちというか心中というか 音ってこんなはっきり聞こえていいんだっけ

    ##暗い
    ##全年齢

    すべておまえのおしえたとおりに 震える手ではうまく狙いが定まらず暦はガチャガチャとキーを力任せに押し込んだ。エンジンが作動するまでの短い時間すら大人の声がひっきりなしに急かしてくることも彼の焦りに拍車をかけていた。
    「暦、まだか!?」
    「今やってる!」
    「急げ! 間に合わんぞ!」
     先ほど飛び出そうとしてからジョーに車椅子ごと押さえつけられているチェリーが腕を振り上げる。
     暦は頭を振ってバイクに向けて早く早くと意味のない命令を繰り返した。彼が痛いほどに握りしめるスマートフォン、その液晶に先ほどから映り続ける光景が少年をここまで逸らせる。
     映像の刺激はまだ幼い子供には耐え難かった。実也は既に一人で座ることもできず、かろうじてある石に身を横たわらせ自身の身体を抱きしめて震え続けている。
    「なんで……あの二人、何してるの……」
     返される言葉はない。ここに居る四人はあの二人――愛抱夢とランガが行っているのがスケートだと脳では理解していたが、誰もそれを口にしなかった。
     皆気持ちは同じだ。自分達がしていたスケート、二人が今しているスケート。それを同一だと認めたくない、もし認めたら――。
    「行ってくる!」
     暦を乗せたバイクが勢いよく二人を追いかけていった。見届けたジョーが唇を動かそうとする前に、チェリーが短く言葉を刺す。
    「行くな」
    「お前なあ……自分が行けないからって」
    「近づけば、あれはお前すら呑み込む」
    「……」
    「だから行くのはやめて早く俺をモニターまで押せ」
    「わかったよ、まったく……実也、お前は?」
     言葉のかわりにきゅっと身を縮こまらせた小さな子供に「わかった」とだけ言ってジョーはギャラリーの集まる場所へと向かった。
     水を飲もうと実也がよろよろと伸ばした手に先ほど彼が中継も切らずに置いたスマートフォンが当たる。運悪く音声の設定を押してしまったようで、ミュートが解除されたそれから聞こえる声が実也の不安をなおさら煽り、不吉な未来を想像させた。
    「……なんで笑えるの」
     ボードが地面を擦り泣き叫ぶ。熱狂のあまり言語を失った観客が狂ったように咆哮をあげる。風を切る音は人さえ殺せそうなほど鋭利だ。
     それら全ての中心に居ながら、愛抱夢とランガは何もかもを置き去りにして滑っていた。
     
     スタート時点では実也どころか誰もこうなると思っていなかった。愛抱夢が冷たく絶対的な滑りを見せ、ランガは必死に食らいつく。それは戦いだった。
     だが中盤。ランガが決死の跳躍を見せたとき、愛抱夢は明らかに滑りかたを変えた。ふるい落とすのではなく対戦者を自身のステージへと誘う動きへ、ランガもそれに合わせるよう動きが変わり二人のスケートに会場は魅了された。「愛を取り戻したのか」そう呟き声がした。だから何となく、もう大丈夫なんだと実也は心のうちで安心していたのだ。これでもう危険なことは何もない、楽しくてちょっとスリルのあるSが戻ってくるのだと。
     
     二人のスピードがどんどん上がっていくのに、ちっとも廃工場に着かないことに気がついたのは誰だっただろう。
     止めてくる、危険だ、やにわに仲間達が慌てだしたとき、実也はずっとモニターの前で立ったままだった。動けなかったのだ。
     実也の知るどのスケーターよりも美しく、おぞましい二人がそこにいた。
     
     勇気を出してもう一度、実也は中継映像を覗き込む。
     速さが更に増している。それでもカメラのスイッチが追い付けているのは、彼らが遊んでいるからだ。必要のないスピンを、意味のないスライドを、互いに見せあっている。愛抱夢の異様なまでに完成された動きをランガがあっさりと真似、こんなのはどうだと言わんばかりにアレンジを加えてみせれば、うまいうまいと手拍子が返される。最後に愛抱夢がその上を行き、そうして二人は笑った。微笑ましい二人だ――断崖絶壁でなければ。
     足を踏み外せば大変なことになる場所をわざと選び、彼らは常にリスクの高い動きを試し続ける。やはり見ていられない。実也は目をつぶり再び身体を丸めた。
     あんなことを人間がするものか。あれは怪物だ。あらゆる縛りから解放された怪物が月夜に踊っているのだ。だからこの後何が起きても、きっと恐れる必要はない。だって怪物は死なない。怪我も治る。あれは人じゃない。人じゃないから危ないことは何も――。
    「地上で遊ぶのも楽しいね、でももういいや」
     耳も塞いでおけばよかった。もう間に合わない。
     高らかに愛抱夢が叫ぶ。
    「ラストワルツだ!」
     
     風が心地いい。でも足りない。さっきの方がいい、どうやったっけ。
    「あはは……! ねぇどこに行こうか、どこで落ちる? ランガくん、君はどうしたい? どこで――」
    「わかんない!」
     わからないけど、つまらないのは嫌だ。考えるより早く身体が動く。ジャンプ台がわりにした落石のつぶてが顔にかかった。痛い。けど高く飛べたからいい。
     コーナーだ。先には崖、危ないけどもう少しだけ近づきたい。だって、だってそのほうが。
    「ねえ!」
    「いいね」
     愛抱夢が両腕を掴んでくる。勢いを利用した腕の振りで身体が地面を離れた。二人分のボードは愛抱夢に操られ空中すれすれを回りながら曲がる、手を離されれば俺は間違いなく崖下、でもそんなこと彼はしないってわかってる。
    「あは、はは、あははは!」
     笑うのをやめられない。怖気の一歩手前――最高に気持ちいい!
     ボードに足が戻る前に愛抱夢に抱きついた。感情が自分のなかで言葉になるのを待っていられない。
    「たまらない? わかるよ! でもこんなのじゃあ僕らのフィナーレには相応しくない!」
    「あ、は、……っ!」
     ボードが分かれ再び一と一になる。愛抱夢の動きが精度を増した。おそらく、自分も。
     身体の内側で何かが変貌を遂げようとしている。視界が狂いはじめてからその確信はずっと強くなった。かきむしるように胸を何度もさする。その先の心臓の熱さにゾクゾクした。
     もっとめちゃくちゃになれる。身体も、心も。
    「……愛抱夢、は……っ、知ってるの? ……この先を……!」
     手を繋ぎ離す。足を取られ回った。
    「知ってたとも――スケートと出会ったその日に、僕はもう、この夜を知っていた!」
     愛抱夢の指が指の間に滑り込み、手袋越しに手のひらを触れあわせる。強く引かれて顔が近づいた。赤い瞳。その中に幾重もの光を激しく主張させて、彼はただ俺を、そして彼の中にある確定された未来を見据えていた。
    「もっと、もっとだ」
     いきなり身体を突き放される。嬉しい。何かするってことだ。
     愛抱夢が身体を旋回させた。あれが来る。
     どうやって避けよう。上がいいかな、俺も目をつぶってみようかな。多少の無茶でも今はできる気がする。
     向かってくるボードに狂おしいほど心が震えた。
     
     廃工場まであと少し。残るコーナーはすぐ先に、ひとつ。
     スピードをわずかにも緩めないボードが二つ、横に並んだ。
    「選んでくれる?」
     手を差し出して愛抱夢が笑う。欲しかった玩具を手に入れた子供ほどに大きく口を開いて。素敵な夢を見たかのように目を純粋な喜びできらめかせて。待ち望んだ場所へ、俺を誘う。
    「僕と永遠になって!」
     頷いて、手を重ねたそのとき、心に一粒水滴が落ちた。
     波紋が広がりほんの少し頭が冷える。
     あれ、なんで俺、こんなことしてるんだろう。
     どうして曲がる準備してないのかな。すると遅くなるからか。いや、遅くなったとしてもするべきでは。
     落ちたら大怪我。というか、このままだと死ぬと思う。多分、間違いなく。
     もしかしておかしいのだろうか。何か間違えたんじゃないか。
     ああでも、止まれない。もうちっともスピードを緩める気にならないんだ。今この時を逃してはいけないと、こんなに踊れる夜は二度と来ないと心が叫ぶ。愛抱夢の手を離したくないと泣かれてしまうともう俺にはどうにもできないんだよ。
     わかってる。この気持ちよさは人生と引き換えで。手に入るものなんてなくて。いい加減にしなきゃ、もうやめなくちゃ――。
     そういえばこんなこと、最近誰かが言っていた気がする。あの時はどうしてそれでもいいと思えたんだっけ。
    「ランガ! 待て、行くな……!」
     ああ――そうだ。暦だ。暦が否定してくれたんだ。
     言葉はよく聞こえないけど大丈夫、顔を見たら全部思い出せた。
     わかってるよ暦。スケートって難しいこと考えてするものじゃないんだよね。よく知ってる。俺はお前の隣で何度もその言葉を聞いたから。
    「ランガ……ランガァーッ!」
     お前が教えてくれたんだ。楽しければそれでいいって。
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