船内ガイドくんちゃんの記録ハローハロー。これは取り留めもない記録です。日報と呼ぶには少し、時間を跨いでいます。余剰分の記憶領域にメモを残す程度のことです。私はそれをしたいと思いました。
私はE-Ⅳ号搭載の船上ガイドです。識別情報はありません。
ガイド君、と彼は私を呼びます。
彼は、Mr.ロバーツという男です。旧人類でも新人類でもないカルデアのサーヴァント。
我々は使用者に敵意はありません。私は快適な船旅を提供する、船上ガイドの職務が割り当てられています。
カルデアからいらした使用者の皆様は、大変良い方達です。砂上船ご搭乗の際にも、私に挨拶をするのです。断絶したデータベースにより、善なる人々の記録を私は修得していません。これは悲しいことだと考えます。
Mr.ロバーツとそのマスターを乗せ、私は砂上を運行します。遊覧ではなく、ある種の狩りだと彼らは私に言いました。
「今日もよろしく、ガイド君」
「ありがとうございます、Mr.ロバーツ」
「君達は帆船ではないが、いい風だと思わないか?」
「分かりかねますが、本日もよい日であってほしいです」
「いい答えだ。では本日も慎重かつ迅速に、仕事をしようか」
出港から暫くは自動操縦プログラムにて運用します。船のソナーと、お二人の目視にて、対象を捜索するのが最も効率的です。恥ずかしながら、旧人類の目視の精度を低く見積もっておりました。彼らは時に、私より先にサンドワームを探知します。
対象を補足してからは、Mr.ロバーツに舵を渡します。彼の操縦技術は卓越しています。サンドワームに飲まれぬよう、正確にラインをとります。接近に気付かれぬよう、静かに砂上を滑らせます。
我々AIも規定範囲の操縦を行います。だからこそ、技術の優劣について、考えたことはありませんでした。スペックの違いは当然のことで、それに感心することはありません。
本日のMr.ロバーツが少々業務に集中していなくとも、その技術は感心に値するものです。
「何かを気にしているのですか」
「……ああ。よく気がついたね」
「アナタの視線は時折、コンソールから外れます」
「面目ない……マスターがね。十二分に強いが、何かあったら他の奴らに申し訳が立たない。私はずるいからね。我が身の面子を……」
「バーソロミュー!終わったよ!」
元気よく飛び込んできた旧人類は、ハードな労働、と言いつつも初めて見た時より生気に溢れていました。Mr.ロバーツは笑顔を見せ、次の狩場まで休みたまえと言います。先程までの憂いというものは一欠片もありません。
——ストレスチェック。発汗量、心拍数他バイタルサインに変動なし。
Mr.ロバーツは正しく遊覧船のクルーズをするように砂上を走らせます。私はAIです。感情というものを蓄積されたデータとして、少しは理解することができます。
「アナタは複雑なタスクを抱えています」
「はは、私は単純な男だよ」
「では楽しいのですか?」
「ああ。風を受け、船を思うがままに走らせることは、とてもね」
思考する。Mr.ロバーツは遊んでいる。これは間違いない。
前に報告した時と変わらず、同じだ。けれど、今までの言動が示していると推測されるものとは、少しズレていた。
バーソロミュー・ロバーツは興味深いサーヴァントです。
操舵技術の素晴らしさは私を圧倒します。使用者が去った後、自ら起動して、彼の使ったルート、アクセルワークを自動操縦プログラムに学習させられないか解析する程に。
砂粒の動きを演算しているわけではないそうだ。蓄積データ——経験だけでこの砂海を自由に動き回れるほどの練度。彼の言う帆船という風を受けて動力にする船が、どれほどの難易度を持つのか知りたくなりました。
「おはようございます。Mr.ロバーツ」
「よろしく、ガイド君。船の修理状況は?」
「問題ありません。今すぐ出港可能です」
「出港は午後からだ」
「では何故?」
「私がいる意味を聞いているのかな?しいていえば……船があるから?」
「回答をライブラリに追加します」
冗談だよと苦笑する。けれど私はそうは思わない。船があるから。素晴らしい回答です。
搭乗人数三名でオールド・ドバイを出港したE-Ⅳ号が、四名で帰港した。保護した一名のマスターをMrs.ジナコに会わせるという。Mr.ロバーツは船体チェックを終えて腰を下ろし、操縦席と向き合う形になった。彼は私の本体をそこだと考えているようです。
「今日も素晴らしい仕事だったよガイド君」
「お褒めに預かり光栄です、Mr.ロバーツ。本日も見事なセーリングでした」
「フフ。悪い気はしないね」
上機嫌な彼はそのまま話を続ける。
「少しなら話せる時間もあるかな。海風と地上の風の違い、だったか」
「それも気になりますが、"横っ腹からラムぶち込む"という操船についてお聞かせください」
あれは衝撃でした。船体にとっても、私の演算領域にとっても。1度目、旋回してアルバトロン社製の機械化兵に正面からぶつけた時も衝撃的ではありましたが、2度目の隙を突いた奇襲はより、鮮烈でした。
私がそう言葉にすると、Mr.ロバーツは笑っていますが、少し居心地が悪そうに見えます。
「そういう、行儀の悪いことは知らなくていいんだよ」
「それは海賊らしいこと、ですか」
「……そうだね!私は悪い海賊だからね」
——バイタルチェック。著しいストレス値の低下を確認。
とても不思議な結果だ。何故今の発言をすることで数値が下がったのでしょうか。
「そろそろ行くよ、マスターと合流しなくてはね」
「お気をつけて、Mr.ロバーツ。お戻りをお待ちしております」
「ありがとうガイド君。次こそは海風と地上の風の違いを言葉にしてみるよ」
次回の船旅まで、私はこのデータを大切に保管するでしょう。異邦人との船旅は得られるものがとても多い。可能な限り多く、彼らの役に立ちたい。それが私達、AIに与えられた使命です。
使命、でしかないのでしょうか。