エアコンが効いてひんやりとした教室の中、ぼんやりと窓の外を眺めれば、キラキラした陽炎が揺らめいていた。加えて、青々と澄み渡る空と、空高く立ち登る真っ白な入道雲。
夏のはじまりを感じる景色が窓の外に広がっている。
「…それじゃあ、事故に気をつけて夏休み楽しむんだぞ〜。課題も忘れずにな」
担任のナギサがそう言い終わった瞬間、教室内にチャイムが鳴り響く。
帰りのホームルームが終わり、挨拶をすればいよいよ夏休みが始まる。男子生徒をはじめ、生徒達が「やったーっ!」といつもより大きく歓喜の声をあげている。
賑やかな教室、廊下をバタバタと駆け回る足音。
待ちに待った長い夏休みのはじまりに、校内はいつもよりどこか賑やかだった。
そんな生徒達とは逆に、八尋寧々は静かにぼんやりとしてどこか虚ろな瞳で窓の外を眺めていた。
先日までの出来事がすべて夏の幻だったのかと思うくらいに、楽しみにしていた宿泊合宿の日に日常が一変した。
宿泊合宿。
六番とスミレとの出会い。
親友赤根葵の死。
断絶。
怪異の消失。
花子の言葉。
あの日の出来事を思い出しては、幾度となく泣き続けていたせいか、今朝洗面所の鏡を見た時は、普段は二重なはずの瞳も奥二重に見えてしまうほどに腫れて、酷い顔をしていた。
ぼんやりと空を眺めていたら、寧々の元にパタパタと三人のクラスメイトが上機嫌にやってくる。
「ねえ寧々ちゃん!大丈夫…?」
「今日から夏休みだよ!楽しまなきゃ!」
「もしかして…課題が嫌なの?」
「課題は…いやだよね……はぁ」
「あ!課題終わらせたら海に行かない?夏祭りも行きたいね!」
「いいねそれ!行きたーい!」
「あ、でも園芸部忙しい?一年生ってたしか寧々ちゃんと田中さんだけだもんね…」
畳みかけるように話しかけられるが、どこか上の空な様子の寧々は、園芸部が二人だけ、と言われ違和感を覚える。
「……アオイも、いるよ…」
「あおい…って蒼井茜くん?」
「蒼井くんって生徒会副会長だよね?」
他のクラスメイトと話をしていても、教室内を見回しても、いたはずの赤根葵が存在していなかったことになっている事実を突きつけられ、視界がじんわりと涙が滲む。
──アオイちゃんが代わりに死んだから。
花子の言葉が頭の中でぐるぐると繰り返される。
夏休みは、葵と一緒に部活をして、海に行って…彼女と一緒にたくさん楽しいことをする予定だった。そして、花子や光と三人で一緒に過ごす、そんな楽しい夏休みになるはずだった。
それなのに。
ボロボロと大粒の涙が溢れてきた。
「寧々ちゃん、泣いて…大丈夫?茜くんになにかされたの?」
「……ちが…ちがうの…………」
大丈夫?どうしたの?と友人に背中をさすられながら、寧々は嗚咽を漏らす。
しばらく泣き、少し落ち着いたところで心配してくれたクラスメイトに感謝と別れを告げると、教室をあとにした。
そして、出会った日から起きた出来事を思い出しながら、旧校舎三階へフラフラとした足取りで赴いた。
─────
旧校舎三階女子トイレ。
一番奥の個室の扉。
呼び出し方はノックを三回。
コン、コン、コン。
外の賑やかな喧騒とは異なり、静寂に包まれた女子トイレにノックの音が鳴り響く。
神に祈るように手を重ねると、スゥ、と大きく息を吸い、緊張で震える唇から彼を呼び出す言葉を紡ぐ。
「………花子さん、花子さんいらっしゃいますか?」
震える声は静寂に飲まれ、辺りは再び静まり返る。今まで当たり前だった日常は、変わってしまった。
──俺も…ヤシロと一緒に生きてみたかったな。
そう言い残して消えていく彼に、抱きしめられたぬくもりが、残ったまま。