「弥生先輩、これに目を通しておいてもらえますか?」
「はいはい、その後は会長に渡しておけば?」
「お願いします!」
後輩の役員は「助かります」とお礼を付け足すと、用があったのか足早に生徒会室を去っていった。
「うーん、これなら明日でも大丈夫かな」
生徒会の副会長、というのも慣れたもので、気が付けば高校生最後の年になっていた。
パラパラと書類に目を通した後、席を立つ。ドアを閉め、生徒会室に鍵を掛けたその時。
「お疲れ様? 生徒会副会長?」
「始」
少し揶揄うような声色で声を掛けられる。まぁ、その呼び方がすでに揶揄ってるそれなわけだが。
「生徒会長に望まれていた始は俺に何かご用でも?」
「はは、悪かったからそう拗ねるな」
「拗ねてはいないけどね。俺には向いていると思うし。それで、何かあった?」
「単にもう帰る頃だろうと思ってなんとなく顔を出しただけだ」
「ああ、そういうことならお供しますよ?」
「根に持ってるみたいだな」
冗談を交した後、廊下を歩く。始の少し後ろ。見慣れた光景で、俺の定位置のようなものだ。そして、この視線の先の人たちを見守るのが俺の役目、なんだと思う。けど、不意に湧く疑問。
「いつか、俺の隣を歩いてくれる人っているのかな」
誰に対して言ったわけでもない。だが、その先にいるのは始なわけで。始は不思議そうな顔をして振り返った。
「お前がどういう意味で言ってるのか分からないが……お前が望んだ時に現れるんじゃないか?」
分からない、なんて言いながら、俺が聞きたかった問いの意味を俺より理解している気がする。
廊下の窓の向こうに空を仰ぎ見た。澄み切った青空が広がっている。涼やかな風が頬を撫でた。
「この空の下、どこかにいる……のかな」
もしいるのだとしたら。
「いつか、会えるといいな」
顔も名前も知らない、誰か。会って……何をするかはまだ何も思いつかないけれど、待ち遠しくて堪らなくなる。
名前を呼んで、手を繋いで並んで歩けるその日を。
* * *
初めて会った時は「眼鏡」と思ったなんて、言ったらまぁ怒られるんだろうが。
初対面。ライバルグループにあたるSix Gravityの参謀。俺は相手にとってのライバルになるProcellarumの参謀、と握手を交した時になんとなく、仲良くなれそうと思った。
それが気が付けば、一緒の時間を重ねる毎に想いまで積み重なって、想い合って。ひょんなことからアイドルをやってることからしてそうだが、何があるか分からないもんだとしみじみ思う。
兄貴だとみんなは慕ってくれるのは裏腹に、春のことになるとやけに不安ばかりが募り、まぁ不甲斐ない。
「いつか、春とも……」
ベッドの上、腕を額の上に被せ思索に耽る。
なまじ別れを知ってしまっているから。今ある幸せはいつか失うんじゃないかと、そんな惨憺たる結末が過る。今までは誰と仲良くなっても考えたことなんてなかった。
どんなものにも、いつか終わりは来る。
「分かってる」
頭では。心はそれを拒否しているだけで。
「……春」
愛しい人の名前を呼ぶ。