なぜ、吉郎だったのか「「シキって、パニカさんが初めて付き合う相手なんだって」」
心地良い風が吹き暖かい日差しが眠気を誘う午後の草原
芝生の上に寝転んだコウとソウが何気なく呟いた。
「そ、そそうなのか」
唐突に告げられた言葉に「お前達は?」という疑問をギリギリで喉奥へと押し込み相槌を打つ。
そういえば、コウとソウに過去に恋星が居る可能性について考えた事は無かった。自惚れでは無く、彼等が自分以外の誰かに思慕の念を抱く姿が想像できない程、彼等は惜しみ無く愛情を俺にぶつけてくれていた。
「シキが誰かと付き合うのなんて想像出来なかったよねぇ」
「押しに負けて恋星が居た事はあったけどねぇ、その後ビンタされて別れてたけど」
ごろごろと身を捩りながら、クスクスと笑い混じりに話し続ける声を聞きながら心臓がうるさい程に鳴った。
コウソウの過去に恋星が居たという事実があったとしても、自分は変わらずにコウソウの事を好きでいるし、むしろ過去の奴等よりも愛せる自信がある。けれども、コウとソウが自分以外の誰かに懐いて『吉郎(仮名)、好きだよ』なんて言葉を言っていたと考えるだけでモヤモヤとした何かが腹の底に溜まり「俺の方が好きなんだからな!!!」と謎のマウントを取りたい衝動に駆られてしまう。
吉郎(仮名)という、突然現れた架空のライバルからのコウソウを奪い取る妄想が脳裏で繰り広げられ、両隣でのんびりと会話を続ける2人の肩を抱き引き寄せた。
「「金歯ちゃん?」」
一瞬ポカンとした表情を浮かべてこちらを見ていた2人だったが、すぐにクフクフと笑いをこぼしながら抱きつき返してくる。その姿に胸をぎゅっと掴まれるような愛しさが溢れてきた。
「コウソウは、吉郎より俺の方が好きだもんなぁ」
「「吉郎って誰????」」
絞り出すように溢れた言葉に2人が動揺しながら、抱きつく力を強める。
「「俺達、金歯ちゃん以外に好きな星いないよ?」」
「本当か?今までも?」
「「金歯ちゃんが初めてだよ」」
そう答えた2人は両側から軽く頬へ口付けを落としながら、ふっと笑ってみせた。
「俺達が話してる間、そんな事考えてたの?」
「金歯ちゃん、なんかモニョモニョしてたもんね」
「あー、すまん」
「「いいよ」」
晴れた空と暖かな風が吹く。柔らかな草の感触と匂いに身を委ねながら過ごす昼下がり。
じわじわと心の奥底が温まるような、少し恥ずかしいようなそんな気がした。