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    20211128 この世結婚できなくても二人で生きていられるかたちが増えてきてるけどやっぱ現実的な諸々において結婚って制度から何から強すぎるから他を上げるかそれさえするつもりないなら制度自体の自由度上げてほしい し 結婚したがってるCPはしてほしいなーと思うので 自カプは結婚します

    ##明るい
    ##全年齢

    ひかりと道連れ 香ばしい匂いに鼻先をくすぐられ慌てて立ち上がる。オーブントースターを開けば予想通り食パンは焦げる一歩手前で自分を待っていた。
     大丈夫、ちゃんとおいしくいただくから。
     取り出しついでに代わりを一枚投入。こっちはもう少し気にしておこう。みみのはしっこはカリカリで表面はカリッ中はふわふわが理想だ。別に彼の好みぴったりに合わせなくていいし、そもそもまだ隣の部屋で夢を見ているだろう人の分までわざわざ用意しなくてもいいとは思う。焼きたてを即口に入れたい派だったらこちらが用意する時点で間違いなわけだし。
     そう理解しながらも角へぶつけた生卵をフライパンの上で開いていた。どちらもがじゅわっと鳴いてオレンジの周囲へ白が広がる。何をつけようか。朝だからあっさり塩だけ。元気にケチャップ。こしょうとはちみつ。これこそ好みだから訊いてからの方がいいかな。彼はどうしていただろう。どんなふうに自分へ。
    「……」
     意外と全然思い出せないのに多少の罪悪感を抱きつつ、まあしかしだからこそ今日は自分がするのだと切り替える。そう。これは言わばお返しなのだ。二人迎える朝、いつも先に起きて何から何まで準備したのちに起こしてくれる彼へのささやかなお返し。前日ヘトヘトのまま眠ったせいでベッドから出るのさえ億劫がる自分は正直負担だろうに何だか嬉しそうな顔であれこれ世話を焼いてくれるのは助かるけどちょっと考えてしまう。いいのかな、って。だから今日目が覚めたのもあながち偶然ではなく心の中でお返しのチャンスを求めていた結果なのかもしれない。いつもされているみたく朝食を用意して優しく彼を起こして、あとついでにそれでどうしてあんなにご機嫌だったりするのかも分かる筈だ。
     隣の部屋は変わらず静かだ。まだ起きたての耳が少しだけ戸惑っているのを感じる。こんなふうに二人の休みが重なった日は大抵彼の声で目覚めるからだろう。
     代わりにはならないけど眠気覚ましにかけてみたラジオから途端流れ出した軽快なタイトルコール。パーソナリティが朝一番に選んだメールの内容に少しだけ身体は緊張し、けれどすぐに解れていた。短い報告は情感たっぷりに読み上げられたものの祝福と有名な歌が送られただけでそれきり。二通目もまた似たような内容だったけどパーソナリティの声に変わりはない。あれほど人々の興味を惹いていた話題でも今はもうそれくらいなのか。テレビもこうだったりして。この家へ移ってからあまり見なくなったけど、普通に見ていた頃はもうすごかった。良いことだと言う人も悪いことだと言う人も怒りまくりで。それなのに両側とも締めはやけに冷静になるから訳が分からなくてもやもやしたのを覚えている。随分経ったから気づけたけど、多分皆本気で、でも本気じゃなかったのだろう。あれはもうその時にはとっくに決まっていたから。
     思えばはじまりは唐突だった。Sで普通に話していただけの筈がいきなり年数を指定され何かと伺えば「その間に必ず通してみせるから」だから、と。言葉の意味は一切分からず真剣な顔はこちらの困惑を増させるばかりだった。何故ならその時点の自分達は付き合ってすらいなかったので。まあ自分がうっかりそこを突っ込んだ結果その場で交際開始となったわけだが。今思うとあれ怪しいな。ステージに会見用の椅子とテーブルとマイクあったし。準備していたということでは。
     訊くべきか、でも今更か。悩んでいたせいでドアのすぐ向こうで響くまで、近づいてきていたらしい足音に気づけなかった。急いで動いても遅くドアが開く。咄嗟に息を吸った。
    「おはよう」
     返される声は明るい。
     彼の力か世間の意かはたまた成り行きか、とにかく指定年数には間に合いよく分からないまま自分はこの家へ来た。幸い環境を大きく変えなくてはいけないということも無く、そこそこ楽に暮らせている。二人の家とはいえ殆ど独り暮らしに近いのがその大きな理由だろう。一緒に住むのだと喜んでいた人は実際そこまで家に居られる訳では無いようだった。忙しいらしい。詳しくは知らないし気にしていない。ただ顔を覚えていたいから週一くらいは帰ってきて欲しいとは思ったし直接言いもした。約束しようと不思議な顔で頷かれてから今まで、その約束は守られている。あと自撮りと他撮りもたまに来る。もはや写真で見る方が多いくらいだから、正直そちらの印象が強くなってしまったのは秘密だ。
     本人の事はたまに会ってキスをしてその甘さで思い出す。この人が、ただひとつ了承しただけで自分と何十枚もの目を通したり署名したりしなければならない書類とを出会わせた人が自分のそれなのだと舌に感じる味だけで心と体の全部がやんわり受け入れてしまうのには未だに慣れない。けれどその奇妙な感覚を嫌だとは思わなかった。
     彼は言っていた。君がまだそれを知らないのか、それとも必要としていないのかは僕にさえ分からない。しかしいつかは、と明言を避けながらも言葉はこう続けられたのだ。君にそういう感情が芽生えたとして、その相手が僕でなければいつでも言ってくれ。まあ二人揃ってろくに服も着ていない状況で話す事ではないし驚いたとはいえ「わ、わかった」と返した自分もどうかと思う。おかげで何度訂正しても彼は聞いてくれない。
     謝られたこともある。たしか書類も何も書き終わって、夕方のトップニュースが全部同じになった日だった。これまたそういう場面で彼は吐き出すように謝罪を。そして、君の人生を奪ったと。その時も今もこちらに奪われた自覚は一切無くむしろ自分自身の人生というものを歩めているとつもりだけど彼はそう思わなかったらしい。暗くて見えない顔に下手な慰めを何度もかけた。その度闇がぐにゃりと歪んでいたのは当時の彼なりの笑顔だったのかもしれない。下手な慰めに下手な笑顔。そんなやり取りに今もまだ終わりは見えてこない。
     自分の言葉ではどうする事も出来ないそれらはきっと彼の内から溢れている。だからいつか彼自身がそうではないと思えるようになるまで、彼はほんの少し苦しいままなのだろう。
    「代わろうか?」
    「大丈夫。今日は俺がやるから座ってて」
     本当は起こすところからやりたかったと溢せば意図を理解したようで「ああ」と彼は笑う。そしてこちらへ近づき。
    「それもいいけど」
     軽く交わされた唇は、いつの間に済ませたのだろう。ミントの香りがした。
    「今度はすぐ起こして。二人で用意するのも楽しそうだ」
     着替えてから来たようで軽く髪も整えられている。枕へ自由に広がっていたの、もう少し見ておけばよかった。何でか好きだったから。そう思ったとき、強く射した日が髪どころか彼の頭から腰までを照らした。日は一瞬で消えたけど光の粒のような何かがふわふわと残っている。眩しいと言えば「君もね」と彼は言い、まだそちらにも光が残っているのかすっと目を細めた。
    「君はずっと眩しい」
     さっき髪へ向けた好きもこのよく分からない会話に感じる好きも彼曰くそういう感情ではないそうで、ただ自分としては一緒に居れば居る程彼へそう思う瞬間が増えていく事実から目を逸らす気にはなれない。
     たとえば本物のひとつでなくても小さな好きをかき集めれば結構良いものが出来上がるんじゃないだろうか。それこそ彼が贈ってくる花束のように。いつか抱えきれない程のそれを抱き締められたら言ってみたい。受け取ってくれますか。なんて。
     また真似になってしまうけど、それは自分の中にあるそういった感情が彼から贈られたものばかりだからだ。表し方を他に知らない。彼が見せてくれる眩さ以外。
     良いも悪いもまだ遠くて、けれどいつかは辿り着ける筈だ。一緒に居るのだから。
     そう思えばやはり。
    「ねえ」
    「うん。何?」
    「俺さ」
    「……待って」
     何故か少し緊張しながら告げようとした言葉を止められ困惑するこちらへ彼が何か焼いているのかと尋ねた。何か、何かってそれはもちろん。
    「あっ」
     急いでトースターに手を伸ばす。匂い的に勝率は五分。でも何となくいける気がした。
     開いた向こうにふんわりこんがりのごく薄い茶色が見える。勝利だ。皿にとって振り返れば楽しそうな功労者と目が合った。ああ。今言えば彼に何か勘違いさせてうちに焼き加減の鬼が生まれてしまうかもしれないけど。それでもやはり言いたい。
     名前を呼んでからできるだけ丁寧に息を吸って。言葉にした。
    「俺、あなたと」
     結婚してよかったよ。
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