サプライズ/デートフンフン、本人は鼻歌と言い張る読経が耳をくすぐる。背後から聞こえる読経などそこだけ聞けば怪談に他ならないが、音源が分かっていればただの迷惑な同居人に過ぎない。幽霊の、正体見たり枯れおじさんとはよく言ったものである。縺れそうなほど長く細い指が銀の髪をすき、ロナルドの優れた動体視力でもっても理解できない動きで複雑に編んでゆく。最後の仕上げに向日葵のバレッタを飾れば、器用な高等吸血鬼は満足げに笑った。
「うん、かわいい。さすがジョンの見立てだ」
「ヌン!」
その日は珍しく事務所にドラルクだけがいない日だった。居住スペースにジョンを始め、キンデメ、死のゲーム、事務所からわざわざメビヤツまで呼んで、頭を抱えたロナルドは重々しく宣言した。
「ど、ドラ公と…で、で、でデートする事になったんだけど……」
同居人達は脳内に?を浮かべながら顔を見合わせた。メビヤツだけはロナルドに寄り添い心配そうに「ビ、ビ」と声を掛けている。常識魚であるキンデメは彼らを代表し仕方なくその小さな口を開いた。曰く「だからどうした」。
「だ……ってで、デートなんてあけ美さんとしたのが最初で最後だし」
「同胞から聞いたがオータムの企画であろう。デートにカウントすべきでない」
「ウエーーン!」
魚類の冷静な指摘に泣き出したロナルドを見てメビヤツがじっとりとキンデメを睨む。この主人絶対至上主義の帽子掛けはロナルドの為ならその他の生き物を消し炭にする事を厭わないふしがある。キンデメは死を覚悟した。メメント・モリ。
「ヌヌヌヌヌン、ヌーヌ、ヌヌ?」
それまで静観していたマジロが聞く。ロナルドくん、デート、いや?とついでに可愛く首を傾げる。ヌンはドラルクさまとお出かけするの大好きだから、ロナルドくんが何を悩んでいるのかわからないよ。ヌンヌンと諭すマジロを前にマジ泣きの成人女性。なかなかヤバイ絵面である。死のゲームは先程から沈黙を守っているが、実はこっそり録画をしているのをキンデメもジョンも知っている。
「嫌じゃない!やじゃないけど……絶対うまくできないし…何着てけばいいのかわかんないし…退治人服じゃだめだよな……?」
「駄目(ヌヌ)」
ジョンとキンデメの声が重なって、ロナルドは「もう駄目だ…あたしは服も自分で選べない5歳児…」と膝に顔を埋めてしまった。キンデメが目で合図すると、ロナルドを慰める役をメビヤツに任せたジョンと一旦録画を止めた死のゲームが水槽に寄ってくる。
「退治人の服を選んでやるのは別に良いのだが」
「ヌン」
「自分以外が選んだ服って師匠怒りませんかねぇ……」
「ヌーーーン……」
短い腕を頑張って組んだジョンが長考、の後に黙って首を横に振った。ジョンシミュレーションの結果、高等吸血鬼の執着心を逆なでする事態になる可能性が高いと判断されたのだ。使い魔や同居人たちに悋気を煽られるほど狭量ではないが、せっかくのデートに水を差すこともあるまい。同居人たちだって二人の仲をちゃんと応援しているのだ。めそめそ泣くロナルドを眺めて、同居人たちはこっくり頷いた。メビヤツだけはまだ少し不満げだった。
「ぐぶ、おとなしく本人に言え」
「エーーン!」
それが出来たら苦労はしねぇよぉといっそう哀れに泣くのをしっかり録画した死のゲームがこっそりしっかりドラルクのスマートフォンに送信する。退治人には気の毒だがこれで解決するだろう。頼られるのも悪くはないが、思い悩むと思考回路が低空飛行しそのまま地に落ち地層まで潜っていく癖のあるのがこのロナルドという人間である。事務所の住民たちは各々に彼女を愛しているが故に、小さな裏切りも辞さないのである。
果たして彼らの気遣いは功を奏した。一部始終を死のゲームから受け取った動画データで確認したドラルクは、彼女の愁いをしっかり受け取った。
「お買い物デートにしない?」
出かけるときは普段着で良いから、君に似合う服を私に選ばせてよ。好きなように恋人を着飾ってみたいんだ。お願い聞いてくれる?と言い募った吸血鬼の口先三寸(とはいえ本音は多分に含むのだろう)に巻き取られたロナルドは、キンデメをちょっっと睨んでから無言でこっくり頷いた。
「ヌー!」
話がまとまったと住人たちが胸を撫で下ろした(腕と胸がある者は少ないが)ところで、満を持してジョンが飛び出した。驚きながら危なげなくキャッチしたロナルドに、小さな包みを差し出す。
「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌ!」
「開けていいの?」
簡素な包みを開けば、そこには可愛らしいひまわりのバレッタ。今日のデートに少しでも勇気が持てるようにと、同居人達がドラルクにすら黙って考え選んだサプライズプレゼントだ。
「やるなぁジョン……というか、みんな」
目を輝かせるロナルドを横目に少しだけ悔しそうなドラルクに、ジョンがヌヒヒ、と笑った。