Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    yowailobster

    ☆quiet follow Send AirSkeb request
    POIPOI 175

    yowailobster

    ☆quiet follow

    20211119 ダガシスコシフシギ
    ループもリープも好き

    ##微妙
    ##全年齢

    見慣れた赤色 オレンジに近くなった日の光がガラス戸の小さな傷達を目立たせるなか。棒の群れは前回より多いどころか箱に記された本数を明らか上回っていた。
     しかしやや平たい指先は一切迷うこと無くそのうち一本をつまみ上げる。突き出された粉まとうそれに口を開き応えた。ぱく、むっ、すっ。もちゃもちゃと少し歯にくっつくそれをごくり飲み込み見れば、先端は赤。
     奥に座っていた店主が投げやりに叫ぶ。はい当たり、もう一本。そのあと四回もう一本ねと付け足す声はしなしなで気力に欠けていたけど、それでも彼は予言者だった。店主の言葉通り続けて四回先の赤いようじを見終えた自分が称賛すれば、指先を拭いた向かいの男は軽く微笑み、それから自分達二人はコイントレーに残り四〇回分の小銭を置いた。これでお店に損は無い筈だけど奥に座る身体は丸まったまま反応しない。損しなくとも若干嫌気が指しているのだろう。こうもあっさり引かれてはくじの意味が無くなってしまう。
     自分が座れば男も向かいから隣に移った。二人で半分つ払っているというのに最近の彼はあまり食べようとしない。尋ねれば楽しみかたを変えたのだと、その証拠に物を噛まなくとも口はよく動きこちらが食べている間延々喋り続ける。使う単語一つ一つが難しい文の意味は半分も分からない。今日の天気から宇宙の真実。愛についてと恋について。等しく大して知りえないそれらが身体の内をそこそこ埋める頃には大抵口内はパサパサになっていた。今日も。
     よく混ぜた原色の液体を飲み喉を潤す。
    「でもほんと、すごいよね」
     唐突で主語の無い褒めに「そんなこと」と男が首を振った。いくら自分が言葉をふわつかせてもさらりと受け取てくれるものだからついつい気にしなくなりがちだ。甘えかもしれない。一箱四五〇円の駄菓子を膝にただ話すだけの関係へ向けるには少しだけ欲張りな甘えだと思う。
     この男が異常な運の持ち主であると先端の赤を見ると共に知ったのはいつ頃の放課後だったか。つい最近にも思えるしずっと前の事だったような気もする。とにかく彼は引きが強かった。
     以前コツはあるのかと訊いた。思い出すだけと返ってきた。それだけで五回続けて当たりを、いつだろうと確実に引けるならこんな品は売っていないだろう。何か秘密の方法があるに違いなく
    「どうしたの」
     もしかすると、それは今日明かされるかも知れない。
     こちらの問いかけに男が眉から力を抜きスマホを下ろす。すぐ整えられた表情はいつもと変わらない。ほんのり、かつきゅっと上げられた口角にらんらんと光る目。優しそうで優しくない彼らしい笑みで告げる言葉は相変わらずよく分からなかった。
    「いや、何。そろそろ終わりらしい」
    「終わり?……帰る?」
    「そうだね。帰らなくては」
     言いつつも男は生き残っていた棒をつまみ一口で食らいきった。その間濃い色の布地へぱらぱら落ち続けた粉。白く細かいそれを払うだけで済ませると「もう良いんだ」と。
    「これで終わりだから」
     だから何が終わりなんだ。訊きたくもあり、訊いて良いのか判断できなくもあった。ひとまず頷くだけにとどめた事すら悟られてしまったのだろう。男はスマホを、おそらくそこに映された検索結果を見せるようにこちらへ差し出す。
     この男が扱うそれより一見簡単そうな文字の集まりはしかし微妙に崩されていて分かりにくく、そのうえすぐ更新されて消えるものだから全く読み取れない。とにかく多くの人が何かについて話しているのだとそれしか理解できなかった。
    「堂々と動こうが案外気にされることは無かったんだが今回はとりわけ噂好きが多かったようだ。なかなか珍しい展開だっただけに残念だな……何が違ったのだろう……」
     独り言のように横顔は語っていた。反省を滲ませて、けれどどことなくすっきりとした表情で。
    「まあ良いか」
     次気を付ければいいさ、と呟いて男が立ち上がる。
    「それじゃあ僕は行くとするよ。またね、ランガくん」
    「……どこへ?」
     変な質問だった。けれど男はくすりともせず答えた。
    「最初」
     変な質問の答えはやっぱり変で、それなのに何故だろう、なんとなくすとんと正しく心を埋めるようだ。
    「結構良いところまで来ている気もするんだ。二人きりになれる機会も増えたしね。まあ君は君だからあまり期待も出来ないがそううまく進むとも思っていないが。どうせ一人だ、気長にやるさ」
    「さみしくない?」
    「寂しいよ。けどもう欲しくなってしまったから」
     叶うまで繰り返すのだと男は言う。
    「君が僕を好きになるまで止めてあげない」
     憎らしげに目をすがめ。挑むように笑って。そうしてひるがえりかけた背を、気がつけば両手で掴んでいた。
    「あのさ」
     言っていることは分からない。けれど彼も分かってない。
     自由に使える放課後の時間は少なくて、大事で、数度見れば慣れてしまうような豪運に使うのは正直勿体ない。それなのに自分はここに来て。理解出来ない話も一応聞いてみたりして。
     それにどんな意味があるのかまだ何も言えないけど。
    「もう少しだけ、ここに居ない?」
     振り返った顔は目を丸く、それからふっと息を吐くみたく細めて、ならもう少しだけ頑張ってみようかな、と笑みをこぼした。
     
     それから特に何かが変わることもなく、たまに空いた放課後こうして男と会う。彼は何も変わらない。とても頑張ったのだそうだ。君のためだよと言われてもそうかありがとうくらいしか返せないけど、自分の言葉で彼がそうしたのだと思うと心の奥がくすぐったくなる。あの時の会話も自分の発言もまだまだ理解には遠く、しかしこの感覚は嫌いでないのだから、このまま側にいても良いだろう。いつか届いたときのことはそのとき考えればいい。
     あと、それはそうとあれ全部嘘でこの人単に運が良いだけなのでは。
     店主が慌てるなか別のくじ付き商品へ手を伸ばす男を横目に渡された五本を一気に頬張った。引き抜けば先端は全て。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works