ホットミルク最近、ターゲットを誘い出す様な直接接触する任務が減った気がする。前回まんまとお酒を飲まされる失態を晒したからだろうか。そんなことを考えながら待ち合わせ場所の駅前で待っているとスコッチがやってきた。
「遅れてごめん。ちょっとバタバタして」
「大丈夫よ。じゃあ行こうか」
まるでごく普通のカップルの様に振舞いながら、ターゲットがいる店へと向かう。
「今日元気ないけど大丈夫?」
「最近ちょっと失敗しちゃってさ、そのせいか任務が減っちゃったんだよね」
「あぁ、俺理由知ってるかも」
「何?教えて」
「ジンに直接聞くと良いよ。お店着いたよ」
無理矢理話を切り上げられた気もするが、諦めてスコッチと店に入る。今は任務に集中しなくては。
「ねぇジン、またあの子を貸してくれない?」
「お断りだ。キールにでも頼むんだな」
「あら。この前せっかく連絡してあげたの、忘れちゃったの?」
意地悪く言うベルモットに苛々しながら返す。
「その時ヘマしたから今反省させてんだよ。しばらくは貸せねぇ」
「残念ねぇ。次のターゲットの好みに丁度良いと思ったのに」
なら尚更貸すわけないだろうと思いながら一瞥するとベルモットは不機嫌そうな顔をした。
「まぁ良いわ。またお願いね」
スコッチとの調査任務を終えて帰宅した私はジンを探していた。しかしどこにもいない。
「アニキならもうすぐ帰ってくると思いますぜ」
ウォッカにそう言われて少し気持ちを落ち着けた。
「ウォッカ、ご飯作るの手伝いますよ」
「今夜は餃子ですぜ。今から包むんで助かりやす!」
ウォッカと二人でテンポ良く餃子を包んでいく。ウォッカの餃子は野菜が多めでしつこくないからついつい沢山食べてしまう。以前レシピを教えてもらって作ってみたが同じ様にはならなくて、まだまだ修行が必要だと痛感した。
「そろそろ焼いていきやすね」
半分くらい包んだところでウォッカが餃子を焼き始めた。チリチリという音と共に香ばしい匂いがキッチンに広がっていく。フライパンにお皿で蓋をしてひっくり返すと、焼き目が美しい餃子が姿をあらわした。ウォッカが引き続き餃子を焼き始めたところでジンが帰ってきた。
「今日は餃子か」
「アニキ、もう食べられるんで着替えてきてください」
餃子に卵スープ、小鉢がいくつか並び食卓が賑やかになると三人揃って席についた。
「そういえばアニキに話があったんじゃないですか?」
餃子に舌鼓を打っているとウォッカにそう振られた。
「なんだ?」
「私への任務の割り当てについてなんだけど、最近減らしてない?」
「そんなことはない」
「…本当?スコッチに相談したらジンに聞けって言われたんだけど」
ずるいかもしれないけどスコッチの名前を出して質問を重ねた。
「俺の指示が気に入らないなら他のチームに入るか?」
「そんなこと言ってないじゃない。どうして減らしたのか教えてほしいだけ」
「お前がヘマをしたからだ。この話はここまでだ。これ以上は飯が不味くなる」
ぴしゃりと言い渡されてそれ以上は何も言えなくなった。少し悲しくなった私は餃子を食べる量がいつもより少なくなってしまった。
ウォッカの餃子は美味い。そこらの店で食べるより好みの味がする。今日も美味かった。
「アニキ、ちょっと強く当たりすぎじゃないですか?」
餃子を堪能した後、ソファで寛いでいるとウォッカにそう言われた。
「あいつが悪いだろ」
「あいつは俺と同じでアニキの役に立ちたいと思ってるんですよ。優しくしてくれとは言いませんがアニキに突き放されるのは辛いです」
「じゃあお前がケアしてやれ。俺は知らん」
任務を減らしたことに文句を言われるのは構わないがその疑問を俺より先にスコッチに相談したのが気に入らなかった。俺とウォッカ以外に隙を見せるなと言ったことを忘れているんじゃないだろうか。
「ただいまー。お風呂空いたよ」
風呂から出てきたマヌケ面を見て、ウォッカが俺の方を見る。
「わかった。先に入る」
何故か溜息をつくウォッカに見送られて風呂へと向かった。
お風呂上がりにソファで一息ついているとウォッカに話しかけられた。
「何か飲みますかい?」
「じゃあホットミルク飲みたい!お砂糖入れてね」
ウォッカが作るホットミルクを待ちながら先程の食卓を思い出した。せっかく餃子を作ってくれたのに申し訳ない気持ちでいっぱいになっていく。
「お待たせしやした」
「ありがとうございます。それとさっきはごめんなさい。美味しい餃子を作ってくれたのに嫌な気分にさせちゃった」
カップを受け取って素直に謝るとウォッカは隣に座って優しく頭を撫でてくれた。
「別に気にしてないですぜ。兄貴が不機嫌なのはよくあることですし。それよりお前さんは大丈夫ですかい?」
「大丈夫ですよ。ジンも本気で言った訳じゃないでしょうし」
「当たり前です!アニキも俺もお前さんのことを大切に思っているんですぜ。先日の件だってベルモットから連絡をもらった後血相変えて飛んでいったんですよ。お前さんが無事だったから良かったものの、ベルモットを殺しかねない勢いでしたよ」
ホットミルクが入ったカップと撫でてくれるウォッカの手から暖かさが伝わってきて気持ちが込み上げてくる。
「任務を減らしたのだってお前さんが嫌なことを思い出さない様にですし、それに俺達がいない所で危険な目に遭ってほしくないからですよ」
「ウォッカ…」
思っているよりも自分が大切にされている事実に視界が歪んでしまう。駄目だ止められない。
「ありがとう…うぅ…」
「な、泣かないでくだせぇ。危ないからカップは置きやしょうね」
促されてカップを渡すとウォッカはテーブルに置いてくれた。
「どうしよ、ジンに、嫌なこと言っちゃった」
すすり泣きながらそう言うと、ウォッカはまた私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫ですぜ。アニキはわかってくれやす」
その暖かい優しさにまた涙が溢れてくる。
「おい、風呂空いたぞ」
お風呂から帰ってきたジンがリビングに入ってくると先程まで穏やかだったウォッカが急にピリッとした。
「アニキ、これには訳が…」
「わかっている。お前も風呂に入ってこい」
「へ、へい」
ジンに言われたウォッカはバタバタとリビングを後にした。ウォッカと入れ替わりにソファに座ったジンは私を見ると何故か鼻を摘んだ。
「何か言うことは?」
「はひ…ありがとう」
「何で礼を言うんだ」
私の言葉に納得していない顔をしながらも手を離して私の目元を拭う。
「俺が嫌で泣いてたんじゃねぇのか」
「違うよ。これは、ジンとウォッカが私のこと考えてくれてるって聞いて嬉しくて」
「なんだ、驚かせるな」
そう言って少し落ち着いた表情を見せるジンに私は改めて謝った。
「さっきはごめんなさい」
「もういい。お前は俺に従っていれば良いんだ。わかったな?」
「うん!」
調子に乗ってジンにも撫でてとねだったがそれは拒否されてしまい、そうこうしているうちにすっかり冷めたホットミルクはお風呂上がりのウォッカがまた温めてくれた。