ジューンブライド「……ずいぶんと懐かしいものを見ているのだな」
「ふふ。今日は結婚式を挙げた日でもあるでしょう。当日の写真はいくつか飾ってあるけど、アルバムを見たくなっちゃって。立派なもの作ったでしょう」
手にしているのは表紙やケースに箔押しをして製本されたハードカバーのアルバムで、一生に一度のことだからと、金に糸目をつけず豪華絢爛に作成したものだ。
前撮りも結婚式当日も専属のカメラマンをつけて、余すところなく撮るよう指示を出した。映画のワンシーンを切り取ったような写真はどれも素晴らしく、選別時に切り捨てることができずにほとんどの写真が本採用となった。あまりに分厚く仕上がったそれは、時と共に書斎の奥に埋もれていた。
蜜璃がおいでおいでと手招きする。
「見て見て、この前撮りの写真……懐かしいでしょう?桜が満開で、本当に美しかったわよね!お堀の側の桜並木……あの場所に連れて行ってもらえてよかったわ。どうしても桜の下で白無垢を着たかったんですもの……感動しちゃって……私、泣いちゃって大変だったわよね」
嬉々としながら夢中になってページを捲る。
突然パッと顔を上げ、とある写真を指をさしながらキャーキャーと色めく。そこに映る小芭内は、タキシード姿でバラ越しにカメラを見つめていた。
「きゃー見てこの小芭内さん……王子様だわ」
「それは載せなくていいと言ったのにな……」
「これ、まだデータあるわよね……大きくして飾ってもいいかしら?」
「いやいやいや、一緒に写っている似たようなのが飾ってあるじゃないか……それにしたって今更だろう」
「……えー。いいわ、待ち受けにするからっ」
そういって徐にスマホを取り出し、ピロンと音を鳴らした。
「あ、この写真……綺麗ね。チャペルのステンドグラスが厳かで圧倒されて……それでここの式場にしたのよね。見学で初めて見た時の感動、まだ覚えてるもの!この美しく煌めく光の下で愛を誓えるなんて……本当にお姫様になったみたいで……夢心地だったわ」
差し込む光に鮮やかに彩られ、パイプオルガンが奏でる祝福を受ける。目を瞑るとまるで目の前にあるかのように思い出せるその光景は、何年経っても色あせる事はない。
「一生に一度の晴れ姿だもの……髪もメイクもとびっきりにしてもらって、純白のドレスを纏って、これ以上にない素敵な旦那様と一緒だなんて。この日だけは、私が世界一綺麗だったって言ってもいいんじゃないかって思うわ」
アルバムの自分の姿を見ながら、コクコクと何度も頷く。
「蜜璃はいつでも世界一綺麗だよ」
「ふふふ。またそんなこと言って」
「本当のことだろう……これ、この鐘を鳴らした時のこと覚えているかい?」
教会の前は小さな広場になっていて、カリヨンベルがあった。門をくぐった先に続く石造の道を辿り、階段を登って二人でその鐘を鳴らす。その音は悪魔や不幸を追い払い、平和を呼ぶという。
「覚えているわ……ここ、フラワーシャワーを浴びながら歩いたのよね。拍手に花びら、お祝いの声……みんなの笑顔も覚えているわ」
「そうだね……そしてこの鐘の後ろの階段を登っただろう、その時のことを覚えているかい?」
「え……何かあったかしら?」
思いがけない問いかけに、蜜璃は眉間にしわを寄せる。
そんなに難しいことじゃないよと蜜璃の額を撫でながら優しく話す。
「俺に手を引かれながら、慣れないドレスをたくし上げた君が、笑顔で『とっても幸せね』って言ったんだ。それだけのことかもしれないが、あの笑顔は俺だけのもので、他の誰も見ていない。なんだったら君にも見えていない。ここにあるどの写真の君よりも美しくて、俺の方が幸せだったんだ」
そういうと、後ろからそっと抱きしめる。
「カメラマンが撮る写真も、プロが施すメイクも衣装も確かに素晴らしいけれど、君が幸せだと感じる瞬間が何よりも君を美しくすると思うんだ」
蜜璃の視界が下から少しずつ歪んでくる。
「それなら、今も?」
「ああ、君が俺の隣にいる限り、今が一番綺麗だよ」
「もう、また泣いちゃったわ」
そっと涙を拭って、キスをする。
「蜜璃、誕生日おめでとう。産まれてきてくれて、俺と一緒になってくれてありがとう。さぁ、みんなが待っている。そろそろ行こうか」
子供に家族に友達と……みんなが主役を待っている。
今日は蜜璃の誕生日。