Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    柿村こけら

    絵文字連打ありがてえ〜!!

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 23

    柿村こけら

    ☆quiet follow

    劇場版公開まで勝手にゆたまきカウントダウンするやつ〜未来のゆたまき編〜

    #ゆたまき
    teakettle
    ##呪術

    薄明、自信、ダブルベッド。 喉が渇く。
     運動しすぎて汗をかいたときだとか、地獄の業火のような炎に晒されたときだとか、そんな遠い昔を思い出した。遠いと言っても、まだ五年も経っていない。振り返ればすぐそこにある過去の話だ。十年以上前、実家で直哉のサンドバッグにされていた頃だって喉は渇いていたはずなのに、それよりもたった一瞬の敗北を思い返す。
     おかしなものだ。十年以上も足蹴にされていたことは記憶の遥か彼方に飛んでしまったのに、一分にも満たない戦いのことばかりが思い返される。最初は夏油傑、次は漏瑚と名乗る特級呪霊。そのどちらも真希に圧倒的な敗北を刻み付けた。思い返すと悔しくて悔しくて仕方ない。
     水でも飲んでこようと思って起き上がろうとしたら、ぐっと手首を掴まれた。
    「まきさん……?」
     目も開いていないのに名前を呼んできた男は、しかししっかりと真希を掴んだままだ。火傷痕の残る手を離すまいと捕まえる彼は寝起きで加減ができていないのかそのまま真希を自分の方に引き寄せて、広い胸板に留めてしまう。
    「んん……」
    「ちょっと水飲みに行くだけだよ」
    「みず……みず……」
    「寝惚けてんなら離せバカ」
     そう言って小突いてやっても、憂太はまだ覚醒してはくれないようだった。それどころか夢の中と現実とを混同しているのか、真希の腰に腕を回してくる。細い腰を包むように腕を回した彼がかつてモヤシ扱いされていたことなど、一体誰が信じるだろうか。
    「おい、憂太」
    「んんぅ……」
     真希を抱き枕に二度寝を始めた男は、梃子でも腕を離す気がないようだった。天与呪縛のフィジカルギフテッドである真希からすれば、いくら相手が特級術師の憂太と言えどこの程度の拘束から抜け出すことは赤子の手を捻るより簡単だ――真希の腕力で捻られた手の方はまず間違いなく骨折するが。
     溜息を吐いて、真希は水を飲みに行くのを諦めて布団を被り直す。十二月ということもあり室内は冷え切っていた。布団に入ってしまえば暖房を使うほどでもないからと加湿器だけを動かしている部屋の中、冷気から逃げるように布団をつま先まで引っ張る。二人で眠っても余裕のあるベッドの中、ぴったりとくっ付いているせいで面積は半分ほど残ってしまっていた。
     首筋に当たる寝息を感じながら、真希は眠るために瞳を閉じる。火傷痕の残る腕をさすって思い返すのは数年前の冬のこと。怪我自体は憂太の反転術式で治してもらったが、傷跡までは治せないせいで彼女の全身には火傷の痕が残ったままだ。右目は焼け爛れて見えなくなったし、見た目がグロテスクなせいもあって包帯は外せない。
     けれど、生きてはいる。
     羂索との戦いを生き抜いた者たちは、今も方々で術師として活躍していた。東京の都市機能は相変わらず完全復興とはいかないが、それでも着々と再建が進んでいる。
     けrど反面、世界がゆっくりと復興へ向かっていくのを間近で見ているからこそ、真希は自分がこうして生きていていいのかとも思ってしまう。何せ一族徒党を鏖にした張本人だ。妹や禪院に名を連ね消えていった犠牲者たちの敵討ちでもあったとはいえ、真希の手は守るためではなく人をの命を奪っている。それが結果として羂索を打ち倒すための一手となったことは間違いないが、それでも。
    「……」
     かつて悠仁が零した言葉を思い出す。渋谷を壊滅に追い込んだ自分が生きていいのか、と、彼は確かにそう言った。ぽつりと零したのは、吐き出したいからだったのかもしれない。五条や恵は悠仁の行いを責めないし(大体、身体は彼のものであったとしても実行したのは宿儺だ)、真希だって悠仁が自らの意思で行ったわけではないのだからいつまでも抱える必要はないと思っている。けれど彼と違って、真希は確実に自らの意思で、自らの手で、禪院家を壊滅させた。かつて憂太に語った「禪院家ぶっ壊す」などというまやかしではなく、圧倒的な力による蹂躙だった。真希に頭を下げ許しを乞うた者だっていた。それを赦さず、刃を振り下ろしたのは他でもない自分自身だ。踏むべきブレーキは壊れていたし、仮に壊れていなかったとしても踏むことはなかったと思う。
     一人を殺せば人殺しでも、数千を殺せば英雄だ。けれど英雄は、自らが作り出した屍の上に成り立つ世界を見て何を思うのだろうか。
     背中に当たる鼓動を感じながら、真希の目は覚めていくばかりだ。妹の後を追おうにも、禪院真希は呪術界に必要不可欠な戦力になってしまった。ただでさえ万年人手不足なのに、ここで一級術師が欠けてしまっては日本中に残っている呪霊を祓うスピードが落ちてしまう。この戦いが終わったら、この仕事が片付いたら、後進が育ったら、そう言い訳をして生きているうちに、世界は元に戻ろうとしてしまっていた。呪霊が後天的に発生する以上、呪術師が不要になることはきっとないだろう。だとしたら――死んでいる暇なんて、きっとない。
     考えれば考えるほど目が冴えていく。カーテンの隙間から僅かに見える外は仄青い。また朝が近付いていることを疎ましく思いながら、溜息を零す。
    「……死ねたら、良かったのかな」
     吐き出した言葉は空気と同じくらい冷たかった。死ぬのは簡単だ。いくらフィジカルギフテッドと言えど、死のうと思えば手段はある。けれどそれらを選べなかった。遠回りな理由ばかり付けて、双子の妹が待つ遠い海の向こうへと一歩を踏み出せずにいる。
    「真希さん」
    「っ……オマエ、起きてたのか」
    「ううん、今起きた」
     ふぁあ、と欠伸を零すと、憂太は真希の腰に回した腕を少しだけ緩めた。ぐるりと腕を引き寄せられ、真希の身体が反転する。冴えてしまった目は暗い部屋の中でもしっかりと憂太を視認した。
    「なんかぼやぼやしてたんだけどね、真希さんが……その。あんなこと言うから、目覚めちゃった」
    「……ん」
    「真希さん、死ぬ気だったの?」
     こつんと額をぶつけられながら問われて、真希は言葉に詰まる。正直なところ、自分でもよく解らない。死にたいと、死ななくてはと、そう思ったことは確かにある。けれど本気ではなかったのではないかと言われればその通りでもあるのだ。かつての憂太や悠仁のように死刑執行が決まっていればそれを受け入れることはあっただろうが、真希は赦されてしまっていた。いっそ殺しに来てくれればいいのにと願ったこともあるけれど、五条が復活した今となってはそんな無理が通るわけもない。
    「オマエや悠仁と違って、私は自分の意思で人を殺した。真依だって死んだ。それなのに私だけ生きてるっつーのは、筋が通らないだろ」
    「そんなこと……」
    「人手不足だから死ぬわけにいかねえって思って、ずっと戦ってたけどな。復興が進んでるのを見ると思うんだよ。……もう、死んだ方がいいんじゃねぇかって」
     自暴自棄だと捉えられても良かった。向き合ったまま吐き捨てるように告げると。腰に回された憂太の腕に力が込められた。ぎゅうと抱き寄せられて、すぐ近くで憂太の瞳が瞬く。
    「生きてよ、真希さん」
    「……」
    「生きてる自信がなくなったら、僕が何度でも真希さんを支えるから。だって、真希さんでしょ? 僕に生きる自信をくれたのは」
    「憂太、」
    「戦う理由なんて人手不足だからでも何でもいいよ。確かに真希さんはたくさんの人を殺したし、罪がないとは言わない。でも、だから何? 僕はそれでも真希さんに生きていてほしい。呪いを祓って、祓って、祓いまくって――真希さんが生きてていいって、みんなに認めてもらおうよ」
     だって僕は。
     そうやって――生きてきたんだから。
     心のやわいところにするりと入り込まれたみたいな気分だった。ぼろぼろと溢れてくる涙が止まらない。憂太はそんな真希の頭に手を遣ると、よしよしと撫でてくれた。手のひらから伝わってくる温かさが余計に真希をぐちゃぐちゃにしていく。愛ほど歪んだ呪いはないと、かつて担任だった男が言っていたのを思い出した。ああ、確かにそうだ――これは呪いだ。これだけ愛されていることを知っていて、死ぬことなんてできるわけもない。だからずっと、この世に留まってしまうのだ。海を渡ることは、しばらくできそうにない。
    「……ははっ。オマエにあんなこと言っておいて、私が気弱になるなって話だよな」
    「弱い真希さんも可愛いけどね」
    「そういうの今は求めてねぇから」
     つま先で軽く蹴飛ばせば、ごめん、と返ってくる。照れ隠しのように憂太の胸板に頭を埋めると、真希はそっと目を閉じた。混線していた思考はすっかりクリアになって、ほっとしたせいか眠気がようやくやってくる。
    「寝直す」
    「うん。今日は僕も真希さんもオフだし、ゆっくりしようよ。起きたらご飯作るし……真希さん、何か食べたい物ある?」
    「んー……」
     とん、とん、と、背中を憂太の指にあやされるように叩かれるせいか急速に頭が回らなくなる。微睡に身を任せながら真希が拾い上げたのは、いつかの明け方に飲んだココアのことだった。冷え切った指先に当てられた缶は、背中に回る手のように温かかったことをひどく覚えている。
    「……ココア、飲みてぇ」
    「ココア? うちにあったかな……」
    「なかった、ら……買いに行けば、いーだろ……コンビニ、」
    「……ん、そうだね。一緒に行こ、真希さん。……おやすみなさい」
    「ん、ぅ……」
     瞼が完全に閉じて、視界が黒に塗り潰される。
     一分と経たないうちに寝息を立て始めた真希を見下ろすと、憂太も肩の力を抜いた。冷えないようにしっかりと首元まで布団を引き上げてから、腕の中の真希をぎゅうっと抱き締める。耳を澄ませば窓の向こうから車の走る音が聞こえた。きっと、復興資材を運んでいる大型トラックだ。
     ふぁ、と欠伸を噛み殺す。真希の体温を確かめるようにその背中をさすって、憂太は彼女と同じように朝へと続く微睡に落ちていった。



    2021.12.24 柿村こけら
    劇場版公開おめでとうございます!!!!
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💞👏👏👏👏👏💗💗👍😍💖👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works