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    YNKgame

    本名:𝕭𝖗𝖞𝖆𝖓米子。20↑。
    書きかけとか試作とかを投げる予定。反応くれたらうれションして走り回ります。

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    YNKgame

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    ギャグみたいなもんだからふわっと読んでほしい

    #AC6
    #夢小説
    dreamNovel
    #モブ夢主
    #ハンドラー・ウォルター

    使用人に初恋するハンドラー・ウォルターの話。01。ビビビッときた

     先んじてルビコン入りした621に遅れること数日。
     ハンドラー・ウォルターも彼が待つ隠れ家へと到着する。
     AC格納庫、移動ヘリ、その他必要な施設を詰め込んだそこは、かつて技研の研究所だったらしい。
     厳しい寒さを象徴する雪は、都合よくこの施設を隠してくれている。
     RaDのカーラを通じて、自分たちをサポートする要員もすでに集められているらしい。
     だが、ここはルビコンだ。
     常に気を引き締めていなければならない。
     ハンドラー・ウォルターは杖を握る手に力を込めつつ、隠れ家へと踏み込み――

    「お待ちしておりました。はじめまして、ハンドラー・ウォルター。これからよろしくお願いします」

     スッと伸びた背筋。ダークグレーのスーツにインナーはハイネックのニット。
     丁寧だが慇懃無礼ではなくどこか親しみのこもった、ちょうどよい声色のあいさつ。
     わずかなはにかみ。

    「!!!」

     その時、ハンドラー・ウォルターに雷が落ちた。
     もちろん実際そんなことはなく、彼がただ、それほどの衝撃を突然受けたというだけだ。
     もうずいぶんと熱など感じたことのない頬が熱い。
     心臓が早鐘を打つなど、階段ののぼりの時以来だろうか。

    「どうかなさいましたか? ハンドラー。カーラから私のことを聞いていなかったのでしょうか? 貴方と貴方の猟犬のお世話をするべく遣わされました、名前は――」
    「いや、いい」
    「えっ」

     頬の熱をごまかすついでにかぶりを振って中断させると、彼女は悲しげに眉を寄せる。
     違う!と口走りそうになって、ウォルターはまた首を横に振った。

    「い、今は621を確認するのが先だ」
    「ああ、そういうことですね。失礼いたしました」

     ほっとして笑う顔がかわいい。かわいくてまた頬が熱くなる。
     これはいったい、どういうことだ?
     戸惑いながらウォルターは早足に中へと進む。
     その後ろを追いかけてくる靴音に胸をときめかせながら。

    「格納庫までご案内いたします」
    「構造はわかっている。大丈夫だ」
    「かしこまりました。ではお茶の準備でもいたしましょうか? 貴方の猟犬は紅茶が好みのようですが、コーヒーも用意しております」
    「……俺も紅茶で構わん」
    「かしこまりました。では後ほど、部屋にお伺いいたします。施設の説明などはそこで」
    「わかった」

     ウォルターが足を止めて振り返ると、彼女も足を止め、一礼をする。
     さらりと揺れた髪に目が行った。だがその一礼が見送りのそれだと理解しているので、ウォルターは後ろ髪をひかれながら、その場を後にする。
     格納庫はそう遠くない。
     621はどうしているだろうか。考えながらふと浮かんだのは。

    「……」

     俺より先に、彼女とお茶を飲んだのか……621。

    「いや、俺は何を……」

     足を止め、額に手をやってため息をつく。
     久しぶりに女を見たから?
     だがただの女だ。弾けるような若さでもなく、守ってやりたいような頼りなさもなければ、目を細めるほどの愛らしさもない。
     だが落ち着いた様子や丁寧な仕草は好ましく、彼女にならどんな仕事も任せられるような気がするし、笑った顔はかわいかった。

    「いや……! 何を……?!」

     ふるふると頭を振って、思考から彼女を追い出すと、ウォルターはようやく「ハンドラー」の顔をして格納庫向かって歩き出した。


    ◇◇◆◇◇◆◇◇


    02。下着を見られるのは恥ずかしい

    「ウォルター、私のことは今後はぜひ、バトラーとお呼びください。貴方と貴方の猟犬のサポートのため、できる限りのことを致しましょう」

     どこか誇らしげにそういう彼女の表情は、やはりかわいい。
     気高くて頼もしいのにかわいいのだ。
     でもその一方で、ウォルターは少し残念にも思っていた。
     初対面の時聞きそびれてしまった彼女の名前を、今後当面、あるいは一生知ることがないのかもしれない、と思って。

    「え、と、呼びにくければ私の名を。ハンドラーとバトラーで、いい感じかな、と思ったのですが」
    「……そうだな、それでいい。お前の働きに期待しているぞ、バトラー」
    「! ありがとうございます」

     「!」となったときの目の輝きと言ったら!
     くそ、かわいいな。
     ウォルターは思った。
     お揃い的な感じの互いの呼称も、そう思えば悪くない。むしろいい。

    「それではハンドラー、初めにここでの生活全般についてですが、家事はすべて私が引き受けます。ボスからはあなたに不摂生をさせぬよう強く言いつけられておりますので、食事の時間はともかく量と頻度については従っていただきます」
    「……ああ」
    「貴方の猟犬の状態はすでに大方把握しております。食事の内容についてですが、できるだけ普通の人間と変わらぬ食事がとれるよう少しずつ調整してほしいとの希望で、変わりありませんか?」
    「ああ。食事のための機能にそこまで損傷や不具合はないはずだ。今後のことを考えて、可能な限り普通の食事ができるようにしてやりたい。それ以外のこともすべてそう考えているが、まずはできるところからで構わんだろう」
    「かしこまりました」

     ふ、とバトラーの表情がほころぶ。
     その表情に自分の頬がカッと熱を持つのにどこか罪悪感を抱きながらも、ウォルターは問いかけた。

    「どうかしたのか」
    「いえ、ボスから聞いていた通り優しい方なのだなと」
    「……」
    「貴方の元で働けること、ボスの手足となることと同じように誇らしく思っております。どうぞ遠慮なく、貴方の猟犬と同じように使い倒して下さい」
    「お前もまだ若い。できれば621と同じように、普通の人生を歩んでもらいたいものだ」
    「……私はもう覚悟を決めておりますので」

     はにかんで言い切る覚悟にウォルターの胸が痛む。
     彼女には621と同様、仕事を終えた後は何もなかったように普通の人生を送ってほしいと思うのに、それと同時に彼女が自分と同じ道を歩む覚悟を決めていることを、嬉しく思ってしまうのだ。
     だがウォルターは杖を握りしめ、神妙な顔で眉間にしわを刻んで彼女に背を向ける。

    「他に何かあるか」
    「洗濯物については浴室のカゴに放り込んでいただければやっておきます。その他何か御用があれば通信でお呼びください。就寝中でも呼んでいただいて構いません。バトラーの名に恥じぬよう、出来る限りを尽くします」
    「……」

     ウォルターの脳裏にもこもこしたパジャマを着たバトラーが、髪もまとめぬまま駆け込んでくる様子が思い浮かぶ。
     感想はひとつしかない。
     かわいい。
     これだけだ。

    「ん? 待て、洗濯もお前が行うのか?」
    「はい。整備士など他クルーの分も含め、私が行います。家事スキルは自信が――」
    「俺の下着も、洗うのか?」
    「えっ、あ、え……?」

     戸惑うバトラーに、ウォルターは(しまった)と思った。
     老齢と呼んでも差し支えなさそうな歳の男が、思春期の少女のようなことを気にするなぞ気持ち悪いにもほどがある。
     実際、そんなことを言われると思っていなかったらしいバトラーは返答に困っていた。

    「あの、RaDでもいろいろな方の下着を洗濯してましたから、どんなタイプのものでも気にしませんし口外しませんので……」
    「ちっ、違う……! 特殊なタイプを履いているという話ではなくてだな、」
    「と、とにかく、仕事ですから。もしどうしても見られたくないとおっしゃるのなら、別の男性スタッフにお願いします」
    「……いや、わかった。俺の発言については、忘れてくれ」
    「かしこまりました。ありがとうございます。それでは私は、食事の支度をしてまいります」
    「ああ」

     なんとも気まずい雰囲気をリセットするように、バトラーは明るい声で言って一礼し、部屋を後にする。
     言うべきことは言うし、守秘義務はきちんと守るが、こういう気遣いもできる。素晴らしい人材だ。
     ウォルターはイスに深く腰掛けながら、長く重いため息をついた。

    「……食事の支度、か」

     ダークグレーのジャケットを脱いで、ハイネックのインナーの上にエプロンをするのだろうか。なんて、想像しかけて、やめた。


    ◇◇◆◇◇◆◇◇



    03。心臓がどうにかなりそう(年齢的にもまずい)
     
    「おはようございます、ハンドラー。調子はいかがですか?」

     食堂に向かった自分を、エプロン姿ではにかみながら迎えるバトラーも。

    「正直ACのことはよくわからないのですが、アセンブルをしている時の猟犬は楽しそうですね」

     格納庫に連絡をしに来たついで、端末を真剣に眺める621を見る横顔も。

    「ハンドラー、先ほど届いたこの依頼ですが、内容に対して報酬が多すぎます。不審に思ったので裏がないか調べてみたら、この通り――」

     名を上げ始めた621に舞い込むようになった数多の依頼のフィルタリングを任せたところ、真剣な顔をして報告してきて……。

    「……駄目だ。カーラ、済まない」
    『ん? なんだい、ウォルター。急に通信を寄越したと思ったら』

     621の仕事ぶりは順調で、オーバーシアーとしての目的も果たされつつある。
     ウォルターは仕事の最中はいたって真面目で有能な「ハンドラー」そのものだった。
     だがいったん仕事を離れてしまうと、駄目なのだ。

    「カーラ、世話役の彼女を外して別の人間をつけてもらうことはできるか?」
    『あの子をかい? あの子は……正直あんたの所に送り込んだ中でも一番出来る人間なんだが、ビジターとソリが合わなかったのかい?』
    「いや……」

     この気持ちを、カーラにどう伝えるべきか。
     ウォルターは長く深いため息をついてしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。

    「彼女の仕事ぶりには、満足している。621とも仲良くやっているようだ。何の問題もなく、彼女にも落ち度はない」
    『じゃあ何が原因だい?』
    「俺が……その……」
    『嫌いなタイプだった?』
    「いや違う、むしろ……」
    『……?』
    「…………」
    『はっきりしなよ、ウォルター。これじゃ話が進まない。別の人材を用意するたって、彼女以上のヤツは用意できないんだ。それなりのヤツを見繕うったって、条件を聞かなきゃ――』
    「彼女がいると、気が散る」
    『は?』

     端的に言えば、その一言に尽きた。
     バトラーが傍にいると、ウォルターは逐一その動きが気になって仕方がない。
     彼女が誰と話し、どんな声色でいるのか。対面すればその表情が曇らないか、喜んでいるか、どう変化しているか。
     とにかく気になってそわそわして落ち着かず、近くにこられてシャンプーか香水か何かの匂いがしたときには動悸がするし、先日偶然薄着でいる姿を見た時なんか、思春期の少年のようにその姿が脳裏から離れなくなって……。

     さすがにこれ以上は言うべきではないだろう。
     ウォルターは昨今最も頭を悩ませている事象について正直にカーラに打ち明けた。

    『…………』
    「カーラ? 俺の話を聞いていたか?」
    『ふっ……』
    「?」
    『くっ……く、ぷ、』
    「カーラ?」

     問いかけにかぶるように、盛大な笑い声が聞こえる。
     「ウォルター、あんたね……!」笑い声に混じって聞こえる言葉に耳を澄ませ「そいつは恋っていうのさ!」拾った単語にウォルターは思い切り顔をしかめた。

    「……恋、だと?」

     正直、自覚がなかったわけではない。
     でももう自分はそんなことができる歳でもなければ、そんなことを考えている状況でもないのだ。

    「いや、それはどうでもいいんだ、カーラ。とにかく、このままでは生活に支障が出る。人員の変更を――」
    『していいのかい? 彼女を別のヤツに変えて……あ~あ、きっとひどく悲しむだろうねぇ』
    「それは……」

     予想はしていた。バトラーの仕事について、彼女は大いに誇りを持って働いている。そこから外されるとなればひどく落ち込むだろうし、ショックも受けるだろう。
     お前の仕事には何の問題もなかったと伝えても、自分に何か落ち度があったのだろうと考えてしまうに違いない。

    『あんた、恋なんか初めてだろう? せっかくだ、楽しんだらいいじゃないか。案外アイツ――そっちではバトラーって呼ばれてるんだったか。バトラーも、あんたを想ってるかもしれないよ』
    「からかうのはやめてくれ。彼女は若い。俺はこんなだ。楽しむような状況でもないだろう」
    『で、本当に彼女を変えていいんだね?』
    「……ああ」

     ウォルターは握り締めた自分の手を見た。脂肪が落ちて骨ばり多くの皺と傷が刻まれたその手に、これまで送ってきた人生が現れている。
     バトラーの手は白魚のようとは言えないが、ふっくらとして傷も少なく若々しいそれだった。

    「彼女には、落ち度は一切なかったと伝えてくれ。実際、そうだった。悪いのは俺だと」
    『わかったよ。じゃあ、次の作戦後に人員変更と伝えておくよ。それまで、短い恋をせいぜい楽しむことだね』
    「カーラ!」
    『別に、あんたがあんたの人生を楽しんじゃいけないなんてことないんだよ、ウォルター。あんたの使命とこれは別だ』
    「……」

     ぷつり、と通信が切れる。
     楽しむことは悪いことじゃない。
     これは、カーラが昔から繰り返し言っている言葉だ。
     肉親や育て親、所属していた組織がなんであろうとも、人生を楽しみ、良く生きることに罪悪感を抱く必要はない。
     そうだとウォルターは思う。思うしわかるけれど、感情はまた別の話だ。
     それに、自分とバトラーは何もかもが違いすぎる。
     使命を果たし死ぬべき自分と、まだ若く未来がある彼女。
     カーラは楽しめと言ったけれど、彼女のことを本当に想うのなら、その存在を自分のために消費するべきではないだろう。
     最後まで毅然として、彼女が憧れと尊敬の眼差しを向けるに相応しいハンドラーでいよう。
     ウォルターはそう、思っていたのだが。

    「621……!」

     ウォッチポイント襲撃作戦はうまくいっていた。
     想定外に現れた第一世代の強化人間も退け、デバイスの破壊もスムーズに行った。
     だが――

    「621、応答しろ! クソ、だめか……!」

     デバイス破壊による予想外のコーラル噴出に巻き込まれた621は、いったん通信が回復したものの声を掛ける間もなく断絶し、今に至る。
     生体反応はある。
     その他、観測できる反応全てから予測するに、何かと戦っているらしいのは確かだが、621は致死量のコーラルを浴びているのだ。
     機体ともども、損傷は計り知れない。
     その上での戦闘ともなれば、苦戦は必須だろう。
     退避のためのルートを伝えたくても、無線が通じない状況では、ただ歯噛みして待つしかない。

    「クソ……!」

     苛立ち紛れに机に拳を叩きつけると、立てかけていた杖が床に転がって大きな音を立てる。
     通信は相変わらず回復しない。
     いっそヘリを――いや、HALを出して応援に向かうべきか?
     悩むウォルターの背後で、そっと扉が開いた。

    「ハンドラー、大きな音がしましたが、大丈夫ですか?」

     先日解雇を伝え、今日の作戦終了をもってこの基地を去ることになっているバトラーが、心配そうに戸口から声を掛けている。

    「……通信が途絶えた。どうやら、何かと交戦中のようだ」

     口にしても状況が変わるわけではない。
     その上今のウォルターは苛立っていた。
     落ち着いて見せる声色にもその感情が乗り、どこか荒くざらついて掠れた低い声は、普段であれば凄みとなって人々を恐れさせただろう。
     発してからハッと気づいて、ウォルターはバトラーを見た。
     だが彼女は怯えることなく「失礼します」といつものように落ち着いた様子で発言し、そのまま室内に入ってくる。

    「モニターを拝見しても?」
    「……生体反応はある。だが状況から察するに、五体満足ではいられないだろう」
    「補給を一回行っているんですね」
    「ああ、不測の事態に備えてな」
    「なら、大丈夫ではないでしょうか。私はACにはあまり詳しくないのですが、今日の機体構成について猟犬から説明を受けました。敵の数が多そうな単独任務、とのことだったので弾数多めの武器と、耐久が高めのパーツで固めたと」
    「……」
    「今日の任務が今後のために重要であることを理解しているようでした。必ず、帰ってくると思います。貴方の猟犬は、優秀ですから」
    「……そう、思うか」

     気持ちを落ち着けるための方便にすぎないバトラーの言葉には、けれども理論的な部分もある。
     ウォルターとて、621の生還を信じたかった。
     二人、無言のまま食い入るようにモニターを見つめて――

    「ハンドラー、数値が――」
    「これはっ……! 伏せろ!」
    「?!」

     文字通り膨れ上がったのは大気中のコーラル量を示す数値だ。
     ウォルターはとっさにバトラーを庇うように抱き寄せ、そのまま床に伏せた。
     瞬間、基地全体が激しい揺れに襲われる。
     おそらくウォッチポイントの噴出に誘発されて、どこかで大規模なコーラルの局地的爆発が起こったのだろう。

    「大規模な爆発が起こったようだな」
    「そう、ですね……」

     デスクの上の端末が床に転がっている。
     だが大きな破損などはないようで、ウォルターはおもわずほっと息をついた。
     そうして自身の腕の中に納まる、至近距離のバトラーに気づき――

    「!! すまない!」
    「いえ、庇っていただきありがとうございます。貴方にお怪我はありませんか?」
    「だ、大丈夫だ」

     スーツ越しにも感じる柔らかな体。
     濃く香る彼女のにおい。
     621の通信断絶から早鐘を打ちっぱなしのウォルターの心臓は、いよいよ稼働限界を迎えてわずかな痛みさえ訴えていた。
     慌てて体を離し、深呼吸をひとつ。
     ウォルターが転がった椅子を起こしそこに元通り座ると、バトラーもまた先ほどと同じように隣でモニターを覗き込む。

    「621、応答しろ」
    『ハンドラーへ、報告。バルデウスと交戦。これを撃破しました』
    「……良くやった」
    『これより帰還します』
    「気を付けて帰ってこい」

     心配していた621は思ったより大丈夫そうだ。
     ほっと体の力を抜くと「お茶をお持ちします。甘めのミルクティーに致しましょうか」と声が掛かる。
     「頼む」と何気なく返して、ふとウォルターは思った。
     この任務が終われば、バトラーはこの基地を去る。
     彼女が淹れるお茶を飲むのも、これが最後になるだろう。

    「短い間でしたが、お仕え出来て嬉しかったです。ハンドラー・ウォルター」

     ウォルターは考える。
     今後自分たちの戦いはいっそう苛烈になっていくだろう。
     こんな事態がまたあるかもしれない。
     621はおそらくどんな任務もこなして帰ってくるだろうが、その仕事終わりに出てきてほっと一息つけるようなお茶を淹れてくれる存在は、失われる。
     失われてしまうのだ。ここで、声を掛けなければ。

    「待て、バトラー」
    「はい、ハンドラー」

     見つめ合うその眼差しは今日も凛として美しい。
     その眼差しで自分を見ていてほしいとウォルターは思う。
     甘い感情などではなく、恋などという気の迷いのためでもなく。
     その眼差しを向けられるだけの存在でいられるよう、自分が悪名高きハンドラー・ウォルターでいられるよう、その眼差しが傍にあってほしい。
     彼女がいなくても、自分はいつだってハンドラー・ウォルターであり続けるだろうけれども。

    「解雇は、撤回する。これからもお前には、ここで働いてほしい」
    「……いいんですか?」
    「ああ」
    「ですが、私がいると不具合があると」
    「今解消された。今後は、気にするな。これまで通り、俺と621のために働いてくれるか」

     向けられた表情が、驚きから喜びに変わる。
     ああ、眩しいな、とウォルターは思った。
     眩しく、温かで、泣きたくなるほど美しい感情の名は、きっと恋ではない。
     恋ではないが、なんというのか。
     ウォルターはそれ以上は考えなかった。

    「これからも、よろしく頼む、バトラー」
    「はい、よろしくお願いします、ハンドラー」
    「コーラル集積ポイントがわかれば、忙しくなるぞ」
    「お任せください。まずは帰還した貴方の猟犬を迎えなければ」
    「医療班に格納庫で待機するよう伝えてくれ」
    「畏まりました」

     恭しく一礼し、駆けていくバトラーの姿に、ウォルターは目を細めた。
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