握りあった手に汗が滲んで少し滑る。離れないよう、離さないように固く力を込めながら、その日、二人で捨てられた地に降り立った。
羽を集めに様々な場所を飛んできたが、この場所だけはどうも慣れる事が出来ず。普段であれば誰かに―――といっても、金歯に連れてきてもらう事がほとんどなのだが―――手を引いてもらって集めてきた。
けれどもその日、彼は大切な仕事があると行って出かけており、毎度毎度引いてもらうにも気が引けて、二人だけでこの場所をゆっくりと飛ぶことにしたのだ。泥沼に足を取られぬよう、羽の光が消えてしまわぬよう、そして手が離れてしまわぬように濁った空の中を舞う。
来るたびに教えてもらう安置を脳内でシュミレートしながら、四匹の暗黒竜が巡回する場所の手前で立ち止まった。ここさえ抜けてしまえば、あとはどうにでもなるのだが……。
「ゆっくり行けば大丈夫かな」「羽は回復してるから、まず光の子に近い物陰に行こう」
上から見下ろしながら、入念に道筋を話し合い、一度呼吸をしてからふわりと身体を浮かせる。握り合った手の温かさだけが支えだった。
何度も何度も、嫌な顔一つせずに同じことを繰り返し教えてくれた彼のおかげか、すぐ横を不気味な音を立てながら竜が通り過ぎていく事はあったものの、見つかる事も無く、危なげもなく順調に光の子を見つけ、その羽を貰っていく。
最後の一枚を取る前に、物陰でまたじっと身をひそめる。小さな空洞の中にぼんやりと上を見上げる子どもの姿が見て取れた。「ここが終わったら、一回帰ろうか」「そうだね」緊張と恐怖で滲む汗は冷たい。二人で深く深く呼吸をした、その時だった。
不気味な声と赤い光が周囲を照らす。驚きと焦りのまま振り返れば、地面からじっとこちらを見る巨大な影がそこにいた。「なんで地面から」「コウ!!こっち!」
わからぬままに慌てて引かれるままに飛び立つが、慈悲もなくこちらに襲いくる暗黒竜が眼前に迫り、避ける術もなく身体がみしりと鳴る音を聞いた。
あれだけ“離れないように”と固くつないでいた手が解ける。
衝撃と痛みで飛びかけた意識を無理矢理引き止め、身体を起こす。
遠くで倒れたままの片割れの姿に呼吸が止まり、考えるより早く足が動いた。
どうにか近付き身体を支えると、同じように意識が戻った姿を見て安堵したのも束の間
再度、張り詰めた音と赤が辺りを染めた
飛び立つだけの羽は無い、再び繋ぎ合った手をどちらとも無く引き合い、岩影に向かって駆け出した
弓を引き絞るような張り詰めた音が徐々に高まる。再びくる衝撃を想像し、恐怖で強張る足をただただ動かした。
低く唸る声と空気を切り裂く音、ぐっと閉じた目と突き飛ばされるような感覚
けれども、想像していた痛みは無く
恐る恐る開けた目に、自分達を庇うように倒れ込むゼンの姿が映った
「何してるんだ馬鹿共!!」
怒鳴り声と一緒に差し出された手を取り、ぐいと引かれる。背後からまた暗黒竜が迫る音は聞こえたが、それよりも早く洞窟へ滑り込み
そのまま飛び続ける内に座礁船の場所まで来ていた
安堵と驚きのまま何も言えずに居ると
「あぁクソ、ケープが汚れた」と苛立つ声と共に「ホーム!」とまた怒鳴り声が響く。
慌てて座り込み淡い光に包まれ、目閉じれば、穏やかな風の流れるいつも通りのホームに戻ってきていた。
ふと手のひらを見るとヒビが入っていたが
2人で身を寄せている内に徐々にそれも薄まって行くだろう
顔を上げて、お礼を言おうと口を開くが既にその背中は書庫へ向かい消えていった。
引かれた手の感覚をふと思い出す。二度と無いだろうと思っていた
それは記憶よりもずっと冷たかった。