突貫毒婦TSブルートゥ 恋は人を――おおよそ人類に分類されるモノをダメにする。〝アレ〟を恋と言う表現で包むのいかがとは思うが。
我らドーザー、ジャンカー・コヨーテスが頭目に掲げる〝オーネスト〟・ブルートゥ。長たる彼がレイヴンなるそこらの傭兵に執着し始めたと気付いてからは、特にその考えが強まった。
最初、その傭兵の価値は〝カーラのご友人〟というだけだったようだ。しかし興味深い観察対象あるいは旧世代故に欠陥の生けるカタログであったレイヴンに、いつの間にか愛だの恋だの、ダンスパートナーだのと歌うように。
肉体が女になっていたという、正気では受けとめきれない現実すら「こちらのほうが、ご友人の態度も柔らかく、体感およびデータ両方で視線をいただける時間が大幅に伸びたことを確認しました」といたって満足げである。
三週間たった今でも、コヨーテスは困惑の渦中にいるというのに本人は呑気だ。女性の体に合わせいつものスーツを新調し、ドーザーにおいては異質な優美さを相も変わらず演出している彼女は――
そして今、その彫像のような美貌を毒々しい売女のような衣服で無残に塗りつぶしていた。
「……何故、ですか?」
スツールに腰掛けたボスに対して、ゆっくりと言葉を選んだつもりだったが、声には既に疲労が滲んでいた。
普段まとめている髪は下ろされ、出処不明の高価なジャケットは真っ赤なフェイクファーに取って代わられている。衝撃的なのはその下、ブルーのレオパード柄のインナーもはや下着として差し支えない。黒のレザースカートは一応ロング丈だが、深いスリットが慎ましさとは対極の立ち位置を指し示している。誰がどう見ても、品のないドーザーの女。目の毒なのに目が離せない。
他の人間が着ていても何一つ気にならないが、彼女が身に着けているとなると話は別だ。これを見たのが自分でなければ、自ずと今すぐ人生のレールを破滅コースに切り替えていただろう。
「ふふ……どうでしょう。変ですか?」
「……理由を、お伺いしても。せめて、思考が追いつく程度に」
「こういった服装の方を視界に収める秒数が有意に長く……ええ、ご友人が好むかと思いまして」
単純明快にして理解に苦しむ答えだ。曲がりなりにも彼女は男であり、根本的な部分では何も変わらない。それが傭兵一人を籠絡するのにこんな格好をして。自分の趣味であればまだ理解の余地もある。だが、これはれっきとした〝恋〟のつもりであるから手に負えない。
ただ、困ったことにブルートゥの〝推測〟は外れていないのだ。女性になったブルートゥへに対するレイヴンの反応は目に見えて変わっている。身長かはたまた別の要因か、〝何か〟に気を取られて、逃げるよりも先に目が泳ぐ。後ろで見ている自分さえそう思うのだから、本人からしたら本当に都合がいいのだろう。
「賭けますか?」
足を組むブルートゥ。腰骨に這うような骸骨の手のタトゥーが、深く入ったスリットから覗く白い腿が、この場を支配しているとしか思えない。首を振るのがやっとだ。
「確かに、確実なものでは賭けが成立しませんね」
「……ボスを止められないことは承知ですが、綺麗な姿のまま、あの傭兵に会いたいのであれば、目的地につくまで上に別のコートを着るべきです」
娼婦と間違えられ、声をかけられたボスが笑顔のまま返り血で赤く染まることくらい想像に難くない。ボスは首を傾げつつ、何も理解していないような顔で、それでもロングコートを一枚手に取った。
「本日は偶然、闇市でお会いする予定で……」
語り口から破綻している。偶然ではない。あらゆる動線がすでに、ブルートゥの思惑で計算されている。
だがそれを指摘しても無駄だと、私はよく知っていた。本人が〝偶然だと思いたい〟のなら、それがすでに現実になるのがこの頭目なのだ。
「サプライズを仕掛けたら、手を繋ぐ許しくらいは与えてくれるでしょうか」
ちぐはぐにも、その笑顔にはどこか純真さが見え隠れしていた。