午前零時、魔物と踊る 日付変更間際の電話。内容は突然の要請。顔が見たいから外へ出て来てと言うからてっきり下で車でも停まっているかと思いきや。窓を開けたら普通に居た。二人揃って、真ん丸い月の光を浴びている――うちのベランダで。玄関には鍵が掛かかっているのに一体どうやって入ったのだろう。
それともうひとつ、その格好は一体。
「……コスプレ?」
「惜しい……はともかくとしてそんな言葉は忘れてしまえ」
君には似合わないと肩を揺する手はいつもと違い甲まで覆われている。赤かったり青かったりと派手な衣装を好む男だが今日は珍しくモノトーン寄り。若干膨らむ袖は白く鋭利な武器を無くした両肩に掛かるマントは黒。それでも全く落ち着いて見えないのは主張する独特な形をした襟か、
「蝙蝠……、と」
手に持つ紐状の物体と、繋がる違和感のせいか。
「犬?」
「違う、私は狼――」
スネークの首を引き言葉を無理に止めた愛抱夢は「正解。あれは犬」と頷いた。
「だが僕の方は間違いだ。正解は、闇に紛れ血を吸う――吸血鬼さ」
マントを靡かせ口をくわっと開く。ついでに両手指を軽く曲げてポーズのおまけ付き。
「楽しそうだね」
「当然。今宵は満月だもの。どうしたって昂ってしまう」
身を震わす男を月が照らし剥き出しの牙が誘うように光った。触れていいかと訊けば言葉なく口が開く。指先だけ沿わせた牙は艶やかで鋭く人間のそれとは全く違う、作り物とは思えないほどの出来映えだ。
「あまり触れすぎないで」
「なんで?」
「我慢できなくなる。今だって限界寸前なんだ。すぐにでも君の肌にこれを突き立て、血を啜りたくてうずうずしてるくらい」
「なにそれ」
思わず吹き出すと不満げな視線が返された。
笑ってしまったお詫びとして冗談に少し付き合おうべきだろう。牙からとうに離していた指先を、再度その近くへ。
「吸う?」
「良いけど指より首の方が嬉しいな」
「わかった」
襟に手を掛け露出させた首周りに男が顔を寄せる。いただきますと機嫌の良い声で律儀に挨拶を。この人本当に浮かれてるなあとボーッと眠気と暢気で流していた脳が、しかし突如強制的に覚醒させられた。
「……え?」
滲みるように広がる痛み。急激に巡りだした体内で、どくどくと鼓動が鳴り続ける。首筋の熱さは本物だった。ふりではなく、本当に牙を突き立て、にじむ血を啜られていた。
離された身体を自分自身では支えきれずよろけたのを抱き止められる。背後に控えていた犬を男が呼ぶと足が地面から離れた。軽々と自分を持ち上げるのはふさふさの片手、自分とそこまで変わらないだろう体格の腕一本。
「行くぞ」
「はい」
返答と共に振られる、作り物である筈の尻尾。
さあっと力が抜けまぶたが閉じていくなか狭い視界でひたすらに男を追いかける。どうしてか目を離せない。脈打つ体温の全てが彼を見て、その腕に抱かれ、血を捧げたいと欲していた。
何かがおかしい。
「……おや、まだ正気を保てている。やはり君は良いね。けれどそれじゃあ、つまらない」
男はそう言い柵の外へと、背から空に身を乗り出した。自動的にその手と繋がっている犬、そして犬に抱えられた自分もまた満月の下へ。
重力の片鱗に覚悟を決めた瞬間。男が両の手をかかげ高らかに叫んだ。
「さあランガくん――夜に踊ろう!」
解体される黒。世界へ広がる無数の存在。頬を掠めた一部に両方正解だったのではと思うなか、一〇月末日、不思議な夜が始まろうとしていた。