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    tks55kk

    @tks55kk

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    tks55kk

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    🔞よそ×うち×よそ(GL)
    度が過ぎた悪友のミドリさんとイブキが、ついにやらかしました
    うちよそCPミドイブミド、めでたくR18作品解禁!

    前半あねにゃさん(@aneniwa)、後半まりも(@tks55kk)でパートを分担して書いた完全合作です

    【忘形の交わり】□前半□

    (やっぱやめときゃ良かったわ)

     そう頭の隅で考えながらも、もう手は止まらない。
     見下ろした先、自身の影の中で悶える友人。普段は溌溂と見開かれている大きな瞳は、今は切なげに細められ、日に焼けた肌の上には汗が滲み、微かにある雀斑の上を雫が伝う。苦しげな吐息、聞いたことのない掠れ声、肩にしがみつく指。いっそ知りたくなかった。暴くべきではなかった。変わらず『悪友』という関係でいたければ。

    (まあでも、あんたが悪いわ。この私の前で隙を見せたんだから)

     とんでもない濡れ衣だが、酒と濡れ場に酔った脳味噌は、罪悪感から思い切り目を逸らして自己正当化に勤しむ。あんな顔をするから悪いのだ。イブキのくせに、あんな、いやに色めいた表情をするから―――

    ◇◇◇◇

     初めは、ただの飲みだった。エルガドの自室で、狩猟終わりの気取らないサシ飲み。ベッドの側面を背もたれ代わりに床に直接ぺったり座って、ふざけて膝をぶつけ合った拍子に酒瓶を転がして慌てたりして。いつも通り馬鹿な話をして笑い合って、酒が進むにつれてどんどん下衆な話題に移っていって。

    「それでそれで? そっからどうなったの」
    「もちろん思い切り引っ叩いたわよ、舐めんなってハナシ」
    「アッハ!『舐めろ』って話でしょ」
    「そうだった、人の股間で喋り散らしてんなってね。アハ」

     適当に男を引っ掛けていると、たまに変なのに当たる。イブキはそういう話を聞くのが好きらしくて、会う度にせがんでくる。私としても、変なのに遭遇した後はフラストレーションが溜まっているので、笑い話に変えて発散できるのは助かっていた。
     例え私のことを思いやってのことであろうが、心配やお説教にはもう飽き飽きしている。イブキのような、純粋に面白がって笑い飛ばしてくれる相手は実は貴重……どころか、今現在ここエルガドで会える知人の中では、唯一無二だった。

    「実際、舌が良く回るのよそいつ、喋りじゃない方もね。だから会ってたんだけど」
    「上手かったってこと?」
    「舐めるのはね。モノは微妙」
    「あーっ、そうだそれ聞きたかったんだよね! なんか、『中派』『外派』みたいなのあるらしいじゃん」

     話題が突然変わるのはいつものことで、お互い様。内容に羞恥や遠慮が無いのも、いつも通り。純粋な興味で聞いているのは分かっていたので、私も気負いなく返事をした。

    「ん、あるわね」
    「で、『中派』の人は直接弄られなくてもイケるって聞いてさ。マジ?」
    「んん?」

     そういうこともなくはない。ないが、なかなかないのではないか。
     時々は女性を相手取ることもあり、攻め手に回ることもままある。が、敏感な部位に直接触れず、身体の表面をなぞった程度の刺激で絶頂できる人は、そんなに多くはなかったように思う。
     かくいう私は割と肌感覚が敏感な方、かつそういった経験が多いもので、癖がついてしまっている。愛撫が丁寧で雰囲気作りも上手い人が相手なら、そういうイき方も出来なくはなかった。

    「結論から言うと、出来る人もいる。けど、相当中イキに慣れてないと難しいんじゃないかしら」
    「ふうん。ミドリさん出来るの?」

     これも、含みのない、ただの質問だった。仔犬のように澄んだ目で見つめてくるのがその証拠。
     ただ、私は酔っていたし、先述の男の舌の感触を、語りながら思い出してしまっていた。端的に言えば身体が火照っていたのだ。それでつい、

    「さあ、ね。ふふん。出来るか試してみる……?」

     なんて、ベッドに誘う時のような掠れ声で言ってしまった訳だ。ついでに座っているイブキにぴったり身体を寄せて覆い被さり、服の隙間から右手を差し込んで、鎖骨なんかするする撫でてみたりした。
     勿論冗談だった。イブキもそれは分かっていて、何にも警戒せずゲラゲラ声を立てて笑っていた。私も自分の行動が可笑しくて、イブキの声があまりに楽しそうで、笑ってしまっていたし。
     ただの戯れ。同性同士の、友人同士の。

    「た、試すって、どっちが? あははっ、わたし? できないできない」

     でもイブキが笑いながらも、そんなことを言ったものだから。
     その様子がまた、あまりに無邪気で、無垢だった。先程の笑いで滲んだ涙も、赤らんだ頬もそう。子供のよう。全く艶めいた意味ではない、なのに。
     ほんの少し、想像してしまった。この健康的に日に焼けたしなやかな身体が、汗を浮かべて跳ねるところを。この耳に心地良い低めの声が、掠れて引きつれるところを。

    「……」
    「……え、ミドリさん?」

     くっついたまま動きを止めた私を、イブキは訝しんだようだった。でもまだ、きっと信じきっている。想像もしていない。私がこれまで、安宿の一室やテントの中や茂みの奥で、どんな相手に何をしてきたか。
     昏い感情が私の中で目覚め、身を起こす。蛇のような彼が見つめる先では、友人が友人の背中を軽く叩いている。

    「もしもーし、どしたのー? あ、吐きそうとか?」

     ……鎖骨は、実は鋭敏な部位だ。皮膚が薄く、急所に近い。刺激が、感触が残りやすいのだ。現にイブキは、おそらく無意識に、私になぞられた左の鎖骨をさすっている。先程の余韻を彼女が完全に消してしまう前に畳み掛けるべきだった。……それをして良いかは、別として。

    「ちゅ」
    「ひわ」

     耳が弱いことはもう把握していた。拠点に駐留している騎士や他のハンターたちも混ざった宴会で、ふざけ過ぎたイブキがファロさんにお仕置きされているところを見たことがある。息を吹きかけられただけでへなへな崩れ落ちたものだから、指を差してひーひー笑ったのだった。
     両腕で捕まえた精悍な身体に鳥肌が立っている。ふにゃりと、力が抜けている。まだ舐めてすらいないのに。

    「んーふふ、良い反応ねえ、イブキ。耳にキスしただけでそんななっちゃうの?」
    「はひ、」

     わざと息がかかるように、唇が触れるか触れないかのところで囁く。出来るだけ低い声を出すのは、その方が振動が強くなるから。

    「イーブキ。これならできるんじゃない? あなたも、耳イキとか」
    「えええちょっとミドリさ」

     機嫌の良い私を見て、半分本気だと悟ったのだろう。イブキは勘が良い。しかし遅すぎた。気付くのにも、腕を突っ張って抵抗するのにも。

    「ふー」
    「へぁ」

     唇を尖らせ耳の穴に息を吹き込むと、私の肩を押し返す力ががまた、ふにゃりと緩んだ。それを好機とまた調子付いて、そのまま耳朶に唇を押し当て、舌先でもって複雑な溝の一つ一つを探っていく。

    「ひっ、ぁ」

     ぬめつく刺激が新たな箇所に差し掛かるたびに、イブキは一々馬鹿正直に身体をひくつかせた。それがまた、大変楽しい。
     しかしまあ、言い訳だが。この時点では、もしイブキが本気で嫌がったら直ぐさまやめるつもりではあった。身体の反応と精神の抵抗が別物なのくらいは分かっている。ビッチにもビッチなりの筋というものがある、同意の取れない行為はしないと決めている。
     そうして、それを確かめようと覗き込んだ先で。

     イブキは見たことのない表情をしていた。
     言うなれば、頬を紅潮させて、ポカンとしているだけ。それがどうしてこんな、扇情的に映るのだろか。
     ランプの暖かい光を弾いて、腹立たしいくらい長い睫毛が震える。ロクに化粧もしないくせに、意外にもきちんと整えられた眉は、端が少し欠けているにも関わらず、不思議と瀟洒に彼女の顔を縁取っている。鼻筋はスッキリと通って潔く、雀斑の散らばる頬は、今は微かに赤らんでいて。血色の良い唇は、何かを求め誘うように微かに開いていて。……そうして、普段は澄んだ大きな瞳の底には今、劣情と期待がほんの僅かに宿っていた。

    (何それ。何よその顔。イブキの癖に)

     ぞわりと、きた。
     思わず生唾を飲み込んだ。思考の端っこでは理性が足掻いている。(さっきのは見間違い)(ダチよ)(離れて)(『冗談』って笑えば、元通り)

    「アハハッ」

     勿論、そんなものに耳を貸すほど愚かではなかった。お互いハンター、次の出会いは永遠に訪れないかもしれない身の上。言いたいことは思いついた瞬間に口に出して、食べたくなったなら直ぐ様食いつくべきなのだ。言い訳では断じて、ない。

    「ねー、マジで食っていい? 試してみたくなぁい? ねえ」

     言いながら、そわそわとイブキのあちこちを撫でた。首とか脇腹、太ももやら鎖骨。まだ私の側では『友人同士の悪ふざけです』とギリギリ言い張れる、しかしイブキからすれば、刺激を無視することは難しい部位。身体の反応と精神は違う。でもイブキなら、素直なこの子なら、身体の興奮を全く無視することは、きっとできない。
     ズルは悪女の専売特許。私は良い子になる気など更々無い。弱点が見えているなら迷わず狙い、弱味を掴んだら直ぐにつけ込む。つまりもう一度顔を近付け、弱い耳を啄んで弄ぶ。少しずつ少しずつ、脇腹を探る指を際どい部分に近付けながら。

     欲情を隠さず甘えて戯れつく私を、イブキはまだ大きな目を見張りながら無言で見返していた。床に投げ出された彼女の手をスルリと握る。左手で。相手の利き手を抑えて、自分の利き手を空ける。

    「……ミドリさんさあ、わたしでムラムラするってだいぶヤバくない?」

     ややあって、ぽつりと溢したのがそんな言葉だった。思わず吹き出してしまい、その息が耳にかかったらしいイブキはまた身を震わせる。

    「あんただって、私と同類でしょうに」
    「……そうだけどさ」

     ほんの少し尖った唇から落ちる言葉に、拒否の響きは無かった。

    (ところで後に分かった事だが、この時の私たちは面白いくらい見事にすれ違っていた。私はイブキが言った『わたしでムラムラする』を『同性相手に』の意味だと思っていたが、イブキ本人は自分の性的魅力の少なさを言っていたのだ。更に、私の言う『同類』とは『情を交わすに男女の別なし』の意味だったが、イブキは『貞操観念が薄い』事だと捉えていた。豪快に勘違いしつつもそのまま話が進んでいったあたり、我ながら欲に頭をやられ過ぎていたし、イブキは適当過ぎる)

    「ねーダメ? いいでしょ?」

     ベタベタ触られしつこくねだられ、気まぐれに耳を甘噛みされ。その度に反応してしまう身体を、溜まっていく熱を持て余し。

    「……あーもー分かった! 良いよ! その代わり交代制ね、次わたしがするからね」

     イブキはさっさと陥落した。僅か数分の出来事だった。
     私に抑えられていない左手をパッと上げて、防御も議題も投げ出してしまう。多分匙も投げている。私の性欲に対してだ。ビッチにつける薬はない、避妊薬以外。

    「んー。いいわよそれで」
    (やれるもんならやってみるがいいわ)

     イブキの耳たぶをちゅうちゅう吸いながら、私は内心ほくそ笑んだ。これまでに本人から話を聞いた限りだと、イブキの経験値はそう高くない。一通り事が終わった後の彼女に、私を責め返す余裕など残るわけがないと踏んでいたのだ。一回や二回イったくらいで終わらせてやるつもりはない。技術には多少なりとも自信があるし、この感度の良さならかなり体力を奪えるはず。

     さて同意が取れたところでまずは、ひん剥く。よく見かける格好だったので、服の構造は大体把握できている。分からなかった部分も、先程絡みついている間に指先で確かめていた。更に留め具もありふれたものばかり。ここまでくれば目をつぶっていても剥ける。鼻歌なんか、歌ってみたり。

    「ま、黙って力抜いてなさいよ。少なくとも後悔はさせないから」

     後悔。
     自分で口にした言葉に、ほんの少しだけ傷付いた。それは過去へ向いたものではない。未来、つまりこの先で後悔するかもしれないという、微かな予感。不安、と言い換えることもできる。
     そう、私は未だ恐れている。居心地の良い関係を、この手で崩してしまうのではないかと。
     一瞬止まりかけた手を無理やり動かし、留め具を外しながらそっとイブキの表情を伺った。

    「なーに、怒ってるの?」
    「だってさ。ずるいよミドリさん。わたしミドリさんの弱点知らないのに、わたしばっかりさあ」

     今は、拗ねた子供のような顔。いつも通りのイブキ。まだ何も崩れていない、まだ。
     しかしさっきのあの色っぽさはなんだったんだ、どこに消えた? 見間違いか? 私は錯覚で盛ったのか? ホッとしたような残念なような不思議な気持ちを表に出さないよう気をつけながら、膨れっ面したイブキの衣服をどんどん剥ぎ取っていく。

    「悔しかったら自力で探してみればー? まあ、交代する気力が残ってればの話だけど」
    「めちゃめちゃ煽るじゃん……」
    「通常運転よ知ってるでしょ。……ふん、相変わらず色気もクソもないやつ着てるのね」
    「え? うん。この形のやつしか持ってないし」
    「まあいいけど」

     まだ、普段通りのようなやり取りをしながら、手際良く脱がせた下から現れたのは、予想していた通り狩猟用のインナーだった。イブキがこういうところに無頓着なのは今に始まったことではない。意外に生活面ではきちんとしていて、清潔は保っているので、その意味の心配は全くないのだが。

    「じゃあミドリさんはどんなの着てるのよ」
    「ん。」
    「んー」

     促すと素直にバンザイをしたので、上の服を引っこ抜く。ひと段落ついたので私も脱ぐことにする、リクエストに応えてやろうではないか。

    「うわすご」
    「言っとくけど普段着よ」
    「ええ……」

     掛け値なしにマジの普段使い用だった。ちょっとレース部分が多くてちょっと透けているかもしれないが。デザインも着心地も、耐久性も気に入っている一品である。ついでに言えば、こんなのは手持ちの中では大人しい部類だ。気合いを入れたい時に身につけるヤバいやつはもっとヤバい。

    「よいしょっと」
    「うぇ?」

     イブキの脇に手を入れ、持ち上げ、ぐるんとしてベッドにポイ。間髪入れず覆いかぶさって腕を押さえれば、イブキの蒲焼きの出来上がりだ。蒲焼きは大人しく黙って、ほんの少し強張って、くりくりの目で見上げてくる。私が涼しい顔で身体を持ち上げたのでちょっとビビっているらしい。痩せ我慢のし甲斐がある。
     さあて、……どうやって食べようか。

    「……」

     あまり待たせては興奮が冷める。ただでさえ意識の焦点がコロコロ変わるイブキのこと、何かしら刺激を与え続けてやらなければ、そのうち「飽きた」だのなんだの言い出すかもしれない。
     ただまあ。焦らして期待させるのも、ベッドの上では大事なお作法の一つ。要はバランスだ。
     それで、短い髪に指を差し込んだ。頭を撫でられると大抵の人間は安心する。子供っぽいところのあるイブキになら効果はあるだろうと踏んだのだ。ついでにたまに耳に掠らせて、急所にいつ触れられるか分からない緊張も演出してやろうとしたのだが。

    「やだよそれ」

     ぷい、と緑のいがぐりが横に逃げた。

    「あん?」
    「やだ」

     今夜初めて聞く、不機嫌な声。への字に曲がった唇と、にわかに険しくなった目付き。ちょっと睨んできてすらいる。
     理由は不明だがどうやら……逆効果だったらしい。

    (怒ってるの? ……へえ、怒るんだ)

     予想外の反応ではあったが、私はむしろ機嫌を良くしていた。ちいちゃな子猫に一生懸命威嚇された時のような、生温い幸福感が目尻を緩ませる。自分の上位を確信し、相手を下に見ていなければ出ない笑みである。つまり簡単に加虐に転じる感情だ。現に私は今ちょっと『可愛がって』あげたくなっている。

    「へーえ。そんな態度とっていいと思ってるのアンタ」
    「うひゃあっ」

     私を押し退けようとしていたイブキを押し倒し直す。ちょっと耳を舐めてやれば、すぐさま竦み上がって動きが止まる。全く便利なものである。
     そのまま、外輪をしゃぶったり耳孔に舌先を差し込んだり、自由気ままに遊びたくりながら、気が済むまで存分に頭をぐりぐり撫で回してやった。イブキもキーキー怒りながら頑張ってジタバタしていたが、腕を纏めて押さえつけ、耳を責め続けていくうちに、やがて大人しくなっていった。

    ◇◇◇◇

     十数分後。

    「ゔぅ……ミドリさんのばか」
    「ふうん。この期に及んでそんな口叩けるなんてね。意外に余裕あるじゃない、ええ? イブキ」
    「ゔゔーーーーっ」

     イブキは腕で目元を隠し、唸りながらグッタリと横たわっていた。苛められ続けた耳も、ついでに頬も赤く染まり、締まりない口元も相まって大変あられもない有様となり果てている。
     後で聞いたところによると、頭撫でを嫌がったのは『子供扱いされてるみたいでヤダ』という理由だったそうで。そのヤなことを散々されイイこともされ、ついでにインナー越しとはいえ胸の頂も弄られたりしていた。グッタリもするだろう。対する私は満足感に包まれニコニコである。

    「はー遊んだ遊んだ」
    「……終わる? 代わる?」
    「代わんない。あんたイってないじゃない」
    「うう〜」

     そう、ちょっと楽しくて忘れかけていたが、そもそもの目的は"性器以外への刺激だけで絶頂させられるかどうか確かめる"だった。まあなかなか難しいものだ。少なくともイブキにはまだ無理らしく、あれだけ反応してひゃんひゃん鳴いていたにも関わらず、未だ絶頂には至っていなかった。

    「……」

     インナーを捲り上げると、イブキは小さく身じろぎした。その動きで、二つの果実は僅かに震える。先程までの悪戯で中途半端に尖ったその周りを、わざと指先の力を抜いて、そろそろと撫で上げていく……。ああ、滑らかな肌。本当に手入れしていないというのか、これで。不条理だ。私の肌は、ちょっと調子を崩した時にちょっと手入れを怠っただけで、すぐ吹き出物ができるというのに。
     綺麗なものには近付きたくなる。ぺとりと、イブキの胸の中心に耳を付けた。鼓動を聴きながら、目の前の小さな果実を、暇潰しみたいにくるくる弄ったり、脇腹を撫でてみたり、ツヤツヤの肌に唇を落としたり、ぐりぐり額を押しつけてみたり。人の肌の温かな匂いに包まれて、うっとりと、ゆったりと。

    「……なんかミドリさんかわいいじゃん、猫みたい」
    「あー、よく言われるわ……」

     ビッチが人肌を好まないわけがなく。私も勿論、他人の体温が好きだった。全身で隈無くそれを感じて、甘えるように抱きついて、……小ぶりな乳房に五指を食い込ませ、悪戯に笑ってイブキを見上げる。

    「でも今は、あんたがネーコ」

     かぷ、と柔らかく、乳首に噛み付く。声を漏らしてビクついた身体を腕の中に閉じ込め、甘い果実を口の中で転がす。滲む果汁を舐めとるかのように、丹念に、丹念に。時には、『もっと果汁を出せ』と甘噛みし、それから、それを全部飲み干すみたいに吸い上げてみたりも。刺激に反応して、下敷きにした身体が、時折震える。
     チラリと様子を窺うと、イブキは顔を隠した腕の隙間から濡れたような瞳で私を見ていた。いや、目が合わない。私ではない。私の口を、それに愛撫され形の変わる自分の身体を見ている。

    (へえ)

     羞恥に顔を逸らすタイプではないらしい、少なくとも。何なら大分興味がありそうだ。見たいなら見せてやろう。そんな親切心が芽生え、反対側は舌を伸ばして、先端でちろちろ嬲ってあげた。左右に弾いたり、転がしたり。たまに大きく広げて、面で押し潰して擦り上げたり。氷菓を味わう時のように。
     一連の動きから目を離さないイブキに眉で合図して、視線を合わさせ、笑いかける。イブキはぽんやりと私の目を見ながら、……まるきり普通の声で言うことには。

    「わたし猫? どっちかっていうと犬って言われることの方が多いよ? ミドリさんは完全に猫だと思うけど」

     これである。
     思わず肺の中の空気を一気に全部吐いて、同時に力が抜けてイブキの胸元に伏せてしまった。私の顎が肋骨の中心に刺さり(わざとだ)呻くイブキをじっとり見上げる。

    「……お前ねえ。やけに静かにしてると思ったら、ずっとそんなこと考えてたワケ? 今私に何されてるか分かる? 見えてる? 大丈夫? もしかして男とヤッてる時もそんな調子なのアンタ」
    「えーどうだろ、そういう時どうしてるっけわたし」
    「いやいいのよ思い出そうとしなくて! あ゙ーーーマジで、もう! ちょっとは殊勝にできないの」

     うん、知っている。知ってはいるのだ。イブキ相手に自分のペースを保てると思ってはいけない。会話しようとしたのが敗因である。
     ところで私はやっぱりイブキは猫だと思う。たまにいる、成猫になっても好奇心旺盛で、体力の限り動き続けるタイプの猫だ。確かに犬っぽいところもあるのは認めるが、イブキは犬のように高度な社会性を持ち合わせてはいない。他人の機嫌を伺い常に慮って行動したりなど、しない、できない。いつだって彼女の中心には自分の興味のみがある。そこが気に入ったので付き合いを持っているのだが。

    「…………はあ。ねえ前に言わなかったっけ私。女同士でやる時は、される方をネコ・する方をタチって呼ぶのよ」
    「あー、そんなこと言ってたっけ。……なんで猫? 太刀?」
    「私が知るワケないじゃない。とにかくそう言うの。で、あんたは今ネコ。可愛がられる方」

     正直、可愛がる気力が薄れそうになっていたが、ともかく子供に言い聞かせるように言い含める。
     こういう時は行動を変えた方が良い。動作と音とは、頭の中で結びついてしまうことがあるからだ。私は先程の胸への愛撫が間抜けな会話と関連付いてしまったことを、脳内で一頻り悔やんだ後、きっちり思考を切り替えた。多少のアクシデントでいちいちへこたれていてはビッチは務まらない。

     という訳で、ため息を零しながらもさっさと本丸へ。臍を通って右手を下ろし、下着の中へ滑り込むと、流石のイブキも少し怯んだようだった。

    「ゔ」
    「……ふふ」

     汗で湿った恥丘を撫で回して、弾力を楽しみ。そっと、更に内側へ、もっと熱い場所へ。でも確実な箇所はわざと通り越してしまう、先に確かめたいことがあるから。割り開いたその中心に指先を滑らせると、ぬるん、と感触が返ってきた。

    「ん」
    「……ちゃーんと濡らせて、いい子ねえ。ホント、マジで耳でイケるんじゃない? ちょっと訓練したらすぐでしょ」
    「訓練……?」
    「そ。要は身体に覚え込ませるのよ、ここの……お腹の奥気持ちいいの分かる?」
    「……」

     ちょっと手を戻して、お臍の少し下をぐっと押し込む。ナカの快感に慣れてる女は時々これだけでも喘いだりするんだけど……やはりイブキは顕著な反応はしなかった。

    「……分かんないや」
    「あっそ。じゃあ今後の課題ね。……ふふ」

     また、ちょっと顔が怒る。今は頭でなくて、先程押し込んだ下腹部をさわさわ撫でているだけなんだけど。私にとっては常に陽気かつ大らかな彼女であるので、実はこういう態度をちょっと物珍しく思っている。あと面白い。

    「またそれする……」
    「んーん。集中して。ここにあるの何か分かるでしょ、私が今触ってるとこの下よ」

     面白いけど。けど今は真っ最中であるので。妖艶に見えるよう、微笑んでみせる。そうして視線を合わさせて、ぐっと顔を近付けた。

    「子宮。わかるでしょ」
    「……」

     あー。愉しい。女を怯ませる瞬間は、いつでも誰相手でも愉しい。このちんちくりんでもちゃんと怯むのだ、ちゃんと怯える。僅かに引き攣った頬に、少しだけ優越感を覚えた。

     子宮と乳首は繋がっている、と昔夜を過ごした女性ハンターに教わった。子を産んだ後は、それまで拡張されていた子宮を元の大きさに縮めていく必要がある。その収縮のトリガーになるのが、子が乳を吸う感触、つまり乳首への刺激なのだそうで。平時でも、子宮を収縮させる……"キュンとさせる"ためには、乳首への刺激は有用なのだとか。
     嘘か本当かは知らないが、とりあえず私には効果はあるし。とまれ、なんでも試してみるべきだ。私はイブキの下腹を優しく押し込みながら、もう一度彼女の胸の頂を口に含んだ。同時にやってみたら少しは感ずるところがあるかもしれないし、舐めるのは割と好きな方だし。

     つややかで、張りのある肌の感触。少しだけ汗の味がする。そっと吸い上げながら尖りの側面を舌で舐め上げて、時々は先端をちろちろしてみたり。そんなことをしながら、手のひらで臍の下あたりを重たく揺らしてやる。こうするとお腹の奥で子宮が揺れて、まだ明確な快感にはならずとも、心地良い……はず。

    「……?」

     一瞬だけ夢中になっていて、気付くのが遅れたかもしれない。視線を感じてふと見上げると、イブキはまた一生懸命に私の口元を凝視している。
     ……でも先程とは違うと、私は直感した。今彼女が見ているのは彼女自身の身体ではなく、私の口元。舌。まるで見惚れるかのように、とろんと目を細めて、それを欲しがるかのように、唇を薄く開けて。いつも強い興味にキラキラ輝いている瞳が、今は烟ったように光を弱めて、でも何を求めているかはくっきりと映している。

     またしても、ぞわりときた。思わず舌を引っ込めて生唾を飲み込む。今したいことしか考えられなくなって、その唇から目が離せなくなってしまっている。
     何かが頭の片隅で、止めろと喚いたような気がしたけれど。気のせい夜のせい酒のせい。別に友人同士でキスしてはいけないなんて法律、ないし。

    「ん……」

     多分、しばらく、お互い何も考えられなくなっていたと思う。激しく忙しないものではない、けれど深いキス。生温くって、心地いい。
     水音が頭の中に響き、お互いの息の欠片が頬を撫で、唾液で滑る舌と唇が、触れたり、離れたり。
     気がつくとイブキの手が頸を撫でていた。もう片方の手も、ゆるく背中に回されている。どちらにもほとんど力が入っていない。いつの間にか私も、イブキの小さな顎を片手で包み込んでいた。もう片手は自分の体重を支えてなくちゃならないのが、今は少しだけもどかしい、ような。
     イブキの、歯並びの良い咥内を舌で探りながら、ふわふわと霞む頭の端で、なんとかちょっと考える。なんかやっぱり、これはマズかったんじゃないか。後戻りできない何かを越えた気がする。……気がするけど、もう遅い。

     ふと目を開けて伺うと、イブキもまた瞼を薄く開けていた。何も見ていない瞳は、そこを透かして頭の中が覗き見えてるんじゃないかと思えてしまうほど如実に、彼女が今何を感じているかを表している。――そう、ああこの子も、"この先"を望んでいる。

    「……あーんたもそんな目ぇするのねえ」

     思わずぽつりと呟いた。興奮にほんの少しの落胆が混ざった、自分でも出所のよく分からない感情が溶けた声で。

    「……どんな目?」
    「舐めたらとけそう」
    「なにそれ」

     ぱちくり、とされた瞬きが、その瞳に映っていた夢想を消し去る。後に残ったのはまるきり子供のきょとん顔。あどけなく、無防備な。
     思わず、笑う。訳のわからない事を言った自分のことは棚に上げて。

    「ふ。さあね。いちいち真面目に受けとらないでよ……ふふ」

     するんと下着の中へ再び入り込む。今度はイブキは怯まなかった。先程よりも少し潤いを増したソコを掻き分け、ゆっくり全体を往復する。

    「ふぅ……ん……」
    「ねえ、さっきまでより濡れてる……分かる? キス気持ち良かった?」

     耳元で囁いてやれば、びくびくと反応が返ってきた。耳がくすぐったかったか、下を触られてる反応か。ちょうど指先がちんまりした突起の上に差し掛かっていたので、後者かもしれない。その場所もゆっくり、撫で上げてあげる。

    「……結構小粒ね。かわいいじゃない、ふふ」
    「う……。……そこ大きい小さい、あるの……?」
    「あるわよ? 男のだって長い短い太い細いあるでしょ」
    「そっ……か。……」

     蜜をたっぷりまぶした指の腹で、くるくると、小粒の真珠を磨くみたいに、柔らかく丁寧に。撫でる度に眼下の身体は、控えめにびくびくと跳ねる。

    「はー……っ、う……ふ、……」

     胸全体を使う深い呼吸の間から漏れ出る声が、耳に心地良く響く。悩ましげに寄せられた眉根がどこか……美味しそうなように思えて。喉が乾くような感覚がして、思わず唾を呑み込み、唇を舐めて湿らせた。
     その、微かに見えただけのはずの舌に、イブキはまたうっとり見入った。あの烟るような瞳で。それを見てまた、……何も考えられなくなる。

    「……。」
    「うむっ? ……んっ、んんー……!」

     キス好きなのかも、この子も、私と同じで。
     今度は強くその唇に吸い付いて、同時に指の動きも速めながら。頭の隅で、そんな考えがちらっとだけ浮かんだ。

    「んっ……ふぁ、んんあ」
    「……」

     じわじわと体温が上がっているのが分かる。イブキだけじゃない、私も。背骨が甘く痺れて、頭の中に霞がかかっていく。

    「……うぅ、…はっ、ん……」

     この声がいけない。この、唇と唇の隙間から漏れる、くぐもった嬌声が。汗に湿り始めた肌が。粘膜の感触と水音が。一生懸命絡まってくる舌が。堪えるように肩に掴まる指が。
     苛立ちに似た感情が指の動きを速めていく。舌を吸う力を強めていく。
     やがて。

    「ふうっ、んん、………んーーーー」

     イブキの身体が弾けるように跳ねた。

    「ぷはっ! はー……、あ、ぁー……?」
    「……はは、イッたぁ……」

     相手が無事、絶頂したところで。ここで手を止めるのは素人である。むしろここからが本番、腕の見せどころ。

    「う、うぅ……、ねえイッた……」
    「そうねー、上手にイけて偉いわよ。よしよし」
    「は……、あ、ぁ……」

     ふわふわしていた頭を引き締め努めて冷静に保ち、敏感になった突起をやわやわと撫で続ける。優しく優しく、快楽ができるだけ長続きするように。少しでも力が強すぎたら苦痛になるのは、自分の身体でもよく知っている。反応を見ながら慎重に。
     それほど経験がないらしいイブキには、流石にここだけで連続絶頂は無理だろうけど。絶頂直後が一番善くなれるのだ、逃しては勿体ない。

     引き伸ばされた快楽に、イブキは目を閉じて浸っている。荒かった呼吸がやがて落ち着き、下腹の痙攣も治まっていく。
     私が指を離したのと同じタイミングで、彼女はうっとりと薄目を開け、ほう、と息を吐き。

    「きもちい……」

     と。上擦った、まあるい声で呟いた。

    「……。」

     また、ちょっとイラッときた。ムラッかもしれない。
     そんなことは露知らず、イブキは余韻に浸りながら、とろとろと喋り始める。

    「上手いんだねーやっぱり、ミドリさん」
    「……そう、どうも。お気に召したみたいで何よりだわ」
    「うん、すごい良かったあ……」

     ……。

    「……ねえちょっと、……いや、いいわ」
    「ん? なに?」

     答えず。てろんと脱力したままのイブキの、下着をおざなりに脱がせる。そのまま足を開かせて、その間に陣取った。うん。絶景。ちょっとだけ機嫌が上向く。

    「うえ?」
    「っはー……。はは。……私さぁ、『煽ったお前が悪い』みたいに言われるの、マジで嫌いなのよね。腹立つじゃない。お前が勝手に発情しただけでしょ人のせいにしやがって、って思うの。……」
    「えっ何、どしたの急に」

     べえ、と。
     先程まで、彼女の口内を散々蹂躙していた舌を見せつけてやる。柔らかいわよう、あったかいわよう、ぬるぬるしてるわよ。知ってるでしょう、と。これが今からどこにどう使われるのか、それも分かるわね? と。
     どうやら通じたらしい。イブキの瞳はたちまち潤いを増して、さらけ出された自分の下半身と、私の舌とを交互に見つめる。それを私は、冷たく笑って見下ろす。

    「ふふ。あんたが悪いわ」

     どうせこの子もこれほど期待しているのだ。最早手加減もいらないだろう。

    ◇◇◇◇

    「……うああうううぅまってまってイくっ」
    「イくようにしてンのよ。ほらイっちゃえ」
    「……! あ゙っ、………ひっ、ひぁ……、ぅんんーーー……」

     何度目かの絶頂に跳ねる身体を抑えつけ、まだ追い打ちをかける。つまり、かわいい赤いおさねにまた舌をつけて、ぬらぬら舐め回してやった。指と違って柔らかいし、そのものに滑りがあるので、あまり繊細な力加減はいらない。適当に動かしていればいいので、相手が暴れていてもなんとかなる。

    「うあっ、それむりっむり!」
    「んー」
    「ねえ、ひっ、……無理だってえ!」
    「……うるひゃい」

     もちろん、埋めた指も休まず動かし続けている。挿れた当初は狭くて動きにくかったその虚も、丹念に解して何度も抜き差しするうちに、抵抗をやめていった。持ち主の狂乱とは対照的である。
     あまりに動くので、両腕を浴衣の腰紐で縛ってある。それでも足をバタバタやったり腰を逃そうとしたり不自由な手で私の頭を押し退けようとしたりするので、邪魔くさくて仕方ない。渋々口を離す。

    「……あーもう。ホラ、お手ては頭の上。言ったでしょうが」
    「ゔゔぅ〜……、うあぁ、ん……」

     善い場所も力加減も、もう大体押さえた。今は、胎の裏側を指先でずっと掻いてやっている。丹念に丹念に、同じリズムで。積み重なり続ける快楽に耐えかねて、イブキはまた背中が反り始めている。私の指をきゅうきゅう締め付けてくる。つい先程絶頂したばかりだというのに。
     なんて素直で、貪欲な身体。浅ましくって、愛おしい。さっきからずっと貪っているのに、まだ口の中に唾が湧いて、まだ私はこの行為を続けたがっている。

    「……」
    「……ぁ、ミドリ、さ……きもちい……」

     駄目押しに、この台詞。ぐずぐずに蕩けた瞳で私を見つめて、鼻を啜りながら。
     たぶん何にも考えていない。イブキはただただ、感じたままに喋っているだけだ。それに勝手に燃え上がっているのは私の方。責任転嫁というか、八つ当たりに近いのは分かっているけど、どうにも止められない。

    「っあ゙ー……、かわいい。イブキのくせに……」

     自分の本能の、食欲に近い部分に突き動かされて、私は急いでイブキの唇を塞いだ。不安と罪悪感が追いつかないうちに、食べ切らなくちゃいけないし。

     迎え入れる彼女の舌を吸い出して、強めに甘噛みすると、熱い壁がさらに狭まって指が締め上げられる。

    「んぅ」

     噛んだところをそっと舐めとると、背筋がぶるりと震えて、鼻から恍惚と息が抜ける。

    「ふっ……んん」

     唇も舌も、指も。わざと音が鳴るように、空気を含ませて動かす。くちくち、ちゃくちゃく、粘着質な音は、頭の中に直接響いているようにさえ思える。
     やがて、腰が揺れだしたのに気付いて口を離してみると、イブキは半泣きになって自分の腕に頭を擦り付けていた。本当なら頭を掻きむしりたいのだろうが、縛られていて出来ないのだ。

    「ううぁ………また、またくる……!」
    「……ん。最っ高に気持ち良くしてあげる」

     耳元で囁いて、体勢と、指の動きを変えた。股を広げさせ背中を丸めさせ、腰を持ち上げるみたいにして、とちゅとちゅと奥を優しく叩く。イブキの気持ち良い場所をなるべく擦りながら、子宮も揺らしていく。
     同時に、また舐める。唇で軽く吸いながら、舌で押し潰すみたいにして。今度はどれだけ邪魔されても離してあげない。

    「っあ゙! やばいそれっ、やばいっ!」
    「……んー」

     途端に半狂乱になって逃げたがる腰を、なんとか片手で抱え込んだ。その腕にイブキの手が重なり、指が痛いほどに強く食い込む。縋り付く対象がそれしかないらしい。

    「はっ……! ひぁ、ぁ……っ!」
    「……」

     透明な液体があとからあとから溢れて、指の動きに合わせ、空気と混ざって泡立っていく。指を動かし難いくらい締まっているし、何度か強く収斂しているけど、まだいける。まだ底じゃない。
     柔らかな地獄の中、イブキは呼吸さえままならずに、目を強く瞑って健気に耐えている……。
     でももう終わりだ。彼女も、私も。

    「ひっ……、―――――――――」

     思い切り顎を逸らして、天井を仰いで。声すら出せないほど深くイブキは絶頂した。
    同時に私の視界も、チラチラと軽く明滅し。
     少しの間だけ、静かになった。

    ◇◇◇◇

     ひ、ひ、……と、浅く苦しそうな呼吸をしているイブキの頭を撫でてやりながら、蜂蜜色の額に浮かんだままの汗の玉を、ぼんやり眺めていた。

    (……あ。結局、当初の目的忘れてたわね。まあまた試すか)

     次もやるつもりでいる、己の浅薄さに自嘲はしつつも。なかなかに美味なる獲物であったので、一度きりというのも勿体なし。
     それにまあ、ここまでされてもこの子は変わらないだろうという謎の確信が、いつの間にか私の中に芽生えていた。感度がどうこうイキ方がどうこうではなく、私に対する態度の話だ。
     これまで寝た女の中には、濃密な夜を過ごした次の朝には急によそよそしくなってしまい、結局そのまま交流が途絶えてしまう人もいた。その機微は私にも覚えがあるのでお互い様だと思ってはいたが、例えたった一晩の関係であろうとも、多少の喪失感は覚えたものだ。
     ……でもイブキとは、そうはならないだろう。私は、願望に近いところでそう考える。だってイブキは、この子は、私の広く浅い交友関係の中においても飛び抜けて人懐こく、裏表のない人物で。ちょっと友達に無茶苦茶されたくらいでは見捨てないし、もしわだかまるものがあったなら、そう素直に真正面から、言葉にできる限りの全部を言ってくるはず。今までの、ちょっとした喧嘩の時だってそうだった。
     だから、そこは信頼していい。嫌なら嫌と言う、怒る時は怒る子だ。

    「ゔーー……」

     現に今、頭を撫でる私の腕を、唸りながら振り払おうとしているし。

    「はいはい、やめるやめる。……ふふ、落ち着いた? ご感想は?」

     ふざけて聞いてみると、イブキはほんの一瞬だけ、きろんとこちらを睨んだが。

    「……つっっっかれた」

     結局はベッドに転がったまま、やけっぱちみたいに元気に叫んだ。恨みも含みも一切ない声。うん、やはりいつも通りのイブキである。おかしみと少しの安心で、思わず笑みが溢れてしまう。

    「でしょうねえ」
    「っはーーーーー…………、マジで容赦ないじゃんミドリさん……」
    「興が乗ったわ、正直、少しだけ。やっぱり声も顔も悪くないわねえ、あんたは」
    「そりゃどーもー……」

     若干不服そうに唇は尖っているものの。イブキはもう、目はしぱしぱだし、手足なんか震えているし。もしかしたらひと汗かいて酒精は抜けたかもしれないが、そもそもこの子は夜更かしはあまりしない方だし。この分なら放っておいても自分から言い出すだろう、なんなら今すぐにでも。

    「もう寝る!」

     と。
     予想と違ったのは、その後に「三分ね! 三分だけ寝るから!」とくっついたこと。後もう一つ、宣言してもぞもぞ体勢を整えた、その次の瞬間にはもう「すう」とか寝息を立て始めたこと。この二つだった。

    「うわ……即寝じゃない。……相変わらず便利だこと」

     イブキは時々こんな風に、一瞬で眠りにつくことがある。しかもぐっすりと、本当に深く眠る。寝つきが悪く眠りの浅い私からすれば、羨ましいことこの上ない体質である。まあ今の寝落ちは、勿論疲れからくるものもあるだろう。あれだけ弄ばれたんだし。
     私も、少し疲れている。ちょっと伸びをして、肩を鳴らして、欠伸なんかしてみたり。

    「ふぁ……ぁー」

     脱力しきっているイブキの裸体を、ちらりと見る。ルームサービスの手により綺麗にベッドメイクがなされたその上で遊んでいて、そのままイブキは寝てしまったので、掛け布団は今彼女の下敷きになっている。無理やり引っ張り出しても起きやしないだろうけど……なんとなくやめておいた。
     代わりに、寝巻きに使っている浴衣を出してきてそれを被せてやる。普段の泊まりの時も寝巻きの貸し借りはよくしているので、その延長だ。ついでに自分だけ水分補給して、煙草も取ってきた。
     一服したら、私も寝よう。もし途中で起きて気が向いたら、浴衣をちゃんと着せてやってもいいかもしれない。そんなことを考えながら足を組んで、箱から煙草を咥え出したところで。

    「……ぷうー」

     唐突にぐっすりイブキちゃんから変な音がした。

    「ぷ。なにそれ」

     思わず吹き出しながら、振り返って彼女の方を見る。これもいびきなんだろうか。イブキは勿論返事をしないで横たわっている。ぐうとぷうの間みたいな鳴き声……というか、寝息を立てながら。

     その寝顔を、ふとまじまじと見つめる。薄い傷跡によって端が掠れてしまっている、形の良い眉。スッキリと通る鼻筋。薄く開いたあどけない唇。長い睫毛がランプの光を弾いている。その下にある瞳の色を、私は知っている……けれども。
     今は、どこをどう切り取ったとしても、『健康的』とか『子供のよう』としか形容できない。そんないとけない、無邪気な寝顔だった。
     この夜の、本格的な始まりのきっかけとなった、そして最中何度か目にしたあの表情は……あの扇情的な雰囲気は、一体どこに消えたのだろうか。パーツは全て同じだというのに、今は一切欠片もない。

    (……まあ、いっか)

     気怠い充実感を楽しむ方を優先して、私は機嫌良く思考を放棄した。煙草に火を点け、深く吸って。

    「はー…………、おいし。」

     吐いた煙とともに緊張も手放した、その瞬間。
     背後で寝ていたはずのイブキが、突如――起き上がって大声を出した。

    「復! 活」
    「……」

     あまりの事にビビりすぎて声も出せず固まる私に後ろから抱きついて、イブキは爽やかに「じゃあ、次はわたしの番ね!」と宣言したのだった。

    ◇◇◇◇

    □後半□

    「はぁっ えっちょっちょっと待ちなさいよ、まだ吸ってる……!」
    「やーだ、待たなーい」

     甘ったれたふざけ声に似合わぬ馬鹿力で、私を雁字搦めにするイブキの腕。油断しきっていたところに突然しがみつかれたものだから、危うく煙草の火種をベッドにバラ撒きかけた。

    「それ早くどっかやってよぉ、危ないでしょ~」
    「そう思うならちょっとは大人しくしてなさいって! んあぁもう、分かった、分かったから!」

     今の今までぷーすか寝息を立てていた人間の物とは思えない明朗な声、これからすぐにでも大剣を振り回せそうな腕力。どう見てもスッキリ覚醒している。先程まで善がり狂って泣き喚いていた痕跡も、夢か幻だったのではないかと疑いたくなるほど、跡形もなく消え去ってしまった。
     私は寝起きが悪いからちょっと羨ましい、なんて言ってる場合じゃない。勿体ないけれどイブキの言う通り、とりあえず煙草をどうにかしなければ。
     灰皿はどこだっけ。ああそうだ、あの樽の上に――

    「――んふっ」

     ベッドサイドへ慌てて手を伸ばしたことで無防備になった首に、ふにゅっと温かく柔らかい物が触れて、思わずあられもない声が出てしまった。イブキに口付けられたのだと分かってすぐに呼吸ごと飲み込んだけれど、手遅れなのは明らか。
     絶対に揶揄われる。私は即座に確信した。煙草で手が埋まっていて、反射的にぶっ叩けなかったのがとても悔やまれる。何はともあれこのままではベッドを焦がすので、私は無駄遣いされた哀れな煙草に別れを告げ、逆ギレもしくは誤魔化しの準備を万端に整えて、イブキの次なる出方を臨戦態勢で待った。

     ……が、予想に反して、イブキはいつまで経っても、私の顔を覗き込んではこない。ケタケタと笑う声も、一向に聞こえてこない。
     代わりに、妙にゆっくりと身体を離したイブキの短い前髪が、私の背中を微かに擽る。それから鼻先と吐息がふわりと肌を掠め、次いで、身柱――ちょうど肩甲骨の間辺りに、柔らかな唇が吸い付いた。

    「っ!」

     今度は声こそ堪えたが、大仰に立てられたちゅうっという音と痺れるような刺激に、肩が震えてしまった。
     気付かれていないはずがない。それでもイブキは、私の身体を後ろから抱え込んだまま動こうとしない。怪しい。怪しすぎる。一体何を企んでいる?
     しかし、私が訝しみ始めるとすぐに、イブキはその不審な行動の理由を自らあっさり告げてきた。

    「これだったら少し気楽でしょ? 顔見えないから」
    「っ、なっ……」

     言葉に詰まってしまった。図星だったから。
     顔が見えようが見えまいが、イブキにとってはさしたる問題ではないだろう(多分)。つまり……認めたくはないけれど、これは、彼女なりの私への気遣いだ。
     何にも分かっていないような顔をして、この子は時々こういう、人の頭の中を何もかも見透かしたような事を言う。何の裏も屈託もない、まっさらな目をして。そうやって実に器用に、するんと他人の心の隙間に入り込むのだ、この子は。

     それなりに長い付き合いだ。たとえ顔は見えていなくとも、イブキがさぞかし上機嫌な微笑みを浮かべているであろうことは、気配だけで嫌と言うほど分かる。私がそうなのだから、きっと向こうもそう。イブキの脳裏には、今の私がどんな顔をしているかがありありと思い浮かんでいるのだろうし、その想像はおそらく正しい。図星を突かれた驚きと悔しさ、一抹の気恥ずかしさがごちゃごちゃに入り交じった、とてもじゃないけど見せられたものではない顔をしているに決まっている。
     腹立たしいったらありゃしない。生意気なのだ、イブキのくせに。でも、それを言って「じゃあ正面に回ってもいいのか」とでも返されようものなら、困るのは私。ならば私は、ただ口を噤むしかないではないか。

    「髪、どけるよ」
    「!」

     私が態度を決めかねて硬直している間に、イブキは束ねた私の後ろ髪を手に取り、肩の上を通してふわりと前へ垂らした。その手付きが存外丁寧なのは、私が髪に並々ならぬこだわりを持っていることを、ちゃんと知っているからだろう。
     またしても、生意気。

    「ちょっと。気安く触んないでよ」

     何かしら文句をつけずにはいられなくて、ついチクリと毒づいた。けれどイブキはそんな物では動じやしない。

    「ごめんごめん。でもほら、汚れたらダメじゃん。なんかこう、汗とか」
    「……へぇ。私に汗をかかせる予定があるってこと? 結構な自信ね」
    「あはは! 別に自信とかそういうんじゃないけど。一応ね、一応」

     驚異的なペースで生意気ポイントを稼ぎまくりながら、イブキはあっけらかんと笑って、再び私の背中にぺったり張り付いた。
     首から肩へ回された両腕にぐいっと引き寄せられ、イブキに身体を預けるような形になる。試しにそのまま思いきり体重をかけてやったが、びくともしなかった。私より小柄なのに、さっきまではヘロヘロだったくせに、体幹が化け物なのだ。この調子なら、生意気ポイントのカンストはそう遠くないと思う。

    「交代させろとか言っといてアレなんだけど、わたしこういうの初めてだからさぁ。できればどこが良いとか、どうしてほしいとか、教えて……くれないよねぇ~、ミドリさんは」
    「よく分かってるじゃない。絶っ対イヤ」
    「ちぇー。けちー」

     そこまで会話した瞬間。
     私の肩に顎を乗せて唇を尖らせていたイブキの横顔が――不意に、知らない人間の物になった。

    「じゃあ、好き勝手するからね」

     日頃の喧しさが嘘のような、低く短い囁き。
     鷲掴みにされた心臓が、ギチッと音を立てた。

    「怒んないでよ?」
    「……ふん。どうぞ、ご自由に」

     顔を背けてそう吐き捨てた私の強がりに、肩へのご機嫌な口付け一つで返事をするイブキ。私の動揺を知ってか知らずか、すぐさま嬉しそうに私をぎゅうっと抱きすくめ、全身をわしゃわしゃと撫で回し始めた。

     両腕の内側に私を閉じ込め、私の肌をあちらこちらと掌で丹念にさすりながら、頚や背中の至る所に口付けを落とし、時々思い付いたようにかぷりと甘噛みし、そこを大事に大事にぺろぺろと舐める。
     テクニックもコミュニケーションもあったもんじゃない。愛撫と言うよりグルーミングだ。とは言えそれは思いのほか心地好く、私の身体から少しずつ緊張が抜けていく。イブキらしいなと微笑ましい気持ちにすらなり、先程イブキが不意に見せたギャップを忘れそうになった。しかし、かと思えば、

    「……はぁ、きれい。ずっと触ってたい……」

     急にそんな事を言うものだから、どうにも調子が狂う。

    「……こんな調子でずっと? 寝るわよ私」
    「えーやだ、ダメ。大丈夫、ちゃんとやるから」
    「何よちゃんとって」
    「んー? 分かんないけど」

     揶揄してやったつもりだったのに、相変わらずまるで堪えていない。チクンとやった程度では糠に釘。まぁ、イブキがマイペースなのはいつものことだから、それはいいとする。
     とは言え、イブキの声は随分間延びしているし、掌も身体もぽかぽかと温かい。今は非日常感に浮かされているから元気だが、やはり身体は眠いのだろう。お子ちゃまなのだ、どこまでいっても。
     自分の番だと張り切ってはいたけれど、このまま「好き勝手」にさせておけば、イブキの方がそのうち寝落ちするかもしれない。それも悪くないかと、さながらぐずる赤子に添い寝する母親のような気分で、私は身体の力を抜いた。

     しかし、寝かしつけられる赤子にしては主張が強い。やたらと自分の身体をぐいぐい押し付けてくるのだ。私の背中で無惨に押し潰されているであろうイブキの小振りな胸も、私を抱き竦める腕の内側も、下半身に絡み付く引き締まった脚も、触れる所全てが、熱病を疑いたくなるほど熱い。じわりと滲み始めている二人の間の汗は果たして、「眠たい赤ちゃん」と嗤うにはあまりに熱すぎるイブキのものか、それに包み込まれている私のものか?
     時折聞こえる悩ましげな溜息も気に懸かる。身体に篭った熱に耐えかねて押し出されたような、掠れた吐息。寝息でも欠伸でもないそれは、真夏の密林と同じ類いの湿り気を明確に帯びていて、余裕ぶっていたはずの私を存分に混乱させた。

    「はぁ……きもちぃ……」
    「……っ」

     とうとう耳許でうっとりとそう呟かれて、ぞわりと首筋に鳥肌が立った。だってこれじゃあまるで、イブキが全身で私の身体を「美味しい、美味しい」と味わっているみたいではないか。暴かれるのとも弄ばれるのとも違う、極めて純粋な『求められている』感覚。それがきゅうきゅうと、甘く切なく胸を締め付ける。
     私は自分が大きな勘違いをしていたことに気付き、密かにごくりと生唾を飲み込んだ。

    (この子……私の身体を使って、私の身体に……欲情してる……)

     気付きたくなかった。でも、気付いてしまった。そうすれば私の貪欲な身体はたちまち期待に逆上せ、ただでさえ敏感な全身の感覚を鋭く研ぎ澄まして、更なる愛撫を求めてしまう。
     そうこうしている間に、イブキの手がいよいよ際どい所にも伸びてきた。下から胸を掬い上げ、臍の周り、腰から太腿を滑る掌は徐々に内側へ。侵攻が皮膚の薄い箇所へ迫るにつれて、イブキの掌や指先から伝わってくる体温が、じりじりと私の神経を昂らせる。

     でも、何故か……核心には触れてこない。もっと敏感な場所が、「触ってくれ」と言わんばかりに存在を主張している物が、上にも下にも、すぐそこにあるのに。
     攻めの経験がないとは言っていたが、自分だって女なんだから、知らないわけじゃないだろうに。何ならさっき散々教え込んだはずだ。女の身体が、どこをどうすればどうなるか。
     一事が万事ストレートなこの子が、焦らしプレイなんて小洒落た真似をするとは思えない。興奮と戸惑いがない交ぜになったような覚束ない手付きからは、そんな事をする余裕の類いもまるで感じられない。じゃあ、どうして?

    (遠慮でもしてるの……? らしくないじゃない、なんでよ。なんで)

     幼稚な苛立ちはいとも容易く焦燥と渇望にすり変わり、私はすぐに我慢ならなくなった。さりげない身動ぎを装って自ら『当てに』いく。そこじゃない、もっと、早くしろ、と。
     が……それでも。あと少しのところで、ことごとく当たらないのだ。私の中で膨らみつつあった疑念は、あっという間に確信に変わった。

    (わざと……避けてる……)

     どうして。正直言って死ぬほどもどかしい。早くもっとイイ所に触れてほしくて、堪えていなければ背筋や腰が勝手にくねってしまいそうだ。
     けれどそんな事は死んでも口にできない。できるわけがない。だって、相手はイブキなのだ。『戯れに』『約束したから』『一時的に』主導権を貸してやっているだけ。ダチに媚びて愛撫を強請るなんて無様を晒すくらいなら、舌でも噛み切って死んだ方がマシだ。でも、欲しい所を放っておかれたままなのは、辛くて苦しくて、身体が疼いてしょうがない。

     私がプライドと肉欲の狭間で葛藤している間にも、イブキの両手は私の肌膚をふらふらと彷徨っては、美味しそうに撫で擦り、あちらこちらへ時折短い爪を立て――ついに、上下それぞれの下着の内側へ、指先を滑り込ませてきた。

    「!」

     待たされに待たされて焦れた所が、一斉にキュンと悲鳴を上げた。やっと来た。早く、早く、早く。今にも喉から願望が漏れ出しそう。
     けれど、私のそんな願いも空しく、とうとうイブキは動きを完全に止めた。痛いほど尖った胸の先端や熱の篭った秘所に、触れる寸前で。

    「……?」

     劣情にまみれた表情をあちらへ見せない程度に、横目で様子を窺う。イブキは私の肩に顎を乗せたまま、俯いて黙っている。視線が、私の身体ではないどこかを泳いでいるように見える。

    「……ねぇ、ミドリさん」
    「な……何よ」

     急に呼ばれて驚き、さらに困惑と苛立ちも混じって、声音が刺々しくなってしまった。が、何やら真剣に固まっているイブキは、それどころではないようだ。
     私の目をチラッと横目で見てからすぐに目を逸らし、こう尋ねてきた。

    「これ以上やったら、今までとなんか変わる?」
    「……は?」

     思わず呆気に取られてぐるんと振り返ってしまった。
     そこにあったのは、あの明朗快活なイブキの物だとは思えないような、自信なさげで迷いに満ちた顔。まるで初めから私が振り向くのを分かっていたように、深い琥珀の色をした瞳が、じっと私の目を見つめている。

    「変わるなら、やめる」

     少しだけ、目と声に力が篭った。強い意思が感じられる、短い言葉。

    ――今までと変わるなら、やめる。

     妙に遠慮がちだった理由は、これか。
     私は呆れ、盛大に吹き出した。

    「……ぷっ。あんだけやられといて? こんだけやっといて? ふっ、ふふふっ……!」

     どうやらイブキの中では、自分がオモチャにされるのと攻める側になるのは全くの別物だったらしい。それならそれで、ウジウジ悩んでないでもっと早く聞けばいいのに。笑い出したらもう可笑しくて堪らなくなって、思わず涙目になるほど笑い崩れてしまった。
     肩で息をしながらなんとか顔を上げて振り向けば、イブキは不満げに眉をひん曲げ、鼻の頭に皺を寄せて、子供のようにむくれている。むすっと黙りこくった顔には「真面目に言ったのに」とはっきり書いてあった。ますます可笑しい。本当に分かりやすい子だこと。

     分かってる。イブキは気取った格好のつけ方なんて知らない。気の利いた嘘なんか絶対に吐けやしない。難しい事は分からないし、思った通りの事しか言わない。そのイブキが、ここまで来ておいて「変わるならやめる」と言った。つまり――
     やめた。そこから先は考えないことにする。なんだか急に、胸の端がむず痒くなってきたので。

     一息ついて、背中に張り付いたまま拗ねているイブキの脇腹を、肘で強めに小突いた。イブキは「うぇ」と小さく呻いて腕に込めた力を緩め、すぐさまくりっとした真ん丸の目で、訝しむように私を見上げる。……なんとまぁ、おマヌケな顔。

    (でも……この小さな頭で、そんな事を考えてたとはね)

     ならばこちらも腹を括ってやらなければ、義に欠けるというもの。約束は約束だし。こっちも、やりたい放題やらせてもらったのだし。
     私はイブキの狭いこめかみをちょいと突ついて、無用な心配も、ついでにさっき自分が感じたむず痒さも、まとめて鼻で笑い飛ばしてやった。

    「バーカ、変わんないわよ。あんたは変えたいの? 私は、お断りだけど」
    「……」

     つまり「引き続き私に触れることを許す」という意味である。片頬で笑って見せた私をじいっと見つめるイブキの瞳が、何かの感情に呼応して小さく震えた、ような気がする。
     やがてその揺らぎが止まった瞬間、琥珀色の瞳はへらっと細められた瞼に隠れ、安心しきった笑顔の奥へ吸い込まれていった。

    「えへへ、よかったぁ」
    「っんッ」

     少し間の抜けた呟きと笑顔に私が気を緩めた瞬間、下着の端に引っかかるような形で止まっていたイブキの手が、一気にぐいっと押し入ってきた。上も、下も、同時に。
     そこには、刺激を待ち望んで限界まで張り詰めていた、私の欲望の核が。

    「――っ」

     弾けてしまった、かもしれない。
     待ては嫌いなのに、待たされすぎたのだ。しかも急すぎ。イブキの指先が軽くそれらを掠めただけで呼吸が引き攣り、全身に痺れるような衝撃が走った。

    「え、そんなに?」
    「……!」

     そしてすぐさま、ポカンとしたような声が後ろから聞こえた。
     他意はないだろう。イブキはただ驚いただけ。私を辱しめる意図も、煽るつもりもない――だろうが、イブキのその一言で、私の身体を巡る血液は一滴残らず瞬時に沸騰した。

    「……あは。ごめんねぇ、モタモタしちゃって」

     私の沈黙と肩の震えを肯定と取ったらしいイブキは、憎たらしいほど素直な謝罪を口にしながら、下の右手と上の左手それぞれの指先を、くるくると楽しげに遊ばせ始めた。これにも他意はきっとない。だってこの子は思った事しか言わないから。「ごめん」は本当に「ごめん」の意味で、にわかに調子付いた指の動きとそれは、全く関係ないのだ。

    「こっからはちゃんとやるから」

     いつもとは別人のように柔らかく低い声が、私の鼓膜と脳を揺らした。何もかもが生意気で癇に触る。怒りと恥ずかしさで胃が捻じ切れそうだ。なのに、身体は「お預け」からの解放に喜び、悦び、急速に私の制御下を離れていく。
     固く尖った二つの頂点が、浅ましくべっとり濡れた花芯が、たどたどしい細指に撫でられ擦られ、時折きゅうっと摘ままれる。その度に私は縮こまった身体を震わせ、声を決して漏らさぬよう限界まで呼吸を止め、引き結んだ唇の下で歯を食い縛って、ひたすら耐えた。こんな戯れごときに陥落してたまるか、この程度で暴かれてたまるか、と。

     だが――逆効果だった。

    (嘘でしょ……ヤバい、イきそう……!)

     耐えれば耐えるだけ、押し寄せる波の反動が大きくなってしまう。歯軋りするほどの悔しさも、快感に変換されれば御しようのない荒波となって容赦なく襲いかかってくる。散々焦らされて脆くなっていた私の強固な堤防は、最早どこもかしこも亀裂だらけで。

    (ヤバいヤバいヤバい、無理無理無理……――)
    「っぅ……ッ……」

     隙間から快感が吹き出して、抱き締められた身体がガクガクと震えて、頭が、真っ白になって。
     私は、呆気なく決壊した。

    「……」

     私の痙攣を全身で受け止めきったイブキが、ひゅんっと息を呑んだ。
     が、何も言わない。そして、静止していたのはほんの一瞬。左手で私の心臓を握り締め、自分の脚を私の脚へ絡めて割り広げながら、愛液にまみれた右手を、にゅるりと更に下へ。イブキの判断の早さに私は戦慄した。

    「っは、は、う、……うんっ……」

    (待って、やだ、待って)

    「――~~っ」

     イブキの細くも逞しい指が、声も出せずに怯える私の中へ、何の抵抗もなくずぶずぶと沈んでいく。一本、後を追うようにもう一本。ほんの少し曲げられた指の節に浅い所をぐりっと擦られ、思わずイブキに預けた背中が反り返ってしまった。

    「うぁ……すご、あつ……」
    「……!」
    「はは……ぐっちゃぐちゃ……」

     陶然とした様子のイブキが、蚊の鳴くようなか細い声で呟いた。熱に浮かされて上擦った声には、純粋な興奮と喜色が滲み出ている。また、これだ。どうせイブキには私の羞恥心を煽る気なんかさらさらないのに、分かっているのに、どうしようもなく心が乱されてしまう。私は発狂して頭を掻き毟りたくなった。
     自分だってさっきはそうだったくせに――そんな減らず口を叩く余裕もないのが歯痒い。言ってやりたい。どろどろに溶けきったイブキの中が、どれだけいやらしく私の指を舐めしゃぶっていたか、もう一度突き付けてやりたい。
     でも、こんなになる予定ではなかったのだ。口を開けば悪態より先にひっくり返った嬌声を漏らしてしまいそうで、私には、唇を噛んで耐え忍ぶ以外の選択肢がない。

     イブキの指がゆっくりゆっくりと、蕩けた私の中を泳ぎ、半端に投げ出した両脚の内側が、私の意思とは無関係にヒクヒクと震えた。沼地を探索する時の足音とそっくりな粘っこい水音が、私の中心からみるみる溢れてくる。城塞高地の樹液の沼。そう、あの泥濘を歩いた時の音に、私が立てる音はよく似ていた。
     するとふと何故か、息を殺して物陰からモンスターを見つめる時のイブキの目が、脳裏に浮かんだ。生物の一挙手一投足を一つたりとも見逃すまいとする彼女の瞳には、時としてどこか恍惚の色さえ見えることがある。根拠はないけれど……イブキは今も、同じ目をしているような気がするのだ。

     指、掌、二の腕、胸、腰、脚、頬、額、唇――イブキは私に触れている全ての部位の感覚を通して、じっくりと詳細に、私の何かを、何もかもを、確かめようとしているようだった。思いの外ゆるやかで繊細な指先の動きからじわじわと流れ込んでくる「もっと知りたい、全部知りたい」というイブキの意思。きっと今なら、私の内壁が僅かにひくついただけでもイブキは気付く。そして一つ一つ丁寧に記憶していくのだろう。「ここをこうすれば、こう動く」といった具合に。
     自分の存在そのものを、身体の裏側からじいっと観察されているようだ。頭がそう考えれば、心には今すぐ消え去りたいほどの羞恥が湧き上がってくる。恥ずかしさを覚えるほど身体は悦んで、ますます柔らかく蕩けてしまう。

     ぐっしょり濡れて用を為さなくなってしまった下着が、やや乱暴に足から抜き取られた。イブキの足で。器用なものだがまるで猿である。しかし。

     すん。すん。

     その衣擦れの音に混じってやたらとイブキの鼻息が聞こえることに気付き、不覚にも、雑な下着の取り扱いについて文句を言い損ねてしまった。

     すん。すん。

     まだやっている。どうやら、首筋の匂いを念入りに嗅いでいるらしい。私は少しだけ冷静さを取り戻した。何をしてるんだ、コイツは。

    「な……何してんの……?」
    「なんか、いい匂いする、から……」
    「……っ……はっ、はぁ……」

    (何よ、匂いって…… 獣じゃあるまいし……!)

     股座に顔を埋めて気を違えた男ならともかく、たかが首を嗅いでそんな事を宣う女は初めて見た。性的興奮によって分泌されたホルモンだかフェロモンだかを嗅ぎ取っているとでも言うのだろうか? いくら手練れのハンターだとは言え、人間の鼻で?
     ……でも、本能のままに生きていそうなこの子なら、匂いで興奮してもおかしくないような気はする。訳が分からないけれど、妙に納得してしまった。
     こういう時の私の嫌な予感は、自分でも嫌になるほどよく当たる。今回もそのようだった。つまり、みるみるうちにイブキの呼吸が乱れ、中をかき回す指の動きが激しくなってきたのだ。
     どうやら私の微細な反応を概ね把握しきったらしいイブキの指が、ぐりっ、と、腹の内側の一等弱い所を、掻いた。

    「か、ふっ……」
    「……ここ?」

     しくじった。「そうだ」なんて、絶対に勘づかせたくなかったのに。

    「……オッケー、ここね」
    「~~~」

     余裕のない中にも明確な喜びを滲ませたイブキの低い声が、頭に響く。はしゃいだようにそこを執拗に抉り始める指先。違うと言いたいけれど、言えない。声が出せない。悔しい、悔しい、悔しい。

    「あと……これも、かな……?」
    「んんっ……んぅっ……!」

     添うような形で掌ごとべったりと密着していたイブキの手首が、私の中心に指先を向ける形に、角度を変えた。「マズい」と考える隙すら与えてもらえない。ついには派手に飛沫を散らして、二本の指をじゅぷじゅぷと抜き差しし始めた。
     闇雲に引っ掻き回しているようでその実、繊細な膣の蠕動をきっちり読み取って、的確に弱点を突いてくる。浮かせた掌は器用に外の核を時々掠めていくし、じゃあ左手は遊んでいるかと思いきや、しっかり私の胸を支えて指先で先端を弄り回しているし、堪ったものではない。

     私は混乱の極致にあった。女を攻めた経験がないなんて嘘じゃないのか? いや、そんな事で嘘をつくようなヤツじゃない。じゃあ天賦の才? だとしたらムカつくことこの上ない話だ。興味も経験もロクにないくせに。
     でも、ここでそれを言ったら「あんた上手いわね、気持ち良いわ」なんて言っているも同然、そんなのは死んでもごめんだ。とあらば、私は必死に唇を噛んで、イブキへの疑念も漏れ出してしまう声も、与えられる快感も、まとめて飲み込み続けるしかない。

    (……く、苦しい……っ)

     しかし、とにかく休みがないのである。こちらが呼吸を犠牲にして声を我慢していることなどお構いなしだ。いくら心肺を鍛えているとは言っても、肺に留めておける酸素は有限。さすがに、息が続かなくなってきた。

    「んっ……ぷはぁっ、あ、ちょっ、ちょっと待っ……!」

     口を塞がれているわけでも首を絞められているわけでもないので、苦しいのはこちらの勝手なのだけれど、このままでは窒息してしまう。
     私は前へ体勢を崩して両手を布団に突き、腰にしがみついたイブキを半ば引きずるように、這って逃げ出そうとした。とにかく一度、落ち着いて息がしたい一心で。

    「どこ行くの」
    「いッ」

     突如、うなじに激痛が走った。
     のしかかってきたイブキに押し潰され、噛みつかれたのだ。

    「ッ、何すんのよ」

     思いがけない痛みと怒りで、身体を支配していた甘い快楽が吹っ飛んだ。それくらい激しく噛まれて、いや、齧られている。急所である、首を。
     私の金切り声にもイブキは一切反応せず、食らいついた口に更に力を込めた。まるきり獲物を仕留めにかかる獣のやり口、洒落にならない。しかし反撃しようにも、無理に大きく体勢を変えようとすれば、そのまま首を食い千切られかねない勢いだ。

    「こっ、こんのォ……っ」
    「んぐッ!」

     苦し紛れ、脇腹に本気の肘鉄をぶち込む。イブキの口から息を詰めた呻き声が漏れた。やったか?
     と思ったが、すぐに腕ごとぐるりと片手で抱え込まれて、うつ伏せで頭をベッドに押し付けられてしまった。そこへすかさず覆い被さってくるイブキ。尋常ではない力と圧だ。動けない。
     イブキは逃げようとする私の腰を片腕で抱え上げながら、今度は肩にがっぷり齧りついた。歯が肉にギリギリと食い込み、痛みと「喰われる」という本能的な恐怖に侵食され始めた私は、闇雲に暴れて抵抗した。

    「うぁっ いっ、痛……! ちょっイブキ、痛い! 離して、離せっ、て……――ッ」
    「やだ」
    「いっ――」

    (コイツ……話、通じない……!)

     私が身体を捩ろうとする度にイブキは低く唸り、こちらの首だの肩だのに片っ端からガジガジと齧りつく。理性も何もあったものではない。まるきり、捕らえた獲物にとどめを刺す時の肉食獣、若しくは雌のうなじに噛みついて犯す雄獅子だ。
     そうやって私を制圧しながらも、私を貫いたイブキの指は一向に止まらず、中を乱暴にぐじゅぐじゅとかき回す。時折聞こえる声はかろうじて人語の体を成してはいるが、極めて虚ろだった。

    「していいって、言った」
    「……く、ぅ……っ!」
    「言ったよね……?」

    (言ったけど! 言ったけど……こんなになるなんて、聞いてない……)

     ふーっ、ふーっ。めちゃくちゃに乱れて威嚇じみたイブキの呼吸が、熱波となって私の肌と耳を焦がす。触れている手も頬も、密着した肌も、どこもかしこが焼けるように熱い。
     普段とのあまりのギャップに曝され続け、脳が処理能力の限界を超えたらしい。私は、痛いんだか気持ち良いのだか、何がなんだか分からなくなってきた。一体、何をされている? 荒々しく私の腰を抱き竦めているこれは、誰? 子宮が何度も何度も突き上げられる、またどこか噛まれた、快感、寒気、激痛、内襞が擦られて背筋に苛烈な毒が回る、痛い? 気持ち良い? どこが、どうなって、何?

     抱き上げられて突き出すような形になっていた腰が、不意にがくんと落ちた。私の両脚の間にイブキが身体ごと押し入って、脚を大きく広げたせいだ。
     これまでよりも更に奥へと潜り込んできた指が、次の瞬間には腹の裏側の一際柔らかい壁を浅い所まで一息に掻く。ぐじゅっ、と桃の果実を握り潰したような音がして、熱い液体が脚の間に迸った。

    「っ、ぅ、ふっ、ぅ……!」

     嘔吐しそうなほどの快感に身を震わせたのも束の間、酸欠で激しい眩暈を覚えた。息が苦しい。ダメだ、もたない。
     堪らず呼吸のために口を開けば、待ってましたとばかりにそこへ指を突っ込まれた。二本? 三本? 分からない。とにかく口の中がいっぱいになって、閉じられなくなって。

    「あう……うぅっ、ぅあ……!」

     口内を好き勝手に犯され、舌を弄ばれ、顎を押し広げられて、これまで必死に押し留めてきた声がダラダラと溢れ出してしまう。嫌だ、ダメだ、こんなの聞かせたくない。やめて、聞かないで。そう喚き立てようにも、喋るのに必要な器官はイブキに引っ掻き回されて役に立たない。
     慌てて、無我夢中で歯を食い縛った。ほとんど無意識に。そうすれば当然、そこにあるイブキの指を、思い切り噛んでしまうことになる。

    「うっ」

     悪気は本当に全くなかったのだけれど、加減する余裕も全くなかったので、掛け値なしの本気噛みである。イブキが痛みに呻いて動きを止め、私は口内に血の味が広がらなかったことに一瞬安堵した。ついでに、このアクシデントでイブキが我に返ってくれれば、やっと安心して息ができる、とも。
     しかし、世の中そんなに甘くはなかった。怯んだように見えたイブキだったが、喉の奥でぐるると唸るや否や、またしても容赦なく私の背中や腰に噛みついてきたのだ。我に返るどころか、どうやら指を噛まれた痛みで更に興奮したらしい。
     悲鳴を上げながら私は悟った。このまま食われるしか道はない。この獣は、何をしても止まらないのだと。

    「……うぅ……うぁあうぅっ、うぅぅ……うーっ……!」
    「あは……その声ヤバい……死にそう……」

     譫言みたいな声が聞こえたかと思ったら、口から指を引き抜かれ、今度はその手で強引に顎を掴まれた。

    「」

     イブキの指をべっとり濡らした自分の唾液で頬が汚れる。しかしそれに構う暇もなく視界がぐるんと回転し、焦げ付いた蜂蜜の瞳と視線が交わるや否や、唇へ遮二無二むしゃぶりつかれた。

    (顔見ないって言ったのに……!)

     約束が違う。それを口実になんとか抵抗しようと――思ったが、やめた。口実にしたかった約束は、破られていなかったから。
     瞼はうっすらと開いてこそいるけれど、無我夢中で私の舌をしゃぶるイブキの瞳には、何も映っていない。ただ顔面が向き合っているだけで、私の顔など見ていないのだ。長い睫毛の下には、私の身体を貪る悦楽に支配されながら雄にも雌にもなりきれないもどかしさに震える、濡れた琥珀があるだけだった。

    「……んむ、ふぅ……ふぁ……」

     キスの隙間からイブキの切羽詰まった吐息が漏れて、私のそれと混じり合う。私の口の中をがむしゃらに引っ掻き回しながら、イブキも私と同じく、息をするのにも必死になっている。
     一心不乱――だからだろうか。私にとっては大変マズいことになってきた。おそらくはキスに夢中になっているせいで、下で暴れていたイブキの手が、徐々に大人しくなってきたのだ。

    「……ぅ……っ」

     今漏れたのはイブキではなく、私の声。マズい。これは非常にマズい。
     イブキは相変わらず無我のまま私を貪っているだけ。緩急をつけているつもりなどないのだろう。でも、今まで散々激しくされて麻痺しかかっていた私の急所は、不意のゆるい刺激でみるみる緊張を解き、鋭敏な感覚を、取り戻し始めている。

    「っう、いっ、いぅひ、っふ、あ、ぁ」

     塞がれた唇の間から漏れる声が止まらない。名前すら上手く呼べない。止められない。
     そしてさらにマズいことに……全てが『噛み合って』しまった。不規則に胎内を往復する指、時折陰核を擦る指の付け根や掌、緩慢になった全ての動きや力加減が、私にとって最も心地好いリズムに、とうとうピタリと一致したのだ。
     急激に体温が上がって汗が吹き出した。心臓がのたうち回る。腰からじんわりと湧き出す快感が、神経を伝って全身へと広がっていく。
     ダメだ。壊れてしまう。これまで守ってきた心の砦が、ずっと取り繕ってきた「私」が。淫猥な水音と共に、崩れ去っていく。

    (ヤバい、また……!)

     チカッときた目を思わず見開いたら、薄く開いた瞼の下、濡れた琥珀と目が合った。
     その瞬間。イブキの瞳が僅かに人らしい光を取り戻すと同時にふにゃっと蕩け、舌をより一層奥深くまで絡め取られ、私を雁字搦めにしていた腕がぎゅうっと締まり……その、イブキの腕から、力が抜けた。

    「っあ……あ……ぅ……っふ、はぁ……」

    (え……イブキ、もしかして……イッた……?)

     かろうじて意識の端で疑問と驚きを覚えることはできたが、真偽を確かめる余裕はなかった。
     唇を離して息を切らしながらも、おそらくもう無意識に動かしているのであろうイブキの手。ゆるりゆるりと私の中をかき混ぜるその鈍重な動作に、もはや意思の束縛から完全に離れてしまった私の腰は、勝手にリズムを合わせて揺蕩っている。下半身が甘く痺れ、快感が隅々まで行き渡り、肌に触れる何もかもが快感に変わっていく。

     ずるん、と、イブキの指が底の底へ滑り込み、私の最も深い所に突き当たった瞬間。身体が、心が、完全に白旗を上げた。
     あとはもう脈打って、溢れて、膨らんで、膨らんで。

    「んっ、っふぁ、んぅ……――」

     声が死んで、折れるほど背を反らして、何も聞こえなくなって。もう一度、息が詰まるほど抱き締められて、そのまま二人で崩れ落ちて。
     ――終わった。何もかも。

    ◇◇◇◇

    「ふぅっ……ぅ……ふう……ふぅ……」
    「……」

     汗みずくで折り重なったまま、どれほど時間が経っただろう。
     互いの肉体の境界すら見失った私とイブキは、心身ともにどろどろに溶け混じっていた。このまま二度と指先一本動かせないのではないか。疲れ切った身体があまりに重くて、そんな錯覚に陥りそうにさえなった。
     しかしそれも永遠ではない。乱れた呼吸が落ち着きを取り戻し、靄の中にいるようだった意識が徐々に晴れてくるにつれ、静止していた時間がようやく少しずつ動き出した。

    「……ねぇ……いつまで呆けてる気……? 重いん、だけど」

     自分でも呆れるほどの掠れ声でなんとか毒づき、私を下敷きにして固まっているイブキを、強引に肘で押し退ける。密着した肌の間に閉じ込められていた熱が一気に霧散し、心地好く冷えた深更の空気が、どちらの物ともつかない汗でしとどに濡れた私の背中をひやりと撫でた。

    「んぁ」

     イブキも正気を取り戻したようだ。私に追いやられるままに身を起こして後ろへ下がり、ぺたんと尻餅をついて、なんとも腑抜けた声を一つ。先程までの獣じみた猛々しさはどこへやら、見るからに脱力しきった手足を無造作に投げ出して呆然としている。とりあえず足は閉じなさい、お馬鹿。

     脱け殻になってしまったイブキは放っておいて、私は手近にあったくしゃくしゃの浴衣を適当に羽織りつつ、然り気なくイブキから顔を背けた。涙の跡が残っているであろう目許を、こっそり拭わなければならなかったから。
     「それは何だ」と指摘されては堪ったものではないのだ。まだ乾いてすらいないのにシラを切り通すのは少々見苦しいし、こんなのは生理的な物だとわざわざ説明するのも、言い訳しているようで癪に障るし。
     それが済めばすかさずちらりと横目でイブキの様子を窺う。顔はこちらを向いているけれど、目は明らかに何も見ておらず、まだ夢でも見ているような顔をしている。大丈夫、多分バレてない。こちらはそろそろいつもの顔に戻れただろう。何せ、踏んできた場数が違うので。

     さすがにあの無体には説教が必要だと、私は思っていた。好き勝手を許した私も私だけれど、いくらなんでもあれはやりすぎだ。
     そう、『あれ』。まさかあのイブキが――いつも無邪気で天真爛漫で、且つ、ついさっきまで私に組み敷かれて、雌の顔で悶え善がっていた子が――あれほどまでに荒ぶるとは、正直言って想像もしていなかった。
     私の耳許で苦しげに切らし続けていた、短くもとびきり熱い息。乱暴に私の腰を絡め取る腕の力強さ。これまでの気楽な関係を丸ごと押し潰さんばかりの圧力、獣のような低い唸り声、容赦なく食い込ませてきた、鋭い歯の感触……思い返した瞬間、不覚にも背筋がぞくぞくと粟立った。

     そこまで来てはたと我に返る。感じ入っている場合ではないのだ。
     慌てて邪念まみれの記憶を振り払い、更に念のため一つ深呼吸をして、心頭滅却。ガツンと叱りつけてやるべく、改めてイブキを睨み付けようとしたら。

    「痛っ」
    「え」

     首と上体をほんの少し捻っただけで、身体中の至る所にじんじんと鈍い痛みが走った。あの無闇矢鱈な噛みつきのせいだろう。
     またしてもドクンと心臓が跳ねる。それが身体に点々と刻みつけられた劣情に由来する拍動だと自覚した途端、今度はなんだか猛烈に腹が立ってきた。私には、イブキごときに痛め付けられて悦ぶ趣味はないのだ。断じてないはずだ、絶対にない。さっきのあれは、想定外の豹変に心と身体がちょっと驚いただけ。そういうことだ。
     身勝手な納得と共に自我を取り戻した私は、今度こそ明確な怒りと非難を瞳に思いっきり込めて、らしくもなく気まずそうに身を竦めているイブキを全力で睨んだ。

    「……どんだけ噛むのよ馬鹿。信じらんない」
    「ご、ごめん……なんか、頭わーってなって、ワケ分かんなくなっちゃって……」
    「それにしたってイカれ過ぎ。発情期の野良ガルクだってああはならないわよ、ったく……」

     どこを噛まれたんだっけ。痛みを手がかりにその箇所を確かめようとしたが、なにぶん噛まれた記憶があるのは身体の背面ばかり。いくら日々の柔軟運動には余念のない私でも、自分のうなじや背中は見えない。大切な事を確認しなければならないのに。

    「まさかとは思うけど……痕つけてないでしょうね?」
    「あと……えっ、痕? ……あ、あぁー……」

     私が一睨みしてそう問うと、未だどこかぼんやりとしていたイブキの目に光が戻ったかと思いきや、みるみるうちに顔色が(悪い方に)変わった。

     まず、元々どんぐりのような目が限界いっぱいまで見開かれ、書いて字の如く真ん丸になった。私は知っている。あれはイブキが、自分に都合の悪い事を誤魔化そうと考え始めた時の顔だ。
     次に、大きな瞳がキョロッと左上へ泳いだ。言い訳を考えている。しかも、かなり必死に。
     それから露骨にダラダラ冷や汗をかき始めた。あ、目が戻ってきた。なんだそのふざけた薄ら笑いは。

     諦めたらしい。
     イブキはゆっくりと人差し指を突き出した片手を持ち上げ、私におそるおそる「後ろ向いて」と促してきた。もう聞かなくても大方の想像はつくけれど、敢えて無言で従ってやる。

    「えー、あのぉ……こ、ここと……ここも……あっ、ここにも……えへ、へへ……」
    「……」

     背中。うなじ。肩、腰、脇腹――つん、つんと遠慮がちに指先で触れられる度、小さな疼痛が私の頬をビキッと引き攣らせる。
     私はただ黙って、痛む首だけをイブキへ向けて、へらへら笑いながら私の背中を突つく彼女の横顔を見つめていた。笑ってはいるが、イブキは頑なに私の目を見ようとしない。きっと私が氷牙竜にも負けず劣らずの般若顔をしていると思っているのだろう。もちろんその通りである。

     やがて、大罪の自白を終えたイブキがスッと一歩下がり、おもむろに正座をして、物言わぬ石になった。私もまた微動だにせず、ガラス玉のごとく不気味に澄みきったイブキの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
     私達の間に、長い長い沈黙が流れ――極限まで張り詰めた空気に、イブキからの一石が投じられた。

    「……ごめんね☆」

     バゴォッ

    「あだーーーっ」

     会心の一撃。イブキが両手を顔の前で合わせてぺろっと舌を覗かせた次の瞬間には、イブキの脳天ド真ん中に私の鉄拳がめり込み、イブキはもんどり打って遥か後方へスッ転がった。
     逃がすものかと纏った浴衣を翻してすかさず追いかけ、更に追撃をお見舞いする。自分でも驚くほどの速さで手も足も出た。これならハンター業は近接武器でも、いや、何なら素手でもやっていけるかもしれない。

    「いたいっ、ごめっあっいたっ ごめん、ごめんってぇ わざとじゃなっあだだだだ」
    「この私の身体を歯形だらけにして『ごめんね☆』で許されると思ってんの 良い根性してんじゃないのよ、ねぇ」
    「キャーッ 死ぬーっ、死ぬーっ」
    「あァ 甘ったれんじゃないわよ、ハンターが死ぬわきゃないでしょうがこの程度で」

     極めて純粋な暴力の集中砲火を悪友に浴びせながら、私は心の隅で大きな安堵を感じていた。
     ああ、いつも通りだ。この子は『悪友』。この乱痴気騒ぎは、私達にとっての他愛ない日常。ちょっと羽目を外しはしたけれど、私達は今までもこれからも、何も変わらないのだ、と。
     でも、それはイブキには言わない。確かめもしない。だって、わざわざ「私達、友達よね?」なんて無粋な確認、友達だったらしないもの。そうでしょう?

     気付けば、私の華麗な連撃をひらりひらりと器用に受け流しながら、イブキは笑っていた。いつも通り無邪気に、心底楽しそうに。まるでさっきまでの淫らな乱心などすっかり忘れ去ってしまったかのように、それはもう無垢な子供のように。
     釣られた私も思わず気が緩んで吹き出しそうになったが、気合いでぐっと堪えた。それはそれ、これはこれだ。――何をしたって変わらないのならばもう、手加減なんか必要ないから。

     暫しの取っ組み合いの末、私は再びイブキを仰向けにひっくり返すことに成功した。私より一回り小柄な彼女に覆い被さり、先程とは違って露になったままの左の鎖骨を、わざとらしくするりと撫でる。ちょうど、このイレギュラーな夜の始まりを再現するかのように。
     ようやく不穏な空気を察したらしいイブキがひくっと笑顔を引き攣らせたが、時、既に遅し。

    「……え、ミドリさん?」

     偶然にもさっきと一字一句違わぬ台詞を吐いて、分かりやすくビビり散らかすイブキ。けれど、笑いすぎて潤んだ栗色の瞳や、薄く開いた桃色の唇には、微かながらも無意識の色情が滲んでいる……と、私は即座に見抜いた。
     数刻前の私は見慣れないこの光景に心を掻き乱され、彼女のこの表情が意味するものを確信できなかった。けれど、今の私はもう、この顔が今からどう変化するのか、この口からどんな吐息が漏れるのかさえも、克明に知っている。
     滑稽なことだ。さっきも今も、彼女が私の『悪友』であることには、何の変わりもないのに。

     何はともあれイブキは、あんな目に遭っておきながら全く懲りていないどころか、うっすらと『もう一回』を期待しているらしい。私を齧っているうちに頭が沸騰しすぎて、少しおかしくなったんじゃないだろうか。それとも単に、私の指戯がそんなに良かった? なんだか、また何もかもが無性に可笑しくなってきた。

     互いに遠慮も気負いもせず好きにやるのが、暗黙のうちに積み上げてきた私達のスタイルだ。これからもそれでいい。なので、私も頬を緩めてくすりと微笑み――こめかみにばっちり青筋を浮かべて、真っ赤に染まったイブキの耳許に、こう宣告してやった。

    「……百倍にして返す。覚悟なさい」
    「ひゃいぃっ」


    おしまい☆
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    Replies from the creator

    tks55kk

    DONE★よそ+よそ+うち(CPなし)

    りん(@odashi_0820)さん宅のリンカさん・あねにゃ(@aneniwa)さん宅のミドリさん・うち(@tks55kk)のイブキの三人が一緒に狩りに出て、互いの価値観の違いゆえにさながら冷戦のようになってしまう、ハラハラドキドキなお話です
    誰も間違ってないけど誰も100%は正しくない 果たして和解できるのか!?
    【暗雲衝けば蒼天に虹】****

     今回は、なかなか骨が折れそうだ。
     団子を片手に先程受注したクエストの依頼書を眺めながら、リンカは覚悟混じりの深呼吸をした。

     チッチェから『緊急度が高いのに受注できる者がなかなか見つからない』と泣きつかれて二つ返事で引き受けたのは、リオレウスとリオレイアの討伐クエスト。依頼主は王国の辺境に位置する小さな村の青年で、『村が繰り返し襲撃を受けているから助けてほしい』という、至ってシンプルながらも極めて切迫した内容だった。
     ターゲットがどちらも通常種より遥かに高い戦闘力を持つ希少種――銀火竜と金火竜であり、しかも常に行動を共にしている番であることが、適任者がいない理由だ。チッチェ曰く、既に何度か送り込んだハンター達は悉く返り討ちにあったのだそうで、依頼書の隅にはご丁寧に『複数人での受注を希望』との注釈が付いている。
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