ツーブロ 不死川が散髪してきたが、問題が発生している。似合わないなどという失敗をしているわけではない……いや、むしろ失敗か?ツーブロックで刈り上げた襟足が大いにけしからん。あれでは歩く猥褻物……。
「伊黒ー、ぼーっとしてどうしたァ。屋上行こうぜ」
「……ああ」
西棟の屋上は俺らのたまり場である。貯水タンクが設置されており、あまり広さはないが、鉄柵の内側を2mほどの高さのフェンスで覆われていて、自由に出入りできる。何故か学生内の掟のようなもので、3年しか使うことが許されていないスペースだ。
進級して意気揚々と訪れた初日、同じ考えの奴らに占領されていた。次の日も、次の日も。人が少なくなるのを待って数日経った時、不死川がぼそっとキレながら呟いた。
「あー、また今日も使えねーのかよーったく!」
「また明日にしようぜェ……」
不死川は階段を降り始めていたが、屋上に居た全員がこちらを凝視していたのを俺は見逃さなかった。『やべぇ、不死川がキレた』『あの温厚な不死川君が怒ってる?』そんなことを言いたげな顔をしていた。
そして翌日から、ここは俺達だけの場所になった。
7月の日差しはさすがに熱くなり、コンクリートの照り返しが眩しい。貯水タンクが作るわずかな日陰に二人並んで座る。
「何故そんな髪型にした」
「あー、タツの父ちゃんがちょっと練習させろって。暑くなってきたからちょうどいいんじゃねーって」
タツこと荒川達哉は荒川美容室の長男で俺らの同級生だ。不死川家の裏手の通りに店があり、幼い頃から切ってもらっているようだ。俺は小学校で同じクラスになり、名簿が続いていたから知り合った。久しぶりに思い出したな……タツは勉強が得意ではなかったような……どこの高校へ進学したのだろうか……いや、今そんなことを考えている場合じゃない。
「ふぅん……そこまで襟足を短く切る時は俺の許可をとれ」
「は?……お前、一体何様なのよ」
「……」
「……」
「俺もその髪型にするかな。涼しそうだ」
首の周りにつく髪を軽く一つにまとめてうなじを晒す。汗が乾いてすーっと心地がいい。
「え!駄目だろ」
「何故だ」
「いや、駄目だろ、駄目だ許さねェ」
「……お前、一体何様だ」
「……」
「……」
「え、ほんとに切らねェよな?」
「……」
「なぁ?」
「……」
「切んなよ……」
「何故切ってはいけない」
「伊黒のうなじはえろいから」
なんだ、コイツも同じことを思っていたのか。ふふっと笑みが毀れる。
「そっくりそのまま返す」
「……」
そっと自身の項を撫でながら、こちらに背を向けた。
「なんか……あちィな」
「ああ、夏が来るな……」
高校生活最後の夏は暑く、熱くなりそうだ。