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    バレンタイン前のスナップショット(雰囲気)
    アガレスとニスロク

     日が高いうちの厨房は常に人の気配がする場所だが、それにしてもこの数日は騒がしい。「男性立入厳禁」と張り紙された扉の向こうのはしゃいだ声に追いやられて、調理当番だったはずのアガレスは気の向くまま、すっかり足裏の馴染んだ住処を散策していた。すれ違う皆は表向き普段と変わらない日常をこなしているが、その合間あいまにアジトのここそこから浮き足立った気配がする。
     この雰囲気は本当に好ましいな、とアガレスは廊下を行きながらそっと笑みを浮かべた。一年の終わりと始まりであったり、メギドの日であったり、節目節目を皆そろって祝うような大きな催し物はもちろんのこと、ひとりひとりが感謝や愛情を伝えあうような、日々のはざまにある行事も彼は愛していた。アガレスは流行りの菓子を購えるような店も知らなかったし、そういったものを添えて改めて感謝を伝えたい相手はすでにいなかった。ただ、己の居場所と決めたこの住処に、都の流行がながれこんで来るほど人の気配が増えた事が、ただ嬉しかった。
     
     広間の扉を押し開ければ、昼下がりのステンドグラスが縞模様を投げかけるなか、中央のテーブルでは何人かとソロモンが楽しげに溢れるほどの草花を囲んでいた。この場所にはじめて足を踏み入れた当時はひと気も薄く寒々としていた広間が、数日前は軍議のために地図を囲んだテーブルが、今は花の香りと笑い声と陽光に埋まっていることに歓喜の念が湧き上がってくる。運命のらせんが血わく戦場と日々の喜びの両方をめぐっているのだ、それもひと回りごとに輝きを増しながら。なんと得難いことだろう、と、ひとり感じ入っているアガレスに、顔をあげたソロモンが呼びかけた。
    「あっ、アガレス!」
     皆への贈り物に、休憩がてらリースを作ってるんだ、アガレスも一緒にどう、と屈託なく笑う少年にさそわれて、運命ならば喜んでとアガレスもそこに加わった。この花アンドラスが枯れないように細工したんだって、厨房は戦場みたいになっていてとてもじゃないけど入れなかったわ、チョコレートなんて高級品を買えるお金があったらなあ、いくつ貰えるか競争しようぜ、台所組は夕ご飯ちゃんと作ってくれるかなあ、フォカロルのいぬまのチョコ作りだね、などと、花束の上を飛び交うおしゃべりに耳を傾けているうちに、ソロモンと花を囲む面子はひとり加わりひとり抜け、それを繰り返すうちに、彼の手の中にはこぢんまりとした花輪が現れる。
    「あら、アガレス、上手いじゃない。それ誰かにあげるの?」
     手元を覗き込んだアミーに訊かれて、アガレスは笑いながら首を横に振る。
    「これは召喚者の望む先に」
     出来上がった花輪をソロモンの仕上げを待つリースの列に加えると、アガレスは席を立った。
    「アガレス、手伝ってくれてありがとう。お礼ってほどでもないけど、ここの花、持っていってもいいから」
     ソロモンの声に、アガレスは立ち去りざま花籠から無造作に一輪を引き抜いた。
     
    ===

    「貴様に花を飾る趣味があったとはな」
     夜更け、アガレスの部屋に上がり込んだニスロクが、机上の切り花を見てそう言った。——こんな時間だというのに、まだ厨房は騒がしい。この男はかまどに火があるうちはまず調理場から離れないのだが、どうやら台所の番人と恐れられるニスロクすら、今夜はあの張り紙の先へ立ち入る事は許されなかったらしい。
    「巡りあわせだ」
     アガレスの答えになっていない返答に、ニスロクはククと喉の奥で笑って応えた。フォカロルに夜中にかまどを使うな! と台所を追い出されて以降、ニスロクはアジトのあちらこちらに勝手に居場所を定めては朝を待つようになったのだが、アガレスの部屋に初めて転がり込んだもこの男は似たようなことを言っていたのを思い出したのだった。花もメギドも、彼の部屋を訪うものは同じカテゴリに属するらしい。
     繊細に重なる花弁を反らせてかぐわしく咲きほこる一輪を見て、切られて尚よくこうも咲くものだ、とニスロクはどこか感心していた。とっくに手折られているというのに、まるで野にあるままに伸びた茎などには強さすら感じる。そうしてまじまじと花を見つめるニスロクを、この部屋の主は軽い驚きをもって眺めていた。この男はまさか花など見向きもしないだろうと思っていたのだった。そっとつまんで、しべに鼻先を寄せて匂う仕草も絵になっていて、この花はこのためにここに来たのだとアガレスには思われた。
    「その花はオマエに……」
     オマエに贈ろう、と言いかけてアガレスはふと口をつぐんだ。この男への贈り物、と呼ぶには花一輪は釣り合わないように思えたからだった。
    「いいのか?」
     だが、そんなアガレスの逡巡を尻目に、ニスロクは喜色が滲んだ声でそう訊いた。アガレスがああ、と頷けば、ニスロクは嬉しそうに花弁を唇でなぞった。その仕草に色めいたものを感じて、アガレスは思わず息をつめてしまう。息をひそめた視線の先、ニスロクは口をひらくや否や花弁をぱくりとくわえ込み、そのまま茎から食いちぎる。まさか食べられるとは思っていなかったアガレスは目を丸くした。なぜだか自分の一部が食われたような気恥ずかしさを覚えて、慌てて目を逸らす。ニスロクはたっぷり時間をかけて咀嚼してから口を開いた。
    「うん、悪くない。……やや酸味が強いが、品がある甘さだ。何より風味がいい、これなら——」
     ニスロクの評に頷きながら、アガレスは今更ながらこの男に飲まれた花は目が覚めるように赤かったな、と思い返していた。
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