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    ゆげ

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    ・「燃晩JAPANツアーズ2021」さま投稿作
    ・燃晩/現代AU/モブ羊視点
    ・千葉県〇ザー牧場で羊につがいだと察される燃晩のお話

    ##燃晩

    【燃晩】わたあめを食む(一日十五分の軽い運動なら、面倒だけど確かに健康にいいかもしれないわ)
     牧羊犬に後ろから急かされながら、真っ白な羊は短い足を軽快に動かして牧場を駆けていた。

     房総半島の南側、東京湾や富士山などを一望できる鹿野山には、日本有数のとある「牧場」が広がっている。そこは動物たちとのふれあいだけでなく、体験型アトラクションやグランピング施設まで併設される観光牧場として、幅広い客層に支持されてきた。
     「ひつじの大行進」は、そんな牧場において人気のショーのうちのひとつだ。七月と八月を除いたほぼ毎日、昼の十二時半から十五分間、約二百頭もの羊が牧羊犬の誘導のもと「ひつじの牧場」を大行進する。今、風を切って走っている真っ白なメスの羊も、そのショーに出演する一員だ。彼女は彼らのなかでも特に毛並みが綺麗でふわふわとしており、ショー終盤の人間たちとのふれあいタイムでも人気を集めている。

     彼女はいつものように行進をして、見物客たちの集まる牧柵の近くまでやってきていた。牧柵の近くは牧草地にもなっていて、美味しく新鮮な青草がたくさん生えている。ここから先はその青草を食みながら、見物客たちと交流をする時間というわけだ。
    (今日は人間がすくないのね)
     牧柵の周囲をくるりと見まわした羊の彼女は、内心でそうひとりごちた。昨日、一昨日と牧柵の後ろには見物客がびっしりと列をなしていたが、今日は不思議なくらい人影もまばらだ。羊はきっと今日は「平日」なのだろうとひとり納得する。ゆっくりと青草が食べられそうだわと羊が思った時、ふと広い視野の端に白くゆらめく「なにか」が映りこんだ。

    (……?)
     羊がよく目を凝らしてみると、それは彼女たちのように全身が真っ白な生きものだった。唯一違う色の部分といえば、頭頂部から穏やかな川の流れのように下がるつややかな黒髪くらいだろうか。質の良さそうなハイネックの白い薄手のセーターに、細身の白いボトムス。あのセーターはきっと彼女の仲間たちの毛から編まれたものだろう。衣服から覗く手足も白磁のように滑らかで、その清らかさに羊の彼女ですらうっとりとしてしまう。羊は一瞬「こんな子、畜舎にいたかしら? それにしても大きな子……」と思ったが、明らかに二足歩行の生きものであると気が付いて考えを改める。
    (なぁんだ、人間か)
     こんなに素敵な羊がいたら、畜舎中が大騒ぎだものね。
     すこしだけがっかりしたものの、羊は気を取り直しておやつの牧草を食みはじめた。青々としていて柔らかな食感のそれは露を帯びていて甘く、彼女の大好物だった。はやく食べてしまわないとせっかちな牧羊犬に移動を急かされてしまう。畜舎で牧場スタッフから貰う濃厚飼料も美味しいけれど、この辺りに生えている青草をそのまま食すこともちょっとした特別感があって羊は気に入っている。

     もぐもぐと忙しなく口元を動かしていると、ふいに鋭いなにかが羊の後頭部にぶつかったような気がした。なにかしらと本能的に顔を上げ、ぱちぱちと瞳を瞬かせる。すると広い視野のなかで、先ほどの真っ白な人間と視線が交差した。彼は感情の読めない怜悧な表情で、じっと羊を見ている。近づくでもなく、触れるでもなく、適度な距離を保ったまま羊を凝視していた。
     切れ長の眦から放たれる視線は鋭いものの、そこに敵意や怯えなどはなく、純粋な好奇心でこちらを見ていると羊にはすぐにわかった。これは弱肉強食の世界を生き抜く草食動物のカンである。彼女は根っからの温室育ちではあるが、そういった本能は備わっているらしい。
    「…………」
    「…………」
     人間と羊が、しばらくのあいだ無言で見つめあっていた。あんなに真っ白なのだし、もしかして仲間になりたいのかな? と羊は首をかしげる。人間が草を食む姿は見たことがないけれど、ひょっとして彼はお腹が空いているのかもしれない。人間もちょうどこのくらいの時間に昼食をとる生きものなのだと、人間に育てられてきた羊はよく知っていた。
    「師尊、触らないんですか?」
     こっちで草食べる? そんな意味を込めて羊がひと鳴きしてみようとした時、低く掠れた甘い声がそれを遮った。声に導かれるように視線を巡らせると、真っ白な人間のとなりへ真っ黒な人間が駆け寄っていく姿が見える。日に焼けた肌は輝いて、ふわふわとした黒髪が優しく風にゆらめいていた。黒いパーカーとスキニーを身に着けた彼を見た羊は、わたしに触ったら白い毛だらけになっちゃいそう、とぼんやりと思う。
    「……うん、私はいい。気になるなら行ってこい」
     真っ白な彼は低い声でそう呟いて、瞼を伏せた。彼の瞳を隠してしまった睫毛は、羊のそれように長くて繊細で、淡い影を白磁の頬に落としている。羊には人間の言葉はわからないけれど、真っ黒な人間はその言葉を受けてすこしだけ残念そうな顔をした。そして白い彼よりもずっと背が高いにもかかわらず、下から見上げるように首をかしげて白いセーターの裾をひっぱっている。すぐに白磁の眉間に皺が寄り、セーターをひっぱるそれを外そうと真っ白な指先が伸びる。しかしその指先は、目的を果たす前に蜜色の大きなてのひらに包みこまれてしまった。玲瓏につやめいていた白磁に、花が綻ぶように朱が刷かれる。

     寄り添う白と黒を見て、羊はなるほどと合点がいった。人間の心の機微はわからないけれど、人間と暮らしてきた羊には大まかにでも察することができるのだ。あの子たちはきっと「つがい」なのだわ、と。

     青草を食むことも忘れて、羊はじっとそのつがいを観察していた。なにせ彼らは、どうも面白いのである。白い彼は顔を赤くしたり白くしたりと忙しなく、黒い彼はそんな様子を嬉しそうに眺めている。随分と仲がよさそうなつがいだわ、と彼らの様子を眺めていると、ふいに黒い彼と羊の視線が交わった。
    「あの子、ずっとこっちを見てますね。ツノが小さいからメスかなあ……触ってきてもいいですか?」
    「うん」
     黒い彼は太陽のような笑顔を見せて、大股で羊に歩み寄ってきた。この子も畜舎では人気がでそう、あそこには黒い子がいないから……と思っていると、羊はふとあることに気が付いた。
    (あの子たち、とっても脚が長いわ。くぐれちゃうんじゃないかしら……) 
     この羊は好奇心が旺盛で、そして敵意を向けてこない人間に対しては怖いもの知らずだった。羊はそう考えると、近づいてくる真っ黒な人間の足元に向かって自ら「たたたっ」と走り寄る。黒い彼は急に自分の方へと向かってきた羊に驚いて足を止めた。うわっという声が頭上から聞こえてきたような気がするが、羊は気にも留めずにその膝と膝の間に鼻先を押しつける。難なく開かれたそのあいだをぐいぐいと進むと、もこもこの背に彼の股がひっかかることもなくすんなりとくぐることができた。黒い彼の脚のあいだに佇みながら、羊は満足げに頷く。
    (やっぱり! いいなあ。これだけ脚が長いなら、牧柵だって簡単に飛び越えられるわね) 
     黒い彼に尊敬のまなざしを送ろうとした瞬間、羊の背筋に悪寒が走った。
     殺意にも似たそれに、羊の草食動物としての本能が警鐘を鳴らす。ぶるりと身震いをしてから視線を上げると、冷たく細められた一対の鳳眼が羊を射抜くように眺めているのを見とめた。その視線は、先ほどとは打って変わってひどく険しい。牧場生まれ牧場育ちの彼女は、これまでの羊生でここまで鋭い眼光に晒されたことはなかった。動くこともメェと鳴くこともできずに、真っ白な人間とふたたび見つめあう。
    「師尊! この子は人懐っこいですよ。触ってみませんか?」
     しかし真っ黒な彼は、真っ白同士のただならぬ緊張感に気が付かなかったらしい。彼は笑顔で羊の横にしゃがみこむと、あろうことか羊の首元をそっと撫でてきた。その手つきはとても優しく、ふわふわだと喜びに弾む声も聞こえてくる。人に慣れた羊にとっては別に触られること自体に抵抗はないものの、それより真っ白な彼の眼光がより鋭くなっていくのが気にかかった。
    「…………」
    (ひっ! こっちきた!)
     真っ黒な彼に子供をあやすように撫でまわされていた羊は、つかつかと自分の方へ歩いてくる真っ白な彼を見て震え上がった。その顔にはなんの表情も浮かんでいないが、纏う空気はひどく冷たい。羊は状況を理解した――これは、つがいにちょっかいをかけられた時の反応である。動物の社会にも様々な事情があるため、羊もこういったトラブルは何度か経験している。群れというものは、いつだって難しいものなのだ。
     羊は即座に後退ろうとしたが、真っ黒な彼の太くしっかりとした腕がそれを阻止した。全く力はこめられていないものの、上手に腹を抱えこまれるような体勢になってしまい、退くことも進むこともできない。羊がおろおろと前足を浮かせたり降ろしたりを繰り返すと、真っ黒な彼は優しい声で羊に話しかけてくる。
    「どうしたの? 師尊は怖くないよ」
     恐らく大丈夫だよといった宥めの言葉をかけられたのであろうが、羊は全く大丈夫ではない。どうにもこうにも動けないでいるうちに、あっというまに左右を白と黒に挟まれてしまった。白い彼は羊の毛並みを撫でていた蜜色の腕を掴むと、すこしだけ乱暴に黒い彼の膝の上へと置き直す。黒い彼と羊はその行動の意味を汲み取ることができず、ぽかんとしたあと同時に首をかしげた。
    「……ええと、師尊も触ってみますか?」
     黒い彼が躊躇いがちにそう尋ねる。すると白い彼は、素直にこくんと頷いた。
     そのとなりでなにかを察した羊はひとり恐れおののく。
    「…………」
    「…………」
     羊が震えながら白磁のてのひらを受けいれると、真っ白な彼は口を噤んだまま彼女を撫ではじめた。大きな人間の男に左右を挟まれたまま、無表情の白い男に無言でもふもふとされ続ける。あまりにも居心地の悪い状況に、羊は正直なところ早く帰りたいなと気が遠くなった。
    「……やわらかいな」
    「この子は毛並みも綺麗ですもんね。俺も触っていいですか?」
    「……うん」
     しばらくのあいだ無言で羊を撫でていた真っ白な彼が、ぽつりと呟いた。すぐに真っ黒な彼の弾むような声が続く。意識を失いかけていた羊は、ふと「あれ?」と思った。真っ白な彼の低く落ち着いた声が、思っていたよりもずっと優しく鼓膜を叩いたからだ。そういえば先ほどから羊の身体を撫でているてのひらも、どのくらいの力加減で触れればいいのかと探るような動きをしていた。
    (怒っていないのかしら?)
     羊は恐る恐るといった様子で顔を上げる。真っ白な彼に意識を向けると、先ほどまでの威圧感はどこへやら。鋭い視線は鳴りを潜め、ただ凪いだ海のように静かな瞳がそこに浮かんでいた。相変わらずその白磁の上に表情はない。しかしもしかしたら、このふわふわな毛並みのおかげでわたしは難を逃れられたのかもしれない。羊はそう思うとすこしだけ安堵して、今度は真っ黒な彼に意識を向ける。
     白い彼とは対照的に、黒い彼は羊を見ていなかった。
     美しく線が引かれた眦から零れ落ちる視線は、まっすぐに白い彼へと注がれている。そんなに見つめていても大した変化はないのではないかと羊は思うが、彼は真っ白な彼が羊を撫でるたびに心から嬉しそうに唇をたわませた。

     羊には人間の心の機微はわからない。しかしこの真っ白な彼が、静かに自分を撫でまわしていることを真っ黒な彼は喜んでいるようだった。もしかしたら羊にはわからないだけで、真っ白な彼はいまの状況をとても楽しんでいるのかもしれない。
     
     それならば、と羊は強張っていた身体の力を徐々にゆるめる。せっかちな牧羊犬が迎えに来るまで、わたしの毛並みを思う存分に堪能させてあげてもいいかなと考えを改めたのだ。幸いなことに彼らの手つきは優しくて心地よいものだ。羊はなされるがままに、四つのてのひらを受けいれることにした。


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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日おめでとうSS②
    踏楚/本編後のふたり
    ※本編311章までのネタバレを含みます。
    ※多分『献花』を先に読んだほうが良いですがこれだけでも読めます。
    【踏楚】花に傾慕 細い糸のような雨がやさしく地面を叩く音で楚晩寧は目を覚ました。頭を預けていた墨燃の肩越しに、彼らが住まう茅舎の室内がぼんやりと浮かび上がる。陽が昇りきっていない時分、薄墨を刷いたような闇からゆっくりと身を起こすように、彼らの生活の痕跡が徐々に輪郭を結んでいく。
     南屏の山間からは濃い霧が立っていた。真っ白に染まっていく窓の外を見ながら、楚晩寧はまるで雲の上にいるようだと思う。山の天気は移ろいやすい。きっとこれから雨が止んで陽が昇り、光が雲霧を切り裂き、この茅舎の中に射しこむのだろう。
     楚晩寧はたくましい腕の拘束から抜け出した。すっと視線を下げると、すやすやと寝息を立てている墨燃の横顔が目に入る。ほんの数刻前に意識が切り替わり、切り替わるやいなや有無を言わせず楚晩寧を床榻に組み敷いた男とは思えないくらい、どこかあどけない寝顔だった。かつてはあんなにも皺が寄っていた眉間も今は穏やかにゆるんでいる。痛む身体に少しだけ腹が立った楚晩寧は、好機と捉えて指先で墨燃の鼻を摘まんだ。くぐもった呻き声が短く上がる。楚晩寧は満足そうに口の端を上げ、床榻から立ち上がった。
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    lily__0218

    DONE楚晩寧お誕生日SS①
    とある八月九日の懐罪大師のお話。
    ※二哈241章までのネタバレを大いに含みます。
    ※燃晩要素はほとんどない懐罪のエンドレス独白です。
    献花 白の衣装は繊維の隙間に夏のにおいを含んでいた。一着を手に取って丁寧に畳み、もともと仕舞われていた場所に戻していく。いくばくかそれを繰り返し自分の左横にあった白い山がなくなると、懐罪は細く長い息をふうと吐き出した。
     顔を上げて周囲に視線を巡らせる。懐罪の手によってすっきりと整えられた水榭内は、薄墨を刷いたような闇にその輪郭を溶かしていた。窓の向こうに見える空は燃えるような赤と濡れたような紫を滲ませ、時おり群鳥の影が横切っていく。もうじき黄昏が夜を連れてくるだろう。
     朝から気も漫ろな一日であった、と緩慢に腰を上げながら懐罪は思う。
     今しがた終えた「楚晩寧の衣装に風を通す」という作業も彼の気を紛らわせる一助とならなかった。空いた時間を水榭内の掃除に没頭することで埋めようとしても、楚晩寧の生活の痕跡を見つけるたびちくりと心臓が痛んで手が止まる。高僧などと呼ばれる自分を馬鹿々々しいと思うほど、毎年この時期になると懐罪の神経は鋭敏になった。忘れたことなど一日もない、かつての罪が記憶の表層に浮かび上がってくるからだろう。
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