夜中に目が覚めた話ふと、真夜中に目が覚めた
酷く優しくて、暖かくて、美しい夢だった気がする。
蒸し暑い夜が続く、夏の夜の事だった。
近くを走る車のエンジン音だけが、近付いては離れて行き、秒針の音と混ざって部屋の空気を少しだけ揺らした。
いつの間に眠ってしまっていたのかはわからなかったが、机に突っ伏していたせいか身体の節々が痛い。
ため息をつきながら立ち上がり、軽く関節を伸ばせば、小気味良い音が僅かに響く
ふと、書き起こしたスーツのデザイン画に水の跡が滲んでいる事に気が付いた。不思議に思いながらも指先でなぞり、それが自分の頬をつたって落ちた涙である事にすぐに気が付いた。
本当に綺麗な夢だったように思う。
風を切る音が響き、透き通った光に包まれ、踏み締めた場所には鮮やかな花々や美しい蝶が舞い
心地よい浮遊感と、繋いだ手に引かれるままに身を委ねて、駆けて、そしてーーー
「空……飛んでたなぁ……」
風の音が聞こえる。それは扇風機がこもったままの部屋の空気を掻き回す音だった。
髪をほどきながら立ち上がる。
眠気を覚ましたくて、顔を洗いに洗面所へ向かいながら、僅かに痛む頭を抑えた。
仕事はまだ終わってない、先日パニカさんから依頼されたスーツの型紙はまだ定まっていないままだし、仮縫いを繰り返した布が床や机に溢れている。それに店にない布のサンプルを取り寄せようと思っていたのに電話が後回しになっていた。
そういえば、コウとソウが時間のある時に連絡を寄越すように言っていた気もするし、職場に置いたままだった試作品のネクタイはどうしたんだったか
ぐるぐると頭の中を巡る考えは、洗面台を流れる冷たい水に触れ、ふと止まる
顔を上げれば、笑える程に疲れ切った自分の顔が映っていた。
ーー忙しいのは大丈夫だ、好きな事を仕事として出来ている俺は幸せ者だ。
頭の中に次々に浮かぶアイデアを描き起こして、形にしていく過程は何にも変えられない高揚感を俺に与えてくれる。
こんなにも満たされているのに、何かが足りない
何かが、なにかが
誰かを裏切っているような、大切な物を見落としているような焦燥感が胸の奥でずっと渦巻いている感覚にぐっと目を閉じる。
ふと、見た夢を思い出す。
本当に綺麗な夢だった。深く広く透き通った空が、湧き出る透明の水が、空を舞う生き物が……?
違う
引かれた手の先に居た誰かが、こちらを見て笑っていた。
それが本当に、綺麗だったのだ
その人が
ーーまだ、思い出せない