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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    ☆くんが身篭った話。3

    もう一話続きます( ˇωˇ )
    終わらないとは思った…知ってました……。

    誰の子?3(司side)

    「可愛いねぇ」
    「………お前は暇なのか…?」
    「様子を見てほしいと君の御両親にも頼まれているからね」
    「…………だからって、毎日来なくてもいいだろう…」

    じとっ、とした顔を向けるも、類は気にも止めていないのか、顔を上げない。ベッドサイドに置かれたベビーベッドを覗き込んで、だらしなく顔を弛めている。丸い頬を指でつついて、とても楽しそうだ。
    産後すぐの数日は病院で過ごす事になっている。その間、毎日のように類が顔を出すのだ。態々来る必要もないのに、こうして理由を付けて見に来る。本人はきっと、産まれたばかりの子どもが可愛くて仕方ないのかもしれんが…。

    (……喜び過ぎだろう…)

    毎日来ては子どもの眠るベビーベッドをじっと見ている。大して動くわけもない。笑うこともない。ただ時折泣いては眠るを繰り返す赤子を、『可愛い』と何度も繰り返して見つめている。変な奴。ふにゃふにゃの顔をする類をちら、と見て、小さく息を吐く。

    オレが無事出産した時の類もすごかった。長時間の痛みと苦しさでぐちゃぐちゃの顔で呆けていたら、分娩室に類が飛び込んできたのだ。こちらは疲れ果てていてぐったりしているのに、鬼気迫る様な顔をしてまっすぐ側まで来るから驚いた。手が掴まれて、ずいっ、と寄せられた顔に瞬きすら出来ずにいれば、『大丈夫?!』と問いかけられた。もう訳がわからん。

    (………温かかったな…)

    訳が分からなかったが、握られた手が温かくて、不思議と安心した。痛みも不安も全て吹き飛ぶような そんな感覚に、無性に泣きたくなった。もっと早く来い、と文句を言ってやりたくなって、飲み込んだ。言いたい事は山ほどあるのに言いたくなくて、ただ類の手を額に押し付けるだけに留めた。じわ、と滲んだ涙は気付かないふりをして、黙って類の手を握り返す。
    咲希から、『るいさんも来てたよ』と聞いた時、呼んでもらうか悩んだ。だが、“入らない”ということは、“そういう事”なのだ。あれだけ人の旦那と勘違いされて否定しなかったくせに、こういう時だけは真面目な奴である。
    『司くん?』と問い返されたタイミングで、助産師さんが産んだばかりの子どもを連れてきてくれた。脂を落としてすっかり肌が赤くなった子どもに、また じわぁっと涙が滲んだ。ぎゅぅ、と強く手を握り締められ、隣を見れば、オレよりもぼろぼろと大粒の涙を流す類がいて、思わず涙が引っ込む程驚いた。オレの家族も助産師さんも笑っているし、後から入って来た寧々は呆れていた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、普段の類からは想像出来ないほど情けない声が聞き取りづらい言葉を発していて、なんとも面白い状況だった。寧々とえむに連れられて部屋を出ていく類を見送って、なんだかまた一段と疲れた気がした。
    咲希を筆頭に家族にからかわれるし、助産師さんには笑われるしで、大変だった。
    それでも、泣く程喜ぶ類を見られたから、当初の目的も叶ったのかもしれん。

    ふにゃふにゃの顔でベビーベッドを見つめる類の袖を、そっと摘む。くん、と軽く引けば、その顔がパッ、とこちらへ向けられた。「どうかしたかい?」と問い掛けられて、つい口元が緩む。

    「抱いてみるか?」
    「いや、それは遠慮しておくよ。落としてしまいそうで、怖いからね」
    「オレだって怖いんだぞ。試しに類も抱いてみろ」

    のそのそと布団から起き上がって、ベビーベッドを覗き込む。お包みに包まれた赤子の首に腕を回して、そっと持ち上げる。抱き方は、助産師さんに何度も聞いた。まだまだ怖いが、明日で実家に帰る事になるのでいつまでも怖がっていられないだろう。
    抱き上げた赤子を類の方へ向ければ、恐る恐る類が近寄ってくる。

    「腕で輪っかを作るようにして、首を支えるんだ。落ちないよう体に寄りかからせるように抱っこすれば大丈夫だと言っていた」
    「…ぇ、と……こう、かな…」
    「そうだ」

    何でもそつなくこなす類が、産まれたての小鹿の様に震えて赤子を抱く姿は面白い。腕に子どもを乗せて固まってしまった類は、とても緊張しているようだ。オレも初めて抱いた時は、想像以上に軽くて驚いたものだ。持っている感覚がしなくて、なんとも言い難い感覚だった。
    起きる様子のない赤子の頬を指先で撫でれば、小さな手が一瞬反応を示す。ふにゃふにゃとした赤子に、自然と頬が緩んだ。

    「………確かに、可愛いかもしれんな」
    「…可愛いよ。とても、可愛い」
    「……そうか」

    返ってきた言葉に、ほっ、と肩の力を抜く。
    可愛いと、思ってくれるのか。もしや、思い出したのだろうか。いや、そうではないのだろうな。単にオレの子どもだから、か。他人とオレの間に出来た子だとしても、そういう顔をするのか。そう思えるのか。それは、何とも複雑だな。
    素直に喜べないオレの内情には気付かず、にこにこと子どもの顔を覗き見る類に、小さく息を吐く。子どもが可愛くなかったわけではない。そういうわけではないが、ベビーベッドの上で静かに眠る子どもの顔を見るだけよりも、今、類が抱いている子どもがなんとも小さく見えて、可愛いと思った。類がオレより大きいから、不思議と小さく見えるのだろう。そのサイズ感の違いが、なんとも可愛く見える。
    変わらず すやすやと眠る子どもがなんだか羨ましくなって、柔らかいその頬を指でつついてみる。

    「抱っこしてもらえてよかったな、“愛”」
    「………愛…?」
    「まだ申請はしていないが、そう名付けることにしたんだ」

    目を丸くさせる類が、呆気とオレを見る。その顔がまた面白くて、つい笑ってしまった。
    小さな手が、ぴく、と反応して、きゅ、と丸くなる。その手を包むようにそっと握ると、類が小さな声で「いいの…?」と呟いた。

    「……本当に…その名前で、良いのかい…?」
    「オレも気に入ったからな。類の案を貰ったんだ」
    「…………もしかして、…この子の父親の名前に、似たような所があるのかい…?」
    「…む………?」

    先程とは打って変わって真剣な顔の類に、首を傾ぐ。
    それは、よくある『親の名前から一字貰う』というやつだろうか。『愛』という字はどちらの名前にも無いが、確かに父親の名前に似ていないこともない。だが、名前を考えた類が意識していないのだから、オレだって今気付いた様なものなのだが…。もしや、なにかを察してこの質問をしてきたのだろうか。
    どこか緊張した様子の類に目を数回瞬いて、そっと子どもの方へ視線を戻す。

    「……そうだな」
    「………………そう…」

    オレの返答に、小さな声が返ってくる。ちら、と類の顔を覗き見ると、何故か先程よりも真剣な顔付きになっていた。不服そうな、どこか怒っているかのような、なんとも言い難い顔だった。そんな類の顔を見て、『また、失敗したな』と察する。そっと肩を落として、子どもの手を離した。

    「…君が気に入る名前を考えられて、良かったよ」
    「………あぁ、感謝するぞ、類」

    取り繕うような笑顔に、オレも無理矢理笑って返した。

    ―――
    (類side)

    「司くん、今日は僕が愛くんを預かるよ」
    「………」

    またか、と言いたげな顔をする司くんに両手を広げて言外に『任せて』と伝える。
    司くんが退院してから二ヶ月と少しが経った。初めの頃より大分大きくなった司くんの子どもの“愛くん”は、相変わらず大人しい子だ。一日のほとんどを眠って過ごしていて、時折泣いては寝るを繰り返している。そんな愛くんと司くんに会うために、変わらず僕は天馬家にほぼ毎日のようにお邪魔している。
    ついこの前、司くんのお母さんに『類くんのお家でお世話になれば?』と冗談半分に提案され、その話に乗らせてもらおうかと思った矢先、司くんに『それは嫌だ』と即答されてしまった。大学に入ってから一人暮らしをしているので、司くんと愛くんが来るのは大歓迎だ。手厚く迎える準備も出来る。けれど、肝心の司くんには未だに警戒されているようで、毎回こんな感じだ。『いつでもおいで』と何気なく誘ってみたけれど、変な顔をされて終わった。
    あまりに毎日お邪魔しているので、最近では天馬家に僕の生活用品が常備されるようになった。着替えや洗面具だけでなく、専用の布団まで置かれていて、なんだか僕も天馬家の一員になったような気恥しさがある。

    「もうすぐ検診だったよね。僕も一緒に行くから、日時が決まったら教えておくれ」
    「何故類が当たり前のようについてこようとするんだ」
    「荷物持ちもするし、もし買い物があれば、お店の外で僕が愛くんと待つことも出来るよ? あと、この前帰りに見付けたクレープ屋さん、僕が奢るから一緒に行こう?」
    「………………………まぁ、構わんが…」

    じとりとした目がゆっくりと元に戻って、どこか嬉しそうな雰囲気の司くんが小さく頷いてくれる。そのなんとも扱いやすい所が可愛くて、ついつい口元が緩んだ。
    抱っこを代わってもらって、小さな体を腕に乗せるように抱く。最近は愛くんの抱っこにも慣れてきた。夜お泊まりをさせてもらう時は、沐浴も僕がやらせてもらっている。これも慣れてくると とても楽しくて、迷惑がかかるのは分かっていても つい司くんの家にお邪魔してしまう。
    にこにこと愛くんの頬を指で触れる僕に、司くんが小さく息を吐いて頬杖をついた。

    「……もの好きなやつだな…」
    「ん? 何か言ったかい?」
    「いや、なんでもない」

    聞き取れなかった言葉を聞き返すと、彼は首を横に振ってソファーに寄りかかった。うとうととしている司くんに、へらりと笑って、「寝ていていいよ」と声をかける。ん、と返ってきた短い返事の後、目を瞑った司くんから寝息が聞こえてきた。
    なんでも、授乳の感覚がまだ短いので、何度も夜中に起きなければならないらしい。母親は大変なのだと、改めて思わされる。以前にも増して寝不足の司くんを放っておけなくて、日中だけでも休める時間を作れるようにこうして彼の家に来るようにしている。と言っても、大学の授業があるとどうしても来られないので、夕方になってしまうけれど…。

    「素直に預けてくれるようになったし、頼ってもらえてるんだよね」

    前髪を軽く指先で払って、司くんの寝顔をそっと覗き見る。愛くんが眠る時の顔と、どこか似ている気がするのは、親子だからだろうか。ついつい緩みそうになる口元に手を当てて、起こさないようそっと彼の方へ寄りかかる。腕の中でまた眠ってしまった愛くんの寝顔に、目を細めて、僕も目を瞑った。

    ―――

    「…すごいっ…、しっかりしてきてる……!」
    「首が座ると安定感があって安心するな」
    「最近笑ってくれるようになったし、子どもの成長というのは嬉しいものだね」

    首を支えなくてもしっかりと顔を上げられる愛くんに、感動してしまう。初めて抱いた時のへにゃへにゃとした感覚が殆どなくなって、しっかりとしてきている。持ち首を支えずに持ち上げた時に頭が重くて首が かくん、と曲がるのがとても怖かったのだけど、もうその心配が無いらしい。成長というのはすごい。
    へにゃ、と笑う愛くんにつられて へにゃ、と笑い返すと、側でスマホを見ていた司くんが「笑うのは反射らしいな」と呟いた。

    「反射…?」
    「条件反射のようなもので、触れられたり笑いかけられると、反射的に脳が笑うよう指示するものらしい」
    「……そんな夢のないことを言わないでよ」

    真顔でしれっとそんなこと言う司くんに、肩を落とす。寂しいことを言わずに、素直に成長してる、と喜ぼうよ。
    愛くんの頬に指で触れながら、そっと息を吐く。今日の司くんは御機嫌斜めのようだ。こちらを見ずにずっとスマホを眺めている。僕がほぼ毎日お邪魔するから、気疲れしてしまっているのだろうか。
    愛くんを抱え直して、一人分間隔を空けて座る司くんの方へ体を少し向ける。ぽんぽん、とすぐ隣を手で叩くと、彼が ちら、と僕の手元を見た。

    「疲れているなら、肩くらい貸すよ?」
    「………」
    「今なら頑張っている司くんの頭を撫でるサービスもつけるよ」

    なんて。こんなことを言ったら、また変な顔をされるのだろう。何を言っているんだ、お前は。と呆れた様に言われて更に距離を取られてしまうかもしれない。他に御機嫌をとれそうなものはあるかな、と思案すれば、司くんが黙ったまま動くのが分かった。
    一人分空いた間隔が埋められて、隣まで来た彼が僕の肩に寄りかかってくる。ピッ、と固まる僕を ちらっ、と見て、その顔がむぅ、としたものに変わる。

    「……………サービス、とやらは、…どうした…」
    「ぇ、あ、うん…、お疲れ様…。いつも頑張っていて、かっこいいね、司くん」
    「………」

    彼の言葉に慌てて褒めてあげながら頭を撫でると、先程の刺々しい雰囲気が消え、どこか満足そうに司くんが目を瞑る。いつも以上に距離感が近い気がして、なんだか落ち着かない。肩を貸すのなんて何度もしてきたのに、変に心臓が煩く鼓動する。
    珍しい司くんからの明確な“甘え”に、出かけた言葉を飲み込んだ。

    (…か、わいぃっ……!)

    普段なら絶対嫌がるのに、素直に頭を撫でさせてくれている。そればかりか、『褒めろ』と自分から求めてくれている。こんなにも可愛い司くんは貴重だ。胸の奥が ぎゅ、と苦しくなる様な感覚に、息を詰める。髪を撫でる指先が頬を掠めると、じわりと熱が伝わってきて、一層ドキドキした。
    肩にかかる重みが嬉しくて、ほんの少し彼の頭を腕で抱き寄せると、彼は黙ったまま頬を擦り寄せてくる。

    (……好きだなぁ…)

    きゅぅ、と音を鳴らす胸に愛くんを抱えて、肩に寄りかかる司くんの髪をそっと撫でる。きっと、今が一番幸せかもしれない。伝えないと決めた気持ちを心の中でだけ何度も思い浮かべて、彼の髪に触れ続けた。
    数分後に満足したらしい司くんは、その後暫く近付いてはくれなかった。

    ―――

    「笑ってくれない…」
    「まだ擽ったいという感覚が分からないのだろうな」
    「…そっか。……反応が無いのは、少し寂しいね」

    擽っても ぽかんとする愛くんに、肩を落とす。
    最近腰が座ってきて寝返りも上手になってきたけれど、まだ少し触れ合い方が難しい。お腹や脇腹を擽って笑わせようとしても、真顔で見返されてしまって少し気恥しい。そんな僕の隣で愛くんの指に触れる司くんが、小さく笑うのが見えた。そんな彼の体の方へ視線を向ける。

    「………類…?」

    不思議そうに僕を見る司くんのお腹をそっと指でつつくと、ビクッ、とその体が跳ね上がる。「なっ、…?!」と顔を赤らめて慌てる彼の反応が可愛らしくて、にまりと口元が弧を描いた。

    「司くん、覚悟…!」
    「ひっ、…っ、ふふふ…ぁ、っははっ、…ゃ、…ひぁ、はははっ、あはっ、…っははは…!」

    こちょこちょと彼の脇腹に手を這わせて擽れば、驚いていた表情が笑い顔に変わる。眉を下げて笑う司くんが体をよじって逃げようとするのを、つい押さえ込むようにして続ければ、バランスを崩して彼が後ろへ転げた。薄らと目尻に涙を滲ませ、頬を赤らめて肩で息をする司くんから手を離す。擽った両脇を守るように腕で自身の体を抱き締める司くんが、荒い呼吸を繰り返すのを見下ろして、思わず息を飲む。
    じとり、とこちらへ向けられた睨む様な視線に、嫌な予感が過ぎった。

    「っ、…馬鹿類っ…!」
    「…っ……」

    大きな声と同時に、思いっきり僕の横腹に司くんが蹴りを入れてくる。手加減の無い強い衝撃に、低い声が口をついた。痛む横腹を手で押えて前屈みに蹲る僕の目の前で起き上がった司くんは、謝ることなく体勢を立て直すとすぐさま僕から距離をとった。さすがに、育児で以前程体を動かしていないとはいえ、一時期体を鍛えていた司くんの蹴りは重い。ズキズキと痛む横腹を押さえながらそんな感想を浮かべていれば、逃げるように足音が遠ざかっていく。階段を駆け上がる音に、慌てて顔を上げると、そのまま彼の自室の扉が勢い良く閉められた。

    「つ、司くん、ごめんね、つい出来心で……」
    「煩いっ…! お前は暫く出禁だっ!!」
    「そんな事言わないでおくれよ」

    愛くんを抱えて彼の部屋の前まで行くも、開けてくれる様子がない。まさかここまで怒らせてしまうとは…。わたわたとする僕の腕の中で、何を分からない愛くんはきょとんとしている。司くんは意外と頑固なので、御機嫌取りも難しい。何度も呼びかけながら、彼が喜びそうな事を提案してみるも、中々声色は良くならない。
    むすぅ、としたままの司くんに必死に謝ったけれど、結局その日は部屋を出てきてくれなかった。司くんに許されたのは、ケーキを片手に通い詰めた三日後の事だった。

    ―――

    「愛くん、こっちだよ〜」

    おいでおいで、と両手を広げると、小さな足がパタパタと動く。うつ伏せの状態で僕を見上げる小さなお顔に指で触れると、小さな手が僕の手を掴んだ。前に進もうと必死に体を動かす様になった愛くんは、絶賛ずり這いの練習中である。彼女がお気に入りの、音の鳴る兎のぬいぐるみを見せながら、もう一度声をかけた。ぱたぱたと足が床を叩き、小さな手が絨毯を掴む。ぷぅ、ぷぅ、とぬいぐるみの音を鳴らして気を引き付け、ぽんぽんと床を叩く。「おいで〜」と声をかければ、愛くんが床の上をくるくると回り出す。

    「中々進まないね。ずっと回転ばかりしているし」
    「最近ハマっているみたいだからな」
    「これはこれで可愛らしいんだけどね」

    むにぃ、と柔らかい頬を指先でそっと摘んで、愛くんに笑いかける。
    最近、愛くんはこの行動が気に入っている様だ。その場でうつ伏せのままくるくると方向転換だけして回っている。前には中々進まないけれど、まだ時間がかかるのだろうか。お腹を上げるような動作はしているみたいだけれど、進めていないので、陸に上げられた魚のようだ。
    司くんはあまり気にしていないのか、ソファーに座ってお茶を飲んでいる。気長に待つスタンスらしい。子どもの成長は個人差もあるし、今すぐ出来なくても問題はないらしいから、気長に待つのがいいのだろうけど…。

    (ずっと一緒にいるわけではないから、そわそわしてしまうんだよね…)

    司くんは寝る時も愛くんと一緒だけれど、僕は家に帰らなければならない。大学の授業もあって、朝から会いに来られるわけでもない。そうなると、二人と共にいられる時間も短くなってしまうので、どうしたって落ち着かなくなる。司くんの子どもだけど、出来ることなら、愛くんの成長の瞬間は司くんと一緒に見ていたい。そう思うと、ついつい愛くんに構ってしまうんだよね。

    「やっぱり、僕もずっと一緒に居たいなぁ…」
    「……類は、そんなに子どもが好きだったのか…?」
    「まぁ、好きか、と聞かれれば好きだけど…」

    きょとんとする司くんに、苦笑する。
    司くんの子どもだから特別なんだ、なんて言えない。友人の子どもだからって、きっと別の人が相手ならここまで通いつめたりしない。それこそ、幼馴染みである寧々の子どもであっても、良くて二、三ヶ月に一度会いに行けば良い方だろう。殆ど毎日通っているのは、司くんの子どもだからだ。ずっと想ってきた彼の子どもだから、こんなにも愛おしいのだろう。

    (彼の相手がここにいないのも、理由の一つかもしれないけど…)

    愛くんの父親が司くんの傍に居たなら、きっと会いになんて来られなかった。それこそ、この想いを断つために、司くんに会おうなんて思わなかっただろう。けれど、司くんの相手はここには居ない。彼が身篭って居る時から、顔を見せたことがない。それがなんだか悔しくて、許せなくて、それなら僕が代わりになれればと、そんな邪な考えばかり浮かんでしまう。
    通っているのだって、少しでも司くんの気持ちが僕に向けば、と下心があっての事だ。

    「………ずるいなぁ、僕も…」
    「…む、……今、何か言ったか?」
    「……なにも」

    へらりと笑って返すと、司くんが首を傾げた。きっと、このまま僕の想いを伝えること無く、彼とは友人で終わるのだろう。それでも、今だけはもう少し、この想いを大切にしたい。
    むにむにと柔らかい頬を指でつついて、彼に似た愛くんの顔を覗き込む。不思議そうなその顔に笑いかければ、つられて彼女も笑った。小さな手が僕の方へのばされて、届かず床に落ちる。それがなんだか愛らしくて、両手を広げて「おいで〜」ともう一度声をかけた。
    ぎゅ、と床に手をついた彼女は、ほんの少し眉間に皺を寄せて、足に力を入れる。お腹が少し持ち上がって、その体が少しだけ前に出た。

    「あ…」

    ぽてん、と体が床に落ちる。もう一度足に力を入れた小さな体は、ほんの数センチ持ち上がって前へ押し出されるように進む。広げた手の指先に、小さな手が触れたのを見て、慌てて司くんの方へ顔を向けた。

    「司くんっ…! 今、愛くんが前に進んだよっ!!」
    「本当か…!」
    「うん!」

    見てみて、と体をズラして頷けば、彼がソファーを立ち上がる。隣にしゃがむ司くんが手を差し出すと、小さな体がほんの少しだけ前に進んだ。胸の奥が熱くなって、きゅ、と掴まれたような感覚を覚える。
    ちら、と盗み見た司くんの嬉しそうな顔がまた嬉しくて、つい口元が緩んだ。

    (……彼と一緒に喜べるというのは、なんとも幸せな事だね…)

    この一瞬の幸せが嬉しくて、目の奥が熱くなった気がした。

    ―――

    子どもの成長は、最初の一年間がとても大きい。
    産まれて、目も見えなかった子が視覚を得て、首を座らせ、寝返りをうって、ずり這いを経てハイハイを覚え、立ち上がって歩き出す。まだ意味をなさない声を発するし、笑うようにもなる。小さな変化が、あっという間に積み重なって大きな変化になっていく。小さかった子どもが大きく重たくなって行く度、その成長に泣きたくなる程感動する。
    だからこそ、忙しない程変化の早いその期間を過ごす内に、忘れていたのだと思う。否、考えずに済んでいた、というのが正しい。目を逸らすことが、出来ていた。

    「パパと一緒に居たいよなぁ」

    滅多に聞かない彼の優しい声音に、手が止まってしまった。扉越しに聞こえるのは、自身の娘に向けた言葉だろうか。

    「ママがちゃんと向き合わなかったから、寂しい思いをさせてしまったな」

    自分の事を“ママ”と言っているのを、この時初めて聞いた。僕が一緒の時はいつだって、いつもの一人称だったはずだ。

    「パパと喧嘩なんてしなければ、今頃は、ずっと一緒だったかもしれんのにな」

    それなら、“パパ”とは、誰の事だろうか。
    リビングに続く扉を開けられずに立ち尽くせば、部屋の中から彼の穏やかな声が次々に聞こえてくる。きっと、愛くんと二人きりの時はこんな感じなのかもしれない。たまたま家を出ようとしていた咲希くんにばったり会って、中に入れてもらえた。だから、こっそりリビングに入って驚かせようとしていたんだ。
    だから、司くんは僕が今この会話を聞いてるなんて、知らないのだろう。

    (……僕の前では、そんな風に話すことなんてないのに…)

    こんなにも毎日のようにここへ来ているのに、彼が母親らしく話しかけているのを見た事がない。こんな穏やかな声で話す彼を、知らない。役作りの練習なのでは、と一瞬脳裏を過ぎったけれど、そうではないのだろう。母親役なんて、彼はやらない。必要なら、えむくんや寧々に任せるだろうから。
    それなら、彼が今思い浮かべているのは、“愛くんの本当の父親”なのだろう。

    (…………これだけ一緒に居ても、…僕は、代わりにもなれないのかな…)

    一人で育てることになっても産むと覚悟を決める程、彼が愛した相手とは、どんな人なのだろう。
    こんなに放っておかれていても想い続ける司くんが、かっこいいと同時に憎らしい。何故、僕では駄目なのだろうか。僕なら、ずっと一緒に居るのに。
    扉の前でしゃがみ込んで、熱くなる目頭を腕で覆う。尚も聞こえてくる楽しそうな声音に、下唇を噛んだ。

    「愛は、笑った顔がパパにそっくりだな」

    司くんとは少し違う、愛くんの笑った顔。思わなかった訳では無い。気付かないフリをしていただけだ。

    「目の色も、パパとお揃いで羨ましいな。まるでお月様のように綺麗で、とても好きだ」

    蜂蜜のような瞳の司くんよりも、明るい色の瞳にも、気付いていた。それも、知らないふりをしていたかった。
    これ以上聞きたくなくて、静かに立ち上がる。そのまま踵を返して、靴を引っ掛けるように履いて彼の家を飛び出した。なんとなく、今日はもうここに居たくなかった。これ以上、知りたくなかった。
    彼とは違う部分を知る程、愛おしいと思っていた小さな子どもが、羨ましくなる。憎らしくなる。

    (……大丈夫、…明日、来ればいい…)

    気持ちを立て直して、また、知らないふりを続ければ元通りだ。

    そう自分に言い聞かせ、その日は家に帰った。
    次の日は結局怖くなってしまって、その二日後に彼の家へ行った。
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