その日は、少し肌寒い日だった。
自分達が何処にいるのかわからない、ふわふわした感覚
ぼやけた輪郭が徐々にはっきりしてくるにつれて
隣で抱き合っていた相手のぬくもりに気付き
もぞもぞと身じろぎをしながら、狭いソファから落ちないように身体を起こす。
そうか、自分達は今、金歯ちゃんの家に来ているのか
あくびを一つ零し、ぐっと伸びをすると背骨辺りからポキリと小気味よい音を立てた。
その日、約束も無しに彼の家を訪れた俺たちは、金歯ちゃんが留守だったことに落胆し
悲しさとも寂しさともつかない感情のまま、玄関先に座り込んだ。
しばらくは他愛もない会話を繰り返していたが、
徐々にそこからの記憶が曖昧な事を思うと、恐らく自分達はそのまま眠ってしまい
帰宅した金歯ちゃんが抱えて家に入れてくれたのだろう。
相変わらずの優しさに、胸の奥からぐっと愛しさが溢れ、口元が緩む
それとほぼ同時に、目の前に香った美味しそうな匂いにつられ
キッチンへと目を向ければ、金歯ちゃんが何かを作る姿が目に入った。
静かな室内に響く、何かがクツクツと煮込まれる音とその背中をしばらく見ている内に
じんわりと、温かい何かが胸の一番奥の方から溢れてくるのがはっきりとわかった。
「幸せだね」
「幸せだねぇ」
ずっと見ていたい気持ちと裏腹に、身体が動く
こちらの動く音に気付いたのだろう、柔らかい笑みを浮かべたまま金歯ちゃんが振り向く。
何か言いたい気もしたが、それよりも
彼の頬に唇を寄せて、軽いリップ音を響かせれば
驚きに見開かれた目と、徐々に赤く染まっていく顔が見えた。
「雄一郎、なに作ってるの?」「なに作ってるの?」
呆然とこちらを見たままの彼に呟けば
はっと我に返った金歯ちゃんがこちらに向き直り
ぐっと引き寄せられ、力を込めて抱きしめられる。
「今日はシチューだぞ」
耳元で低く優しく呟かれる声に心臓が高鳴る
それに気付いてか、唇に柔らかいに何かが触れ、それがキスであると気付くと同時に
コウにも同じようにキスが落とされているのが見えた。
「おはよう、コウ、ソウ」
「「もう夕方だけどね」」
抱きしめられたまま呟けば、唐突にお腹が切なく鳴く
きょとんとお互い顔を見合わせ、そして
どちらからともなく、笑いあった。