花言葉「花言葉」
蝶の舞う季節。ぽかぽか陽気の昼下がり。朝からぼ菩薺村で農作業を手伝っていた謝憐と三郎は川で手を洗っていた。
「泥だらけになってしまった」
「そうだね」
三郎はともかく、謝憐の白い道着の裾は泥に塗れている。
「うーん、ここで落としていこうかな」
衣を脱ごうと腰帯に掛けた手を三郎はそっと制した。
「帰ったら、風呂に入りましょう。残り湯で、洗った方が綺麗になる」
「そうなのか。さすが三郎」
「今日は作業も終わったし、菩薺観に戻ることを伝えてくる」
哥哥はそのまま待っていてと走り出した三郎を見送って、謝憐は近くに生えていた木の根に腰を下ろした。
なんだかいい匂いがする。
振り返ると、木に絡まる様に生えている蔓に無数の花が咲いていた。
桃色、白、紫がかかったもの。
とても可愛らしい花で、謝憐は立ち上がってその花弁に触れた。
すると、道長!と後ろから声を掛けられる。
「あぁ、皆さん」
村娘たちが水汲みの桶を持って歩いて来た。
「どうしました?」
「私らは水汲みのですが、道長こそ、そんなところでどうしたの?」
「この花を見てました」
花?と首を傾げて、娘たちは謝憐が指さした花を見ると木通だわと言った。
「あけ、び」
「えぇ、そんなに珍しいものじゃないけど、実は食べれるし、皮も蔓も役に立つから、重宝するわ」
「へぇ、それは素晴らしい」
貧乏性の自分にはとても好ましいと感じた。
「実は秋頃食べれるから、また収穫に来たらいい。道長が見つけた木通だもの」
「そんな!!みんなで分けましょう」
謝憐が慌てると、娘たちはクスクスと笑う。
「道長は優しいなぁ」
「いや、そんなことは」
「道長はいつも畑を手伝ってくれるし、村のみんなは感謝してるんですよ」
正面からの賛辞に、ハハッと笑い照れた様に頬が赤くなる。
「赤くなった!」
とキャイキャイ騒がれて、さらに頬が熱くなる。
「それくらいにしておいて」
その声に村娘たちは一斉に振り返った。
「こ、小花・・・」
先程までの威勢は何処に消えたのか、もじもじとして、今度は彼女たちの頬が赤く染まる。
「どうしたの?」
「彼女たちに木通の花を教えてもらってたんだ」
「あぁ、なるほど。話は終わった?」
三郎が聞くと、彼女たちは首をうんうんと縦に振った。
「そうなんだ。なら、兄さん、道観へ帰ろう」
「あぁ、みんなには帰るって伝えられた?」
「大丈夫だよ。少しお裾分けも貰った」
手に持った干した魚を見せる。
「それは良かった。今晩の夕餉にしよう」
楽しそうな二人の様子に、村娘たちはこっそりとその場を離れていく。
全くもって二人の世界を作ることが得意なのだから・・・
菩薺観に帰る途中、たわいない話をしながらふと謝憐は三郎を見つめる。
「・・・・・・」
「・・・兄さん?どうかした」
「いや、きみはつくづく木通のような子だと思ったんだ」
「え?」
木通のような子?
斜め上からの言葉に三郎は首を少し傾げて聞いた。
「それは、褒められてる?」
「もちろん!」
「へぇ、じゃあ、どこが木通なの?」
悪戯顔で聞いてきた三郎に、木通は捨てるところがないほど、重宝すると先程話していた村娘たちに教えてもらったと答える。
「きみも全てが素晴らしいと思ってね」
「ふふっ、ありがとう。兄さんは木通の花言葉は知ってる?」
「花言葉?」
知らないと首を横に振る。
「木通の花言葉は才能だよ」
「それなら益々きみにぴったりだ」
納得したような顔をする謝憐に三郎はまた笑みを溢す。
そうだね。僕と木通は確かに同じだ。あなたに唯一の恋をしている。
「秋が楽しみだ。あの木通をみんなで取って食べよう」
「うん、楽しみだね」
二人は帰路に着く。
「それより兄さん、早く胴衣洗わないと!」
「そうだった!!」
早く行こうと、謝憐は三郎に手を伸ばす。
太陽に照らされた謝憐は眩しくて、少し目が眩んだ。
嗚呼、貴方も私と同じ想いなら良いのに・・・
木通の花言葉は才能、そして、唯一の恋。