ゼノはこの部屋を包む気体に意識が溶けてしまいそうだと思った。濃厚な薔薇の香りとチョコレートの匂いが混ざって、つけすぎた香水のように甘ったるく脳血管の端までその香りに浸されているような気分になる。
大人の男二人で座ると窮屈なソファに、さらに窮屈なことにみっしりと横たわっている。ゼノは後ろからスタンリーにしっかりと抱きしめられていて身動きが取れずにいた。
二月十四日バレンタインデー。二人でバラを買ってきて、二人でチョコと料理を作り楽しく食事をとって、デザートにそのチョコを食べながら映画を観て、夜はベッドで一緒に、という過ごし方がいつの間にか毎年恒例になっていた。
今年も途中までは例年通りだったのだが、チョコに入れようとしていたブランデーを飲みたいとスタンリーが言い出した。ちょうどチョコレートの湯煎をしていたところだったので、ゼノは温めてスタンリーに差し出した。そうしたら思いの外酔いがまわったようで、スタンリーはゼノを引っ掴んでソファになだれ込んでしまったのだった。
「スタン……そろそろ離せないかい」
ブランデーをあげるだけのつもりだったゼノは、湯煎にかけっぱなしにしてしまったチョコはもうダメだな、と少し表情を曇らせた。
「……寝てるのかい?」
ゼノは抜け出そうにもスタンリーの手と足が強く巻き付いていて、全く動かせない。耳の後ろやうなじに彼の吐息が規則的にかかり、腰にはゆるく存在感を示す彼のものが触れていて気になって仕方がなかった。
「……寝てねえよ」
少し遅れてスタンリーの声が響き、耳元で囁かれたゼノが身じろいだ。
「ん……なら、離してくれないかな……チョコを作り直さなけれ、」
最後の一言をゼノは言わせてもらえなかった。頭の下から回されていた手に顎をとられ、斜め上をぐっと向かされて後ろからキスをされる。
「ふ……っ……」
熱い吐息と唇。濃いアルコールの香りにゼノも酔いそうだと思った。どうしたと言うのだろう。いつもはゼノが困ることをしないスタンリーが今日はもう二回もゼノを困らせている。
「ゼノ、俺のこと好き?」
「え……」
「聞かせて」
ぎゅう、と抱きしめられる腕に力がこもる。後ろから抱きしめられているため顔が見えない。
「らしくないね、スタン」