ビリビリ☆ロックオン!☆☆☆☆
ミドリに「今夜うちで飲むわよ」と耳打ちされたのは、互いに別々の狩猟から帰って指揮所で鉢合わせ、各々の報告を済ませた直後。イブキは彼女の言葉を即「面白い話がある」と翻訳した。
あのぶすくれた表情から察するに、おそらくまた妙ちきりんな男に引っかかったのだろう。そういう時には決まってヤケ酒と愚痴に付き合わされるのであるが、イブキにとってミドリの愚痴はどれもこれも面白おかしい未知の世界の話なので、イブキはミドリからこう声をかけられるのが大好きだった。
何日か前に、教官にせがんで故郷の酒を持ってこさせていたのを思い出した。明日は休養日にするつもりだし、飲みに誘ってきたということは、きっとミドリもそうなのだろう。ちょうどいい。
自室に帰って手早く狩猟の後片付けを済ませたイブキは、とっておきの酒を片手に、ミドリの部屋へ意気揚々と乗り込んだ。今日はどんな破廉恥トークが聞けるのだろうかと、胸を弾ませながら。
◇◇◇◇
「――あれはもう認知が歪んでるとしか言いようがないのよ。豆野郎が吐いていい台詞じゃないでしょ、『痛くない?』なんて。挿入ってるかどうかすら分かんない物が痛いわけないっての」
「あっはははは やめてそれ、まめやろう 無理! ひっ、お、お腹攣る」
「フン。これから先、食事に豆料理が出てきたら毎回、一粒摘まみ上げて想像してみるといいわ。『これを挿れて、動かして、で?』ってね」
「ヒーーッ」
夜は更け月もすっかり沈み切り、海から運ばれる静かな潮風が、一層ひやりとし始めた頃。
脳がどっぷり浸るまで酒を呷りながら、イブキが期待した通りのお下劣な会話に興じていた二人は、すっかり「出来上がって」いた。酒精に頬を赤らめたミドリは据わった目が半分しか開いていないし、イブキはもうその顔を見ているだけで腹が捩れて息が詰まって、痙攣する腹筋を抑えるのもやっとといった有り様である。
こうなることを予測して素面のうちにベッドを整えておいた数時間前の自分達は、なんと賢かったのだろうか。お陰であとは寝るだけ。最高だ。紛れもない天才だ。元々が笑い上戸なイブキの自己肯定感は、特に理由もなく最大値を振り切っていた。
「はぁー、喋ったわねぇ……水取ってくるわ。あんたも要る?」
「要る〜」
限界を感じたらしいミドリが、欠伸を噛み殺しながらノロノロと立ち上がる。楽しい猥談劇場も、さすがにそろそろ終幕のようだ。
と同時に、イブキは天才だったはずの自分が唯一うっかりしていた事柄に気付いた。
「あっねえミドリさん、なんか着る物貸して。寝る用のやつ」
そう、まだ寝間着に着替えていなかった。というか、酒だけ担いで飛び出してきてしまったので、持ってくるのも忘れた。狩猟用の装備は脱いで普段着に着替えてはきたから、一晩くらいこのまま寝ても構わないのだろうが、基本的な生活習慣はきっちりしていないと、どうにも落ち着かないのだ。
意外だと言われることも多いイブキのそういった妙なこだわりを、ミドリは既によく知っている。なので特に驚く様子もなく、床に座り込んだままのイブキの後方、そこに並ぶ家具を指先でちょいと示した。
「そこの箪笥にあるの適当に使って。一番下」
「ありがとー」
イブキは上機嫌でくるりと振り返り、ご機嫌に鼻歌を歌いながら、指示された一番下の引き出しに手をかけた。
自分はミドリより少し小柄だけれど、彼女の寝間着は大体が和服だから、特に問題なく着られるだろう。持つべきものは寝間着を豊富に持つ友。これで今宵の睡眠は安泰だ。
しかしイブキも大概酔っている。だから気付かなかった。自分が開けようとしているのが、ミドリの言っていた和箪笥ではなく、その隣の手元箪笥であることに。
素面の時なら絶対に寝間着が入っているわけがないと分かる、小さな引き出しを引く。当然、想定より遥かに軽かったので、勢い余って箱ごと全部引っ張り出してしまった。
ガシャン!
「あぇっ? ……ん、うん?」
何が起こったのか分からず一瞬ポカンとし、続いて、思っていたよりずっと狭い引き出しにしかと詰め込まれた多種多様な「それら」を、一目見た瞬間。
「…… ぷっ……あはっ、あっははひゃはははは!」
イブキは今宵一番の大爆笑をかまして、堪らずその場にひっくり返った。
水入りのコップを両手に戻ってきたミドリが、イブキがやらかしたミスを即座に理解し、爆笑地獄に喘ぎながら床でのたうち回るイブキを、憮然とした表情で冷ややかに見下ろす。
「……何してんのよあんた」
「だって、これ、うひっ、いっいっぱい、めっちゃある あはははははは」
イブキが誤って開けた引き出しには、ミドリ選りすぐりの秘密道具の数々――いわゆるアダルトグッズが収納されていたのだった。本当にびっしり。いくつかは箱を引っ張り出した拍子に元気よく転げ出てきてしまった。そのくらい、それはもう大変みっちみちに、性なるおもちゃが詰め込まれていたのである。
「ねぇこれ何? ここ挿れるの? 自分で?」
みょんみょんと艶めかしく撓る謎素材の赤黒い棒を手に取り、丸いコブ状になった先端を指して、イブキが問う。笑いすぎて涙目になり、はひっはひっと過呼吸を起こしかけながら。
「……そうね」
息絶えてしばらく経ったイソネミクニのように空虚な目で、ミドリが答える。不気味なほどに抑揚がなく、どっと押し寄せた呆れと疲労に押し潰された、低い低い声で。
「うははははは じゃっじゃあ、こっ、これも? そういうやつ? ちっちゃいよ、挿れたら取れなくない?」
「それは挿れるんじゃないわね」
「違うの いっひひ全然分かんないウケる ていうかこれ豆じゃん あはっ豆っ、ははははは ヒー苦しい、死ぬ~」
酔っ払っているので、もはや何が可笑しいのかも分からないけれど、とにかく何もかもが可笑しいのである。実際には「豆」と言うには随分と大きい、しかしすっぽりと手中に握り込める程度の小振りな謎石ころを摘まみ上げ、イブキは涙を流してゲラゲラと笑い転げた。
瞳にスーッと邪悪な色を滲ませたミドリが、手持ちの水を二杯とも一気飲みして、コップを無造作に放り捨てた。それから、音も立てずにそっと何かを手に取り、慣れた手付きで、自分の大腿部にそれを装着した。
が、床に頭を擦り付けて笑いすぎによる痙攣と戦っていたイブキは、ミドリのその一連の行動を、一つたりとも見ていなかった。
「……」
ひょいっ。
「ひいっ、あははっ、あひっ……んぁ?」
不意に、手元が軽くなった。ふと気付けば、握っていたはずの謎石ころが消えている。もちろん、手を一瞬緩めた隙にミドリに掠め取られたのだが、それさえも分からぬほど、イブキはへべれけであった。
「あら? どっかいった、まめ、あれ? ――ほわあっ」
酔いと涙で滲んだ視界が突如ぐるんと一回転、身体が宙に浮いて、背中にボフッと衝撃を受ける。ベッドへ放り投げられたのだと理解したのは、自分の身体に悠々と跨がるミドリの勝ち誇ったような目と、視線がかち合ってからだった。
「これでしょ? あんたが探してるのは」
そう言ってミドリが鼻先に突き付けてきたのは、あの謎石ころ。イブキはパアッと表情を明るくして頷きながらそれを取り返そうとしたが(理由は特にない)、伸ばした手はミドリにさらりと躱されて空を切った。
「……これが何に使う物なのか……あんた、ホントに知らないのね?」
「え、うん、分かんない」
仰向けで馬乗りされているイブキからは届かない所で、ひらひらと見せびらかされる謎の物体。よく研磨された綺麗な石ころにしか見えないし、感触もそのような感じだった。
そんなに勿体ぶるような物なのか? イブキは大の字に転がったまま、首を傾げた。
「じゃあ、教えてあげるわよ」
「?」
いつの間にかミドリが大腿に細いベルトのような物を巻いていることに、イブキもようやく気付いた。緊急用の暗器を仕込むための物だと、以前ミドリから聞いたことがある。そのベルト――というよりホルダーに、さっきの謎石を少々無理やりムギュッと押し込むミドリ。
「? 何してんの?」
「講義の準備」
言いながら、ミドリは手早くイブキの両腕を上げさせて浴衣の腰紐で束ね、下半身で脚の間にグイッと割り込んできた。
素面ならばここらでイブキも「これはマズいのでは?」と気付くところだが、如何せん酔っている。しかも不審な謎石の正体で頭がいっぱいなので知能指数は目下サボテン並み、抵抗を考える余白など全くなかった。
「何の? ねえ? ねぇ、動けないんだけど?」
「それでいいのよ」
「なんでー、ねぇーなんでー」
「あーもーうるっさいわねえ……言ったでしょ? 『教えてあげる』って」
突如トーンの下がった囁き、刹那の静寂。直後、ミドリの瞳が底無しの闇を含んで輝き、艶めいた唇の端がきゅうっと吊り上がった。
イブキの語彙力で表現するならば、これは間違いなく「超悪い顔」。即ち、なんかよく分からないが、イブキにとっては大いなるピンチのサインである。
ぐいぃっ。片脚を強く押し付けられて、仰向けのままミドリの太腿に跨がるような形になっている下半身が窮屈になった。しかも、ちょうどその真ん中――つまりは弱点部位に、何か小さくて固い物の感触。さっきミドリの脚に取り付けられた謎石だ。さすがに危機を察したイブキが半ば本能的に腰を引こうとすれば、ミドリはすかさず片手でイブキの肩を押さえつけて動きを封じる。この状況で逃がしてもらえるわけがない。
ミドリの顔が、不意にイブキの眼前、鼻先が触れ合う寸前までスッと近寄ってきた。
イブキの視界いっぱいに広がる、麗しき「超悪い顔」。ヤバい。緊張でイブキが頬を引き攣らせた瞬間――
ビイイィーーーッ……
「――んひゃああぁぁはあぁぁぁ」
翔蟲の羽音によく似た細かい振動音が耳に飛び込んできたのと全く同時に、下半身の真ん中から脳天までを、とんでもない衝撃が貫いた。キャパシティを遥かに超える刺激に突然曝されたイブキはあられもない悲鳴を上げて、泥から飛び出したジュラトドスの如く狂ったようにビチビチと跳ねる羽目になった。
女の身体の中でも一等弱い小粒にしっかりと押し付けられた、ミドリの太股が――いや、そこに取り付けられたあの謎石ころが、細かく激しく、振動し始めたのだ。
「この鉱石には何とかっていう成分が含まれててね、それと何だかの化学反応を利用して、先端を振動させるんですって。サイドにちーっちゃなスイッチがあるのよ、実は。もっとちゃんとした説明も聞いたんだけど忘れちゃったわ。……イブキ? 聞いてる?」
ビイイィーーーッ……
「分かんない分かんないいいぃぃぃちょっちょっ待っまままっああぅぅぅんんんんっ」
「そうね、分かんないわね。それどころじゃないわよねぇ。……ふふ、まぁとにかく便利なの。こんな風に」
「うあっ んうぅぅぅっ」
得意気な講釈に耳を貸す余裕など、パニックに陥ったイブキには当然ながらあるわけがない。縛られたままじたばたと暴れるイブキの腕を片手で捕まえたミドリがぐいっと覆い被さってくれば、押し当てられた謎石は角度を変えて、更に凶悪な刺激を叩きつけてくる。快感を拾うためだけに存在している核に、だ。
たまったものではない……どころの話ではなかった。みるみる足先が突っ張って背中が反って、小刻みに震わされ続ける小さな肉芽はみるみるうちに熱を帯び、存在感を増してきて。正気を保つことすら、あと少しもできそうにない。
「やだあっやだやだやめて 止めて、止めてえぇ」
「こーら、暴れないの」
「くぅ……っ、うあぁぁー」
恥も外聞もなく半ば泣き叫びながら、身体を捩って逃げ出そうとするイブキ。しかし、何もかもが手遅れだった。
もともと箪笥と小物入れの区別すらつかなくなるほど飲んだくれていたのだから、謎石の容赦ない責めに耐えかねてガクガクと震えている足腰に、上手く力が入るはずもなく。むしろ、急激に下腹が疼き、喉の奥からは激しい快感が、目からは涙が込み上げてきて、イブキの意思とは無関係に腰が浮き始めた。
ビイイィーーーッ……
「ねえやめてミドリさっ、やっやめっ、むり、ひっ、いいっいいいィィー」
「大袈裟ねえ。あんたどっちかって言ったら外派でしょ? 慣れたらハマるわよぉ~」
箍が外れているとしか思えない力で、手首を布団に押し付けられている。向こうは片手なのに、いくら足掻いてもイブキの腕はビクともしない。
助けを求めて涙目でミドリの顔を見上げた瞬間、イブキは明確に絶望した。淫らに煌めくミドリの緋色の瞳には、優越感やら支配欲やら何やら、とにかく今のイブキにとって都合の悪そうなありとあらゆる感情が、ドロドロと渦巻いていたからだ。
欲にまみれた美しい悪魔がにんまりと下瞼を細め、すっと顔を近付けてきた。いつもより数倍は敏感になっている、イブキの耳許に。
「こんなの覚えたら、手だけじゃイけなくなっちゃうかもしれないわねえ。……ふふっ、どうする?」
「ひっ……」
甘く低い吐息にわざとらしく耳孔を擽られ、更にかぷりと耳朶に柔らかく歯を立てられて、イブキの背筋を駆け抜けたおぞましい快感が、全身に激しく鳥肌を立てた。
喉を引き攣らせて一際大きくビクンと反り返りかけたイブキの身体を、ミドリの空いた左手左脚が素早く抑え込む。痛いほどに先を尖らせた胸を掴まれ、なんとか後退りしようと布団を蹴り散らかしていた脚も、片方はミドリの脚にあっさり絡め取られた。ミドリの方が体格が良いので、こうなってしまってはイブキに逆転の目などありはしない。
「ふふふ。……ねぇ、イブキ……オモチャがなきゃイけない身体に、なっちゃう?」
「~~――」
おしまいだ。
身体を開かされ引き伸ばされ、全身の弱点という弱点を完全に制圧されたイブキにできる事はもう、それらの箇所全てに与えられる暴力的な快感を無防備に受け止め続けることしか、残っていなかった。
ビイイィーーーッ……
無情な振動音はだんだん遠退いていき、代わりに血液の濁流が駆け巡る音ばかりが耳の中にごうごうと響く。
目が回る、背中が軋む、食い縛った歯の根が鳴る。強く押さえ付けられた手首より先が冷たくなっていくのと入れ替わりに、全身からは汗と熱が噴き出し、目には勝手に涙が滲む。いつ息を吸って吐けばいいのかも分からないのに、どうやらこの未知なる快感を気に入ってしまったらしい下半身は、より良い所を探して身勝手に蠢いてしまう。
「ふふっ、泣くほど気持ち良いの? もおっと気持ち良くなりましょうねぇ、ねえイブキ?」
「ううぅーっ……いぃぃーっ……」
そんなイブキの痴態に気を良くした黒髪の悪魔は、楽しげに嗤いながら耳を食み、痙攣する胸や腹の弱い所ばかりを優しく撫で擦り、凶器を備えた脚を一層強く押し付ける。
目の前がチカチカする。手足が言うことを聞かない。
ビイイィーーーッ……
「うぁ、や、無っ無理むりむりむりっ、あう……うっ、う、やあっ、あ、いっ、ぁ、っ……――」
自分の悲鳴にすら靄がかかっているように感じたけれど、声が出なかったのか、耳が馬鹿になったのかも、もはやイブキには分からなかった。分かったのは自分がそれはもう盛大に達したことだけ。他は何にも分からない。
が、九割方白紙になった頭の端っこの方でうっすらと「イッたから終わるだろう」とは思った。達したのはミドリにも伝わっているだろうし。やっと解放される、助かった、と。
しかし、イブキの地獄の始まりはここからだった。
ビイイィーーーッ……
「っはぁっ……イッ、いったぁっ…… あっ、いっあっ、イッて、る、から……っ! やめて! やめっ」
「……ふふん。ふふ……へへ……ぐー」
「ひぃ、あ……は、はぁ あっちょ、ちょっミドリさん」
泣き喚くイブキを見て満足したらしいミドリは、一瞬ニヤリと凄絶な勝利の笑顔を浮かべたが、とっくに限界を超えていた眠気には完全敗北していた。
つまり、寝落ちしたのである。イブキの脚の間にすけべ謎石ころをしっかりと挟み込ませたまま、腰が砕けて身動きが取れないイブキの身体に、どっかりと覆い被さって。
ビイイィーーーッ……
「あああァァあむりむりむりしぬしぬしぬうぅうぅーーっんんっああぁぁーおーきーてえぇぇぇぇああぁぁぁァー」
◇◇◇◇
数時間後。
いつしかミドリの大腿部のホルダーから脱落したすけべ謎石が、自らの振動で布団をビビビビ~と這い、ついにはベッドから転げ落ちて、木製の床の上でドンガラガタガタと踊り狂った。
各々でほぼ死んでいた女ハンター二人は、その大騒音で同時に目を覚ました。そして、折り重なったまま爆睡していたせいでギシギシに固まった身体にひとしきり情けない悲鳴を上げた後、こうなった責任を擦り付け合って、仲良くキャットファイトを繰り広げましたとさ。
喧嘩はいいから早くダンシング謎石を止めろ。
おしまい☆