Puberties 後日談「……っていうのを思い出したんだけどさあ」
ジークは珈琲が並々と注がれたマグカップをライナーの前に置き、すぐに口許に手を翳すようにして言った。込み上げる笑みを抑えきれないらしい。
ジークが言い終わらぬうちに、ライナーは顔を両手で覆い、机の空いたところへ突っ伏した。転倒を免れたマグがガタンと揺れる。
「俺いま……めちゃくちゃ恥ずかしいです……」
顔から火が出るとはこのことだ。そもそも休憩時に思い出話として気軽に話す内容でもないだろう。あの頃はただただ英雄になりたくて、それ以外はすべて瑣末なことだったのだ。
「かわいかったよね〜ちっこいライナー。なーーーんにも知らなくて」
「もうほんとにやめてください……羞恥で……死にます……」
「俺も大概若かったけど、紳士的だったよな?俺からは何もしてないし」
「え、嘘でしょジークさん、覚えてないんですか?」
「え、俺何かした?」
「あんな話しておいてよく……あのあと夢に見ましたよ」
「何か言ったっけ?覚えてないな……」
「またそういう……」
本当に覚えていないらしいジークのようすに、ライナーは絶対に言うまいと心に誓った。
その後の夢に出てきたのは件の女性ではなく、ジークだったということを。
「ジークさんてなんか……自分のこと棚に上げますよね……」
「そうかな」
「そうですよ……」
ライナーは言って、手元に置かれたマグカップを手に取り、ひと口啜った。淹れたての珈琲は熱く、いつも通りの味がした。
とにかくこれ以上は勘弁してもらいたい。口を尖らせるジークを眺めて思った。
戦況で言うならマーレはまったくもって平和ではなかったが、これは平和と呼べるのかもしれなかった。
いつかまた平穏な日常の一場面として思い出すのかもしれないと思うと、ライナーは複雑な気分になり、珈琲を吹いて冷ますジークを見た。
芳醇な香りが、沈黙の余白に充満していた。
【了】