いつかの誕生日魑魅魍魎が集う鬼市。普段から奇奇怪怪とした場所だが、今日は一段と騒がしい。
多くのものが上機嫌に酒を煽り噂話や悪口に花を咲かせる様を眺めて、謝憐は微笑みを浮かべた。
今日は鬼市の主人である花城の誕生日。朝も昼も夜もない鬼市だ、我らが城主の生誕祭ともなれば、それこそ何日も前から準備をし、華々しく王の生誕日を祝っている。
「ふふ、皆、きみを祝っているね」
「・・・コイツらは俺のことなんてどうでもいいに決まってる。何かにかこつけて、騒ぎたいだけ」
喧騒に眉を顰めて、花城は首を振った。
「そんなことばかり言って・・・嬉しくないのかい?」
「・・・・・」
少し不安そうに謝憐が聞くので、花城は彼の肩を抱き寄せた。
「あなたが鬼市の奴らに、俺の誕生日を教えたんだね。ありがとうございます」
「そ、そんなことは・・・」
「隠しても無駄だよ」
「バレてしまったか」
「いままでこんな風に祝われたことなんてなかったからね」
少しバツが悪そうにした頬を掻いた謝憐は、余計なことをしたと少し反省する。
花城と共に居るようになり、自分の誕生日には彼が盛大に祝ってくれるのに、彼自身の誕生日は何事もなかったように過ごすことが途轍もなく気になっていた。
最近やっと彼から誕生日を聞き出せた謝憐は、愛する人のために何かしたいと思案を巡らせていたのだ。
「迷惑だったら、すまない」
「とんでもない。あなたが俺のためにしてくれることは、どんな事でも嬉しい」
とても嬉しそうには見えないが?と、苦笑いを浮かべる。
「本当に?」
「はい、三郎は嘘は言いません」
敬虔な信徒がそう言うのだから、この場を少しは楽しめているのだろう。
「そうか、良かった!」
主役よりも自分が嬉しくなってしまった謝憐は、慌てて周りの店を指差す。
「あれは食べるかい?」
「うん、美味しそうだ」
「今日は私の奢りだ。好きなものをたくさん食べて!」
この日のためにガラクタの整理も頑張ったので、懐には余裕がある。
高級飯店では、中々哥哥に任せなさいと胸を張ることはできないが、露店ならば話は別だ。
花城は少し驚いた表情を浮かべた後、すぐに破顔して頷いた。
「哥哥にご馳走になります」
「そしてくれ。いつも君が用意してくるような絢爛豪華な食事じゃないけど」
「三郎はこれがいいです」
ギュッと強く手を握られて、謝憐は口角が上がるのを抑えられない。指差した店までウキウキと歩き、あれこれと注文をする。
そして、簡易なテーブルに座る出された食事を食べる花城をニコニコと見ていた謝憐の耳に亥の刻を知らせる太鼓の音が届いた。
「ねぇ、三郎。ここから離れても良いかい?」
「構いません」
どこへ行くかと賽子を出した花城の手を握り、謝憐は首を振った。
「少し歩かない?」
「はい」
ひんやりした手を合わせて、歩き出した。
繁華街から離れ、喧騒も聞こえてこない小高い丘の上。2人は草の上に座り、星も月のない空を眺めている。
たわいもない話をして、笑い合って、時おり唇を合わせて、そんな当たり前で静かな夜を謝憐と花城は楽しんでいた。
「君は静かな方が好き?」
「あなたがいれば、関係ない」
距離を縮めてから、チュッと軽く口を吸うと、謝憐は真っ赤になった。
「三郎!」
愛する伴侶が真面目に聞いてるんだと怒る姿もまた可愛らしく、花城は楽しそうに目を細めた。
「確かに騒がしいよりも、静かな方が好きだよ」
「き、今日は、その、騒がしくしてしまったから・・・」
ごめんと謝憐が口にする前に、俯いた頬に掛かる髪を耳に掛け直してやる。
「でも、あなたがいれば何処だろうと、楽しいのも本当。俺は殿下の側に居れるだけで幸せです」
「三郎・・・」
謝憐が花城を抱きしめたとき、隻眼に温かい光が映し出された。
「哥哥・・・これは・・・」
光はどんどん増えて、百や二百を超えていく。
「いつか君が見せてくれた長明灯・・・には敵わないけど」
光の中、誰よりも大切な神様が光より美しく微笑んでいる。
「あの美しい光は忘れられない。誰よりも君からの信仰の光だったから、美しく思えたんだ。だから、君にも私からの真心を」
「生日快乐、三郎」
嗚呼、この光はどんなことがあっても忘れない。
花城は少し滲む光をずっと見続けた。