色付きはじめる未知感情「ごめん」
まさか飛び込んでくると思わなかった。
原色の男はその頬に目立つ水色を拭いもせず「いいんだ」と言う。
「あっちの、暦とかMIYAに当てるつもりだったんだけど」
「ならなおさら、君の色に染まるのは僕だけでいい」
「さっき暦の頬にもかかったからおそろ――」
愛抱夢の手がこちらの腕ごとスプレー缶を持っていく。力一杯ボタンを押された缶から勢いよく放たれた内容物がその仮面を掠り飛び散った。
「あ」
「これでどうだろう。君に一番汚された男になれたかな」
「……かもしれない」
けど競うようなことでもないだろう。そう続ければ解っていないとばかりに男が指を振った。
「色というのはね、最もわかりやすいマーキングだよ。例えば今は隠れたここに」
服越しに彼自身の、そしてこちらの首筋をなぞる。
「痕を残すのもそう。所有の印、そんなもの僕は御免だけど――もし着けられるなら当然、君だ」
とん、と胸元を叩いた指先が下りていき、脇腹に大きく広がるスプレー痕の外側をくるりと回った。
男が深く息を吐く。
「ああ……妬けてしまう」
「したいなら愛抱夢も参加すればいい、皆待ってる」
「言ったろ。君以外を汚すのも君以外に汚されるのも耐えられない」
「俺ならいいの?それじゃあ」
やりやすいように、ほらと手を広げて男を誘った。
「誤射した分一回。塗っていいよ。あなたの好きなとこ、どこでも」
「どこでも?」
「うん」
「……」
愛抱夢が動きを止めた瞬間「今だ! しくじるなよデカブツ!」「お前もな陰険メガネ!」ピンクと緑のペンキがその身体に襲いかかった。びしゃりと嫌な音がしてつなぎが染まる。
「……ッしゃあ!」
「はは、ざまあないな愛抱夢!」
機会を狙っていたらしい大人達が勝利に沸くなか、影からそっと置かれた赤ペンキに限界までハケを濡らした愛抱夢がゆらりと動いた。
「ランガくん」
復讐に燃える背中が走り出す。
「彼らを片付けたらすぐに戻ってくる――そしたら存分に楽しもうね」
飛びかかり殴りあう大人三人。元気だなと思いつつ場を離れた。
「スプレーもう一本下さい」
今のうちにこっちも準備をしておこう、帰ってきた男の頬から水色が消えていてもすぐに上書きできるように。彼の話を聞いていたらなんとなくそうしたくなったから。