笑い声が聞こえた。
背筋に何かが駆けたような感覚に、少しだけ戸惑う。中途半端に刻まれた食材をそのままに、早足で家を出て彼ーーサンの所へと向かった。
一瞬の暗転の後、目に飛び込んだのは捨て地神殿前。滅多に見ない暗黒竜が不気味な音を立ててゆらゆらと空を飛ぶ光景に、心臓が痛い程に鳴った。
ーー違う、ただの気のせいだ、大丈夫だ、大丈夫だ
そう自分に必死に言い聞かせるが、指先から凍るような感覚は消えてはくれなかった
「サン」
名前を呼ぶが返事は無い
けれどもともすれば聞き逃してしまいそうな程に小さい鳴き声が聞こえた。
冷たい青い光を避けながら、その場所へ近付く。いつの間にか駆けていた、足元で澱んだ水が跳ねる
荒い息のまま、辿り着いた物陰を覗き込む
やはりという気持ちと、違うと否定したい気持ちが脳内を支配して上手く思考が出来ない
そこには、見慣れた彼が、見たことの無い姿へと成り果てて倒れていた
「サン!!!!」
触れた身体はゾッとする程に冷たい。右足と右腕は既に無くなっていた。着ていたケープを乱暴に脱ぎ捨てて、溢れていく光を押さえるが、もう遅いのは一目瞭然だった
「サン!!!おい、サン!!」
どうすれば良いのか、刻一刻と冷たく固く変わっていく身体をただただ抱きしめながら、悲鳴にも似た声で名前を呼ぶ
その時、耳に届いた僅かな笑い声に顔を上げる
誰でも良かった、助けを呼ぼうと物陰から出て笑い声の方を向いた瞬間
そいつは、こちらを見て笑っていた
脳の芯から急激に冷えていく、全てを理解した。理解してしまった
“あいつのせいだ“と
「ぜ、ン」
怒りに目に端が赤く染まっていくように思えた、何を叫んだかは覚えていないがその声は、自分の名を呼ぶ弱々しい声に遮られた。
閉じたままだった瞳が、薄く僅かに開き
いつもの困ったような顔でこちらを見ている
「サン!!!おい聞こえるか、帰るぞ、ここじゃダメだせめてホームに」
慌てて駆け寄りサンの身を起こそうとするより先に、持ち上げられた手が頬に触れる
「ごめんな」
「サ、」
どこまでも透明な亀裂音が広く響く
砕けた身体は、
もうどうしようもなく”物“だった。
ーーーーーーーー
泣き声が聞こえる。
それはコウとソウ、そしてシキのものだった
作った墓は白み始めた空の光に照らされ、添えられた花は、柔らかく美しかった。
離れた場所から何も言わず、何も言えずに立ち尽くし、掌の中に残った一片の欠片を口に入れ、そして噛み砕いた
その音は、口内で、身体の中で響いていたが、脳裏に残るあの笑い声は消えないままだ。
嚥下し、ゆっくりと目を開ける
もう何も迷いは無かった。